MH ~IF Another  World~   作:K/K

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外伝 最初のクエスト

 私があの人と出会ったのは、全くの偶然でした。

 私の故郷は、周囲を森と山に囲まれた小さな村でした。でも、活気があって村全体が家族みたいなものでした。

 そんな大家族の中の子供の一人が私です。

 私はどちらかというと浮いていました。生まれつき人見知りだったからなのと、村の子供は女の子よりも男の子の方が多かったからです。

 男の子たちが走り回って遊んでいたり、女の子たちが人形で遊んでいる中で、私は本ばかり読んでいました。

 本当はどちらでもいいから声を掛けて欲しいとは思っていたんですが……あ、でも、いじめられていたって訳じゃないです。私が本に夢中になっていると思って声を掛けづらかったんじゃないでしょうか。

 そんな訳で、私の友達は何冊もの本。遊びと言えば読んだ本の物語を頭の中に思い浮かべることぐらいでした。

 まあ、私の話はこれぐらいでいいじゃないですか。一人ぼっちだったなんて話は恥ずかしいですし……それよりもあの人の話ですよね? 

 切っ掛けは……そう、切っ掛けは雨でした。

 私はその時、両親と山に山菜を採りに行っていたんです。両親から少し離れて採っていたんですが、その時に凄い雨が降ったんです。

 慌てて雨宿りする所を探し回ったんですが、やっとそれらしい場所を見つけた時に、私気付いたんです。両親とはぐれてしまったことに。

 あの時は心細かったですね。その雨宿りしたのが洞窟だったせいで、暗くて寒くてますます不安になって、とうとう大声で泣き出しちゃったんです。どうしたらいいのか分からなくなって。

 泣いていたってどうにもならないのに、私はずっと泣いていました。

 どれくらい泣いたのか分かりません。泣いていたら足音が聞こえてきたんです。

 それを聞いて、私は村の大人が探しに来てくれたんだって思い、洞窟から飛び出したんです。

 そしたらそこに、あの人がいました。

 最初見た時は、怪物だと思って腰を抜かしちゃいましたよ。だって、見たことも無い格好をしているんですから。何て言うか……モンスターが人の形になったらこんな姿になるんじゃないかっていう姿で、あれを見たら誰だって怖がりますよ。

 その時の私は、もう驚き過ぎちゃって目の前が真っ暗になっちゃったんです。──はい、そうです。恥ずかしいですけど怖くて気絶しちゃいました。

 それで、目が覚めた時には自分の家のベッドで寝ていて、周りには心配そうに見ている両親が居ました。

 思いっ切り怒られて、思いっ切り泣かれちゃいましたね。

 聞いた話によると、私はいつの間にか村の入り口で横になっていたそうです。村の人たちが総出で私を探していたので、誰が私をそこに置いていったのかは見ていないそうです。

 気絶する寸前に見たことを話すと、村の大人たちは私が山の神様に助けられたって言っていましたが、私はどうしてもあれを神様とは思えなかったですね。

 第一印象ですけどそういうのとは違う感じというか……ああ、悪いものっていう意味では無いですよ。何て言うか……神様すら倒しちゃいそうな迫力がありました。

 それで、家に戻ってから暫くは外出禁止にされちゃいました。だいたい二週間ぐらいは家の中で本を読んでいましたね。

 でも、私は本の内容は頭の中に入ってきませんでした。私が洞窟で会った怪物のことをずっと考えていました。

 怖いんですけど知りたい、みたいな子供ながらの好奇心というものなのでしょうか。

 それで、ようやく外出が許されると私は森の中で怪物を探し始めたんです。正直、見つけたらどうしたいかなんて全く考えていませんでした。でも、もう一度会いたいという気持ちだけは強く在りました。

 子供が行ける範囲なんてたかが知れていますし、あんまり遠くに行くと両親にまた外出禁止にされると思ったので、村の近くをひたすら探しました。

 両親は、本ばかり読んでいた私が急に森で遊ぶようになったから驚いていましたよ。

 ずっと、ずっと、森の中で探していました。何であんなに夢中だったのか良く分からないぐらいに。

 もしかしたら、あの時に見た怪物が、私が本で見た物語に出てくる存在とよく似ていたからかもしれません。村という代わり映えのしない光景の中に突然出て来た異物というのでしょうか、それに私の心は良くも悪くも惹かれていました。

 だいたい一ヶ月ぐらいですかね、探し始めて変化があったのは。

 偶然見つけてしまったんです。見たことも無い人が森の中で草やキノコを集めている姿を。あの時に見た怪物かどうかはその時は分かりませんでした。だって、動物の皮で出来た服を着ていましたし、顔も私たちと変わらない人間のものでしたから。

 それでも、私はその人のことを陰から見ていました。村人以外の大人を見たのが初めてでしたから。

 それで、採取を終えたその人の後をつけたんです。ついていけば、住んでいる場所も見つかると思って。

 追い掛けている時はドキドキしました。何せ、今まで入ったことのない場所まで行きましたから。親や村の大人たちは、子供たちに森の奥には入るなってよく言い聞かせていたので。

 私の住んでいる所は、凶暴なモンスターが生息していない地域でしたけど、それでも念の為ということでしょうね。

 どんどんと森の奥に入って行くと、その人が住んでいるらしい場所を見つけたんです。とは言っても、自然に出来た横穴でしたけどね。穴の入り口に何かを燃やした跡や、集めてきた薪が置いてあったから、ここに住んでいると思ったんです。

 穴の奥に入って暫くすると、その人は手ぶらで穴から出てきました。採ってきたものを置いてきたんでしょう。そうしたら、また採取をする為に何処かに行ってしまいました。

 私は、その時が絶好の機会だと思って、いなくなると同時に穴の中に入っていったんです。今思えばかなり危険なことをしました。でも、その時の私は恐怖よりも好奇心の方が勝っていたと思います。

 穴の中には吊るされた魚や燻製された肉、採ってきた草やキノコなどの食料が保管されていました。

 それで、更に奥の方を見た時に私は見つけたんです。あの時、洞窟で見た怪物を。

 壁際に立っているのを見て、思わず声を上げそうになりましたが、よくよく見ると立っているんじゃなくて、壁に立て掛けてあったんです。ええ、外見だけで中身は無かった。つまりは、私が追い掛けていたあの人が怪物の中身だったんです。

 それで、その怪物の外身の側には見た事の無い物が色々と置かれていたんです。色の違う木の殻で作られた物や、小さな樽、金属や生き物の鱗や骨で作られた二つ折りの大きな物とか。

 初めて見る物ばかりでつい夢中になっていると、後ろから急に声を掛けられたんです。

 その時は、心臓が止まるかと思いました。

 振り返ったら、出掛けたと思っていたあの人がこっちを見ていたんです。

 後から知ったことなんですが、私が後をつけていたのを最初から気付いていたらしいです。子供でしたからね、自分で葉を鳴らしたり、木を折ったりする音を出していたことに全く気付いていませんでした。そんなに音を出していたらバレバレですよね。

 それで、その人に見つかった私は食べられる、って思っちゃいました。だって穴の周りに動物や魚の骨が落ちていましたから、もう怖くて凄い勢いで泣き喚いちゃいました。

 そしたら、その人はしゃがんで私に目線を合わせると森の果物を私に差し出してくれて、困った表情で喋り掛けてきました。

 今思うと「怖がらせてごめん、これで泣き止んでくれ」って言っていたのかもしれないです──私の推測ですけど。

 危害を加えるつもりは無いっていうのを見せていたんでしょうけど、結局私、「お父さん! お母さん!」っていう調子でずっと泣いていました。

 どれぐらい泣いていたのかは分かりませんが、その間ずっとその人は黙って側に居ました。その人からすれば見ず知らずの子供を放ってはおけなかったんでしょうね。

 それで、泣き疲れて喉が渇いたときにようやくその人が果物を差し出していることに気付いて、現金なもので思わず飛びついちゃいました。

 貰った果物を食べ終えた時になってやっと私も落ち着いて、その人に聞いたんです。「貴方は、誰ですか?」って。

 そしたら、その人は難しい表情をして固まっていました。だから、もう一度同じことを尋ねたら、聞いたことの無い言葉が返ってきました。

 そこで分かりました。言葉が通じないんだって。

 だから、私は喋る代わりに地面に文字を書いて筆談を試みようとしました。でも、それもダメでした。文字も読めなかったんです。

 どうすればいいのか途方に暮れましたね。向こうも似たような感じでした。

 言葉も文字もダメ。だったら絵ならどうだって思って私は地面に絵を描き始めたんです。

 自分が何者かを伝える為に。雨の絵、洞窟の絵、泣いている女の子の絵を描いてそれが自分だって指差したんです。

 そしたらその人、ハッとした表情になって、その時に自分が助けた子供が私だって気付いたみたいでした。

 それで少しの間、その人と絵で筆談していました。私は、「貴方はどんな人?」といった質問をしていたと思います。でも、その人は私に早く村へ帰るように急かしていました。

 今になって考えるとその人は、自分が他所者であることを自覚していて、私が居たら揉め事が起こると思ったのかもしれません。

 でも、当時の私は子供だったから、そんな考えに至ることは出来ませんでしたし、その人の伝えたいことを上手く察せることも出来ませんでした。

 なんか凄く困った表情をしていたのが印象に残っています。

 それで描いていて私、唐突に思ったんです。まだ助けて貰ったことへのお礼を言っていなかったって。

 だから、私はその人に「助けてくれてありがとう」ってお礼を言いました。でも、言葉が通じないからその人は首を傾げていましたね。それだけで何にも伝わっていないって分かりました。

 たぶん、その時に私は決めたんだと思います。この人とちゃんと話がしたいって。ちゃんとお礼が伝わるようにしたいって。

 そう思ったら私、明日もまた来るって一方的に言って穴から村に帰りました。言葉や文字を教える為の準備をする為に。

 引っ込み思案だった私がどうしてそこまで積極的になれたのか分かりません。もしかしたら、当時の私は興奮していたのかもしれませんね。生まれてきて今まで村とその周りと本のことしか知らない私が、初めてそれ以外のものに触れたことで。

 次の日、私は絵本を持ってその人が住んでいる穴に行きました。何故、絵本かというと私が文字を覚えたのが絵本だったので。

 穴の前でその人は肉を焼いていました。炎の上で骨付き肉の肉をクルクルと回しながら鼻歌を歌っていましたね。

 鼻歌を歌い終えると同時に肉を火から離して、「■■うずに■■ま■た!」だったかな? 発音が合っているかは分かりませんが、そう言っていたと思います。

 その焼き上がった肉が本当に美味しそうで、焦げ目が付いた表面に肉汁が滴っていて、それをかぶり付く姿を見た時は本当に涎が垂れそうで──あっ、すみません。どうでもいい話でしたね。でも、今でも記憶に焼き付いているぐらい美味しそうでした。

 それで、食事を終えたその人の前に私が出ると、その人はまた困った顔をしていました。ここは遊び場では無いと言いたかったのかもしれません。

 私は、その人の前で持っていた絵本を広げました。

 その行為が何を意味するのか分からなかったのか、その人は本と私を何度も見返していました。

 それで私は、その人が持っていた肉を指差した後に、地面に肉の絵を描いて、肉を意味する文字を書いた後に文字を指でなぞりながら「肉!」って読んだんです。

 そうしたら、その人は近くにあった花を摘んで私に見せました。だから、私は花を意味する文字を地面に書いて「花」って言ったんです。

 私が何をしたいのか、その人に通じた瞬間だったと思います。

 その人は、木や草、石などを指差し、私は指差したものを文字で書いて声に出して読み上げました。

 その人も文字とか言葉とかが知りたかったんだと思います。だから、色々な私がやろうとしていたことに素直に応じてくれたんです。

 私は、その人を指差して地面に文字を書く動作をしました。名前を教えて欲しいという意味を込めて。

 

「■■■■」

 

 その人はそう名乗っていました。久しぶりに声に出したから発音が合っているか自信が無いですけど。そして、私も自分を指差して自己紹介をしました。

 その日から、私とその人の交流が始まりました。

 朝、朝食を食べてからその人の所に向かい、基本的な文字や言葉を教えて、昼に昼食を食べに家に一旦帰ります。昼食を食べた午後からも引き続き文字や言葉の勉強をしていました。

 私もその人が住んでいる場所の言葉や文字を教えてもらいましたね。その人は、詳細は分からないですけど何かの事故に巻き込まれてここにやって来たと言っていました。それがどんな事故かは分かりませんが、故郷が何処にあるのか分からず迷子になっていたらしいです。

 日が暮れる前に私は家に帰りました。それが私とその人との一日の流れでしたね。

 それが長く続くと、私もその人も大雑把ですが通じ合えるようになりました。その人は狩りを生業にしている人で、とっても上手でしたね。

 投げナイフで飛んでいる鳥を落としてみたり、手作りの竿で魚を釣ったり、食べられる草やキノコを見分けたりして。ああ、でも狩りの時には穴の中に仕舞ってある怪物みたいな鎧や、大きな武器? みたいな物は私の前では使いませんでした。

 何故かと聞くと「危ない、大袈裟、動物、寄り付かなくなる」って言っていました。普通の狩りに使うには危険過ぎるみたいです。その人が言う普通じゃない狩りって何なんでしょうね? 

 初めは色々と緊張していました。でも、さっきも言ったように言葉が通じ始めるといつの間にか緊張も無くなっていって、私はその人と一緒に過ごす時間が楽しみになっていきました。

 一緒に勉強をしたり、その人が捕った動物の肉や魚、果実を一緒に食べたり、狩りの手本を見せてもらったり、あんまり友達が居なかった私にとってその人と過ごす時間は新鮮でかけがえのないものでした。不思議ですよね、その人と私では大分歳が離れていたのに。

 以前まで毎日が灰色に見えた私は、ずっとこんな日が続けばいいと願わずにはいられませんでした。

 でも、終わりっていうのはいつも唐突に始まるんですよね。

 ある日のことです。山に薪用の木を採りに村の大人が慌てて戻ってきました。その内の一人が血塗れになって怪我をしていて、他の大人たちが肩を貸して運んでいるのを私は見ました。

 そういう血生臭いこととは無縁の村でしたので、皆騒然としていました。

 それで、すぐに村長によって村の皆が集められたんです。

 村長曰く、この村は狙われているということでした。

 モンスターの中には、特定の住処を持たずに常に移動を繰り返す習性を持つものが居るってご存知ですか? はい。私たちの村を狙うのはその類です。

 私たちの村に狙いを付けたのは『村喰い』っていうモンスターでした。村喰いっていうのは通称で、もっと長い名前があったと思いますがそれはまあどうでもいいことですよね? 正直覚えたくないのが本音です。

 村喰いは大きくても大人ぐらいの身長ですが、剣とか槍とかの人の武器を扱うぐらいの知能と器用さがある肉食のモンスターです。

 村喰いの名前通り、やることは村を襲ってそこにいる村人たちを食い殺し、道具を略奪し、村の跡地を繫殖用の一時的な住処にするっていう、私たちみたいな小さな村に住む者にとって悪夢みたいなモンスターですよ。

 村の大人の人は偶々偵察役の村喰いに遭遇して怪我を負わされたみたいでした。

 村喰いは群れで行動していて、襲う村を事前に下見をする習性があるんです。

 その下見に出会えたのは幸運と言えました。下見をして一、二日後の夜に襲撃してくるのが村喰いのやり方らしいので。村喰いは夜目が利くみたいです。

 村長は、明るい内に村から全員逃げ出すことを提案しました。村は破壊されるかもしれないが、命には代えられないと。戦おうという意見もありましたが、冒険者でもない素人が戦っても無駄に犠牲を出すだけだと言われ、それよりも生き延びてギルドの冒険者に依頼する方が賢明だと説得されていました。でもね、皆分かっていたんですよ。自分たちに村喰いを退治する程の冒険者を雇うお金が無いことなんて。きっと私たちは戦う前から心が折れていたんです。

 村を捨てる、という案に誰も反対することは無くなりすぐに村から出る準備が始まりました。

 最低限の荷物とお金だけを搔き集めて、なるべく荷物は少なく。行く当てなんて無かったですよ。ただ逃げることだけを優先した、明日の分からない逃亡です。

 それでその最中に私は思い出したんです。あの人のことを。村から離れた場所に住んでいましたが、もしかしたら村喰いに襲われるかもしれないって思って、周りに見つからないようにこっそりと村から抜け出して、急いで教えに行きました。

 私がその人に会うと、びっくりした表情をしていました。何で驚いた表情をしているのか最初は分かりませんでしたが、少し経って気付きました。

 私、泣いていたんです。驚くぐらいですから凄い泣き顔だったんでしょうね。

 向かう途中ずっと考えていたんです。これから先のことを。考えれば考える程不安と悲しみが込み上げてきました。小さくてちっぽけな村のことなのに、私はそれを失ってしまう事が酷く悲しかったんですね。自分でもこんな気持ちを持っていたことを知りませんでした。

 私は泣きながらその人に事情を説明しました。村が狙われていること。村を捨てること。もう会えなくなるかもしれないこと。危険だから何処かに避難した方がいい、などしゃくり上げながら私が話すのを、その人は黙って聞いていました。

 話し終えると、その人は私に一つ質問をしてきました。村を捨てたくないのか、と。

 私が頷くと、その人は自分の国の言葉で何かを呟いた後に、私に帰るように言いました。

 

「■■■■として、その■■を受け■」

 

 何を言っているのかよく分からなかったですが、その時のあの人は、初めて見る顔付きになっていました。……こんなこと言うのは失礼なのは分かっていますが、とっても怖かったです。

 だから、私、その後は何も言えずに帰りました。

 村に帰ると私も村を出る準備をしました。とは言っても持ち出す物なんて殆ど無かったです。せいぜいよく読んでいた本ぐらいでしたね。何冊か持ち出したんですが、お気に入りの一冊だけが見つからなくて、あちこち探したんですが結局時間切れになって、皆と一緒に村から出ました。

 親に手を引かれて何年も過ごした村を出ました。子供たちは大泣きして、大人の中にもすすり泣く人たちも居ました。

 でも、誰も喋ることはなく泣き声だけがずっと聞こえていました。

 日が暮れて、空に月が昇ると私たちは火を起こして身を寄せ合いながら野宿をしました。大人の男の人たちは、私たちを守る為に見張りと火の番をしていました。

 夜の森は不気味でしたね。あちこちから動物の鳴き声が聞こえていましたし、村喰いが襲ってくるんじゃないかっていう恐怖を皆が抱いていたと思います。

 でも、子供っていうのは自分が思っているよりも単純で、夜が更けてくると自然と眠くなってくるんですよね。

 気付いたら私は寝ていました。でも、ある音を聞いて跳び起きたんです。周りの子供や大人たちもそうでした。

 動物でもモンスターの鳴き声でもない、物凄い大きな音です。私は最初雷が落ちたのかと思いましたが、大人の一人が「まるで大砲だ」って言っていました。

 それが夜中にずっと聞こえてきたんです。連続して聞こえたかと思ったら、間を置いて聞こえたり、それが何度も何度も繰り返して。

 皆、その音に怖がって身を寄せ合いました。どれぐらいの間、その音が鳴っていたかは分かりませんが、気付いたら鳴り止んでいたと思います。でも、皆は怖がって夜が明けるまで震えていました。

 あの時に一体何が起こっていたのか、私に知る術はありません。

 

 

 ◇

 

 

 踏みならされていく大地の音。獣とも人とも判別の付かない鳴き声を上げながら、数十もの影が闇夜の中を行進していく。

 村喰い。そう呼ばれる彼らの姿は、常人が見れば醜悪と言えるものであった。白い頭髪も体毛も無い皮膚。目は小さく、白眼が無く黒目のみ。鼻は高さがなくそぎ落とされたように低く、耳は人のものと比べると倍近いほど大きい。

 夜行性故にそれに適した姿をしているが、それ以外は殆ど人と変わらない。夜目の利かない人間が彼らを夜に見たら人間と誤解するだろう。

 だが、衣服代わりに体に纏わせた皮は、獣のものであったり人のものであったりする。

 鋭い牙も爪も無い代わりに人と変わらない手足を持った彼らは、全員武器を手にしていた。剣、柄が折れた槍、欠けた斧、鉈、錆びた包丁など武器らしい物を持っているかと思いきや、薪や鍋などを武器代わりにしている者も混じっている。

 武器に統一性など無い。しかし、道具を使えば人間を傷付けることが出来るという知恵は持っている。それに数が合わされば、戦いの経験の無い者たちなど軽々と蹂躙するだろう。

 村喰いの集団は、やがて目的としていた村へと着く。人間の気配が無いことに気付き、何匹かが残念そうな鳴き声を上げた。彼らにとって人間はそれなりに食いでのある獲物だからである。

 無ければ無いで村人が保管していた食料を喰い漁ればいい事だが。

 村の入り口を通り、中央に位置する場所まで移動したとき、先頭を歩いていた仲間の一人が鳴き声を上げる。何かが居るという鳴き声であった。

 足を止め、全員が前方を見る。そこには人間らしきものが腰を下ろして座っていた。らしき、と思ったのは彼らの記憶にある人間とかけ離れた姿をしていたからだ。

 生物の鱗か、あるいは金属か。どちらとも思える見た目であり頭から足先までそれで覆われていた。

 そして、何よりもニオイがおかしい。人のニオイではない。漂うのは火が燃え尽きたようなニオイと濃厚な血のニオイ。一つ、二つなどでは済まない。数え切れない程の血が混ぜ合わさっている。

 肉食を好む彼らですらそこまでのニオイはしない。

 村喰いが現れたのを見て、その異形は徐に立ち上がる。立ち上がった瞬間、金属が擦れ合うような音がした。村喰いからは体で隠れて見えないが、何かを背負っている。

 異形は、村喰いたちに向かって何かを放った。小石を投げるように軽い動作で。

 足元へと転がってくるのは小さな球体であった。何を意味するのか分からず、村喰いたちの視線がその球体に注がれる。

 刹那、球体から強烈な光が発せられた。夜の黒を白く塗り潰す程の閃光。

 

「ギャアアアアアアアア!」

 

 夜行性の彼らにとって、その光が凶器そのものであり、直視してしまった者たちは両目を押さえて絶叫を上げる。

 間髪入れずに無数の絶叫を掻き消す程の爆音が発生し、水が撒かれたような音が鳴った。

 以前、村喰いたちがある村を襲おうとしてそこの村に雇われていた冒険者たちが使っていた火薬と同じ音が響く。

 続けて鳴り響く火薬の音。その後に何かが倒れる音も聞こえてくる。

 村喰いたちは混乱していた。視力を奪われた挙句、謎の音にまで苦しめられているせいで。

 音は鳴り響き続け、倒れていく音も増えていく。

 パニックを起こした村喰いの一匹が逃げようとして何かに蹴躓いて転んだ。

 徐々に視力が回復し、足元に転がっていたものを凝視する。最初はぼやけていたが焦点が合ってくると、それが顔半分抉れて死んでいる仲間の死体なのが分かった。

 ガコン、という聞いたことが無い音に村喰いは音の方を見る。

 異形がこちらに向けて何か大きな物を構えていた。それを見た瞬間、背中が総毛立つ。幼い頃に遠くから見たドラゴンの姿とそれが何故か重なった。

 そう、あれはドラゴンである。口を開け、ブレスを吐く前のドラゴン。

 ドラゴンが咆哮と共に何かを吐き出す。途端、近くにいた仲間の首から上が吹き飛んだ。

 よく見れば周りには似たような仲間の死体が転がっている。中には手足を失っただけでまだ生きている者も居た。

 異形は抱えているドラゴンのブレスで次々と仲間を殺めていく。その動きに一切の躊躇が無い。

 何発かブレスを吐き出させた後、異形はドラゴンに何かを詰め始める。

 それを機会と見た仲間の一匹が、異形に向かって咆哮を上げながら走り出す。その手に棍棒を持って。

 しかし、異形は慌てることなく淀みない手付きでドラゴンに何かを詰め終えると、走り寄って来る仲間にドラゴンの口を向ける。

 吐き出されるドラゴンのブレス。

 

「ギィィィィィィィ!」

 

 ブレスを吐き掛けられた仲間は即死していなかったが、全身に細かい破片が突き刺さった状態で血塗れになって悶え苦しんでいた。

 異形は腰に付けていた小さな樽を取り、苦しがっている仲間の口にそれを捻じ込む。

 小さな樽から伸びる紐に火が付き、それが樽に到達すると爆発し、頭を木端微塵にする。

 その容赦の無い行為は、村喰いたちに少なからず恐怖を与え、動けなくする。その隙に異形はドラゴンの口を向け、そこからブレスを放った。

 ドラゴンの口から放たれる無数の破片は、棒立ちとなっている村喰いの体に突き刺さっていく。

 

「ギャアアアアアアアア!」

「アギャアアアアアアア!」

 

 一つ一つが小さい為、死に至ることが出来ずに叫ぶ。細かく大量にあるからこそ目などの重要な器官を潰し、体に埋め込まれれば内から刺す痛みで村喰いたちの動きを止める。

 村喰いたちは徐々に気付き始める。異形が優先的に狙っているのは、村の出入口に近い者、もしくは逃げ出そうとしている者たちだと。

 この場所で自分たちを全滅させるという、一人の存在が放つものではない強過ぎる殺意をぶつけられる。

 ここから生きて出るには、目の前の異形を殺すしかない。

 彼らの覚悟も決まった。

 

『オオオオオオ!』

 

 覚悟を決めた彼らは勇ましい咆哮を上げながら異形に向かって一斉に突撃していく。

 それを見た異形は、再びドラゴンに何かを詰め始めた。

 詰め終えると振り回すような勢いでドラゴンの口を村喰いたちに向け、ブレスを放つ。

 最前列を走っていた村喰いに当たったかと思えば、その後ろ、更にその後ろの村喰いたちの胴体に風穴を開けた。

 まとめて三匹も貫通してみせたドラゴンのブレス。異形はドラゴンにそれを連発させる。

 ブレス一発につき、四、五匹の村喰いが犠牲となる。彼らの数は既に最初の頃から半数以下にまでなっていた。

 だが、どれだけ仲間が息絶えようとも彼らの進行は止まらない。

 その時は来た。異形がドラゴンの口に詰める作業を行おうとしている。

 

「オオオオオオ!」

 

 先頭を走っていた二匹の村喰いは、更に加速し接近するとその内の一匹が手に持っていた包丁を異形の首元へと突き立てた。

 ガキン、という音が鳴り突き立てた包丁が折れる。一体何が起こったのか理解する前に、その脳天に異形がドラゴンを叩き付けた。

 脳天が割れ、首が胴体の中にめり込む。一撃で絶命する村喰い。もう一匹がその光景に絶句している内に顔面をドラゴンで殴打する。

 顔の原型が歪み、折れた歯を撒き散らして崩れ落ちる村喰い。異形はその顔面に追い打ちの蹴りを放つ。

 蹴り飛ばされ転がっていく村喰い。転がり終えた彼は首の骨が折れて息絶えていた。

 二匹をあっさりと返り討ちにした異形は、すぐに詰め込み作業を終えるとドラゴンの口を村喰いたちに向ける。

 ブレスが吐かれると身構える村喰いたち。しかし、いつまで経っても来ない。

 異形を見ると何か焦ったような動作で頻りにドラゴンを揺さぶっていた。何か異常事態が起きた様子。

 二、三度揺らした後に異形は初めて今居る場所から後退する。

 下がる異形を見て、村喰いたちはようやく反撃の機会が巡ってきたと思うと同時に復讐の怒りを燃やす。

 散々好き勝手なことをし、仲間を殺めてきたことへの借りを何倍にもして返すことを決め、後退していく異形の後を追う。

 全速力で追い掛け、異形が先程まで立っていた地点を通り抜けようとしたとき、一瞬の浮遊感の後、地面に体を引き摺り込まれた。

 

「ガアアアアア!?」

 

 土の中でもがく村喰いたち。その土はまるで沼地のように沈む程柔らかく、足も底に付かない程深い。

 かなりの数の村喰いたちが柔い土の中に囚われてしまった。

 そこに下がった筈の異形が戻って来る。その手にドラゴンを構えて。ここで彼らは自分たちが誘い込まれたことを理解した。

 ドラゴンからブレスが吐かれる。吐かれたブレスは、村喰いたちが埋まっている穴の中心に命中し外れたかと思った瞬間、複数の爆発が生じて彼らを紅蓮の炎で焼いた。

 間近で起こった爆発に身を守る方法も無く、異形の罠に嵌った村喰いたちは全滅してしまう。

 残された村喰いたちは数え切れる程度。しかし、既に彼らの戦意は完全に折れていた。異形を倒すこと、仲間の敵討ちなどどうでもいい。一刻も早く、あの怪物から逃れることだけを考え、背を向けて逃走し始める。

 異形は逃げる村喰いたちの背を、冷静に、そして冷徹に撃ち抜いていく。

 村の出入口まで然程距離は開いていないというのに、途方も無く遠くに感じられる。

 仲間の悲鳴が、爆音一つ鳴る度に消えていく。それでも足を止めることが出来ない。仲間の心配よりも恐怖が足を突き動かしていく。

 やがて、村喰いの一匹が出入口を抜けていく。先を行く仲間の姿は無く、後に続く足音は無い。

 村から脱出出来たのは彼一匹のみ。

 その事実を恐怖と共に味わいながら、その村喰いは全力で逃げ続けた。

 村から離れ、やがて森の中へと入って行く。森の中は暗く、木々の隙間から月の光が差すぐらいの灯りしかない。

 村喰いは、ある横穴まで辿り着くと、そこに滑り込むようにして入っていく。

 

「ギャア! ギャア!」

 

 横穴の中には、村を落とすまで待機させていた残りの仲間たちがおり、勢い良く入ってくる彼に皆が驚き、事情を尋ねてくる。

 

「ガアア! ガアアア!」

 

 あの村には恐ろしい怪物が住んでおり、仲間は全員殺られてしまったことを伝え、今すぐにでもここから離れるように言う。

 

「ギャア?」

 

 仲間の一人が、彼の背中を指差し、何だそれはと聞いてきた。

 言われて彼は気付く。いつの間にか背中に夜でも鮮やかに輝く色の染みが出来ていることに。

 仲間の一人がその染みに鼻を近付けて顔を顰める。染みからは一種独特の強烈なニオイを発していた。

 ガコン、というあの音がする。仲間は聞き慣れない音に驚いて横穴の入り口を見た。だが、彼は振り返ることが出来ない。

 体が震える。悲鳴すら上げることが出来ない。

 仲間が一斉に威嚇し始める。お前は誰だと鳴き声を上げる。

 奥からも仲間がやって来て、震える彼に接触する。その衝撃で彼は振り返るように倒れてしまった。

 咄嗟に顔を上げる。

 横穴の入り口。背中に月の光を浴びて浮かび上がる黒い輪郭。

 恐ろしい怪物が、恐ろしいドラゴンを引き連れて追いかけて来た。

 それが、彼が最期に思ったことであった。

 

 

 ◇

 

 

 朝日が見えた時、あんなにも安心したことはありませんでした。太陽の光ってこんなにも心を落ち着かせるのかと初めて知りました。

 夜の内に聞こえた大砲のことなんですが、聞こえた方角が私たちの村の方から聞こえたこともあって、何か起きたのかもしれないと村の大人の何人かが調べる様に村長に訴えていました。

 初めの内は村長も危険だからと調べるのを躊躇っていましたが、少人数で危険だと判断したらすぐに戻ると言って村長を説得し、村長も最後にはそれを了承しました。

 何人かが調べに行って、私たちは数時間ぐらい待っていると調べに行った一人が慌てて戻って来て、村の中で村喰いたちが全滅しているって大声で言ったんです。

 皆、耳を疑いました。でも、嘘を言ってる様子はなく皆、捨てた筈の村に戻ったんです。

 村の中は凄いことになっていましたね。私もチラリと中を覗いたんですが、すぐに怒られて子供たちは村の外に出ているように指示されました。

 家畜の肉を食べる為に絞めることは何度か見た事がありましたが、あれだけキツイ血のニオイは初めてで少し気分が悪くなりましたね。

 大人たちは全員混乱していました。大量の村喰いたちが何かしらの方法で全滅させられていたんですからね。

 大型のモンスターが偶然やって来て全滅させたんじゃないかと言う人も居ましたが、それにしては家などの被害は少なかったですし。

 その時、私は唐突にあの人の姿が頭を過りました。狩りが上手なのは知っていましたが、まさかここまで凄いとは全く思っていませんでしたが。

 でも、何故か私は急に会いたくなって、いつもの場所に向かったんです。大人たちの制止を無視して。

 あの人の住処に着いた時、中には誰も居ませんでした。奥に仕舞ってあったあの怪物みたいな鎧や、大きな道具も全部無くなっていました。

 私はとても悲しくなって泣きました。だって、お礼も言っていないのにお別れしたんですから。

 泣いて、泣いて、泣いて、ぼやけた目で気付いたんです。

 壁に何か書いていることに。それは、あの人の文字でした。あんまり上手じゃない字でこう書かれていたんです。

 

『いらいかんりょう ほうしゅうはもっていく ありがとう さようなら』

 

 あの人はきっと村を捨てたくない私の為に戦ってくれたんだと思います。そして、きっと今も戦っているんですよね? だからあの人のことをこうやって調べているんですよね? 

 ──そうですか。やっぱり、あの人は凄いですね。

 あ、そうだ。『ハンター』さんに会ったら伝えてくれますか? ──え? どのハンター? どういうことですか? ……あはははははは! そういうことですか! 私、ずっとあの人の名前を『ハンター』だと勘違いしていました。だって、自己紹介の時に自分を指差してそう言っていたから、あはははははは! 

 ──やっぱり、自分で直接言うことにしました。お礼だけでも伝えたかったけど、ちゃんと顔を見て、しっかりと自己紹介をして、きちんとお礼をすることに決めました。

 あ、でも、これだけは伝えてくれますか? 

 

 私は毎日勉強しています。あなたは、こっちの言葉の勉強は続けていますか? 

 

 

 

 

 

 世界にその圧倒的存在を思い知らせ、後に『竜の変』と呼ばれた日。

 世界に絶望が落とされると同時に希望もまた落とされた。

 異界からくるそれらを狩る『ハンター』と名乗る者たち。彼らの存在はこの世界にとって一筋の光となる。

 彼らと協力関係を結ぶことは思いの外簡単であった。何故ならハンターの内の一人が、この世界の言語をほぼ完璧に修得していたからである。それにより意志疎通を問題無く深めることが出来た。

 何故、そんなにも語学が堪能なのかと尋ねられた時、そのハンターが無言で子供向けの絵本を出したのは今でも語り草となっている。

 




本編最終話で最後に答えたハンターが、作中のハンターとなっています。


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