アイルー。二足歩行で歩く獣人たちの総称。愛らしい見た目をしているので愛玩動物として飼われてもおかしくない。しかし、彼らの能力を知る者たちからすれば、アイルーを愛玩動物として飼うなど文字通りの飼い殺しである。
アイルーたちは非常に賢い。彼らは人の言葉や文字を理解し、また人語も話すことが出来る。また自分たち独自の文化を持っており、そのことから高い知性があることを証明している。
アイルーたちは人間に対してとても友好的である。基本的には彼らは集落で暮らしているが、気に入った人間が居ればその人間のお供として一緒に生活している場合もある。王子も城の人間の何名かがアイルーを連れているのを見たことがあった。
彼らは人間に対して滅多なことでは攻撃してこない。もし、攻撃することがあるとすればそれは人間側の方から悪意を以って仕掛けた場合である。
また人間に友好的な面として彼らは怪我人などを自分たちの縄張りで見つけると安全な場所まで運んでくれる。時には自分たちで調合した薬で応急手当もしてくれる場合もある。
山で子供が遭難したとき、アイルーたちが手製の荷車で山の麓まで運んでくれたという話もあれば、モンスターに襲われた時にアイルーが囮になって逃がしてくれた。アイルーが手製の武器で追い払ってくれたなど語り切れないぐらい友好的なエピソードがある。
アイルーたちは小さな国の中にしか住んでいない。他の国にももしかしたら別のアイルーたちも居るかもしれないが、それを探しに行くには小さな国の外はとても危険であった。
この国ではアイルーは王族もとい国の守護者として敬愛されているが、この国の外の者たちからすれば珍獣である。心ない者たちに捕まった挙句奴隷のような扱いをされる可能性が高い。
アイルーたちもそれが分かっているのかこの国の外に出ることはなかった。
そんな愛らしくも頼もしいアイルーたち。夜を照らすランプの灯りに反射する彼らの綺麗な目は一同呆れの色を含んでいた。
「ニャー。あの距離を一日で走って来たのかニャ? せっかちにも程があるニャ」
「オイラたちは明日辺りに来るって聞かされていたニャ。その為に色々と歓迎の準備をしていたのにニャ……」
「中途半端な準備になってしまったニャー。王子様、もう大人なんだから少し落ち着くニャ」
この場に居るアイルーたち全員がはしゃぎ過ぎた王子を窘める。
「むぅ……すまない」
急ぎ過ぎて前倒しで来てしまったせいでアイルーたちが折角歓迎の準備をしていたのにそれを台無しにするような真似をしてしまったことを素直に謝る。自分の膝ぐらいの背丈しかないアイルーたちに謝る図は些かシュールであった。
「とはいえ来ちゃったものは仕方がないニャ」
「オイラたちの住処に案内するニャ」
「ニャー。こっちだニャ」
アイルーたちに先導され、王子は草むらを搔き分けながら山の奥へ入っていく。
本当ならば彼らの為の獣道があるのだが、背の低いアイルーと違って倍以上の背丈がある王子が進むので色々と障害となるものが多い。目の前に垂れ下がる木の蔦を潜ったり、蜘蛛の巣を掃ったりしながら王子はアイルーたちの後を追う。
暫くして草木が生い茂った場所を抜けると明らかに手が加わった広々とした空間に出る。
「ニャー。オイラたちの巣にようこそだニャ」
「王子様が来るのは初めてかニャ?」
「そうだニャ。王様なら何度か来たことあるニャ」
アイルーたちは巣と言っているが、王子からすればそこは立派な村であった。
そこはきちんと整地された土地であり、そこに建てられている粘土を固めて作られた幾つもの建造物。アイルーたちの頭部を模しており、彼らの家と思われる。
村のあちこちには大木を加工して造られた椅子や机が設置され、村の周囲にある木々には木と木の間に蔦を何重に張り巡らした橋が架けられてある。
村の何か所かには木を彫って作った像もあり、彼らの手先の器用さは勿論のこと独自の文化も根付いているのが見て分かる。
村のアイルーたちは日が暮れても設置してある炎の灯りで周囲を照らし、せわしなく動き回っており、何かの準備を進めている。これがもしも王子の歓迎する為の準備だとしたら──今更ながら王子は自分が恐ろしく空気の読めない行動をしてしまったと実感した。
「帰ったニャー」
帰還を報告すると殆どのアイルーたちは準備に忙殺されて聞いていない。数匹のアイルーたちが声の方に目を向けるが──
「ニャー!? 王子様だニャ!?」
何故か同行している王子に気付き、悲鳴のような声を上げる。その悲鳴にせわしなく動いていたアイルーたちも動きを止め、王子の方を見る。そして、同じような悲鳴を上げた。
「ニャー!? 何でもう来ているニャ!?」
「明日の予定じゃなかったのかニャ!?」
「誰ニャ!? そんな間違った情報を持ち帰ったのニャ!?」
一瞬でアイルーたちはパニック状態になりあれこれと騒ぎ出し、揉め始める。
「うーむ……こうなってしまうとは」
何事も早い方が良いと考えていた王子であったが、今のアイルーたちの様子を見るとその考えを改める必要があると思ってしまう。
「よくおいで下さいましたニャ」
そんな中で一匹のアイルーが代表して王子に話しかけて来た。王子はそのアイルーとは顔見知りである。話しかけて来たアイルーはこの村の村長であり最も高齢な──王子視点だと分からないが──アイルーでもあった。
「色々と準備をしていたのに申し訳ない」
意図せずとはいえ歓迎の準備を台無しにしたこと邪魔してしまったことを素直に謝罪する。
「いえいえ気にすることはないですニャ。私としては王子が巡礼の旅をする日を無事迎えられたことが嬉しいのですニャ。これで私の王様のお供としての役目も終わりですニャ」
村長アイルーは王様の旅のお供であり、王様が若い頃からの長い付き合いであった。当然王子が幼かった頃も知っており、幼かった王子が大役を果たす年齢に達したことに大きな瞳を潤ませる。
「今まで王を支えてくれてありがとう。王も貴方には深く感謝している。その内、王から礼の品が届く筈だ」
「それは楽しみですニャー」
村長アイルーは顔を綻ばせる。
「ところで王子? 時間の猶予はまだありますかニャ? あるのでしたら明日一日を我らに下さいニャ。歓迎と出発の宴を用意しますニャ」
いくら王子がせっかちな性格であっても相手のおもてなしを無下にする程無粋ではない。そもそも二日掛かる道のりを一日で済ませたのだから一日分の余裕は当然ある。
「ああ。楽しみにしている」
世辞ではなく本心からアイルーたちの宴を楽しみにしていた。
◇
翌日。王子はぼんやりとした意識の中、遠くで鳴く鳥の声を聴いた。瞼はまだ閉じている。閉じた瞼越しに朝日を感じているがまだ目を開かない。
「ニャー? 何でここで寝ているニャ?」
「大きいニャー。何を食べたらこんなに大きくなるニャ?」
幼い声と好奇に満ちた視線を感じ、王子は目を覚ますと共に体を起こす。
「ニャ!? 起きたニャ!?」
「おはよう」
王子の周りには子供のアイルーたちがたむろしていた。
「……何で広場のど真ん中で寝ているのニャ?」
子供アイルーの純粋な疑問。子供アイルーが言うように王子は広場で野宿をしていた。理由は至って単純なことでアイルーたちの家は王子には狭過ぎたからだ。
入口ですら通れないので王子はすぐさま野宿することを提案する。流石に王族を野宿させられないと村長アイルーたちは説得しようとしたが、王子が『野宿には慣れている』というので渋々了承した。
周りを確認すると大人のアイルーたちは昨日の準備の続きを始めている。王子は軽く体を伸ばしてから立ち上がった。
「手伝おう」
「ニャ? 王子様は座って待って欲しいって言われているニャ?」
「性に合わない。自分の為の宴だ。豪華にするとしよう。何か手伝うことはあるか?」
子供アイルーたちにやれることはないか聞いてみる。子供アイルーたちは顔を見合わせていたが、やがてその内の一匹が声を上げた。
「運んで欲しいものがあるニャ!」
「任せろ」
子供アイルーたちに頼まれて王子が向かった先にあるのは大量の薪。今晩の宴には料理の為に大量の薪が必要となるので予め運んでおくよう子供アイルーたちは指示されていた。
王子は手慣れた動作で薪を紐で括って束にし、それを両手に持ち背中でも担ぐ。木一本分ぐらいはありそうな大量の薪を一度に運び始めた。
「凄いニャー!」
「力持ちだニャー!」
子供アイルーたちもその体型に見合わない量の薪の束を運んでいるが、それ以上を担ぐ王子の力に目を輝かせていた。
「まるでハンターみたいだニャ?」
「ハンター?」
聞いたことがない存在に例えられたのでそれがどんな存在なのか聞き返す。
「オイラたちのひい爺ちゃん、ひい婆ちゃんが居た所に住んでいる生物らしいニャー」
「自分よりも大きな武器を使って、自分よりも大きな生き物を狩る生物らしいニャー」
「狩った生き物の皮や鱗を身に着け、骨や牙を武器にする生物らしいニャー」
「取り敢えず野蛮な生物なのは分かった」
親が寝物語で聞かせる架空の生物と解釈。何処にでもそういう話はあるものだと一人納得した。
来賓者である王子が尽力したこともあって宴の準備は日が傾き始めた頃には完了する。
王子は指定された場所に座ると村長アイルーが代表して話を始める。
「今日は遠路はるばる王子様が我々の許に来て下さったニャ!」
ニャー、ニャーと歓迎する声が上がった。
「そして、明日記念すべき旅が始まるニャー! この国に住まう者として我々は王子様のお供として同行する栄誉が与えられるニャー!」
再び歓声が上がる。
「王子様の旅の成功と無事を祝って宴の開始ニャー!」
ニャーという一際大きな鳴き声が響いた。
宴の開始と共に持て成す為の料理が作られる。宴の会場中央には大きな鉄板などの料理道具が置かれており、昼間に運んでいた薪が燃料としてごうごうと燃える。
「ニャー!」
熱せられた鉄板に置かれる分厚い肉。肉から溶けた油がジュウジュウと音と立て、肉自身をこんがりと焼く。肉焼きと並行しながら多種多様な野菜も鉄板の上で焼かれ、複数のアイルーたちが手際よくそれを調理していく。
王子の前に置かれる皿代わりの大きな葉。その上に焼けた肉と野菜が豪勢に盛られ、更に大きな串焼きが数本差される。肉だけでなくスープも用意されており、スープの具材は川魚や茸、山菜といったこの山で採れたものであった。
「頂こう」
串焼きを手に取り、刺された肉と野菜を一気に頬張る。作法など無しの豪快な食し方。勿論、王子たるもの食事の礼儀作法は心得ているがそれは城内でのこと。外での食事の作法はこれが正しいことを知っている。
程よく焼けた肉から溢れ出る肉汁。野菜の甘み、丁度いい塩加減。どれもが王子の好みの味付け。
流れるままに焼けた肉に事前に手渡されていた食用の器具を突き刺し、噛り付く。塩気とピリリとした刺激。塩に山で採れる実を混ぜたアイルー独自の調味料。塩味と辛味の相乗効果が食欲を誘う。
そして、大きな器に入ったアイルー特製のスープ。具材を一度干したことで旨味が増しており、それらがスープに溶けだしている。またそれぞれが出した旨味を互いに吸い込むことで具材の味が増しており、主菜の肉にも劣らない味を出していた。
「美味い!」
御託を並べず率直な感想を声に出す。品評会ではないので細かな説明よりもそちらの方が気持ちが伝えられると思ったからだ。
「お口にあって何よりですニャ」
村長アイルーを含めて他のアイルーたちも嬉しそうであった。
「まだまだ料理はありますニャー」
アイルーたちの持て成しを受け、宴の時間は過ぎていく。
陽もすっかり沈み、星空になっても宴は続いていた。
「失礼しますニャ」
王子の隣に壺を持ったアイルーがやって来る。
「こちら蜜に果物を漬けたお酒ですニャ」
「頂こう」
飲み物用の食器をそのアイルーに差し出す。
そのアイルーはお酒を注ぎながら王子に言う。
「紹介が遅れましたが僕が明日から王子のお供となるアイルーですニャ」
「おお、そうか。しばらくの間よろしく頼む」
「はいニャ」
注ぎ終えたアイルーは王子を見た。
「今後の予定は決まっておりますかニャ?」
「……うむ。実を言うとアイルーたちと合流した後のことは聞かされていないのだ」
巡礼の旅の詳細を王は王子に伝えていない。巡礼であると同時に王子にとっての試練であり、どのように巡るのかは王子に任せてある。
「それなら僕が聞かされているから大丈夫ニャ。ここから少し離れた所にある湖が護国のモノの縄張りニャ」
「そうか。ならばそこから目指すとしよう」
「ところで王子様」
「うん?」
「釣りは得意ですかニャ?」