漂うのは血と脂と汗を混ぜたニオイ。それに加えて風によって時折混ざる腐った肉や臓物のニオイ。
これらを全部混ぜ合わせたら何のニオイになるのか? と聞かれたら俺は死のニオイと答えるだろう、と仲間か敵か分からないぐらいにぐちゃぐちゃになった死体を横に飯を喰らう俺は頭の片隅でそう思っていた。
正直、そんなことを漠然と考えていないと悪臭で飯も喉を通らない。下らないことを考えている時は五感が鈍ることをここ最近知った。
「う、うぉえ!」
誰かが吐く声が聞こえて来る。ただでさえ少ない食欲がより失せた。仕方がないので残りを口に押し込み、あとは水で無理矢理流し込む。どんなに食欲が無くとも食べなければ体力を維持出来ない。
心がすり減っても体力さえ尽きていなければそこそこ生きられるのだ。
この戦場では。
「はぁーあ」
俺は戦場で何百、何千回目の溜息を吐く。戦場での数少ない楽しみとも言える食事を最悪の気分で終わらせた後、ゆっくりと立ち上がった。
ガシャガシャと安い金属で作られた鎧が鳴る。喉と心臓と最低限の身を守るだけの粗悪品だ。返り血で錆びて見た目も最低になっており、その癖通気性も最低で汗で蒸れる。最初の頃はそのせいで体のあちこちが痒くなったが今はもう慣れた。
思い返せばかなりの月日水浴びすらしていない。今、水に入れば確実に水の色は真っ黒になるだろう。垢と汗と血で悍ましいニオイも放っている筈だが、そんなものはとっくに麻痺してしまった。
座りっぱなしで硬直した足の筋肉をほぐす為に俺は目的も無く歩く。
数歩歩くと何か柔らかいものを踏んだ。味方の死体であった。特に気にすることなく踏み付けて先へ進む。少し前なら怖気が走っていただろうが、今では些末なこと。多くの死体を見ればそんな感覚になる。
歩きながら他の兵士の顔を見る。どいつもこいつも目が濁っており、光の無い死んだ目をしている。
数か月前までは『俺たちが祖国を救うぞ!』と息巻いていたが、そんな面影は最早無い。戦争の現実に圧し潰され、誰もが恐怖で目は死に重圧で実年齢以上に老け込んでいる。
かく言う俺もまたきっと戦争へ行く前よりも老け込んでいるだろう。
そもそもの話、何で俺たちの国と敵の国が戦争しているのかすら良く知らない。
土地を巡ってだの、金の貸し借りなど、恥や誇りがどうこうと出発前に王が演説で語っていたが、長ったらしい上にやたら難しい言葉を並べているせいで内容まで理解出来なかった。
こっちは一市民の出である。貴族様やお偉い人にしか通じないような話は止めて欲しい。
戦場に行かされると聞いた時は初めは冗談かと思ったが、特訓や武器を与えられたことで日々現実味を帯びていき、やがて戦地に送られる順番が巡って来た。
逃げようとはしなかった。所詮は国という囲いの中で育った身。国に対して恩や愛国心を抱く程満たされた生活はさせて貰えなかったが、今まで生きて来た世界の外に逃げ出す勇気も持つことは出来なかった。
俺が戦争に行く理由を一言で言えば『諦め』だろう。たった独りじゃどうにもならない。
俺は歩く。理由も無く歩く。体力の無駄遣いだと分かっているが、そうしないと落ち着かない。ジッとしていると暗い雰囲気のせいで頭がおかしくなる。或いはこんな事をしている時点でおかしくなっているのかもしれない。
さっき潤したばかりの喉がもう渇いてきた。この辺りには火の山があるらしい。
見た事が無いが、何でも溶岩という野菜の煮物のようにドロドロになった岩が流れているらしい。それが本当だとしたらすぐに喉が渇くし、蒸し暑さも覚える筈である。
歩いているとふと顔見知りが座り込んでいるのが見えた。戦場に出て知り合った相手であり、つい昨日の夜も話をしていた相手である。
「おい」
声を掛けるが返事は無い。
「おーい?」
もう一度声を掛ける。やはり返事は無い。
俯いているので顔を覗き込んでみる。半眼となった眼に羽虫が這っていた。
そいつの体を軽く押してみる。そいつはゆっくりと横倒しになった。
「死んでんのかよ……」
よく見ると腹に刺された傷がある。これが致命傷となり飯の時間の間に力尽きだのだろう。そいつの手元には手が付けられてない食料と水があった。
「要らないならもらうぞ」
一言断って食料と水を頂く。誰も食べなければ腐るのみ。だったら誰かが食べるべきだ、と自分の中で言い訳をしておく。
最近、こういう言い訳が多くなった気がする。以前の俺なら死人の食べ物に手を伸ばすようなことはしなかったが、今では普通に出来る。
腐り難くした乾いたパンと干し肉を咀嚼。それを皮袋に入った水で喉の奥へ一気に押し流す。
ふと、倒れている知人の濁り始めた瞳と目が合う。
「そんな目で見んなよ」
苦笑し、ほんの少し残った水をせめてもの手向けでそいつの顔に掛けてやった。意味がある訳では無いが、これも言い訳の一つだろう。
死んだこいつは丁寧に埋葬される筈も無くここで朽ち果てるが、せめて俺だけは見送ろうと思った時、重大な事に気付いた。
俺はこいつの名前を知らない。知る機会は幾らでもあった筈だが、何故か聞きそびれてしまった。
「ああ……うん……まあ、迷わずあの世へ行けよ」
一応の声を掛けて死体から離れようとした時、陰鬱とした場に似合わないよく通る声が響き渡る。
「休憩は終わりだ! この場を移動するぞ!」
一人だけ妙に凝った鎧を纏い、馬に跨る二十代の男。この男こそが俺たちを率いている男である。
とある貴族の次男坊か三男坊かだったか。威勢だけは一人前だが如何にも戦争どころか喧嘩すらしたことの無い色白でやや太り気味の風体の男。今着ている鎧も似合っておらず、鎧に着られている様にしか見えない。
「敵国の兵は今も何処かに潜んでいる! 仕掛けられる前に見つけ、こちらから攻めるのだ! 流れは我々に来ている!」
何をどう見たらそんな台詞が吐けるのか心底不思議に思ってしまう。
つい数時間前の戦いに勝ったことで勢い付いているのかもしれないが、こちら側が数百に対してあちら側は数十名の兵しか居なかった。勝って当たり前の戦いである。
どうも最初の戦いから連敗続きだったせいで初めての勝利に興奮している様子。あまり嬉しくない状態である。
この男、戦い方というものがまるで分かっておらず馬鹿の一つ覚えで無謀な突撃ばかりさせており、そのせいで兵の数も最初の時と比べて三分の一にまで減ってしまった。
まあ、この男の立場を考えると焦っているのは丸わかりである。
戦争に駆り出される貴族というのは、要は仮に死んだとしても問題の無い奴が出されるのだ、周りへの面子の為に。長男が生きていればそれでいい。
この男もそれを自覚しているのだろうが、だからこそ何が何でも手柄が欲しいのだろう。
戦争時に於いて貴族がする選択は二つ。金を出すか、人を出すかである。
戦争の為の資金を国へ出すことで身内の徴兵を見逃してもらうのだろうが、この貴族の場合はきっと金が足りずに人を出したのだろう。──出さない方が良かったのに。
意気込みだけなら認めるが、やる事が兵士に命令して、無駄死にさせて自分は血を流さないだけなのが頂けない。
何回心の中で『死んでくれ』と祈ったか分からない。まあ、仮に指揮官であるこいつが死んだら俺たちも同じような命運を辿るのだろうが。
言っておくが俺は決して貴族を嫌っている訳では無い。国にいる時は世話になったことだってあるし、その貴族には素直に感謝しているし尊敬もしている。
ただ純粋にこいつが嫌いなだけだ。嫌いな奴が偶々貴族だっただけだ。
「いいか、良く聞け! 我々は──」
貴族様のありがたーい演説が始まったのですぐに耳通りを良くして聞いたふりをする。体力を消耗している時に精神まで消耗するのは馬鹿らしい。
というか誰も彼もが生きた屍のような状態で、よくもまあ周りの目も気にせずにペラペラと喋られるものだと思う。そして、元気も無駄に有り余っている。
捨て駒同然に駆り出されてもそこは貴族の子。ご丁寧に専用のテントと簡易だが就寝用のベッドまで用意されており、そこらの兵士が食べる物よりも数倍豪華で栄養が豊富な物を食べている。
戦争出発の初日に貴族のベッドやテントを運ぶ係を任命している光景を見て、驚愕したと同時に戦いへの強い不安を覚えたのが懐かしい。今になって思えばその感想は正解であり、今も正解し続けている。
いい加減間違っていたと思わせてくれ。
貴族様本人は意気揚々と喋り続けている。心なしか顔が紅潮しているように見えた。まさかと思うが、自分の演説に感動しているのだろうか?
だとしたら勘弁してくれと心底思う。お前が感動しているのとは反対に他の兵士たちの目がどんどん死んでいく。低過ぎて底にあった戦意が底を突き抜けてしまっていた。
だが当人は気付いていない。その空気の読めなさはある意味では才能である。
演説を聞き流している最中、頭の中で脱走、投降、捕虜という言葉が頭を過る。いっその事そうすれば楽になるかもしれないと思ったが、すぐに思い直した。
そこら辺に居る様な一兵士を捕虜にしても何の価値も無い。捕虜にして価値があるとすれば、得意げに喋っているあの貴族様ぐらいだろう。人質にして色々と交渉の材料となる。
俺たちはせいぜい捕まった後に殺されてそこら辺に捨てられるか、運が良ければ土に埋められるかのどちらかだ。
一応、戦争の決まり事として投降した相手は丁寧に扱い、捕虜には危害を与えないというものがあるが、そんなものだーれも守っちゃいない。
考えて欲しい。こんな戦いの最中に捕虜なんていう足手纏い且つ無駄飯喰らいに、居場所なんてあると本当に思っているのか?
さっさと殺してバレないように処分した方が手っ取り早い。俺ならそうする。というか実際にやった。
投降してきた敵兵士を皆で刺して、近くの川に流した。
敵兵士を初めて殺ったときから碌な死に方はしないだろうと思っていたが、それをやった時点でまともな死に方はしないと確信した。
別に殺したくて殺した訳じゃない。上から命令されて仕方なく、というやつである。従わなければ自分が殺される羽目になっていた。流石にそこで命を懸けられるほど俺は聖人ではない。
嫌らしいことに命令した貴族様は、直接的な命令ではなく遠回しで殺すように命じて来た。いざ、ばれた時はこっちに責任を擦り付ける気なのだろう。
その時はこいつを殺してやろうかと殺意が芽生えたが、すぐに消沈した。貴族の部下には高い金で雇われた腕利きの兵士が部下兼護衛として付いている。
実戦重視の質の良い鎧や武器の前では、俺が着ている鎧など紙のように貫かれ、粗末な剣と槍は鎧を突いた瞬間に折れてしまうだろう。
嫌だ嫌だと思いながらも感情を押し殺して従うしかない。どんなに理不尽でふざけんなと叫びたくなる命令でも。
「──さあ! 奮い立て! 我らの勝利は我が国への勝利と繋がる!」
考え事をしていたらいつの間にか演説が終わっていた。
さぞかし感動する内容であったのだろう。周りの連中が剣を掲げて獣のような雄叫びを上げている──空元気で。
俺もまた周りに倣って剣を掲げて叫ぶ。心底馬鹿らしいと思うが、やらないと浮いてしまい目を付けられる可能性があった。
目を付けられたら何をされるか分かったものではない。良くて一思いに殺されるか、悪くて嬲り殺しにされるか。
因みにこれは冗談ではない。戦争に出て良く分かったことがある。
死が溢れかえった場所では自分以外の命など微塵も気に掛けなくなるということだ。敵だろうが味方だろうが。
こういう例がある。戦争に出て数日経過した後、とある一兵士は勇気を振り絞って貴族らに進軍についての意見を述べた。
貴族らはその兵士を笑顔で招き寄せ、親し気に肩に手を置き、自分たちのテントへ連れていった。
翌日、その兵士は見るも無残な姿で発見された。
敵兵に見つかってこうなってしまったと貴族が言っていたが、誰がどう見てもお前らの仕業である。
でも、誰もそのことは言わなかった。言ったらズタボロで死んだ兵士と同じ運命を辿ることになる。
その兵士の死は警告であった。逆らうな、という強烈な意味を込めた。
おかげさまで誰も文句を言う事は無くなった。その代償として士気は駄々下がりで不信感がこれでもかと高まったが。
「さあ、奴らを根絶やしにするのだ!」
休憩は終わり、進軍が始める。何処へ行くのか、何をするのか、誰を倒すのかすら分からない。暗闇の中に突っ込んで行くような進軍が。
◇
俺は何をしているのだろうか。そんな疑問が頭の中で何度も反響する。
黙々と歩いているとそんな事ばかり考えてしまう。
密度の高い行進。蒸し暑さ。疲労。酷使されている肉体から精神が切り離され、現実逃避をしている。
馬に乗った貴族やその取り巻きが何か言っているが、言葉として認識出来ない。
先の分からない行進は俺から正常な状態を奪ってしまう。……この戦争に来てからとっくにおかしくなっていると言われたら否定出来ない。
いつになったら戦争が終わるのだろうか、とぼんやり考えていた時、隣を歩いていた兵士が前のめりに倒れる。
ぼんやりしていた意識が現実に返って来た。
このまま倒れていたら何をされるか分からないので、倒れた兵士を起こそうとする。
「──あ?」
そこで気付いた。兵士の後頭部から何かが伸びている。
それが矢羽だと気付いた時、風切り音と共に別の兵士が倒れる。
「敵襲ぅぅぅぅ!」
誰かが叫び、兵士らの悲鳴が上がるがすぐに途絶えていく。
何故なら直後に矢が雨のように降り注いで来たからだ。
弧を描きながら山なりになって襲い掛かる大量の矢。
俺はそれに気付いた時、なりふり構わず起こそうとしていた兵士の死体の下に潜り込んだ。
「がっ!」
「いてぇ!」
「がはっ!」
兵士たちの苦しむ叫びや断末魔が聞こえて来る。しかし、俺は死体の下でじっとしていた。悪いが他人をどうこう出来る余裕なんて無い。
時折被せている死体に矢が刺さって軽い衝撃が背中に伝わって来る。
暫くして矢の雨が止む。だが、俺はそれを助かったとは思わない。
急いで死体の下から這い出る。盾にしていた死体は親が見ても判別出来ないぐらいに矢が刺さっていた。
「うう……」
「いてぇ……いてぇよ……」
「助けてくれ! 誰か、誰かぁ!」
矢の雨が止んだ後は惨状であった。急所に矢が命中して絶命する者が居れば、手足や胴体などすぐには死なない箇所に命中し、激痛で動けない者たちも居る。
「動け! 次が来るぞ!」
声を掛けたのはせめてもの情けであった。
何度も戦いを経験していれば、この後に何が来るのか予想が付く。
先程の矢は牽制である。こちらの動きを止める為の。本命はこの後なのだ。
「走れ! 逃げろ!」
俺は声を上げながらその場から駆け出した。それに釣られて走り出す兵士もいたが、仲間を見捨てられずにその場に留まっている兵士も居た。
そんな彼らの慈悲を踏み躙るかのように空が赤く光る。
「魔法が来たぞぉぉぉぉ!」
誰かが叫ぶ。次の瞬間、空から落ちて来た火球が爆発を起こす。
「うおっ!?」
爆風を背に受け前のめりになる。転倒しそうになるが手を地面に着けて態勢を直して走り続ける。
矢と比べて魔法の速度は遅い。だから矢で牽制して相手を動けなくしたところで魔法による止めを刺すというのが一般的な戦い方である。また、魔法を扱える者は貴重な人材なので後方で控えさす必要もあるからだ。
実に有効的な戦い方である。身を以ってそう思う。うちにも魔法を使える兵が居れば色々と便利だっただろうが、生憎そこまで期待されている部隊ではないので貴重な魔法使いは回されなかった。
また爆発音が聞こえた。数メートル先に何かが落ちて来る。爆発に巻き込まれて吹っ飛んだ味方兵の上半身だった。
落ちる途中のそいつと目が合う。ポカンとした表情であり、自分の身に何が起こったのかも分からないといった表情である。
だが、突如目の焦点がおかしくなる。そいつが頭から地面に落ちる少し前であった。
ようやく死が追い付いたのだろう。死ぬと認識する前に逝けたのは最後の幸運であったのかもしれない……いや、死ぬ時点で等しく不運だ。こんな場所に居る時点で運が悪い奴ともっと運が悪い奴しか居ない。
俺はどっちだろう?
癖になっている現実逃避をしながらも足は常に動き続け、全力疾走。
とにかく走って魔法の射程外まで移動する。
目の前に林が見えた。あそこまで行けば少なくとも魔法の直撃は避けられる。
俺は飛び込むように生い茂った緑の中へ入り込み、ようやく背後を確認する。
魔法の火が降り、人間が面白いぐらいに吹っ飛ばされていく。実に愉快で悪夢染みた光景であった。
幸いにも魔法の射程外まで逃げ延びたらしく魔法はここまでは飛んで来ない。
そう思うとどっと汗が噴き出す。疲労がやっと感覚に追い付いてきた。
「どうやらお前も生き延びたようだな」
声を掛けられたのでびくりとしながら振り返ると、そこには同じ鎧を着た兵士が居る。よく見ると何人も林に身を隠していた。あの貴族たちも居る。
俺は隊列の後ろ辺りに居たので、それより前は矢や魔法から真っ先に逃げられたみたいであった。
先に死んだ奴を盾にしたおかげである。心の中で名も知らぬ兵に感謝する。おかげで生き延びられた。
と言ってもほんの少しだけ命を繋いだに過ぎない。
矢による牽制。魔法による爆撃。その後に待っているのは──
「ああ……やっぱ来たか……」
進軍の足音が聞こえて来る。頭から足元まで完全武装した兵たちによる完全制圧を告げる合図でもあった。
兵士らが雄々しい声──最早獣に等しい──を上げ、偶然の上に偶然を重ねて生き延びることが出来たこちらの兵士を蹂躙していく。
命乞いをしようが、瀕死だろうが関係無い。剣や槍を多方から突き入れ確実に止めを刺していく。清々しいまでに容赦が無く徹底している。数合わせではなく長期的な訓練を熟した本物の兵士であった。
兵の熟練度に加えて、どれだけ来ているのか数える必要も無いぐらい数の差。おまけに武器も鎧も充実している。ついさっき倒した奴らとは装備の格が違った。
かなり名のある将が率いている軍なのだろう。もう終わった、というのが俺の感想だった。
「覚悟を決める時が来たか……!」
貴族様が何やら腹を括っているが、その覚悟に水を差すようだが、あんたはかなりの確率で捕虜になると思うよ? 見た目が如何にも『そこそこ名のある貴族の出です』という恰好だもの。
まあ、決死の覚悟で挑む辺りは少し見直した。今までの無茶苦茶な指揮を考慮して帳消しにはならないが、マイナスからゼロには近付いた。
「皆の者! 今こそ国にその命を捧げる時だ!」
人の血も脂も吸っていない高価な剣を掲げて叫ぶ。
本音を言えば今すぐにでも逃げ出したいが、逃げた瞬間には後ろから仲間に刺されるだろう。大軍に磨り潰されるか、仲間に殺されるか、どちらが惨めかは選ぶまでもない。
ああ、出来ることならもっと長生きしたかった、と心の中で泣く。
短い人生だった。心の何処かで自分が死ぬということを、いつかの遠い日のことだと思っていたが、どうやら勘違いだった。
今日、俺は死ぬ。いつかは今日だった。
貴族の号令を待ち、俺は貧相な槍を握り締める。
「行──」
ゴアアアアアアッ!
貴族のなけなしの勇気を振り絞った号令をあっさりと打ち消す程の大声量。全身が竦み上がり、身動きが取れなくなる。
それは敵兵も同じであった。あれだけ雄々しい敵兵たちが声一つで足を止めているのだ。
バサバサと羽ばたく音と共に空から声の主が現れる。その姿に誰もが言葉を失った。
赤紫色の鱗を全身に付け、全長二十メートル近い巨体が一対の立派な両翼によって浮いている。
その容姿は昔見た絵本に描いてあった獅子という生物に似ていた。だが、絵本に描かれていたよりも威風堂々とした立派な赤毛の鬣があり、額の二又に分かれて後方へ伸びる角はさながら王冠であった。
それは四足を地面に着き、敵兵の前に立ち塞がる。そして、後ろ足二本で体を起こして再び咆哮。
二度目の咆哮にも慣れることが出来ず、敵兵は魂が抜けたように動けないままであった。
吼えたそれの体が炎に包まれる。周囲の温度が上がるのが分かる程の熱を持った炎だが、それ自身は焼かれることは無く寧ろ自在に操っている。
炎の王。そう形容するしかない存在。
この場に居る全員が炎の王の登場に混乱している。何、何故、何者という言葉が頭の中で巡っているのが遠目でも分かる。俺も似たような心境だ。
だが、炎の王にとってはそんな混乱など関係無い。四足で地面を蹴ったかと思えば真っ直ぐと突き進む。
一人では止めらない。二人でも無理。五人でも速度は緩まず、十人以上が立ち塞がっても炎の王は構わず突進していく。
道があろうが無かろうが関係ない。自分が進む方向が道だと言わんばかりの直進は、重装備の兵士たちを纏めて吹っ飛ばす。
体当たりを受けた者の末路は二つ。骨が砕けて動けなくなる者。吹き飛ばされなかったが炎の王が纏っている炎の衣のせいで全身を焼かれる者。一目で多くの兵士たちが戦闘不能状態になる。
撥ね飛ばされ、踏まれ、焼かれ、炎の王が進んだ後の轍は絶命した者たちによって作られる。
挨拶代わりの蹂躙により敵兵たちは恐怖と仲間を殺された怒りで体の硬直が解け、得物を構えて怒号と共に炎の王に挑もうとするが、ある程度接近すると足を止めてしまう。
理由は炎の王が纏う炎の衣である。当たり前と言えば当たり前の反応であった。自分から炎へ突っ込む人間はまず居ない。
「う、うわああああああっ!」
誰もが臆した中で一人の兵士が勇敢にも炎の王目掛けて剣を振り下ろす。恐怖の殻を突き破る為の勇敢なる行動。
しかし──
「ぎゃあああああっ!」
──結果の伴い勇敢なる行動は蛮行、愚行へと転じる。
振り下ろされた剣は炎の王の鱗によって弾かれ、傷すら付けることも叶わなかった。逆に兵士は炎の衣によって絶叫を上げる。
金属で出来た腕の防具が炎の衣の熱によって炙られたことで腕の皮膚が防具に張り付き、皮ごと剥がれたのだろう。そんな事が想像出来る悲鳴であった。
兵士の悲鳴は長くは続かなかった。炎の王が喧しいと言わんばかりに前足で兵士を払うことで強制的に黙らせてしまった。
表現出来ない程にひしゃげた兵士の体を見て、他の兵士たちはより一層恐怖に包まれている。困難の前に徹底的に潰された勇気は、他の者たちからも勇気を奪ってしまうのが良く分かる。
屈強な兵士たちが動くことも出来ない案山子と成り果てると、炎の王は徐に口を開き、直線状に炎を吐き出す。
悲鳴を上げる兵士たちもいたが、炎に呑まれると一瞬にして聞こえなくなる。
空気が焼けるニオイがした。その後に人の焼けたニオイがする。
炎の王の吐き出した炎の後には焼かれた兵士らの焼死体が転がる。数秒焼かれただけなので焦げる程ではなかったので全員が生焼けで気分が悪くなる。だが、ちゃんと中まで火が通っているので無駄に苦しむことなくきっちりと絶命していた。
炎の王が炎で薙いでいく度にそれが出来上がっていく。
「何と凄まじい……」
全員の気持ちを代弁するように貴族が呟く。全く以って同意見であるが、そろそろ見学を止めてここから退却するべきだと俺は思う。
あの炎の王が敵を惹きつけるどころか圧倒している今こそ最大の好機である。
そんな俺の気持ちとは裏腹に貴族が退却を指示する素振りを見せない。
目を輝かせて炎の王を見詰めている貴族に俺は嫌なものを感じ取った。
俺がそんな事を考えている間にも炎の王は兵士らの命を次々と奪って行く。一体彼らの何が炎の王の癪に障ったというのか。大勢で群れているせいか? 大声を出していたせいか? 魔法で何度も爆発音を出していたせいか?
いつ矛先がこちらに向かうかも分からない位置で俺がそんな下らない事を考えていると、炎の王が体を激しく震わせる。
何処に溜め込んでいたのか分からないが、体を振るった瞬間に炎の王から橙色に光る鱗粉のようなものが放出され、辺りに散っていく。
敵兵たちも辺りに漂う鱗粉に戸惑っている。
炎の王が口を開く。上向きに伸びる長い牙が良く見える。
開いていた口を閉じガキン、と牙と牙を打ち鳴らす。一瞬火花が散ったのは錯覚では無い。
打ち鳴らした音に詰めるように閃光、爆発が生じた。
「っ!」
耳の奥が痛くなる程の爆音。その後に耳鳴りがして暫くの間、周りの音が聞き取り難くなる。
恐ろしいことに炎の王がばら撒いていた鱗粉は、火薬のような特性を持っていたのだろう。それに自前の牙で着火し、爆発を引き起こしたのだ。
鱗粉が届く範囲に居る敵兵はほぼ全滅。爆発によって体が吹き飛んでおり、中には生きている者も居たが、手足などが欠損した状態になっており辛うじて生きている状態である。
範囲外に居た者も爆発の影響によって立てなくなっていた。爆発を恐れて腰を抜かしている者や爆音の近距離で浴びせられたせいで耳がおかしくなっている者。
一番不運なのは誤って鱗粉を吸い込んでしまったのか、口から煙を出して悶え苦しんでいる者が居た。いずれ死ぬのだろうがかなり時間が掛かりそうである。
炎の王の爆発により残りの兵士たちが逃げ腰になる。無理も無い。
段々と耳鳴りも回復していき、敵兵らの必死の声が聞こえて来る。
「隊長はどうした!? 早く残りの兵を!」
「弓兵は!? 魔法兵は!? 接近戦は無理だ!」
「それよりも撤退を!」
敵兵の足並みはバラバラになっている。援軍を待つ兵も居れば、心が折れて一刻も早い撤退を望んでいる兵も居る。意志が統一されていない。
悲劇なのは、指示が定まらずに混乱している敵兵の事情など知ったことではないといった様子で、炎の王は敵兵を当然のように殺めていることだ。
立ち止まっているだけで命が散っていく。
ゴアアアアアアッ!
そんな状況でも転機が訪れる。敵兵にとっては最悪の転機だが。
響き渡る咆哮は炎の王が発したものではない。しかも、それは敵兵らが来た方角から聞こえて来た。
翼が空気を裂く音と共にソレは現れた。
「嘘だ……噓だ噓だ嘘だ」
目の前の現実が夢や嘘であって欲しいと強く願う敵兵。気持ちは良く分かる。こんな史上最低についていないことが重なるなんて誰が予想出来るだろうか。
現れた二頭目は炎の王と対になるような存在であった。
姿は酷似しているが所々違う箇所もある。炎の王が赤色に対し、二頭目は青い鱗を持っており、炎の王は赤い鬣を顎下まで生やしているが、二頭目は青い鬣の毛量が少なく首から左右に垂らしている。
炎の王は一対の角を生やしているが、二頭目の額の角は鱗から発達したように境界がなく、翼のように左右に広がった形状をしていた。
ゴアアアアアアッ!
もう一頭の登場に炎の王は待ちかねたと言わんばかりに咆哮すると、もう一頭の方もそれに応えて咆哮を上げた。
炎の王と比べての俺の個人的な印象だが、もう一頭の方は女性的な印象を受ける。炎の王の反応からしてもしかしたら、つがいなのかもしれない。ならば、もう一頭は炎の女王ということになる。
炎の女王が現れたことで敵兵らの表情は絶望に満ち、死人と変わらないような顔色となっている。
気付いてしまったのだろう。炎の女王は敵兵が来た方角から飛翔してきた。そこには恐らく待機させていた残りの兵──指揮官、弓兵、魔法兵が居た筈。もし、それらを全滅させてここに来たとしたら?
炎の王の強さを知っているのなら炎の女王も変わらない強さを持っている可能性が高く、あながち間違った推測とは思えない。
そうなると、王と女王に挟まれた敵兵たちは孤立無援となったことを意味する。俺たちと同じだ。
炎の女王が炎を纏う。炎の色は蒼。まず自然では見ない色の炎であった。珍しく感じると同時に高貴な印象を受ける。
続いて周囲に鱗粉を散らす。鱗粉の色も蒼であったが、空中で時折橙色へと変化するのが見えた。
炎の女王は口から一瞬だけ炎を吐く。吐いた炎の色は普通の炎の色と変わらない。
敵兵にも届かない極めて短い炎。威嚇の類かと思われた時、炎の女王は両翼を羽ばたかせ強風を生み出す。そして同時に地獄のような光景も生み出した。
「ぎゃああああああっ!」
「熱い! あづぃぃぃぃぃ!」
「消してくれ! 誰かぁぁぁぁぁ!」
風が通った後に起こる蒼炎。燃えるものなど無いにも関わらず油でも撒いていたかのように燃焼する。
地面が燃えるだけでは済まず、敵兵の体にも引火しており、纏わりつく蒼炎の中で敵兵は生きたまま焼かれる苦しみを死ぬまで味わっている。
恐らくは炎の王が起こした爆発と似たようなものだろう。炎の女王の鱗粉は燃え易く、それでいて暫くの間燃え続ける性質を持っており、そこに小さな炎と強風を合わせることで燃料要らずの上消えない蒼炎を生み出していると思われた。
しかし、炎の王の爆発と炎の女王の延焼。どちらの死に方がましなのだろうか。そんな事を一瞬考えたが、すぐに止めた。結局どちらも碌でも無い死に方だ。
王と女王により敵兵の数は凄まじい勢いで減って行く。今こそ逃げる時である。追手が来る心配も無い。
「今こそ好機!」
貴族もそのことが分かっているのか指示を飛ばす。
「奴らを全滅させる時が来た!」
「──はあ?」
思わず声に出してしまった。貴族が何を言っているのか本気で理解出来ない。
全滅させる? 退く時ではないのか?
「見よ! 我らの真摯なる願いが天へと届き、神から援軍を与えられた! あの雄々しき姿はまさに天の遣い! そして、我らを救う為に戦ってくれている! この機を逃すな! 神の意志と正義は我らにある!」
何ともトチ狂った演説である。どうやら炎の王と女王の熱に中てられてとんでもない思い違いをしているようだ。
確かに凄い力だが、どう見たってこちらの味方になんか思えない。
どうしてそんな都合良く考えられるのか理解出来ない。
『オオオオオオオオオッ!』
が、俺のそんな考えとは裏腹に殆どの兵士たちが貴族に賛同するように声を上げていた。
どうしたんだお前らは? どう考えてもおかしいだろう? 疲れているのか?
他の兵士たちの顔を見ると、顔色は悪い癖に目だけはギラギラと危うい輝きを放っている。
「ああ……」
唐突に理解してしまった。そうか。こいつらは疲れているんだ。心も体も。
殺し殺される極限状態が続く日々。誰か終わらせてくれ、誰か救ってくれ、と心の中で何度も祈っていただろう。
そんな中で起こってしまった目を疑うような光景。憎き敵兵が雑兵のように殺されていく。
願いが通じた! と思ってしまったのかもしれない。
それがどれだけ都合の良い考えであっても現実から目を逸らし、自分の目を通して歪められた奇跡に縋ったのだ。
熱に中てられ、浮かされているのは貴族だけでは無い。あの光景を見た殆どの者がそうなってしまっていた。
だからこそ、貴族の戯言にも心の底から賛同してしまうのである。
俺は……俺はそこまで心酔出来ない。そうした方が楽なのだろう。でも、俺にはあれがそんな都合の良い存在にはどうしても思えなかった。
「行くぞ! 勝利は我らに有り!」
熱に中てられた連中が、貴族の号令によって突撃して行く。
殆どの者が突撃していく中で俺は立ち止まっていた。何となく理解する。ここから先が自分にとって命懸けの瞬間なのだろうと。
最早人の声とも判別出来ないような狂った叫び声を上げながら、突撃して行く味方兵。
炎の王もそれに気付いた時、宙へと飛び上がる。
炎の王から放たれる鱗粉。その量は先程爆発を起こした時はと比較にならず、密度と量によって炎の王が覆い隠されていく。
次の瞬間、炎の王を中心として大爆発が生じる。
炎と音と光による過剰なまでの暴力。発生はほんの刹那であったが、その刹那で大勢の人間が命を永遠に奪われる。
熱と衝撃によって近くにいた者たちはまず形も残らず、少し離れた場所に居ても原形を留めていない。
この大爆発によって敵兵は全滅。そして、考えもなく突撃して行ったこちらの味方兵も爆発に呑まれて消え去った。
分かりきっていた結果である。あの二頭はこちらにとって都合の良い味方なのではないと。
そう思っていたのは俺だけではない。僅か数名だが俺と同じく足を止めていた者たちが居た。こいつらもまた都合の良い現実を見ていなかったのだろう。
そして、もう一人。
「何故?」
あの貴族も生きており呆然としていた。勝手に期待して勝手に裏切られたと思っている者の末路である。
俺は腹を括った。
「なあ? 生きて故郷に帰りたいよな?」
生き残った兵士たちに問う。誰もが一拍置いた後に頷いていた。
「なら、これからすることは墓場まで持って行け」
そう言って俺は貴族へと近付く。今はこいつを守る連中も居ない。皆、口車に乗せられて跡形もなく消し飛んだ。
俺は貴族の背後に移動すると一瞬の迷いも無く後頭部に槍を突き立てた。
誰かが息を呑む音がしたが、俺は手首を捻りながら貴族の背を蹴飛ばして槍を抜く。
貴族は声もなく倒れる。そんな彼を仰向けにし、帯剣していた高価そうな剣を取る。
俺は死んだ貴族の顔を拝む。何が起こったのか分からない、という顔をしていた。
「生き残る為だ。悪いな」
一応謝罪はしておく。そして、俺は兵士たちの方に顔を向けた。どいつもこいつも蒼褪めている。
真っ直ぐ故郷に帰るにはこの貴族の存在がどうしても邪魔だ。ここは退いたとしても名誉や誇りを重視して戦場に留まる可能性が大いにあった。余計な問題も起こされたくないし、巻き込まれたくもない。
だから死んでもらった。
「さあ、帰るか」
返事はない。
「それとも戦うか?」
まだそこに居る炎の王と炎の女王を指差すと、兵士たちは取れそうな勢いで首を左右に振る。
その動きが滑稽で思わず笑ってしまう。
戦場に来て久しぶりに笑った。
◇
帰国までの間、俺たちは口裏合わせをしていた。どうやって生き延びたのかボロを出さないように。
そして、国へ帰ると勝手に帰って来たことを問われた。
俺は涙ながらに語った。勇敢なる貴族様が身を呈して俺たちを国へ帰してくれた、と。そして、故郷に居る両親にこれを渡してくれと頼まれた、と言ってあの剣を差し出した。
根も葉もない美談、英雄譚を語る俺は、我ながら自画自賛してしまうぐらいの名演技であったと思う。だが、実際は心臓は止まりそうなぐらいに早く動き、冷や汗も背中ににじみ出ていた。
一歩間違えれば首が飛ぶ。俺にとって一世一代の賭けであった……が、そんな気持ちとは裏腹にあっさりと受け入れられた。
それどころかあの貴族の親に涙を流して感謝までされた。
茶番だ、と心が冷えていくのか分かる。きっとこういった名誉の死になった方が国にとってもこの貴族の親にとっても有り難いのだ。中途半端な結果よりも面子が保てる。
所詮は不要と思われて戦地に行かされた。死んで箔が付いたのだからマイナスではなく寧ろプラスなのだ。
褒美として幾らか貨幣を受け取った。表面上は笑顔を浮かべながらも心の裡では無表情であった。手の中の貨幣に何の魅力も感じない。
馬鹿馬鹿しい。どいつもこいつも、何もかもが馬鹿馬鹿しい。
◇
あれから数年が経った。
俺はあの後何度か戦場に出て、その度にそれなりの活躍をして報奨も貰った。
それを元手に商売を始めたら、予想以上に儲け、平民だった時には想像も出来なかった程の金を手に入れた。
俺は炎の王と炎の女王を見た時から恐れというものが麻痺してしまったらしい。そのおかげかは知らないが、戦場では恐れ知らずの動きができ、商売でも一歩間違えれば破滅するような危ういことも平然と出来た。
それもこれも全ては炎の王らのおかげ──とは思わない。所詮は偶然。運が良かっただけだ。そもそも俺は運命など信じない……信じないが、最近は自分のこれからについて意味を持たせようと思い始めていた。
後に調べたがあの炎の王と女王についての情報は一切なかった。全くの未知なる存在。俺はあれに対して危機感を覚えていた。
いつかは人間に対して牙を剝き、蹂躙して来るだろう未来を予想している。根拠などない。あんだけ強ければ人間に遠慮することはしないだろう、という考えだ。
それに対抗するには多くの優れた人間が必要となって来る。
俺は将来的にそういった人間が集まり易い場所を作ろうと考えている。
まあ、俺に出来るのはその基盤を作り上げることで、対抗する人材や技術が揃うのは俺の子孫の頃ぐらいだろうな、と長い目で考えていた。
もしかしたら、その前に人は滅びるかもしれないが、その時はその時として諦めるとする。これぐらい割り切った方が賭け易い。
そんな事を考えながら俺は今朝届いた指輪を指に填める。そこに刻まれている紋章は二頭の獅子。決して忘れないように、そして後の世代に伝えていく為の戒めだ。
「さてさて……」
足音が聞こえて来る。俺の事を呼びに来たんだろう。これから俺の襲名式だ。あれだけ嫌っていた貴族の一員に成る為の。
大量の金を積んで買った貴族の名だが、これから先きっと必要になって来る。王族とかのコネも作る必要があるからな。
「
貴族としての新たな名を呼ばれると、俺は俺が思い描く『理想の貴族』の仮面を顔に張り付け、我ながら鳥肌が立ちそうなぐらい穏やかな声を出す。
「分かりました。行きましょう」
先導されながらも俺はこの日に誓う。
俺はきっと成し遂げてみせる、と。
今回も過去話となります。
モンハンの新作楽しみですね。