ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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電光雷轟

 大剣が迫る。

 凍るような殺意が込められたそれを前に、怯む心を奮い立たせて迎撃した。

 その名前の通り、稲妻のような速さで僕の反応以上に的確な対処をする剣は正に絶対防御。

 だが、僕はこれっぽっちも安心できなかった。

 

「ヴォオオオオオッッ‼」

「がっ⁉……ま、たっ!」

 

 続けざまに放たれた雷を纏った斧が振り抜かれ、防御の上から感電する。

 大剣と戦斧の二刀流。

 人間なら間違いなく腕が壊れるであろうバトルスタイルは、生粋の怪物であるミノタウロスの身体能力によって僕の前に顕在した。

 

(何時になったら耐久限界が……っ)

 

 魔剣は一定回数使用すると砕け散る。

 ヴェルフの忌み嫌う運命が僕の希望だった。

 

 しかし、砕けない。

 既にこの身が浴びた雷は3回。

 魔剣の耐久力について詳しく知っているわけではないが、ミノタウロスがどのような経緯でそれを手に入れたにせよ、ここに来るまで一度も使わなかったとは考えにくい。

 既にそれなりの数は使ってきたはず。

 

(なのに砕けないなんて、ひょっとして凄い鍛治士の作品なんじゃ……)

 

 この攻防は終わらない。

 漠然とした不安が頭に浮かんで消える。

 錯覚だ。追い込まれてるせいで馬鹿げた妄想に騙されているんだ。

 

 大剣の降り下ろしをライトニングボルトサーベルで弾き、雷鳴を轟かせる戦斧を跳躍して回避する。首筋に掠めた鳥の鳴き声のような甲高い音に、引き攣った安堵をこぼした瞬間をミノタウロスは見逃さない。

 

「がっ……ぐは!?」

 

 腹部から押し上げる圧力。

 ベルの体がくの字に折れ、霞んだ瞳が腹部に突き刺さるモノを映す。

 丸太のように大きな怪物の脚。ミノタウロスの蹴りだ。

 

 武器に気を取られ過ぎた。

 自分の迂闊な判断を恨む暇もなく、背中に感じる熱さ。

 ミノタウロスの肘内が宙に浮かび上がっていたベルの背中に突き刺さっていた。

 手に力を入れて武器を失う事は防いだが、それ以上は動けない。 

 

(息、がっ……)

 

 衝撃で肺から全ての空気が吐き出され、意識が断絶しそうになるのを懸命に繋ぎとめる。

 地面に勢いよく叩きつけられ、痛みが脳に危機信号を伝えるが、それに従って悶える暇はない。

 

(次、来る、備えろッ‼)

 

 麻痺しそうな感覚の中、何とか地面を殴りつけて体を無理矢理仰向けにする。

 そして視界に映り込んだのは雷の魔剣を叩きつけようとしているミノタウロスの姿だった。

 

「ぅ、ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!?」

 

 血を吐きながら、半ば悲鳴じみた声を上げてライトニングボルトサーベルを構える。

 自動戦闘(オートバトル)に従い、ぶつかり合う武器と武器。

 そして、雷光が少年と猛牛を再び包む。

 

「~~~~っ!?」

「フゥウウウ゛ウ゛ウ゛……ッ」

 

 両者を魔力の奔流が苛む中、銀の光が瞬いた。

 ヒュンッ、と風を切って突き進む鏃。リリの援護射撃だ。

 ミノタウロスの眼球を狙って放たれたそれは、ミノタウロスの角によってあっけなく弾かれる。

 

「ベルッ‼」

「……くっ、おおおおお‼」

 

 だが、その動作で浮いたミノタウロスの頭にヴェルフが大刀を振り下ろす。

 同時に、ベルが戦斧を弾き、飛び上がるようにミノタウロスに襲い掛かった。

 右腕の照準を構え、伸蛙(ノビエール)を発射する。

 

 ヴェルフによって鋭く鍛えられたキラーアントの牙が、フロッグシューターを模した篭手から飛び出す。

 中層のモンスターであろうと貫通できるであろう一撃は、ミノタウロスの凄まじい反応速度によって紙一重で回避された。

 

「うおっ!?」

 

 更にヴェルフの大剣に、猛牛の大剣を合わせて吹き飛ばす。

 出鱈目な身体能力。

 人間の連携など歯牙にもかけない怪物の特権。

 

(まだだ!)

 

 それに対し、ベルは諦めなかった。

 ミノタウロスを凝視し、今できる最大の攻撃方法を模索する。

 

 ミノタウロスの視線がヴェルフからベルに向かう瞬間、ベルは一歩先に踏み込んだ。

 目指すべき場所は、ヴェルフに対応するために踏みしめられた左脚。丁度ベルの腰の高さほどに位置する膝関節部。

 そこに足を踏みつけたベルは、更に勢いよく踏み込んだ。

 兎弾足(ぴょん弾ブーツ)起動動作(トリガー)だ。

 

 靴の裏から発せられる衝撃波は、ミノタウロスの膝関節部を粉砕し、ベルの体を上へ押し上げた。ミノタウロスの絶叫すら置き去りにして、ベルはさらに伸蛙(ノビエール)を巻き上げる。

 ミノタウロスの画面から外れたキラーアントの牙は、迷宮の天井部の岩に深く突き刺さり、アンカーとなってベルを上空まで引き上げた。

 

「ヴォッッ!?」

 

 驚倒の声が遠く響く。

 自身の反応すら追いつかない超加速に身を委ねながらも、ベルの体は動いていた。

 

「せあああああああああああっ‼」

 

 思い切り振り上げる渾身の右膝。

 飛び膝蹴り(ジャンプニ―キック)は深々とミノタウロスの顎に突き刺さった。

 

「オゴォッ!?」

 

 白い砲弾となったベルの一撃は、頑強なミノタウロスであっても防ぎきれず、口から血を噴出してその巨体をグラリと揺らめかせる。

 更にベルは空中で反転。魔石を補充する。

 天井に両足を付けると再度加速した。

 

 跳ね上がる形で上空に向けられていたミノタウロスの視線は、そこで目にする。

 己に真っ直ぐな視線をぶつける白い少年の姿を。

 

「いっけえええええええええ‼」

 

 無理な軌道に自身も、傷ついた内臓から流れた血を吐き出しながら。

 それでも目の前の敵を打破せんと声を上げる。

 ヘスティアナイフを勢いよく鞘に納め、もう一つの衝撃を繰り出さんと(まなじり)を吊り上げた。

 

「オオオオオオオオオオォォォォッッ‼」

 

 それに対し、猛牛も咆哮をもって応える。

 激突する人と怪物。

 両者は無限とも思える戦いに没頭していく。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇                      

 

「ベートはヴァレッタを討て‼ 僕とティオナでオッタルを退ける!」

「あぁ!? 三人でやった方が速ぇだろうが!」

「そうしたいのはやまやまだが、その女を野放しにするのは危険だ」

「何だよクソ勇者ァ! いたいけで無力なアタシを捕まえてよォ‼」

「その軽口に付き合う気はない」

 

 ベルとミノタウロスが死闘に没頭する中、その周囲を囲む彼らの戦いも混迷を極めていた。

 騒ぎを聞きつけて集まってくるモンスターたちのせいで、まだまだこの慌ただしい戦いは終わらないだろう。

 

 熱されている。

 誰も彼も、この激闘の中で吠えていた。

 ここはある意味オラリオと言う都市の縮図だ。

 ギラギラと眼光を光らせる者たちが、自分たちの望む物のために命を燃やしている。

 

 そんな戦いを凍った心で見つめる者がいた。

 

「……」

 

 その身体の熱はない。

 その心に誇るべき物などない

 世界が隔絶されたように、彼女はあらゆる雑音を通り過ぎる。

 

(これなら、外さない)

 

 この場の誰もが目の前の敵に夢中。

 暗殺者にとってこんなにもやりやすい条件はないだろう。

 これなら使命を果たせる。

 ベル・クラネルを亡き者にすると言う、黒幕(エニュオ)の命令をようやく。

 

「……」

 

 少年と猛牛は殺し合っている。

 既に周りの情報など忘れて、まるで世界に一人と一頭しかいないかのようにお互いしか見えていない。

 奇妙な話だが、お互いの死を望みながら、その実その存在を求めているようにも見えた。

 

馬鹿馬鹿(バカバカ)シイ……」

 

 くだらない雑念(ノイズ)を切り捨てる。

 余計なことは考えなくていい。

 

 (フィルヴィス)はエニュオの忠実なる駒だ。

 

 (エイン)は残酷なる殺戮の使徒だ。

 

 深く、深く、仮面を被れ。

 もうこの手は穢れ、手遅れなのだと思い出せ。

 まるで冒険者のような夢ある思考など必要ない。

 やるべきことは変わらないのだから。

 

「【一掃せよ、】」

 

 魔力が吹き荒れる。

 よかった。ここに魔力をふんだんに使う標的(ターゲット)がいて。

 これなら、初動だけでは勘づかれない。

 あの厄介な【勇者】の直感が働いても、この魔力が敵性存在の攻撃か、ベル・クラネルの装備によるものかは一瞬では判別できず、僅かな思考を欲するだろう。

 その一撃で勝負をつける。

 

「【破邪の聖杖(いかずち)】」

 

 この魔法が発現できたきっかけは何だったか。

 なんにせよ、あまりにも皮肉な詠唱だ。

 邪なるこの身が使う魔法がよりにもよってこれ。

 神々はそんなことをしないと言っているが、自分には運命を弄ぶ何者かの存在を感じずにはいられない。

 

 自嘲することすらもう疲れた。

 いいじゃないか、楽をしたって。

 一度穢した手は、ずっと穢れたまま。

 奪った命はもう取り戻せない。

 出来もしない贖罪に生きてなんになるのか。

 人が許すのを決めるのがその人自身ならば、とっとと許してしまおう。

 だから、もういいのだ。

 考えるな。希望を抱くな。救われようとするな。

 あの山吹色の慈愛に惑わされるな。

 

「……」

 

 詠唱はもう完了している。

 後は放つだけ、卑怯にも決闘の横槍をついて、目標を抹殺するだけ。

 もはや仕事は九割九分終わったも同然。

 なのに、どうして躊躇するのか。

 

(お前は本当に愚かだな)

 

 黒い、声がする。

 (フィルヴィス)と同じ、だけど決定的に違う声。

 

(ああ、選べないよなぁ? だからお前は(フィルヴィス)なんだ。一体お前は何度あの方を邪魔するつもりだ?)

 

 その通りだ。

 フィルヴィス・シャリアはずっと未練を抱えている。

 戻りたいと、噴飯物の願望を捨てきれないのだ。

 

(もういい、(エイン)が代わる。ずっとそうやって来たんだ)

 

 そうだ。

 ずっとそうだった。

 (エイン)はあの方の忠実な僕で。

 (エイン)は冷酷無慈悲な怪人(クリーチャー)で。

 (エイン)は絶対に迷わない。

 

 あの日。

 全てが狂ってしまったあの日からそれは変わらない。

 これからも変わりなどしない。

 

 仮面が嗤う。

 暗黒の使徒らしく、素顔など放り捨てて。

 これでいい。こうであると定めたのは他でもないフィルヴィス・シャリアなのだから。

 悲劇があった。狂乱があった。

 逃れようのない行き止まりがあった。

 しかし、結局選んだのは自分自身。

 ならば、責任を最後まで持たなくては。

 

(私の生き方は変わらない。私はエイン。エニュオの忠実なる僕だ)

 

 答えは出た。

 これ以上の葛藤は不要。

 標的(ターゲット)を逃さないように、エインは冷たい眼光で戦場を見下ろす。

 

「……ぁ」

 

 だから気が付いてしまった。

 熱に浮かされず、冷静な目で見ることが出来るから。

 戦場の狂乱に隠れて、ある人物に向かう男に。

 

 その男の名は知らない。

 だが、その男が闇派閥(イヴィルス)であることは、その手に持つ鈍色の呪詛装備(カースウェポン)によって推測できた。

 回復不能の凶器をもって向かう先は……

 

(レフィーヤ……)

 

 血の気が引いていく。

 レフィーヤは魔導士だ。

 その役割は大魔法によるモンスターたちの殲滅。

 フィン・ディムナがレベルに劣る彼女をパーティーメンバーに加えていた理由は、その圧倒的火力に他ならない。

 戦況を覆しうる妖精の魔法は、様々な英雄譚に伝わるほど強力無比。

 それを使える彼女を抹殺するという思考は合理的だ。

 絶望的な位に合理的だった。

 

(誰か、気が付いてないのか……?)

 

 レフィーヤ自身は詠唱を維持するのに必死で隠密に気が付けない。

 ベート、ティオナはそれぞれの敵に集中して気が付いていない。

 アイズはそもそも距離が離れすぎている。

 フィンは……何かに気が付いたように目を見開いた。

 冷静沈着な彼にしては珍しく、弾かれるように後方を振り返る。

 その視線の先はレフィーヤだ。

 

 その小人族(パルゥム)の体を向かわせようと、動き出す。

 【猛者(おうじゃ)】は、今までベル・クラネルの下に向かおうとしていたフィンの奇妙な行動に眉をひそめるが、こちらに来ないのならばそれでいいと見逃した。

 【ロキ・ファミリア】の団員たちは、団長の突然の転身に戸惑いを隠せないようだ。

 そしてヴァレッタは……唇を吊り上げて、哄笑と共に自爆兵を突撃させた。

 

 そこからフィンの判断は早かった。

 一秒の間に槍で狂信者たちの自爆装置を破壊、及び吹き飛ばす。

 だが、その一秒が致命的だった。

 

 ズドンッ、と発砲音。

 同時にフィンの体が倒れ込んだ。

 勇者の焦燥をついた鮮やかな手口は、姿の見えない闇派閥(イヴィルス)の切り札だろう。

 

(レフィー……っ)

 

 間に合わない。

 もう男はレフィーヤに接近している。

 前にパーティーを組んだから分かる。

 レフィーヤの近接戦技術は高くない。むしろ、レベル3としては低すぎるほどだ。

 並行詠唱もまだ練習中と話していた少女に対処できるのか。

 

 男は恐らくレベル4だというのに。

 

「……っ」

 

 切っ先が赤い華を咲かせる寸前。

 エインの中にレフィーヤとの思い出が蘇った。

 諦めきっていた時に見つけてしまった希望。

 穢れ切った自分の中に芽生えた綺麗な宝物。

 

 それが奪われる。

 あの笑顔が永遠に失われてしまう。

 

 そう、思ってしまった。

 

「……ッ【ディオ・テュルソス】‼」

 

 黒い雷が走った。

 その行く先はベル・クラネル……ではなく、今まさにレフィーヤに襲い掛かろうとしている男。

 

「え?」

「っ!? 新手ですか!?」

 

 細目の男は間一髪魔法を避ける。

 第一級冒険者にも劣らない魔力の塊に冷や汗を流す中、遅れて金髪の小人族(パルゥム)が槍を振るった。

 反応も許されず壁に叩きつけられる男。

 レフィーヤはようやく自分の身に迫っていた危機に気が付いたのか、慌てて杖を構える。

 

「クフフッ……これが世界に轟く小人族(パルゥム)の勇者の力……っ。勉強になりました」

「……見ない顔だな」

「おやおやこれは心外ですねぇ。これでも闇派閥(イヴィルス)に身を置いてそこそこ長いのですが」

「君が何者かはあとでじっくり聞こう」

「ふふっ、そうしたいのはやまやまですが……流石にお遊びが過ぎました。連れ戻されてしまうようです」

「何?」

 

 何の前触れもなく。

 男の姿が虚空に消える。

 

「だ、団長……!?」

「……辺りに気配はない。本当にいなくなったのか……? なんにせよ、このままでいるのは危険だろう。アイズと合流してくれ。こっちもそろそろティオナが不味そうだ」

 

 釈然としないものを感じながら、再びフィンはオッタルとの戦闘を再開する。

 レフィーヤもフィンの指示に従い、アイズの下に向かった。

 

 その一部始終を見ていたエインは地面にヘタレ込み、呆然と自分の手を見ていた。

 

「なんで……(エイン)が……?」

 

 様々な者の想いを置き去りにして。

 戦いは決着へと加速する。 




 今回の原作との小さな相違点。
 レフィーヤが平行詠唱を会得できていない。
 フィルヴィスがあんなだったからね。訓練なんてやってる暇がなかった。

 なんかハードモードがどんどん加速しているけど、作者はミノタウロスにシャイニングウィザードを叩き込むベルが描けて満足です。

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