私が私になるまでの ~黒江真由、中学生編~ 作:ろっくLWK
〈Company Front〉
写真帳をぱたんと閉じ、そこで真由は一息をついた。
「ごめんね。私ばっかり喋っちゃって」
「ううん、全然構わないよ。真由ちゃんの昔の話聞けておもしろかったし」
本当はちょっと語るだけのつもりが、気付けばずいぶん長々と喋ってしまった。そんな真由の詫びに、目の前の彼女はふるふると首を振ってみせる。友人宅に招かれて、二人きりでのお泊まり会。向こうにとっても忙しいであろうこの時期にあえてそれを提案してくれたのも、彼女の方からだった。
「それにしても何ていうか、人に歴史あり、って感じだね。そういう経験があったんなら、真由ちゃんがこういう感じなのもちょっと納得できるかも」
「こういう感じ?」
「うまく言えないけど、自分のことより他との調和を重んじるっていうか、結果より過程を大事にしてるっていうか」
「そうかな。多分だけど、結局は自分のためにしてることだよ。変な軋轢を生みながら吹くよりもわだかまりなく吹いた方が楽しいって思ってるから、そのための選択をしてただけで」
そう。真由にとって、集団か個人かといった線引きに意味などない。真由はただ純粋に皆で音を合わせる喜びを、より質の高い音楽を奏でる楽しさを、ひたすら追求していたいだけだった。それが他のどんなことよりも自分を満たしてくれるから。
「でもそれだけでも上手く行かないっていうのを、ここのみんなに改めて教えてもらったって思ってる」
「そう言われると、なんか心苦しい」
悶えるように身をよじらせた友人に、真由は短く苦笑を返す。あれから幾つかの学校を渡り歩き、新しい出会いと経験を重ね、その度に真由は少しずつ自分の考えとスタンスを修正してきた。それはここに来てからも同じだ。
自分はまだまだ未熟。だからこそ、変われる。もしも自分が誰かに影響を与えているというのなら、それはその誰かもまた自分に影響を与えてくれているということでもある。こうして人は互いに影響し合い、互いをちょっとずつ変えていく。自分たちがそうであったように。
「私ね、みんなと仲良くしたいって思ってるの。私自身、音楽に対して求めてたものに繋がってるから。そのために出来ることを私なりにしてきたつもりだった。その原点があそこに、曲北にある」
「こっちに転校して来てすぐの頃、真由ちゃんが言ってたことだね。あの時は全然分かんなかったけど、うん、こうやって昔の話を聞いた今なら何となく分かる」
「それがみんなにはもしかして、私が自分を犠牲にしてる、って映ったかも知れない。苛立たせちゃうこともたくさんあったかも。けど、それでも私には、そういうつもりなんてこれっぽっちも無かったの。みんなが納得した上で最高の合奏が出来れば、私はそれで十分だったから」
「うん」
「ごめんね。今考えればそれもこれも全部、私の独り善がりだったよね」
「そうじゃないよ。私だって、ヘンにこだわってた。真由ちゃんの事もうちょっと色々分かってあげられてたら、もっと違う答えだって出せたはずなのに」
やっぱ私ってダメなやつ。自己を卑下する一言と共に、友人がぼふりと枕に顔をうずめる。そんなことないよ、と真由は言ってあげたかった。すれ違う日々に悲しみを抱きもしたし、どうして伝わらないんだろうと思い悩んだ夜もある。けれど今は、こうして互いに歩み寄ることが出来ている。それこそが真由の求めていたものなのだから。……けれどありのままを言葉にしても、きっと彼女は納得してくれない。だから真由はあえてこう告げる。
「本当はね、少し嬉しかった」
「何が?」
「一緒に撮ろうよ、って、あのとき言ってくれて」
ああ、と身を起こした友人が、何かを思い返すように視線を上へと向けた。あの時撮った写真は今も真由の机の上に飾られている。もちろん同じものを焼き増して写真帳にも収蔵してあるのだが、ここのところは見たいと思ったときにいつでも見られるようにと、真由はいくつかの写真を目に付くところへ置くようにしていた。思い出の一ページに自分を加えてもらえた瞬間を、その時感じていたことを、ずうっと忘れずにいるために。
「それまで私、ひょっとして嫌われてるんじゃないかって不安だったの。そんなわけ無い、ってつばめちゃんからは度々言われてたんだけど」
「そう思われても仕方ない態度取っちゃってたからね。本音言うと、こんな上手い子が来てヤバい、って焦ってたのもあったし」
「私だって、ヤバいって思ってたわけじゃないけど、でも上手い子だなって思ってたよ。だから最後のオーディションでも私が選ばれるはず無い、って確信してた」
「何それ。ふつう逆でしょ、確信するなら」
「そうかな。……うん、そうかもね」
くすくすと二人で無邪気に笑い合う。そんな時間がいま目の前にあることもまた、真由には奇跡のようにすら感じられる。
「私、多分これからも、こういう気持ちを大事にしながらユーフォを続けていくんだと思う。ひょっとしたら他の人には損してるって思われたり不思議がられたりするかもだけど、私は私の求めるものを、みんなから教わったやり方で、これからもずっと追っていきたい。きっとその先にみんなが、曲北の人たちだけじゃないみんなが待ってるって、そう思うから」
「私も。どこまでユーフォ続けられるか分かんないけど、私なりの音楽は突き詰めてみたいって思ってる。そしていつか『特別』になりたい。
天に向かって伸ばしたその手を、友人はきゅっと握り締めた。そう、歩む道が異なるだけで、行き着く先はきっとこの子も同じ筈だ。いつの日かそこで再び出会ったとき、恐らくはこの子がそうであるように、ちなつや水月やたくさんの友人たちもまた心から音楽を楽しんでいることだろう。各々が信じるやり方で。各々の見出した答えに基づいて。
「ねえ。真由ちゃんが引っ越しちゃう前にもう一回どっかで吹かない? 例の曲」
「あ、いいね。
「本格的だね」
「せっかくだから残しておきたいの。最高の人たちと合わせる、最高の音」
求めていたものがここにある。それを記録するのは真由の
「じゃあ、そろそろ攻守交替。今度はそっちの番だよ」
「ええ、私?」
「こっちばっかり話すのも不公平だもん。私が私になるまでの物語は、これでおしまい」
くすりと笑い、そして真由は相手に促した。
「私に教えて。
「ええと、そうだなあ」
バトンを渡された友人――久美子は、しばし記憶を探り出すようにウンウンと唸っていた。どこから話したものやら、とでも考えているのだろうか。よし、と腹を括った久美子が一度頷く。その様子をあたたかい気持ちで眺めながら、真由は手元の枕を胸に抱き、久美子の声にそっと耳を傾けた。それはあたかも、幼な子がおとぎ話を聞く時のように。
「あれは、私たちが中学三年生のとき。コンクールの府大会でね――」
これは、誰かが誰かになるまでの物語。
そして誰かの音楽が幕を開ける、その瞬間までの物語。
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この物語はフィクションです。登場する人物、団体、その他名称などは、実在のものとは関係ありません。
また、この作品は「宝島社」刊行の小説「響け! ユーフォニアム」およびこれを原作としたTVアニメの二次創作物であり、全ての権利及び許諾等は、原作者である武田綾乃先生、宝島社、響け!製作委員会に帰属します。
「響け! ユーフォニアム」に心からの愛と感謝を込めて。
二〇二〇年 七月某日 わんこ(ろっく)