TS喫茶物語   作:ヒィミ

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本編 四話

 奈留の手は、正しく女の子の手だった。まあ、他の女の子の手は知らんけども。

細くて。すべすべしっとりで、なんだかふんわりしていた。

 

 そんな彼女に俺は、間違いなく異性を感じていた。

昔と同じように接するなど、俺にとても出来そうもない。

 

 だけど、奈留はどうなんだろう。

俺の肩に頭を乗せて、スクリーンに映される恋愛映画を眺める奈留は、はたして俺を異性と認識しているのだろうか。

 

 スクリーンに映し出される男女が、今正に俺達と同じ体勢で寄り添っていた。

 

 電車で隣り合わせに座る主人公とヒロイン。やがてヒロインが躊躇いながら主人公の肩に頭を乗せる。

どきどきしながらも、主人公はヒロインの肩に手を伸ばす。

 

 そんなシーンを見ながら、奈留は何を思っているのだろうか。

 

 スクリーンでは、肩を抱かれたヒロインが嬉しそうに微笑んでいた。

お互い好き合っているのに、思いを伝えられない二人。

モノローグなんてなくても、表情や仕草が、幸せを表現していた。

 

 一連のシーンは決して奇抜で斬新なシチュエーションではない。

一種の恋愛物の定番。だからこそ何も語られなくても、主人公が取った行動は正解だと分かる。

 

 女性が男性に肩を預けるシーンを見れば、その男性に好意があるのだと、察する事が出来る。

 

 

 ――ひょっとして……。

さっきから、俺の頭の中によくない思考が混じっているのを感じていた。

 

 奈留の息遣いを感じる。

ここまで近付いてようやく感じるほどの、控えめな香水が鼻腔を蕩かす。

 

 ――ひょっとして、彼女は……。

シーンが移り変わっても、奈留は俺に体を預けたままだった。

 

 今、彼女はどんな表情をしているのだろう。

 

 ずっと正面を向いている俺にはその顔が見えない。

見るには振り返るしかない。顔を見る、ただそれだけを目的として。

 

 ――ひょっとして、奈留は……あのヒロインのような表情を、しているのではないのか?

 

 もしも彼女の仕草が、ただの無邪気じゃないんだとしたら……。

 

 邪な思考はとめどなく溢れて止まらない。

 

 もしかしたら、彼女に好かれているのではないか。

そんな事まで考えてしまう。

 

「あ……」

 

 その時、それまで身じろぎ一つせず映画に見入っていた奈留が、小さく声を漏らした。

途端に肩が軽くなる。奈留の体は俺から離れて、自分の席にしっかりと収まっていた。

 

 突然の事に驚き、彼女の方を向く。

そこには俯きがちにスクリーンを見る奈留の姿があった。

 

 どうしたんだろう。そう思い、俺はしばらく見れていなかったスクリーンに視線を向ける。

 

 視線を向けた先には一組の男女。抱き合う主人公とヒロインがアップで映し出されていた。

気付かないうちに物語は佳境へと突入していたらしい。

告白シーンはとうに通り過ぎ、抱き合う男女のキスシーンへと物語は移行していた。

 

 そこまではっきり映すか、と言いたくなる程、濃厚なキスシーンが繰り広げられている。

 

 俺の感覚では、少し前まで電車で青春していた筈の男女による、突然のキスシーン。

一瞬思考が停止して、気恥ずかしさが大分遅れてやってくる。

 

 ――あぁ、そうか。奈留はこれを見て。

 

 しばらくして、突然彼女が俺から体を離した理由を理解した。

 

 キスシーンを見て、やっと男に対して危機感を覚えた。そんな所だろう。

やっぱり俺の勘違いだったんだ。

 

 そう納得しようとした。

 

 しかし、奈留から向けられる視線がそうさせてはくれない。

 

 暗がりでも分かった。

奈留が見たこともない顔をして、チラチラと俺を見ているのが。

唇を指で触りながら、口を小さく開閉させる。そんな彼女の表情、仕草は、まるで今のヒロインをそのまま映しているようだった。

 

 映画の描写的には『もっとして欲しい』と伝えようとしているシーン。

 

 そうなのか? まさか本当に奈留が俺のことを?

頭の中で浮かんでは消える、そんな疑惑。

 

 もし仮に俺が主人公だったなら、奈留の頬に手を伸ばしていただろう。

 

 だけど、現実の俺にそんな勇気など無かった。

彼女から向けられる視線にただ悶々として、過ぎる時間を待つことしか出来ない。

 

 目を閉じて、異様に遅い時間を過ごす。

ひょっとして今、目を開けたら……いや、もしかしたら今にも唇に何かが当たるんじゃないか。

 

 行動する勇気はないのに、思い浮かぶのはそんな事ばかり。

 思春期にでも戻った気分だ。本当に、我ながら情けない。

 

 そんな事を考えていると、やがて映画は終わる。

 

「翔梧君。起きて。終わったよ」

 

 肩が揺らされる。

 

 目を開けた時、彼女は普段通りの顔で俺を見ていた。

いっそ夢だったのか、そう思いたくなるほど普通な奈留。

 

 しかし、勿論夢ではない。

片時も眠れなかったのだ、夢など見るはずもないのは俺が一番分かっている。

 

「翔梧君。まだ時間あるよね? ウィンドウショッピングしようよ。ねっいいでしょ?」

 

 ほら、行こうよ。そう言いながら歩きだす奈留。

俺はそんな彼女に慌てて付いて行く。

 

 

 

 

 

 

 映画館を出て、ショッピングモールへと移動する。

日曜という事もあり、親子連れやカップルでモール内は賑わいを見せていた。

そんな中を俺達はぶらぶらと歩く。時々気になったお店に入り、気に入った物があったら買う。

定番のウィンドウショッピングデート。

 

 チラッと隣を歩く奈留を見る。

 さっきの映画館を出てから、奈留はなんだか落ち着いていた。

 

 別に元気がない、だとか。不機嫌だとかそういう事ではない。

 

 ただ、今朝のように手を握ってくることが無かった。

映画を見ている時のように、心を揺さ振られる程のどきどきに襲われることも無かった。

彼女の無防備な姿を見なくなった。それだけのこと。

それは悪いことではない筈なのに、俺はどうしようもなく違和感を感じてしまっていた。

 

 笑顔で先を行く彼女に、リードされて進むデート。単純にただただ、楽しい時間。

 

 

「あ、見てこの服、翔梧君に似合いそうだよ」

「俺の年でそれは、きつくないか?」

「そんなことないよ。ほらちょっと着てみてよ」

 

 服屋では奈留に服を選んでもらった。

 

「翔梧君はこれとこれ、どっちが好き?」

 

 奈留の私服選びに付き合った。

センスの無い俺にはきつい質問だったが、彼女は俺の選んだ服を「じゃあ、これにするねっ」なんて言いながら購入してくれた。

 

「翔梧君の一口頂戴」

「もちろんいいよ」

「ありがと。じゃあお返しに、私の抹茶アイス食べていいよ」

 

 アイスを一口ずつ交換したり。

 

「これ、いい香り。ねっ、今日の記念に何かお揃いで買おうよ」

 

 いい香りの石鹸を記念に買ったり。

 

 そんな昨日まで見ていた夢が現実になったような、不思議な時間。

 

 それは確かに楽しかった。

けれど、なんだか俺だけが楽しんでいるような、そんな気がして仕方が無かった。

 

「奈留……何かしたい事とかないのか?」

「私? 私は翔梧君と一緒に居られたら、それでいいかな」

 

 奈留は笑顔だった。

本当のことを言っているような笑顔。

 

「そんな事より、翔梧君はしたい事ないの?」

 

 彼女は俺に言う。

 

 ――あぁ、ようやく分かった。

 

 無邪気で子供な奈留、なんて始めから居なかったんだ。

奈留は、今日一日、俺のことだけを考えてくれていたんだ……。

 

 子供だったのは……俺だ。

 

 

 

 

 

 

 

「翔梧君。今日はありがとね。凄く楽しかった」

「俺も、凄く楽しかった」

 

 帰りの車内。静かな空間で、助手席に座る奈留と穏やかに会話する。

 

 きっと一日遊んで疲れたのだろう。

その会話を最後に奈留は今日買った石鹸を膝に抱きしめながら、眠ってしまった。

 

 

 信頼、してくれているのだろうか?

 

 今日のデートで実感した。奈留はきっと俺が思っている以上に、大人の女性へと成長していると。

 

 映画館を出てから、俺はずっと彼女にリードされっぱなしだった。

彼女が、とても楽しい時間を過ごさせてくれた。

 

 子供のような無邪気さ。

俺は今朝、そう思った。だけど、それは違う。

奈留は異性への距離感も、危機感もしっかりもっている。

その上で、俺に身を預けてくれているのだ。

 

 それが、どんな感情からくるものなのか。

それはまだ分からないけれど、俺はもっとちゃんと彼女に向き合わなくてはいけない。

 

 俺もちゃんと成長しなくてはいけない。

 

 そうして、彼女に釣り合う男になれた時、きちんと俺から告白しよう。

いつまでもリードされている訳にはいかない。

幸せそうに眠る彼女を見て、俺はそう決心した。

 

 

 

「奈留。起きろ。家付いたぞ」

「ん? あぁ、ほんとだ。私、寝ちゃってたんと、うぁ……折角のデートが……」

「忘れ物無いようにな」

 

 帰り支度を進め、車を降りる奈留。慌しいデートの終わり。

 

 自宅のドアの前で、なにやらあわあわする彼女に俺は言う。

 

「奈留、バッグ。バッグ忘れてる」

 

 助手席に置き忘れたバッグ。

膝に抱えていた袋だけを持って車を降りた彼女のドジを少しだけ笑う。

奈留は恥ずかしそうに、バッグを受け取り、鍵を取り出すと早足で離れていった。

 

 鍵を開け、ドアノブに手を掛けた奈留。

しかし、彼女はその手を離し、もう一度俺の車へと走ってきた。

 

 また忘れ物だろうか?

 

 そう思った俺だったが、奈留の用事はそんな事ではなかった。

 

「あのね、翔梧君。こんなこと言われたら、困っちゃうかもしれないけど。やっぱり言わせて」

 

 俯きながら。いや、瞳を隠しながら、彼女は言葉を紡いだ。

 

「あのね。本当に、今日はありがとう。幸せな時間をありがとう。夢の時間をありがとう。……私は、この幸せだけで満足だから。もう、あなたの嫌がることは、しないから……また、私と……デート、して、もらえませんか?」

 

 ――そうか。彼女も俺と同じ気持ちだったのか。

今度はもう、勘違いかもしれない。なんて言わない。

 

 あの映画館で見た彼女は、勘違いでも何でもなかった。

 

 ……俺の嫌がる事はしないから。か。

だからあの時、彼女が突然大人になったように感じたのか。

 

 奈留は目一杯の勇気を出して、行動してくれていたのに。

ヘタレて、あしらい続けてしまったから……。

 

 彼女の必死の言葉に、俺はやっと自分の過ちに気が付いた。

だけど、今気付いたところでもう遅い。今日は既に終わってしまった。

 

 終わってしまった今、出来ることは何か。

それは、彼女の願いに答えること。

いや、彼女だけの願いじゃない。俺だって同じことを思っているのだから。

 

「来週の日曜とか、予定空いてるか?」

「う、うん。……うんっ! 空いてる! 空いてるよ!」

「その日に、また俺とデートしてくれませんか?」

「うんっ! やったっ。 あっ、じゃ、じゃあね。また今日と同じ時間、同じ場所で待ち合わせでいい?」

「もちろん。楽しみにしてる」

 

 そう言うと、奈留は濡れた瞳で微笑みながら、自宅へと帰って行く。

最後に彼女は小さく手を振り、家の中へと入っていった。

 

 

 

 しかしだ……。

 ――今の雰囲気で、告白できないとか……。

自分のヘタレ具合が嫌になる。

奈留の背中を見ながら大きく溜息を吐いた。

 

「はぁ……。俺もそろそろ帰るか」

 

 そう思い、車を発進させた。その時、

 

「翔梧君!」

 

 帰ったはずの奈留の声が、後ろから聞こえてきた。

バックミラーには走る彼女の姿が映っていて、俺は慌てて車を戻す。

 

「帰ろうとしてたのに、ごめんね。あの、翔梧君にお願いがあって」

 

 一呼吸置いて、彼女は言った。

 

「あの、私と連絡先を、交換してください!」

 

 そう言って奈留はスマホを突き出した。

 

 もちろん、俺に断る理由はない。

 

 

「じゃ、じゃあ。今度こそ。おやすみなさい。翔梧君」

「おやすみ。奈留」

 

 この日、俺の電話帳に奈留という名前が追加された。

 

 

ピロン。

 

 『初メールです。今日はありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね。あと、来週の約束、楽しみにしてます。忘れたら許しませんからね! 奈留』

 

 

 

 




 今回の話、何かが違う気がする……。
 でも何が違うのかが分からない。

 なのでご批判、ご意見、心よりお待ちしております。
お願いします。
作者の力ではこれ以上直せそうもありません……。 


 勿論それ以外の感想もお待ちしています。


 ……でもやっぱり今は批判や意見が欲しい。
三話先くらいまで書いてるけど、どれも納得いかないんです。
どなたか力を貸してください。
お願いします。

 今回の話は後日修正を入れる可能性があります。


 
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