「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
土曜の朝。奈留と再会して一週間が経ったこの日。俺は彼女の店へ足を運んでいた。
チリンという慎ましいドアベルの音。その音と同時に店内に響く店員の声。
しかし、その声は奈留のものではなかった。
茶色の髪を、サイドで纏めた、エプロン姿の小学生。
そんな感じの女の子だった。
「こちら、当店のモーニングになります。全てのお飲み物に無料でお付けできますので。ABCの中からご自由にお選びください」
随分としっかりとした接客をする小学生に、困惑しながらコーヒとAセットを注文する。
この店は、チェーン店以外では珍しい、モーニングサービスをする喫茶店だ。
そう先週、奈留から聞いていたので、そこで困ることは無かった。
なんでも彼女が引越した場所は、モーニングサービスが栄えている場所だったらしい。
いや、そんなことはどうでもいい。
お店に奈留の姿が無かった。今はそれが問題だ。
奈留の姿を探して店内中を見回す。
しかし、店員はさっきの小学生一人だけ。
「お待たせいたしました。お先にコーヒーになります。トーストはすぐお持ち致しますので、少々お待ちください」
「ありがとう。ちょっと、聞きたいんだけど。店長さんはご不在だろうか?」
そこで、コーヒーを持ってきてくれた店員に聞いてみる事にした。
すると、すぐに少女は申し訳なさそうな、顔を作り答えた。
「大変申し訳ございません。店長は少々、外しておりまして。あと五分程で戻ると思いますので、少々お待ちいただけますでしょうか」
なんだか物凄く丁寧な対応をされ、「あ、はい」と微妙な返事をしてしまった。
見た目小学校低学年の少女の口から発せられるのだから、違和感が物凄い。
ペコッと頭を下げた小さな店員は、直ぐに仕事へと戻った。
席数を抑えた店とは言え、モーニングタイムの喫茶店を、一人で完璧に回すその少女。
「なんだ、あれは。頭脳は大人か?」
思わずそんな言葉が出てしまう。
そんな不思議な少女を見ていると、やがて奈留が奥から戻ってくる。
「てんちょー! 2、4番テーブルさん、Aトースト仕上げお願いします! あと、4番テーブルのお客様がお呼びです」
「ごめんね、ハルちゃん。ありがと! 了解」
そうして、奈留がキッチンに、ハルと呼ばれた少女がホールで駆け回り、モーニングタイムは過ぎていった。
その光景は一種の芸術のようであり、エンターテインメントとして成立しているように思えた。
席で奈留を待つ間、ずっと眺めていた俺が言うのだから間違いない。
……勿論ストーカーではない。断じて違う。
途中、頭脳は大人な店員が「お兄さんにてんちょーから伝言です。店が落ち着くまで待ってて、以上です」と、いきなり砕けた口調で言いにきたのだ。だから仕方が無い。
仕事姿の奈留に見惚れてはいたが、それは仕方の無いことなのだ。
最終的に、コーヒー三杯と、紅茶1杯とトーストがお腹に納まった所で、お店のピークは終わった。
「じゃあ、ハルちゃん。私、休憩入るね」
「了解です。ごゆっくり」
そんな彼女達の会話が聞こえた数分後、手にコーヒーカップを持った奈留が俺の席まで来た。
「ごめんね、翔梧君。お待たせしちゃって」
そう言うと、奈留は先週と同じように俺の前に座る。
休憩、という事だがいいんだろうか?
一応まだ俺以外にも一組残っているのに。
そう思ったが、「ハルちゃんいるから」と言った奈留に、俺はあっさりと納得してしまった。
「それよりもだ。何者だ? あの子?」
俺は今一番気になっている事を聞いてみた。
現在は常連らしきおばさま達と楽しげに談笑している少女。
態度や言葉遣いなど、状況に応じて適切に変化させているらしい。
「えっ。翔梧君。ハルちゃんに興味あるの?」
目を見開き、驚く奈留。言葉に悪意がある。
もちろんそうじゃないので、さらっと流す。
「あるわけない」
「だ、だよね。女子高生は流石に犯罪だよね。うん」
「は?」
女子、高生だと……。
「うん。高校二年生。手は出しちゃ駄目だからね?」
勿論目の前に好きな人がいるのに手は出しませんが。
――あ、いや。そうじゃなくても出しません。
断じてロリコンではないので。
……あれ、高校二年生でもロリコンになるんだっけ?
「はじめまして。周防 春と申します。高校二年生の十六歳です」
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。私、唐架 翔梧と申します」
あれから数十分。奈留と入れ替わりで、見た目小学生ロリの店員がやってきた。
なんだか丁寧に挨拶されたので、こちらも相応に応じてみたが、やはり違和感が凄い。
「唐架さん、とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「どのようにでも、呼びやすいように呼んで頂ければ」
「そうですか? では、お兄さんと呼んでもいいです?」
「えっと、どうぞ」
急に口調が砕ける周防さん。多分そっちが彼女の素なのだろう。
さっきのピークの時も奈留に対しては砕けた喋り方だったわけだし。
「では、お兄さん。早速お聞きしますが。てんちょーのこと、どう思ってます?」
そんな、質問から彼女の尋問は始まった。
遠慮というものを、かなぐり捨ててのド直球。
さっきまでの丁寧さ、お淑やかさを奪った人は、少しでいいから彼女に返してあげて欲しい。
「ほう。一応好きと。一応ってなんです? ふざけてるんですか?」
いや、ふざけているわけではなくて。
まだ再開して一週間の俺にどうしろと?
「で、デートの予定は? ない? どうして先週の時点で取り付けないんです?」
いや、だって……言い訳する俺に、彼女は容赦なく言葉を浴びせる。
「なんですか、最初の一歩が難しいって。なるほど、お兄さんはヘタレなんですね。ちょっと待っててください。――てんちょー!」
そう言って奈留の元へ走っていった彼女。
戻って来た時には俺の明日の予定が埋まっていた。明日は奈留と映画だそうだ。
元々は周防さんと奈留の二人で行くはずだった予定。それを周防さんと俺が変わる形なんだそう。
「さて、じゃあ明日のプランを立てましょうか。お兄さん」
そんなこんなが一時間以上続いた。
「周防さん。仕事は?」
「そんなの、こっちの方が重要に決まってます!」
なんか理不尽に怒られた。
見た目ロリの女子高生が叱ってくれる喫茶店はここですよ……。
お願いです。誰か、変わってください。
結局この日は、奈留よりもハルと喋っていた時間の方が長かった。
あっという間にデートを取り付け。当日の綿密なプランを立てた彼女。
感謝しているのは間違いないんだけど……。
「さて、お兄さん。明日はちゃんと頑張ってくださいね」
俺は、あの丁寧口調が恋しくて仕方がなかった。
盗んだ人、本当に返してあげて。お願いだから。
そう思いながら、俺は明日の予定を頭に描き、店を後にした。
「周防 春……中身は見た目以上のインパクトだったなぁ」
青空の下で一人、今日を振り返って出た言葉だった。