本編よりも過去の出来事です。
十二歳の春、私は難しい病気に掛かった。体が段々変化して、数ヶ月で女性へと変わってしまう病気。最初は些細な違和感だった。節々が痛み、声が枯れ、体の様々な所に少しずつ異変が生じた。沢山の医療機関をたらい回され、県内一の病院でやっと私の病気が発覚した。直ぐに入院が決まったけれど、私の病気に治療方法はなかった。だから入院は検査の日々。毎日、毎日変わっていく体。
機械で、手で、言葉で、体中を弄り回される日々。私の精神はぼろぼろだった。
誰かを気遣う余裕なんて私にはなかった。ある日、一人のお友達がお見舞いに来てくれた。名前は翔梧君。いつも私を引っ張ってくれる大切な友達。だけど、私は彼を追い返してしまった。
見られたくなかった。人に、会いたくなかった。病室の扉が空くたびに、私は震えが止まらなくなって。とにかく誰にも会いたくなかった。
彼の面会を断った次の日。お昼を食べ終わってしばらく経った頃、病室の扉がゴンゴンと嫌な音を立てた。女の人の声がする。検査の時間、そう思った。だけど、そうじゃなくて、入ってきた看護師さんの手にはゼリーが一つ握られていた。病院の食事で出るような、小さくてあまり美味しくないヤツじゃなくて、大きなブドウが沢山入った、美味しそうなゼリー。どうしたの、と私が聞く前に「奈留ちゃん。昨日の男の子からお見舞いだって」、そう看護師さんが言った。紫に輝くゼリーに私の視線が吸い寄せられる。
私は、痛む手を伸ばした。少し小さくなった手に乗せて、病室の明かりを吸って輝くゼリーを眺める。
「奈留ちゃん。スプーンいる?」
そう聞くお姉さんに私は首を振った。もう少し見ていたかった。
そうしていたら、直ぐにあの時間がやってきた。私の担当の医者が病室に入ってくる時間。
「鳴乃さん。お加減いかがですか」
彼はいつも、そう言って入ってくる。人の良さそうな声。だけど私はこの医者が嫌いだった。この人が入ってくる時は嫌な時間の始まりだから。
「大丈夫、です」
大丈夫じゃなかった。体中が震える。涙が出そうになる。
そして、検査が始まる。歩けない私は、基本的にベット移動になる。ベットを押され、検査室へと向かう。幸い今日の検査は一人で寝ていれば済む検査らしい。それでも長時間ずっと機械音に晒されながら目を閉じていると、嫌なことばかり考えてしまう。嫌な検査だ。
「金属類など、お持ちじゃないですか?」
この検査の担当の人が私に言う。何時ものことだ。だから私も何時ものように答える。
「ないで――あっ。ゼリー」
私の手にはぶどうゼリーがしっかり握られていた。当然検査室には持ち込めない物。さっきゼリーを届けてくれた看護師さんに預かってもらって、部屋へと入っていく。
「しっかり預かっておくからね。奈留ちゃん。頑張って!」
お姉さんに見送られ今日の検査が始まった。耳に付けられたヘッドホン。そこから流れる音楽をかき消す機械音。目を閉じて意識を消そうとしても、思い浮かぶのは嫌なことばかり。
――だったはずなのに、今日はなんだか感じが違った。
浮かぶ景色は青空で、私と、翔梧君が笑っている。一月前までは当たり前だった光景。どうやら記憶の中の私達はサッカーをするらしい。二人で。ゴールも無い空き地。地面に小さな四角を書いて、そこを通ったら一点、そんなルールでスタートした。外しまくる私と、入れまくる翔梧君。
日が暮れるまで私達は走り回った。途中で翔梧君の友達が合流して、一緒になって遊んだ。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。他の子達はそれぞれ帰っていき、私達はまた二人になる。もうすぐで翔梧君ともお別れの時間。だけど私は寂しくなかった。明日も明後日もその次も、ずっと会えるのだから。お別れを言い合って、私達は別れる。そして……、
「鳴乃さん。お疲れ様です」
「えっ……あ、はい」
気付いたら検査が終わっていた。そのまま病室へと運ばれて、今日の検査はこれだけだと言われた。明日も検査があるらしい。しかし、私の意識は喋っている人より、その後ろの看護師さんに向いていた。正確には持っているゼリーに視線が釘付けだった。
「奈留ちゃん、お疲れ様。はい、これ」
「ありがとう、ごさいます」
翔梧君からの贈り物を受け取る。スプーンも一緒に持って来てくれていたけど、それはお返しした。
「あら、いらなかった?」
「お守り、なので」
食べられるわけなかった。翔梧君から貰ったお守りを。
入院生活が始まって久しぶりに見た、幸せな夢。それをくれたお守りを私は大切に抱きしめる。
その日から、それまでと同じ筈の検査が、苦痛ではなくなった。お守りが私を守ってくれた。
そのお守りも数日後には、我慢できずにお腹の中へ入っちゃったけれど、翔梧君はそれからも沢山お見舞いを持ってきてくれた。常に片手に何かを持って移動して、ナースのお姉さんには一杯迷惑を掛けたけど、怒ったりしないでいつも預かってくれた。
そんな日々を送っていると、やがて私の心にも余裕が生まれる。私に嫌なことをするお医者様も、看護師の人も、皆私を気遣って、優しくしてくれているって、その時やっと気付けた。
「あれ? 奈留ちゃん。今日は何も持ってないの?」
「はい。いつもありがとうございます。お守りがなくても、もう大丈夫です」
この日、私はいつも手に持っていたお守りを病室に置いてきた。
病気を発症して早二ヶ月。私の体は、ほぼ変化を終えた。新しい器官が作られ、女性特有の現象も一週間くらい前に突然来て、三日前に終わった。歩けない程の体の痛みは既に消えて、今やリハビリがてら病院中を歩きまわる日々。お医者様への苦手意識も、もうない。
「今日は、採血してから、お喋りして、ぼーっとして、おしまいでしたよね?」
採血だけはちょっと嫌だけど、後は大丈夫。
特にお医者様とお喋り。それが最近はとても楽しい。退院したらやりたい事を沢山話すのだ。そうしたら、あっという間に時間が過ぎてしまう。
「今日は、終わったら下の喫茶店に抹茶ラテを飲みに行くので、なるべく早めでお願いします」
「ふふっ。先生に伝えておくね」
そんな軽口を言いながら、私の入院生活は進んでいく。
やがて、毎日あった検査が数日に一度になり、何もない週も増えていって。次第に退院が見えてきた、そんなある日、両親とお医者様が病室にやってきた。ついに退院かな? そう思った私の考えは半分だけ正解で、残り半分は予想外のものだった。
「――転校?」
私に突きつけられたのは引越しと、それに伴う転校。理由はすぐに察した。私を守るためだと、理解した。引越す家も既に準備が済んでいるらしい。勿論、私の知らない土地だった。分かったのは、ここより遠く離れた場所だということだけ。
「引越しは、いつ?」
冷静に聞いた。だって私には絶対に、やらなければならないことがあるから。たとえ明日だと言われても、絶対に。
お医者様とお母さんが予定を教えてくれた。
「退院は週明けを予定しています」
「引越しは来週末よ」
よかった。少しは余裕がある。私はすぐに、お母さんに翔梧君への伝言を頼んだ。退院翌日、放課後の少しの時間を私にください。そんな伝言。お母さんは「分かったわ」、といって病室を飛び出していった。お医者様は私を気遣う言葉を掛けてくれる。「私は、大丈夫です」、そう言って笑うと、お医者様はすぐに病室を出てくれた。
私は部屋で一人になった。頬を触る。――よかった。涙は出ていない。
私の胸に後悔が溢れる。こんなことなら、変な意地張らずに、翔梧君に会っておけばよかった。変わっていく所を見られたくない、なんて訳分からない事、言うんじゃなかった。
コンコン。
病室のドアをノックする音がして、誰かが入ってくる。
「奈留ちゃん。大丈夫?」
看護師さんの声。話し方から、きっと今の話を聞いて、来てくれたのだと思う。
「奈留ちゃんとお話ししたいなって。いいかな?」
「はい」
病室の小さな椅子を並べて座る。ずっとお世話になりっぱなしの、優しいお姉さん。
そっか……。翔梧君だけじゃなくて、お姉さんともお別れなんだ。
「お姉さん……ここ退院したら、お引越しなんだって」
「うん。先生から聞いた」
お姉さんは優しく頷いて、私の言葉を待ってくれた。
「私、退院したらやりたい事、一杯あって……でも、それ全部、一人じゃ出来なくて……っ」
言葉が勝手に口から漏れ出して、私の気持ちを勝手に代弁する。お姉さんが優しくて、私はそれを止めることが出来なかった。
「一緒にやりたかった人、いて……。ずっと、支えてくれたの。私のこと……」
お医者様と一緒に作った、退院したらやりたい事リスト。そこには私がやりたい事、思いついたことが沢山書いてある。どれも一人じゃ出来ないこと。彼と一緒にいることが大前提だった。
「おね、おねえさん。リスト……どうしたら、いいの?」
いつもポケットに入れていた、最後のお守り。使えなくなったリストを私は取り出した。
もう実現されることのないリストの行き場を私は求める。
「奈留ちゃん……あのね。まだ幼い奈留ちゃんを守るには、お引越ししか、方法はないの……」
「うぅ、でも……わた、私。いきたく、ない」
「うん。そうだね。だからね、奈留ちゃん。……帰っておいで」
「ひぅっ……かえ、る……」
私の頭にその言葉が沁みこんでくる。
帰ってくる。戻ってくる。
「いつ、なのかな……私、いつ帰ってこれる?」
「うーん。そうだなぁ。奈留ちゃんは今、中学一年生だから。高校を卒業したら、こっちの大学に入学する、とかどうかな?」
お姉さんの言ったプラン。それは最低でも六年間、どこか知らない土地で暮らすというもの。気が遠くなるほど長い年月。だけどどこまでも、具体的で、私は冷静にそれを考えることが出来た。
「六年……今が十三歳だから……半分。小学校入学から卒業まで……」
なんでだろう。間違いなく長い。だけど、なんとかなる。そんな気になってきた。これから待つ六年間と、その後待つ一生。
「……楽勝、かも」
半分くらいは強がりだったけど、私はそう言うことが出来た。
くしゃくしゃのやりたい事リストを机の上に広げ、一つ一つ見ていく。サッカー、一緒にお出かけ。長い旅行。リストの中のどこを探しても、今しか出来ないものは無かった。
それどころか、訳が分からないものをいくつも見つける。
「料理を作ってあげる」
私、料理出来ないんですけど?
「抱きしめてあげる」
何故っ?
「甘えたい」
お願い、ちょっと待って。ちょっとストップ。
「看病してあげたい」
……看病大切。
「水族館デーっ!」
流石にまずいと、私は紙をポケットに押し込む。顔は……まあ真っ赤だろう。
何これ、全く覚えがない。というか、隣にお姉さんいるんだよ? これどうするの?
「あ、あの……お姉さん?」
「うふふ。健気ねぇ」
うんうん。じゃないよ、お姉さん。
「六年間、忙しくなるわね」
「違うんですって。お姉さん、聞いてください! 本当に違うんです!」
説得力のない弁解を、私は続けた。
全然分かってくれないお姉さんが「そろそろ行かなきゃ」、とにやにやした顔で言ったのはしばらく経った頃。
「お姉さん。ありがと」
「ううん。私こそ、ありがとう。頑張ってね、奈留ちゃん」
三日後、私は予定通り、退院する事になった。「奈留ちゃん、頑張って」、お姉さんの声に見送られて、私の新しい人生が始まった。
久しぶりに乗るお母さんの車。後ろのドアを開けて、乗り込む。ピタリとそろえた脚。その上に揃えた手。
「ふふっ」
「ん? 奈留、どうかした?」
なんだか面白くて、ついつい口から漏れ出した。
「ねぇ、お母さん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「ん、なに? どこか寄る?」
きっとこんな事言ったら、お母さんは困ってしまう。分かっているけど、私は試してみたくて仕方がなかった。
「私の名前。ちゃん付けで呼んでみて」
「は? アンタ何言ってんの、えっ、なに。病院戻る?」
「いいから、呼んでみて」
本気で今来た道を戻ろうとするのを引き止めて、もう一度要求する。ちょっとした悪戯心を顔に浮かび上がらせて、「呼んで、呼んで」、と体を揺らす。
「はぁ……奈留ちゃん。でいいの?」
「……うん。そうだよね。うん。分かってた」
そう。奈留。それが私の名前。ちょっと女の子っぽい私の名前。だけどお母さんは、男の子の僕に、この名前を授けてくれた。名前を呼びながら、大切に育ててくれた。
「私」という言葉に、今の私は違和感を感じない。
最初は楽になりたくて、その言葉を使った。私を私だと認めれば、苦痛がなくなるんじゃないか、そう思って。違和感しかなかったけれど、意地で使い続けた。だけど、「奈留ちゃん」という呼び名を、私の名前だと認識し始めて、気が付くと、私は私になっていた。
今の私に以前の面影は、ほとんど残っていない。僕を構成していたほぼ全てが、この数ヶ月で書き換えられた。医学的にも、法律的にも。ボクはもういない。
だから私は、用意していたもう一つの質問を、お母さんにぶつける。怒るかもしれない。いや、もしかしたら悲しむかも……分かっている。
――それでも、聞きたかった。
「……私さ、お母さんの息子だったよね。……お母さんの奈留は、もういないよね……」
お母さんに「奈留ちゃん」を生んだ記憶は存在しない。私はお母さんから生まれていない。
「僕、お母さんに沢山愛してもらった。……なのに、お母さんを裏切って……」
求めている答えが欲しかった。狡賢い子供。私は一人で生きていけない。だから言葉を求めた。
「私……僕って、もう言えない。違和感があるの……」
言って……お願い。私、欲しいの。
「お母さん……お母さん」
お願い。お願い。……ここに居ていいよって。あんたは私の息子だよって……言って。
「はぁ。アンタ、昔からそう。ちょっと前まで笑ってたと思ったら、いきなり泣き出して……感情の起伏が激しすぎる。付き合わされるこっちは、いつもくたくた。まったく勘弁して欲しいよ」
お母さんの顔は見えなかった。視界にある薄汚れた真っ黒なマットが、ミラーを見せてはくれない。
だけど、分かる。お母さんは怒りながら、
「でもね、私は、アンタが独り立ちするまで、その性格に付き合うって決めたからね」
「お母さん……」
「アンタは私の子供だよ」
――私の欲しい言葉を、くれる。
私はずるい。だって、やっぱり言ってくれた、ってそんな事を思っているのだから。
――だから、これはきっと罰なのだろう。母親から娘への復讐。
何も無い空き地に、男女が二人。翔梧君と私が、真上から差し込む日差しに晒されていた。今日は約束の日の前日。つまり退院日の当日だった。
数分前、車から見る景色が、見慣れた物に変わり、私は数ヶ月ぶりの帰宅に胸を弾ませていた。もうすぐ、そこを左に行けば家が見えてくる。というタイミング。そこで、なぜか車は右へ方向転換した。何事かと聞く私に、お母さんは怪しく微笑むばかり。そのまま数分間、車は走り続け、止まった場所は思い出の空き地。嫌な予感がして、胸の前のシートベルトを握り締める私だったが、抵抗むなしく車から引きずり出されてしまう。走り去る車と木陰に佇む人影を見て、全てを悟った。
「翔梧君……あ、あの。久しぶり」
「あ、ああ。久しぶり」
そして、現在。数ヶ月ぶりの再会は、私にとって複雑な心境だった。
まず、心の準備が出来ていない。予定では一時間精神統一をした後、話す言葉の最終確認。再び精神統一、翔梧君の三十分前に到着して、彼を待つというのが私の計画だった。
「あ、あのね。私、あの……奈留です」
「はい。えっと、翔梧です」
そんなの知ってるよ、と普段なら笑う所。しかし今の私にそんな余裕は微塵もない。
落ち着かないと。確かに予定は狂ってしまったけど、今日この時を、私はずっと待ってたんだから。
「すぅ、はぁ」
周囲の熱ごと吸い込んで、私は心を落ち着かせる。
ちらっと、彼を見る。白のシャツに紺のズボン。首筋に光るネックレス。……かっこよかった。なんで? なんでネックレスなんて。そんなのしてるの見たこと無いよ。やばい。清楚だ、清楚コーデだ。でもちょっと悪ガキ感も残ってる。
「っ!」
じっくり観察していると、当然のように目があった。それだけで私の心臓は、どうしようもない速さで動き出す。それ以上はだめだ。早く済ませないと。
「翔梧君っ! ずっと、ずっと。ありがとう。一緒に居てくれてありがとう。お見舞いもありがとう。すごく元気でた。あと、あとは」
言いたかったことを、全部ぶつけた。出来るだけ彼を見ないように。これ以上、翔梧君への気持ちが変化してしまったら、私はここから出て行けなくなってしまうから。
私の気持ちを察してくれた翔梧君は、なにも言わずに話を聞いてくれた。
私の言葉はやがて終わる。それは翔梧君との、別れの瞬間。涙を隠して背中を向ける私に「奈留」、と翔梧くんは声を掛けてくれた。最後に声を聞きたい。そんな私の気持ちを見透かすように。
私はその言葉を最後に、その場を走り去った。彼が私に向けてくれた気持ちがあれば、きっとこれから待つ、長い六年間も頑張れる。
それから数日、引越しの準備でバタバタする鳴乃家。
荷物の箱詰め作業は何度も中断される。だって、私の胸に彼の最後の言葉がこだまするのだ。仕方がない。その度にお母さんに急かされながら、私はギリギリ準備を終わらせた。
出発当日の朝。ほんの少しだけ、翔梧君が来ないかな、って期待したけど、それは贅沢だったみたい。
彼に会わないまま車は走り出す。
「あら?」
お母さんの声。手に持っているのは、最後に確認したポストの中身だった。
「ねえ、奈留。これ、アンタに」
一枚の真っ白な封筒。宛名は私だった。手書きで書かれた私の名前。裏を捲り、差出人を確認する。
「そんな、えっ。うそ」
差出人、唐架 翔梧。
震える手でテープを外して、中を見る。入っていたのはたった一枚の便箋。翔梧君からの手紙。初めて貰う、彼からの手紙。
「もう。やだ……やめてよ」
私は最後に彼からもらった言葉があれば、六年間頑張れるって、そう思ってた。なのに、なのに……、
「もうダメ。無理。――大好き……」
私はこの手紙のせいで、この日から十三年間、苦しみ続けることになる。
手紙に勇気を貰うたび、手紙を抱きしめるたび、彼の姿を浮かべ苦しみ続ける。
いつかまた、会いたい。こんな手紙を渡す彼に、文句を言ってやらないと気がすまない。
過剰なエネルギーを与えてくれてた彼に、いつか手紙のお返しをするために、私は新たな人生を、日々生き続ける。
知らない土地で送る中学生活。何度も感じる性別の差。がむしゃらに、日々を走り抜けて、少しずつだけど私はそこになじんでいった。
慣れてきた環境。家の近くの高校へと友達と通う。見慣れた景色を笑いながら駆け抜ける。
帰ってきた。本当に懐かしい景色。友人と別れ、この地で新生活を始める。
彼の実家は空き家になっていた。でも、私は泣かない。だってもう六年も待ったんだもの。
喫茶店。ミ・マンキ。
私のお城。私はいつまでだって待つ。きっとまたあの声が聞けると信じて。
「いらっしゃいませ!」