MH ~IF Another  World~   作:K/K

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一頭猟断(前編)

「例のモノに関しての報告なのですが……」

 

 ギルド内にある幹部専用の部屋でとある会話が密かに起きていた。

 高級感溢れるソファーに座ってエムからの報告を聞いているエクスとエヌ。エヌの方は貴重な鉱石を掘って作り上げられたテーブルに足を乗せ、あまり行儀の良いとは言えない態度をとっている。

 全ギルドの頭であるエクスを前にしてこの態度。普通の幹部らが見れば卒倒しかねない光景である。ただ、逆に言えばそんなことをしても許される程互いに気心が知れた仲であるとも言えた。

 

「非常に良い保存状態で手に入ったらしいですね。ディネブ殿とヴィヴィ殿は大変良い仕事をしてくれました」

「はっ! 高い金や良い人材を出しているんだ。それぐらいの成果を見せて貰わなきゃ、割に合わないって話だと思いますよ? エクス様」

「そんなことを言わないで下さい、エヌ君。私たちに出来るのがせいぜいその程度のこと。命を懸けて貰っている彼らには敬意を払わないといけません」

「そういうもんですかね?」

 

 興味無さそうに頬杖を突くエヌ。

 

「話の続きをしても良いかな? 兄さん」

「いちいち許可なんて聞くな。お前の好きなように進行しろ」

 

 柔らかな笑みで丁寧に尋ねるエム。一方で手を振ってぞんざいな態度をとるエヌ。

 

「簡単に調べてみた結果なのですが……あまりこちらにとっては良いとは言えない結果ですね」

「やはり、あの竜から武器や防具を作り出すことは難しいですか?」

「はい。保存状態は申し分無いですが、皮や鱗、骨、爪、牙を加工し道具を作り上げるには、こちらの技術が圧倒的に足りません。鱗や皮を丁寧に剥がすのさえ困難ですね」

「ちっ! 高い金を払って一流の技術者を呼んだつもりが、どうやら自称一流どもだったらしいな」

 

 自分たちにとって不利益な報告を受け、エヌは忌々しそうに吐き捨てる。ギルドの金銭面を担当している故に投資した資金が無に帰したことが許せないのであろう。

 

「仕方ありません。エム君、もし加工するにしてもどれくらいの時間が必要ですか?」

「技術者の見立てでは、素材を全て剥ぐだけでも数年は掛かるそうです。そこから更に加工する技術を確立するとなると、どれくらいの年月が掛かるか見当もつかないそうです」

 

 折角、反撃の為の手段を手に入れたが、それを実戦に用いるには途方もない年月が必要だと言う。

 密かに力や情報を蓄えてきたエクスたちにとってはそう長いとも感じないが、現状がそれを許すとは限らない。

 

「だとするとやはり『あの方法』に頼るしかなさそうですね」

 

 エクスの言葉にエヌは顔を顰める。

 

「あの爺に頼らなきゃいけないってことですか? かなり難しいと思いますよ。何せ金で動くような人間じゃあないですから」

 

 あまり乗り気な様子では無い。

 

「第一居場所が分かるんですか?」

「それが丁度良いことに、手掛かりがあるんですよ」

 

 そう言ってエクスは懐に手を伸ばし、そこから一枚の手紙を取り出す。

 

「一週間前にあの方から送られてきたものです。何処にいるかきちんと詳細も書いてあります」

 

 エクスから手紙を渡されたエヌは書かれている文字に目を走らせる。数秒で読み終わるとエムに向かって雑に投げ渡す。

 

「俺が知らん地名が書かれている。お前は、このど田舎のことを知っているか?」

 

 自分よりも情報の扱いに長けている弟に詳細を尋ねる。答えはすぐに返ってきた。

 

「ああ、知っているよ。ここのキノコを使った料理が名物らしいね。ここから馬車を走らせると一ヶ月以上掛かるけど、転送用の魔法陣を使えばすぐに着くよ。だけど……」

 

 そこで言い淀む。何かしらの問題があるのが先を言わずとも分かる。

 

「少々厄介な問題が……」

「『こっち』絡みの問題か? それとも『あっち』絡みの問題か?」

「両方だよ。兄さん」

「最悪だな」

 

 不機嫌そうに顔を歪めて吐き捨てる。

 

「まあ、それは仕方ありません。既に起こっていることを私たちがどうこうすることはできませんからね。では行きますか」

 

 杖を突いて立ち上がるエクスを見て、エヌとエムは揃って目を見開いた。

 

「エクス様が直々に迎えに行くんですか? いやいやいや! それなら俺が行きますよ!」

「そうですよ。ここは我々に任せて貰えば――」

「いえいえ。頼み事が頼み事ですから、こちらも誠意を以って接しなければなりません。となると私が行くのが出向くのが一番かと。あの方とは長い付き合いですからね」

 

 あくまで自分が行くことを譲らないエクス。

 エヌとエムは顔を見合わせる。誰に対しても物腰の柔らかく丁寧に接するエクスであるが、誰に対しても一度決めた意思を曲げる様なことはしない鋼のような精神を持っている。例え王族であろうが、面と向かって断ることの出来る人物である。兄弟があれこれ言った所で変更することなど出来ない。

 

「はぁ……分かりました、分かりましたよ。ですが俺とエム、そして護衛を何人か同行させます」

「エクス様はギルドの要です。決して失うことの出来ない柱です。この条件だけは譲れません」

「いやあ、年甲斐も無く我儘を言って申し訳ないですね」

 

 微笑を浮かべるエクス。

 それに対してエヌは暴言も謗る言葉も吐かない。内心ですら欠片もエクスを貶すようなことを思っていない。

 エヌとエムにとっては幼い頃からエクスの庇護の下で生きてきた。とある事情で家族と故郷を失い、天涯孤独となってしまった兄弟にとって自分たちを拾い、育てくれたエクスの存在は、実の父以上に大きな存在であった。

 故にどんな命令であっても二人は従う覚悟を持ち、エクスに仕えている。

 

「なら行くとなると少し急いだ方がいいかもしれませんね」

「急ぐ? 俺たち以外で動いている連中でもいるのか?」

「その通りだよ、兄さん。『教会』の人間が『こっち側』の問題で動いているって情報があるからね」

 

 『教会』という言葉を聞き、エヌは露骨に顔を顰めた。

 

「最悪だな。俺の嫌いな奴らだ。金で顔を引っ叩いても言うことを聞かない連中が動いたのかよ。『あっち側』に絡んだら碌なことにならねぇな」

 

 もしもの未来を想像し、エヌはますます不機嫌な顔となる。

 

「ならエム君の言う通り早く動くとしましょう。要らない犠牲が出る前に」

「……俺としては教会の連中ごとアレに消されてもらった方が楽なんですがねぇ」

 

 小声で物騒なことを呟きながらエヌはソファーから立つ。

 

 

 ◇

 

 

「ねえねえ、聞いた? あの話?」

「また荒らされていたそうね。今度は十人も盗まれていたらしいわよ」

「ホント、怖いわね……」

 

 日常生活で必要な水を汲む為の井戸。その周りで三十代ぐらいの女性たちが何やら話をしている。

 

「この間何て、二十人以上も盗まれていたらしいじゃない。一体何が目的なのかしら……」

「そのことなんだけどね……これは私の旦那が知り合いから聞いた話なんだけど……」

 

 誰が聞いている訳でも無いのに声を潜める。

 

「夜中に会ったらしいわよ?」

「会ったって何と?」

「その旦那の知り合いの弟さん。一ヶ月以上前に落馬して亡くなっていた、ね」

「嘘よね、それ……もしかしてその弟さんも盗まれていたの?」

「半月程前にね」

「嫌だわ……私、鳥肌が立ってきた」

 

 女の一人が寒がるように腕を擦る。

 

「でね――」

「失礼ですが、その話に私も混ぜて貰えませんか?」

 

 すると会話を遮り、その女たちに話し掛けてくる別の声。

 女たちは、声の方に目を向け、そして絶句する。そこに立つ人物の美麗な容姿のせいで。

 黄金で出来ているのではないかと思える程煌びやかな金の長髪が風で靡いている。その柔らかで滑らかな動きは官能的であり、それだけで女たちを扇情させる。

 青い瞳は宝玉すら霞む輝きを持ち、その眉は歴史に名を残す画家が生涯を賭して振るった一筆の如く完璧にして美麗。

 男性とも女性とも言える容姿。中性的というよりも性別という枠を飛び越えており、男性であるか女性であるかなど細やかな問題に思えてしまう。

 

「お時間よろしいですか?」

 

 耳朶に入る言葉が脳を甘く蕩かせる。鼓膜を震わす美声だけで主婦らの女の部分が激しく揺さぶられた。

 彼女たちは自分たちに起きた突然の幸福に声を出すことも出来なかった。生涯、否何度人生をやり直しても一度出会えるか出会えない美に完全に心を奪われていた。

 陶酔している主婦らの前に近付く。

 風に乗って漂う香り。甘く匂うそれは、数多の花の香りを一つに纏め、それを凝縮させれば僅かに近寄れるであろう

 人から発せられるものかと疑わしく思えるそれ。只でさえ蕩けている思考は、その刺激を受けて最早原型が無くなる程に蕩け切り、五感全てが目の前の人物を感じる為だけのものへと成り下がる。

 

「な、なな、なんでも、き、聞いてくだ、さささい!」

 

 辛うじて意識を保つことが出来ていた主婦の一人が何度も言葉を噛みながらも答えることが出来た。

 

「ありがとうございます」

 

 微笑む、それだけで辛うじて残っていた主婦たちの理性が全て消し飛んだ。最早、主婦らは目の前の存在の求めたことに応じる為だけのものに成り下がる。

 

「では――」

 

 そこまで言い掛けて言葉が止まり、何を思ったのか立っている場所から半歩横に移動した。

 その直後、先程まで立っていた場所に矢のような勢いで飛び込んでくる人影。それが地面に接すると石畳が叩き割られ、分厚い破片が宙に舞う。

 破砕音に驚き主婦らの蕩けていた脳が正気に戻る。そして見た。突っ込んできた人影がまだ十代半ばぐらいの少女であり、『教会』の者が正装として纏っている紺色の修道服を纏っていることを。そして知った。石畳が何かの道具で割られたのではなく、少女の足で割られていたことを。

 

「どこに消えたかと思えば、何をしていやがるんですかぁ? この野郎は?」

 

 可憐とも言える容姿からは、想像出来ない程無理矢理な丁寧語と威嚇するように低い声。

 少女は刺すような視線で隣に立つ人物を見る。

 

「立派な情報収集ですよ。折角、いい情報が手に入るかと思ったのに……邪魔をしないでくれますか?」

 

 少女の言葉から男性と分かった美の化身とも言える存在。彼は少女の乱入にやれやれといった様子で頭を軽く振るう。

 

「邪魔しますよ。貴方を放っておいたら一体どれだけの被害が出るのか分かりませんからね。首輪でも付けておきたくなります」

「犬や猫じゃあるまいし必要ありません。首輪だったら貴女の方が相応しいと思われますが?」

 

 男が主婦たちの方を見ると顔面蒼白となって困惑していた。男の色香が恐怖によって冷めきっている。

 

「本当に申し訳ありません。うちの狂犬は躾が行き届いていないので怖がらせてしまいました。行きますよ」

 

 主婦らの態度から聞き込むのは無理だと判断し、男は乱入してきた少女の腕を掴むと足早にこの場から離れていく。

 

「まったく折角有用な情報が手に入るかと思ったのに……貴女の短慮が原因で聞きそびれてしまいましたよ、エスタ」

「きっと貴方のことですから情報収集程度では止まらないですよ。人のモノに手を出すのは程々にしないといつか酷い目に遭いますよ、ジン」

 

 ジンと呼ばれた美男子とエスタと呼ばれた少女。共に『教会』に属する人間であり、若くして『教会』の使いに選ばれた者たちでもある。

 

「酷い目? 私はこの身に止められない愛をあの方たちにも分けて与えようとしていただけです。この身に宿る愛は全て我らの神が与えたもの。何一つ罰せられるようなことはしていない筈だと思われますが?」

「あっそうですか」

 

 聞き飽きたと言わんばかりに顔を背けながらそう言うとエスタは袖口に手を伸ばし、そこから鉄製の瓶を取り出す。瓶の蓋を捻って開けると開け口に口を付け、中身を一気に呷る。

 数秒程、瓶の中身を嚥下すると口を離し、満足したように息を吐く。吐いた息には多量なまでに酒精のニオイが混じっていた。

 

「こんな日が高いうちから酒ですか? いい加減断った方が賢明だと思いますが? それに貴女の見た目だと良からぬ誤解を受けますよ」

「大人が大人の飲み物を飲んで何がいけないんですか?」

 

 見た目十代の少女に見えるが、極端に発育が悪いだけでエスタの実年齢は二十代半ばであり、同行者のジンと同じ年である。

 

「それに私が飲んでいるのはお酒じゃありません。神が生み出した奇跡に神の祝福を受けた聖水を混ぜた神聖な飲み物です」

「ただの水割りでしょうが」

 

 漂う酒のニオイに顔を顰めながら若干距離を置く。

 色欲が強い男に酒に依存している女。本来ならば鼻つまみ者になっていてもおかしくはないが、彼らは自分たちの悪癖を卑下しなければ、周りの視線も一切気にしない。

 それこそ彼らが所属している『教会』の教えである。

 

『人よりも強いモノを持つことはそれだけ神から強い恩恵を受けた証。隠さずに伸ばせ』

 

 この教えを受け、その美貌から幼少の頃より周囲から欲に塗れた視線を送られていたジンは、気付けばそれを己の武器にして男女問わずに手玉にとるような強かな人物となり、貧民街で育ち、行く先に見えない将来に不安を覚えて酒で現実逃避する癖に自己嫌悪していたエスタは、吹っ切れて立派な中毒者となっていた。

 人として内面にかなりの問題を抱えている人物らではあるが、実力の方は本物であり今回の件についてもその実力を買われて派遣されている。

 教会の主な活動は三つ。

 一つは自分たちの教えの普及。世界でも最多の信者を持つが、日々一人でも信者を増やすべく活動している。

 二つめは弱者の救済。病で動けない者たちに治療を施し、災害で家や家族を失った者たちに暮らせる場所を提供し、飢えで喘いでいる者たちに食料を供給する。教えの普及の過程で派生した慈善活動である。

 三つめは人命を脅かす者たちの排除。そして、これがジンとエスタがこの地に訪れた理由であり、彼らは教会の処刑人であった。

 

「それで貴女の方は、何か情報を掴めたのですか?」

「まあそこそこ。やっぱり日に日に増しているみたいですよ? 墓荒しが」

 

 彼らが派遣された理由、それはこの地に於いて頻繁に起こっている墓荒しの為であった。その日に埋葬された遺体、あるいは何年も前に埋葬された遺体が一晩の内に何処かへと消えていく。

 これだけならばまだ只の事件として放っておくが、何人かが死んだはずの人間が歩いていたという証言をしていたのだ。

 死人を扱う術。正確に言えばとある魔術師が何百年も前に生み出した特殊な魔術だが、時代と共に正確に受け継ぐ者たちが居なくなり、気付けば劣化。死んだ人間、あるいは死んだモノの魂を弄ぶ術へと成り下がった。

 それは教会の教義に反するものであり、真っ先に葬らなければならないと考えられている外法である。

 

「やれやれ。死んだ後、きちんと燃やして灰にしていればこのような事態にはならなかったのですがね……」

「それは無理ですね。こちらの風習では大地に還すのが主流ですから。尤もそんな地域だからこそ、そんな輩が目をつけたのでしょうが」

「ほんと最低ですね」

 

 エスタは、まだ見ぬ外道に対し不愉快そうに罵る。死体を弄ぶという行為に強い嫌悪を露わにしていた。

 

「これからどうします?」

「夜まで情報収集といった所ですね。夜になったらまだ荒らされていない墓地を見つけてそこで待ち伏せするのが、当分のやり方になると思います」

「うへぇ」

 

 ジンの案にエスタは露骨に嫌そうな表情を浮かべる。尤もそこから反論しなかったことから、エスタ自身も虱潰しにやるしかないということを自覚しているようであった。

 

「ねえねえ」

 

 不意に声を掛けられる。二人同時に振り向くと、そこには屈託の無い笑みを浮かべた十台前後の少年がいた。あどけない中性的な容姿は一瞬男女どちらかと迷わせるが体つきから何とか性別が男だというのが分かる。

 

「お兄さん達って『教会』の人たちだよね?」

 

 尋ねてくる少年に対し、ジンは身を屈め少年と同じ目線に合わせる。

 

「はい。そうですよ。私たちに何か御用ですか?」

「あのね。ボク、お兄さんたちが探していることに心当たりがあるよ」

 

 いきなりそんなことを言われて二人は内心動揺するが、表面上は平静でいることを努める。

 

「探していることというと?」

「毎晩墓地から死体を盗んでいる人のことでしょ?」

 

 取り敢えず惚けてみたが、会話の内容はばっちり聞かれていたらしい。誤魔化すのは止め、折角なので向こうから来た情報を聞くことにする。

 

「君の仰る通りですが、君はどうしてそのことに興味があるんですか?」

 

 そう問うと少年は顔を俯かせ、悲しそうな表情を浮かべる。

 

「ボクのお父さんも盗まれちゃったんだ……」

 

 どうやらこの少年も墓荒しの被害者らしい。

 

「それは辛いですね……」

「だけど、どうして貴方は墓荒しの犯人を知っているんですか?」

「ボク、お父さんが盗まれた日から毎晩ずっと探してて、それでこの間やっと犯人が墓を荒らしている所を見たんだ」

 

 期待していた以上の情報に二人の意識は自然と少年に集中していく。

 

「どんな状況でしたか?」

「あのね、墓を荒らしていたのは一人じゃなかった。その日は月の明かりも弱かったから良く見えなかったけど、何十人もいたと思う。でも皆なんかボロボロの格好をしてた。あと物凄く嫌なニオイもしてたなぁ」

「やはり」

「厄介な者が相手ですね」

 

 それを聞いて確信した。間違い無くそれは外法の一つの死操術である。亡くなった者の身体を媒体にして特別な術式を施すことによって意のままに操る術。少ない魔力で大量の死体を操れることから、戦争末期の時代この術を用い互いに敵国の兵士たちの死体を操作し、原型がなくなるまで戦い合わせ泥沼のような戦争を行っていたことで有名な術である。

 

「それでその中の一人が呟いてたのを聞いたんだ。『次は、北の墓地だ』って」

 

 それを聞いてジンとエスタは顔を見合わせる。

 

「その北の墓地というのはどの辺りでしょうか?」

 

 少年の前に地図を広げ、場所の詳細を尋ねる。少年は地図に記されたある点を指差した。そこは二人が集めた情報ではまだ荒らされていない墓地がある場所である。

 少年の言葉に信憑性が増す。

 

「それを聞いたのは何時ですか?」

「昨日の晩だよ」

 

 だとすると今日中には北の墓地で待ち伏せしなければならない。荒らされていない墓の数は残り少ない。早い所見つけなければこの土地を後にし、別の土地へ逃げられてしまう。

 

「どうするんですか?」

 

 少年の情報を信じるか信じないかエスタが小声で聞いてくる。

 

「信じましょう。これも神の導きです。それに今の所、これぐらいしか具体的な情報が有りません。時間を費やす価値はあると思います」

「分かりました」

 

 元より反対する意思が無かった為、エスタはあっさり同意する。

 

「ありがとうございます。貴方の有力な情報は大事に活かさせて頂きます」

 

 老若男女問わず、あらゆる人種すら蕩かせる極上の微笑みを少年に向けながら礼を言い、ジンたちは去ろうとする。

 

「ちょっと待って」

 

 少年の声に二人は足を止める。

 

「何でしょうか?」

「お願いがあるんだ」

「お願い?」

「ボクも連れていって」

 

 決意に満ちた表情で少年が懇願する。

 実の父の遺体を弄ばれ、尊厳を踏み躙られたことへの怒り。大切な人の亡骸を取り戻したいという強い願いが顔を見れば一目で分かる。

 ジンは微笑を浮かべ、少年の目線の高さまで身を屈めると――

 

「駄目です」

 

 ――少年の願いを一蹴し、懐から取り出した厚みある本で少年の頭を軽く叩く。すると少年の目は眠気を覚えているかのような焦点が合わさっていない半眼となる。

 

「君はこれから自分の家に帰ります」

「ボクは……自分の……家に帰る」

「私たちと出会ったことは綺麗さっぱりと忘れてしまいます」

「全部……忘れる……」

「明日の朝まで君はベッドでぐっすり熟睡します」

「熟睡……する……」

「分かりましたね? ではさようなら」

「さようなら……」

 

 ジンの言葉を呆けたように繰り返した後、フラフラとした足取りで二人から離れていく。

 

「あんな小さな子に術を掛けたんですか?」

「掛けなければ無理矢理でも付いてきますよ。私たちのせいで若い命が無惨に散って逝くのなんて貴女も見たくはありませんでしょう?」

「まあ……そうですが……」

「……やっぱり子供と接するのは苦手です」

「自慢の御顔も子供相手じゃ一切通じませんからね」

「そうですね。貴女みたいに一部の方々に需要のある容姿ではないので」

 

 両者は無言で睨み合った後――

 

『チッ』

 

 ――同時に舌打ちをして目を逸らした。

 

「……では日が暮れない内に行きましょうか」

 

 待ち伏せする為に北の墓地へと向かう二人。このとき彼らは気付かなかった。二人が去って行くのと同時にフラフラと歩いていた少年が急に歩みを止めたことに。

 

 

 ◇

 

 

 ズルズルと引き摺る音を立てながら、ソレは腐臭を撒きながら身を隠すようにして歩いていた。

 人の何倍もある巨体は目立つので、ソレは人目に付かないように森の奥を中心にして動く指示を出されていた。

 もしソレが本来の性格であったのならばそんな指示などに聞く耳を持たず、指示を出した相手を噛み殺すぐらいのことはしていたであろう。

 だが今のソレにはそんなことは出来ない。そんなことを考える心は肉体の死と共に消え去ってしまっていた。

 今のソレの心を埋めているものは、ソレを蘇らせた者の命令のみ。

 与えられた命令に何の疑問も抱かず、ただ同じことを繰り返すだけであった。

 だが、その繰り返しにも変化が起きる。

 何かが大地を踏みしめる音。遠くにあったそれは徐々に近付き、やがて引き摺る音を掻き消す程の足音となる。

 通常の生物であれば、この足音に恐れ逃げていたであろう。しかし、ソレからは生物の本能がとっくに失われていた。それどころか与えられた命令の一つに姿を見た者は排除しろというものがあった為、逆に足音の持ち主を迎え撃とうとしていた。

 腐敗し始めた喉から掠れた咆哮が飛ぶ。

 ソレは気付かない。多種族の中でも指折りの体格を持っているにも関わらず相手を見上げているという状況に。

 腐り落ちた脳髄では気付かない。生きるモノとしての格の違いに。

 腐敗した神経では気付かない。自らに迫る蒼く煌く一閃の光に。

 

 

 ◇

 

 

 日がすっかり落ち、鳥や獣の鳴き声すら聞こえない深夜。

 手入れのされていない木々の中心には、少しだけ盛り上がった土に木の柱が刺さった簡素な墓が並んでいた。

 街や都市のものと比べれば粗末そのものと言えるが、人も金も少ない田舎ではこの墓が主流であった。だからこそ死操術師が狙う訳であるが。

 二人は木の陰に隠れ、息を殺しながら目的の人物が現れるのを待っていた。

 周りに明かりなどなく光源があるとすれば上空から照らす月明かりのみ。しかし、二人は術によって視力を強化している為、暗がりでも彼らの目には真昼のような明るさで見えていた。

 

「本当に来るんでしょうか?」

「さあ? 今日来るかもしれないし明日か明後日かもしれません」

 

 待つことに飽きてきたのかエスタがジンに声を出さず口だけ動かして話し掛けてくるが、ジンは素っ気ない態度で接するだけであった。

 

「暇ですね」

「こういう仕事には付き物ですよ、暇は」

 

 エスタは溜息を吐くと、袖口から鉄瓶を取り出し中のものを呷る。

 

「――こんな時にも酒ですか?」

「酒じゃありません。神の奇跡の聖水割りです」

「だから只の水割りでしょうが」

 

 頑なに酒と認めないエスタ。満足そうに飲む姿を見て呆れたのかそれ以上何かを言うことは無く、ジンは目線を墓地の方に向けた。

 日が暮れて数時間が経つ。そろそろ姿を見せても良い時間帯ではあるが、一向にそんな気配は無い。

 今日は外れかと思い始めた時、変化が起きた。

 

「うっ」

 

 エスタが顔を顰め、手で鼻を覆う。

 鼻の奥まで突き抜けていき、一度嗅げば恐らく生涯忘れないであろう独特のニオイ。血と肉と臓物が腐り、そして混ぜ合わされた強烈な腐敗臭。

 何度嗅いでも慣れないニオイ。間違いなく死臭であった。

 ニオイの後を追うようにしてある音が聞こえてきた。普通に地面を歩く音、引き摺りながら歩く音、それらが何十に重なって聞こえてくる。

 

「どうやら当たりみたいですね」

 

 悪臭の中でも表情を歪めず、平然とした様子のジン。彼の目線の先には月明かりに照らされて浮き上がる群れ為す人影があった。

 白く濁った眼に皮膚が変色した無数の人間。中には皮が剥がれ落ちてその下の肉が露出している者もいる。他には体から茶褐色の体液を流している者、眼球の無い空の目と骨に肉がこびりついているだけの者や、完全に乾き切った皮膚を纏っているミイラのような者もいた。

 衣服を纏っている者もいれば全裸の者もいる。尤も清潔という言葉から程遠い茶色く変色した衣服である為、着ていようが着ていまいがどちらも見る者に不快感を与えるものであった。

 死人の群れ。間違いなく死操術によるものであった。

 死人たちはゆっくりとした動作で墓に近付くと、土に指を立て掘り返し始めた。新たな仲間〈ぎせいしゃ〉を加える為に。

 

「数は……ざっと六十といった所ですか。まだ隠しているかもしれませんが」

 

 ジンが目算で死人の数を計る。

 

「行かないんですか?」

 

 死人たちに目を向けたまま、エスタが今にも飛び出したいとソワソワし始めていた。その横顔がジンには獲物を前にした猟犬を彷彿とさせた。仮にジンがいなければ、死人たちが姿を見せた途端飛び掛かっていたであろう。

 

「もう少し待って下さい。出来れば術師が姿を見せるまで」

 

 死体が掘り起こされれば術を施す為に必ず死操術師が姿を見せる。今出てしまえばその機会は失われる所か、この地から逃げ出す危険すらあった。

 エスタもそのことを理解しているらしく待機を続けていたが、奥歯をぎりぎりと噛み締める音が隣にいるジンにまで聞こえてくる。

 死人たちは黙々と土を掘る作業を行う。脆くなった指が折れようが取れようが構わず、術師から命じられたことを繰り返す。

 やがて土の下から死体が現れる。

 まだ新鮮なもの、腐りかけたもの、骨と化したものとばらばらであるが五体揃った死体であった。

 掘り返す作業が終わると死人たちは急に列を為して並び始めた。すると森の奥からローブを纏った人物が現れる。

 顔まで黒のローブで覆っており表情が見えない為、男か女か分からない。ならば体型から推測しようとしたがそれも無理であった。細身の体型であったがひどい猫背であり、どれ程の背格好なのかいまいち判断出来なかった。

 

「あれが術師ですね」

「そうですね。如何にもという姿ですよ。あの陰気な格好は」

 

 ジンの表情に嫌悪の色が混じる。死体を弄ぶ人間に碌な人物などは居ない。それがジンの経験上での認識であった。

 ローブの人物は土から掘り起こされた死体の側に寄ると、呟き始める。恐らくは死操術の呪文なのであろうが、ジンとエスタの耳には虫の羽音をいくつも重ねたような不快音に聞こえる。

 

「そろそろ出ますよ」

「その言葉を待っていました」

 

 準備しようとしたとき、背後から木の枝が折れる音が聞こえた。咄嗟に振り向く。そこには何故か昼間に会った少年がいた。

 

「何――」

 

 不意打ちに驚き、声を発しようとしていたエスタの口を押え、代わりにジンが押し殺した声で尋ねる。

 

「どうしてここに居るんですか?」

 

 その声は若干殺気立っていた。自分から危険な場所に踏み込んできた少年の軽率さは勿論のことだが、術を施したというのに効いた様子の無いことに警戒を抱いていたからでもあった。

 ジンに気圧されのか、少年は怯えた表情をしながらびくびくとした態度で説明し始める。

 

「あ、あの後、ボーっとしながら帰ったけど、家に着いた途端に急にお兄さんたちのことを思い出したんだ。お兄さんは駄目だって言ったけど、やっぱり僕お父さんを取り戻したくって……」

 

 目に涙まで溜めるのを見てジンは殺気を引っ込め、取り出したハンカチで少年の涙を拭う。

 

「どうやら私は、貴方の父を思う気持ちを甘く見ていたようですね」

 

 苦笑を浮かべるが、内心では溜息を吐いていた。

 偶に記憶操作の術に対して先天的な耐性を持つ者がいる。それのせいで術のかかりが浅かったのではないかとジンは推測した。

 少年がきちんと帰宅するまで確認するべきであったと、無駄だと分かっていても後悔してしまう。

 ここに来るべきではない少年が来てしまったのは自分のミスである。

 

「ごめんなさい……」

 

 流石に自分のしでかしたことの重大さに気付いたのかしゅんとした態度で謝る。

 

「親を思う子の気持ちに罪なんてありませんよ」

 

 励ますようにエスタは少年の頭を撫でる。貧民街出身の彼女は、似た境遇の子供たちと寄り添うように生きてきた。その為、子供には非常に甘い。

 

(まあ、見た目が子供ですし色々と合うんでしょうがね)

「何か?」

「いえ、見た目が子供ですし色々と合うんでしょうがね、と思っただけです」

「こんな時に喧嘩を売ってくるんですか? この馬鹿野郎が。タイミングの悪い。悪いのは頭と下半身に止めておいたらどうですか?」

 

 エスタがジンを凄まじい目付きで睨む。ジンの内心を直感で読み取ったエスタも大したものであるが、それを臆面も無く口に出すジンの面の厚さも並のものではなかった。

 本命を前にして仲間同士で見えない火花が散り始める。

 元よりこの二人仲が良い訳では無い。

 魅惑の美貌を持ち、男女問わずパートナーとなった相手に手を出すジン。そんなジンの食指が唯一動かないのがエスタであった。エスタも同様に異性同性問わずに虜にするジンの美貌が全く効かない相手である。

 相性が悪い為に敢えて組まされている二人なのである。故に相手の感情など全く気にしない。

 殺気立ったものも混じり始める。少年はオロオロとしながら二人を見ているしかなかった。

 

「どうやら鼠が忍び込んでいるらしいな」

 

 詠唱が止まる。気付かれたらしい。

 

『あなたのせいでバレましたね』

 

 二人が口を揃えて言うと同時に死人たちが押し寄せてきた。

 

 

 ◇

 

 

「ふん。つまらん邪魔が入ったな」

 

 死人たちをけしかけた術師は、自分にとって神聖な儀式に水を差され不愉快そうに鼻を鳴らす。

 どんな相手かは見ていないので分からないが、大方墓荒しを探しにきた村人か偶然居合わせた野次馬のどちらかと考えていた。でなければあれほど気配を撒くという愚行などしない。

 死人数人がいれば十分だと思い、再び儀式を始めようとする。すると先程死人たちを向かわせた林から何かが転がり出て来る。

 白く濁った眼。変色した皮膚と抜け落ち掛けた頭髪。先程向かわせた死人の頭部であった。

 

「あーあ。面倒なことになっちゃいましたね。貴方のせいで」

 

 愚痴りながら出て来たのはエスタであった。片手で死人の頭を鷲掴みにして引き摺っている。いくら腐っていても数十キロはあるというのに、重さなど感じている様子は無かった。

 死人を掴む手には黒い手袋が填められており、手の甲の部分には手の形に合わせて金属板が付けられている。

 エスタが手を離すと死人の体がぐらりと傾く。と同時にエスタの裏拳がその死人の側頭部に叩き込まれ、頭部が果物のように弾け飛ぶ。

 

「面倒なことになりましたね。貴女のせいで」

 

 ジンは聖書を取り出すと、適当なページを開きそこから一枚抜き取る。手に取った聖書のページを淀み無い動きで折り、捻り、形を変えていく。

 瞬く間に聖書の紙が葉、茎、蕾が揃った花の形となった。

 紙の造花を一番近くにいた死人に向けて投げ放つ。紙の造花が死人の腐った肉へと刺さる。その途端、死人の体が急速に萎み、乾いていく。

 数秒も待たずに死人の肉体は原型を止められなくなり、砂の様ように崩れる。

 最後に残るのは花弁が開いた造花だけであった。

 あっさりと死人たちを葬った異能、そして二人の格好見て術師は確信する。

 

「『教会』の狗か。私のことを早速嗅ぎ付けてきたか?」

「外道相手に何も言うことはありません」

 

 一方的に会話を打ち切るとジンは再び聖書を開く。開かれた聖書から大量の紙片が飛び出していく。不思議なことにどれだけ出ても聖書の厚みが変わらず、また尽きる気配も無かった。

 宙に飛び出した紙片はそのままヒラヒラと宙を舞っていたが、突如形を変え始める。見えざる手で折られているかのような光景。

 紙片は鳥、犬、猿といった動物の形に折られ、鳥の折り紙たちはそのまま宙で羽ばたき、犬と猿の折り紙たちは地面に降り立つと、本物と同じ動きをする。

 死操術師も初めて見る術であるらしく、ローブの下で目を細めていた。

 

「大道芸か?」

 

 それでも皮肉を言う死操術師。

 ジンは何も言わずに両手を打ち合わせた。それを合図に動物の折り紙たちが一斉に動き始める。

 鳥の折り紙たちが宙から死人たちに襲い掛かる。鳥の折り紙が死人へと触れた瞬間、その箇所が穿たれ貫通する。

 地を走る犬の折り紙が死人の体に触れると、嚙み千切られたかのようにその箇所が抉れて消失。

 猿の折り紙が飛び上がり死人の腕に触れるとその箇所が引き裂かれ、腕が宙を舞う。

 愛らしい見た目とは裏腹に凶悪な手段で死人たちの体を破壊していく。

 

「これが大道芸だとしたら、それに蹂躙されている貴方の術は三流以下の人形劇、いやお人形遊びといった所ですね」

 

 先程言われた皮肉に対し、艶美な笑みを見せながら皮肉で返す。

 

「三流? ……三流とほざいたか……」

 

 声に殺気が混じる。それに呼応して死人たちの動きが活発となった。

 

「余計なことを……」

 

 無駄に挑発するジンにエスタは顔を顰めながら、迫ってくる死人に拳を放った。

 拳は簡単に死人の頭蓋を割り、その中身を外へと撒かせる。

 続いて別の死人に対し足元を狙って下段蹴りが振るわれた。風圧で捲れる長いスカート。露わになった足は、膝の部分まで鋼鉄の防具によって覆われていた。

 死人の膝横にエスタの足の甲が触れた瞬間、膝から下が千切れ飛ぶ。いくら死体とはいえ腐敗にも良し悪しがある。脆くなっているものもあれば生前とほぼ変わらない状態のものも。だがエスタの拳足はそんなことに関係無く容易く人体を破壊していった。

 十体目の死人の顎に掌打を打ち込み、下顎から上を全て吹き飛ばした段階でエスタは軽く息を吐く。

 

「ちまちまやるのも面倒ですね」

 

 すると大きく息を吸い込んだ後、酒瓶を取り出して中身を一気に飲むと死人たちに向かって含んだ酒を霧状にして吹き付けた。

 酒の霧に包まれる死人たち。空中ではまだ霧状となった酒が漂っている。そこに向けて両拳を突き出し、素早く擦り合わせる。すると金属同士の摩擦によって火花が散り、その火花が霧状の酒に引火。死人たちの体が炎に呑まれる。

 

「浄化、浄化ー」

「野蛮な」

「そっちも十分エグイやり方ですけどね」

 

 互いに相手の戦い方にケチをつける。

 かなりの数の手駒を無力化された死操術師であったが、焦りの気配は伝わってこない。

 

「まあまあやるとだけ言っておこう。エン・ドゥウを相手にして」

「エン・ドゥウ?」

 

 初めて聞いたといった表情をするエスタであったが、ジンの方は僅かに表情を顰めていた。

 

「死操術、というか死操術の元となった術を生み出した人の名ですよ。歴史上初めて死者の蘇生を行った人物と言われています」

「それって大昔の人じゃないですか」

「一説には不老不死の術を完成させ、それを自らに施し何百年という時を生きていると噂されています」

「まさか、その人物が目の前の……」

 

 戦慄するエスタに、死操術師は気を良くしたのか口角を吊り上げる。

 

「まあ、絶対に嘘だと思いますがね」

「なっ!」

 

 あっさりと否定したジンに死操術師が絶句する。

 

「こういった界隈では有名な名ですからね。誰も彼もがあやかってエン・ドゥウを名乗っていますよ。因みに死操術師でエン・ドゥウを名乗ったのはあなたで五人目です。それ以外の含めると十一人目ですね。……というかいい年して恥ずかしくないんですか? 自分が過去の人物だって主張するのは?」

 

 否定だけでなく馬鹿にもされ、死操術師は怒りで体を震わせ始める。

 

「く、くくく、はははははは! いいだろう! 貴様らは死ぬまで、いや! 死んだ後も嬲ってくれる! 来いっ!」

 

 死操術師が何かを呼ぶ。すると地響きを思わせる足音が聞こえてきた。

 一歩踏み込むだけで伝わってくる相手の大きさ。踏み込む音、足音の間隔。それだけで相手が巨体であることが分かる。

 

「大きいですね……十五――二十メートル程あるかもしれません」

 

 足音だけで大凡の体格を推測するジン。ジンの予測を聞いてエスタは顔色を変えた。

 

「それぐらいの大きさだと竜が相手ってことですか?」

 

 この世界に於いて、最も体格の優れた生き物として真っ先に思い浮かぶのは竜種しかいない。エスタは負けるつもりはないが、戦って勝てるとは断言出来ない相手である。

 足音がどんどん近付いてくる。自然と二人の表情が引き締まってくる。

 それを見て死操術師はニヤリと卑しい笑みを浮かべた。

 

「さあ! その姿を見せろ!」

 

 死操術師が声を上げると、応えるようにがさがさと木々の枝が揺れ動き、重なる葉を突き破って姿を見せる。

 捩じれた角。突き出た口。その口からはみ出す大小様々な牙。濁った白い眼と土気色に変色した鱗。明らかに生きたそれでは無かったが間違いなく竜の頭であった。

 

「フェエレドラゴン……」

 

 人が思い描く竜をそのまま形にしたような竜と呼べる竜種。際立つ様な特性は無いが、空を飛び、火の息を吐き、鉄の武器を通さない鱗を持つという弱点らしい弱点を持たない竜であった。

 この地でこれ程の相手が出て来るとは予想外であり、ジンとエスタに緊張が走る。

 

「ははははははは! 幸運にも手に入れることが出来たこの竜の力! お前たちで存分に試してやろう! やれ!」

 

 死操術師の命令に従い、林の中から出て来た――

 

「……え?」

 

 ――のは、フェエレドラゴンの頭部だけであり、首から下は切断されて何処にも無かった。

 意味が分からずジンたちは死操術師の方を見る。死操術師も理解が追い付かないのか、魚のように口を何度も開閉していた。

 フェエレドラゴンは死操術でまだ意識があり、口を動かし、目を動かしている。そして、その目はある一点に向けられていた。

 それは自分が出て来た林の中である。

 ドン、という足音が再び聞こえてくる。

 

「もっと……違和感を覚えるべきでした」

 

 今さながら思い出してしまう。フェエレドラゴンの大きさは平均で十メートル前後。先程の足音から推測した体格とはずれがあったのだ。

 つまりこれから出て来るモノはフェエレドラゴンよりも大きく、そして強い存在。

 そのとき、月光を反射した何かが暗闇の中を走る。と同時に生い茂っていた木々が一斉に吹き飛び、ジンたちも顔をぶつような勢いの風を浴びせられた。

 数本の木々がまとめてなぎ倒されている――と最初は思ったが、違う。数本の木々がまとめて斬り倒されている。

 斬り倒された木々を踏み付けながらソレは現れた。

 竜に良く似た姿をしており、体中に蒼と赤に染まった二色の鱗を生やしている。背中には逆立つ数本の鋭利な突起。前脚は小さいが、その分後脚が太く、大きく、二十メートルを超える巨体を支えている。

 その巨体も注目すべきだが何よりも注目すべきがその尾。全長の内の半分近くが尾と呼べる程長く、そして先端から半ばに掛けて研ぎ澄まされているかのように蒼色の輝きを放っており、尾というよりも『剣』と形容すべき形をしていた。

 尾に付いた刃を見て、ジンとエスタは背筋を凍らせる。尾からニオイ立つように見える死の姿。相手を殺す為だけに生み出され、殺意と力、そして相手の命によって磨かれた刃。その輝きの冷たさには二人とも吐き気を覚えそうであった。

 経験を積み重ねてきた二人だからこそ分かる、これまで経験したことが無い相手の危険性。

 刃の竜は木々を踏み進め、フェエレドラゴンの頭の前に立つ。

 驚くべきことにフェエレドラゴンの頭部は怯えていた。しきりに目を動かして目の前の恐怖から目を逸らし、舌でも顎でも何でも動かしてこの場から逃げ出そうとしていた。

 一度死んだモノすら脅かす程の存在は、足掻くフェエレドラゴンに向かって無言で後足を上げると躊躇なくそれを下ろす。

 頭部は骨と肉が砕けながら地面に押し潰される。

 飛び出した眼球が地面を転がり、ジンたちの前で止まる。濁った眼球を見て、ジンとエスタは一緒に行動するようになってから初めて心の底から意見を合わせた。

 

『逃げましょう』

 

 

 




久方ぶりの投稿となります。
今回の話は新作のモンスターが主役となっております。
謎の墓荒し! その謎を追う二人の若き処刑人! 襲い掛かるゾンビたち! そしてそこに現れる第三の脅威! その名も斬竜〈スラッシュ・ドラゴン〉!
前人未踏の戦いが今始まる! 

ゾンビVS処刑人VS斬竜〈スラッシュ・ドラゴン〉

近日公開……こうやって字面にするとZ級映画ですね。

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