空は相も変わらず青く澄み渡っていた。
雲ひとつなく、遮るもののない直射日光が私の体力を容赦なく奪っていく。
あぁ。もうやだぁ……お家帰りたい。
なんて言っても今日は平日。中学生の私は学校に行かなければならない。
私が学校に復帰して、二週間。
その間、一日たりとも雨は降らず。……あ、いや。一応土曜日に一回降ったっけ。
平日に降らないと意味無いんだって……。
とにかく、最近の通学路はさながら毒の沼を歩いている感覚になる。
しかも、体力一ずつ減るとかそんな優しいものじゃない。
一歩進むごとに十は減っている。……気がする。
あぁ、ポーションが欲しい。
……まあ、居ないんだけど……はぁ。
まったく、道具屋もないのか、この街は。
あっ、やばい。私の脳内、若干お口悪くなっている気がする。
はぁ。気持ち切り替えよ。
そろそろ待ち合わせ場所に着くしね。
始業式の日に、お友達になってくれた月菜ちゃん。
凄く押しの強い子で、いつのまにか、次の日にはもう一緒に登校することになっていた。
それからは毎日一緒。今の所、ここでの唯一のお友達かな。
家から三分。待ち合わせ場所の公園が見えてきた。
ここからでは姿までは見えないものの、佇むシルエットがあった。
少し近付くと、今度は私と同じ制服を着ているのが見える。
もっと近付いて、やっとその子の姿がはっきりと見えた。
同時に、聞こえる大きな声。
「あっ、なっち! おーい、おーい、なっち! おっはよー」
ふんわりショートの髪型が、手を振る動きと連動して、元気に動いている。
相変わらず元気一杯だなぁ……。
「おはよう。朝から元気だね、月菜ちゃん」
「だって、暑いとテンション上がってくるじゃん」
「うーん。私は暑いのはあんまりかな……」
私も昔はそうだったんだけどなぁ。綺麗な青空に胸を躍らす、そんな少年だったと思うんだけど。
外で遊ぶのとか全然平気だったし。
夏休みとかも平気で一日中、外でサッカーしたり。それが凄く楽しかったんだけどね。
私も大人になったって、ことかな。
元気に、はしゃぐ月菜ちゃんを見てそう思った。
夏の日差しはとどまる所を知らない。
そりゃあ、一月前に比べたら多少ましにはなっているんだろうけれど……。
「ねー、なっち」
暑い……。
日差しは針のように突き刺さる。
……学校って、こんなに遠かったっけ?
「なっち、ねえって。おーい」
もうちょっと……。
学校まではもう少し……。
「なっち? ね、ねえ。わ、私、何かしちゃったかな……。ごめんなさい。うるさかったかな……鳴乃さん」
「……はぁ、はぁ」
「……鳴乃さん、ひょっとして……」
あ、学校、見えてきた……。
気が付くと、私は横たわっていた。
「ここは……?」
どうやら私はここで寝ていたらしい。
真っ白いカーテンで囲われたベッドの上に、制服姿の私。
ズキズキする頭を抱えて、体を起こす。
「病院……? かな?」
室内に私以外の気配は無い。
取り敢えずここがどこだか探ろう。
足を床につけ、そのまま立ち上がった。
「あれ?」
おかしいと思ったのは私の格好。
上は制服だった。それなのに、下半身にスカートは無く、代わりに穿いていたのは体操服のズボン。
その姿はなんだか凄くアンバランスに感じた。
ちゃんとズボンは穿いているのに、下半身だけ下着を見せているような、そんな感じ。
少し恥ずかしい……。
このままの姿で人前に出るのはちょっと嫌だなぁ……。
そう思って、寝ていたベットの周辺を探す。
「あっ、あった」
ベット脇の小さなテーブルに、綺麗に畳まれたスカートが置いてあった。
それに手を伸ばし、一応タグに書かれた名前を確認する。
そこにはしっかりと私の名前が書かれていた。
よし、誰か来る前にちゃちゃっと穿こう。
体操服はそのままに、スカートを膝丈になるように穿いてファスナーを上げる。
後は、ズボンを脱いで……あれ、これも私のだ。
インナーだけだとアレだからって事かな?
体操服は教室に置いてあった筈だし……てことは、ここは学校?
脱いだズボンを畳みながら、ぼんやりと考えていた。
その時、
ガラガラという音と一緒に、誰かの声が室内に響く。
カーテン下の隙間から見える足は、真っ直ぐ私に近付いてきた。
「あら。鳴乃さん。起き上がって大丈夫?」
カーテンを開けて入ってきたのは、お母さんと同じ位の年齢の女の人だった。
白衣を着たその女性。知らない人だけど、なんとなく誰なのかは分かった。
「えっと、保健室の先生、ですよね? ここ、保健室ですか?」
「ええ。あなた、どうしてここにいるか、覚えてない?」
「覚えてないです。気付いたらここにいて」
そう答えると、先生は私が熱中症で倒れたと教えてくれた。
正確には、意識は何とかあったみたい。だけど、様子がおかしいことに月菜ちゃんが気付いてくれて、私を保健室まで運んでくれたらしい。
体操服を教室から持ってきてくれたのも、月菜ちゃんだった。
月菜ちゃん、ありがとうね……。
今は心の中でお礼を言っておく。後で会った時には直接言わないとね。
「でも顔色もだいぶ良くなったみたいね。どう? めまいや吐き気はない? 頭痛とかはある?」
「ちょっと、頭は痛いです……。めまいとかは、無いと思います」
「そう。恐らく熱中症だと思うけど、一応お家の方には連絡したから、今日はもう帰りなさい」
まだ頭の痛みもあったし、意地張っても仕方がないので、私は素直に頷く。
その後は念の為にと、強制的にベッドに戻され、お母さんが来るのを待った。
大丈夫? と数分置きに先生は声を掛けてきて、その度に大丈夫ですと答える。
実際、目を覚まして十分経った頃には、頭の痛みも消え、いたって普段通りの体に戻っていた。
私、授業出れます! って言いたい位には健康体に戻ったけど、流石に言わなかった。
受け入れられるわけがないから。
それにしても不思議だよね。
外にいた時間なんて精々十五分位なのに、そこまで重度の熱中症になるなんて。
女の子になって、体弱くなったのかな……?
その後、直ぐにお母さんは来ので、そのまま車で帰宅。
中学生活開始から僅か二週間で、私は一度目の早退をした。
「もう、お母さん! 病院は大丈夫だって。もう元気だから、ねっ」
しきりに病院に連れて行こうとするお母さん。
それを大丈夫と言って止める私。
この時は大丈夫だって、思った。
体は元気だったし、それに私には倒れたという自覚が、実はあまり無かったのかもしれない。
思えば、この日ちゃんと病院に行っていれば、あんな事は起きなかったかもしれない。
「なっち! ねぇ、なっち! 鳴乃さん鳴乃さん!――先生、早く! 鳴乃さんが!」
ほっぺがじゃりじゃりする。
泣いている月菜ちゃん。その周囲もなんだか騒がしい。
あれ? 私どうしたんだっけ?
分からない。
雲ひとつない青空が、私の事を眺めていた。
差し込む日差しが、とても辛い。
体が少しも動かない。
私、死ぬのかな……?
ほっぺに雫が……泣かないで、月菜ちゃん。
翔梧君……会いたいよ……。
意識が消えていく……これで、最後……なの……?
つきなちゃん、しょうごくん、ごめん、ね……。
稀によくあるちょっと意味深な引き。
すみません。やってみたかっただけです……。