一晩中続いた騒々しくも楽しい宴。日が昇った頃には巣の全てのアイルーたちは宴の場で横になって眠っていた。王子も例外ではなく大の字になって眠っている。眠る直前まで話していたお供のアイルーはその腹の上で丸まって寝息を立てている。
昇った日が少し傾いた時、全員目を覚ます。個々によって状態は様々。平然としているアイルーも居れば、酒が抜け切れていなくてフラフラとしているアイルーも居る。
王子はというと昨晩あれだけ大量に飲み食いをしていたというのに平然としていた。
そこから村長アイルーの一声によりキビキビと或いはフラフラとしながら王子たちを送り出す為の準備を始める。
日がまた少し傾いた時には全ての準備が完了し、巣の出入口に立つ王子とお供アイルーを総出で見送る。
「王子様。旅の無事をお祈りしていますニャ」
「ああ。あれだけ盛大に祝って貰ったんだ、無事に完遂しよう。またお前たちと宴をしたいしな」
王子は白い歯を見せながら快活に笑う。
「お前もしっかりと王子様を支えるニャー」
「はい! 分かりましたニャー!」
背筋を伸ばししっかりとした態度で答える。
「では行ってくる。旅の終わりにはまた寄らせてもらうぞ」
「行ってきますニャー!」
巣のアイルーたちの声を背中に受けながら、王子たち巡礼の旅本番が始める。
一人旅から二人旅になり最初に王子がやったことは、お供アイルーの歩きに合わせて歩幅をやや小さくしたこと。
幼児期の子供ぐらいの背丈程しかないお供アイルー。しかも、その体よりも大きく中身の詰まった背負い袋を担いでいる。あまり無理をすればお供アイルーの方が潰れてしまう。そう思っていたのだが──
「王子様。気を遣わなくとも大丈夫ですニャー」
お供アイルーは背負い袋の重さなど気にしない軽い足取りで王子の前に出る。
「これぐらい何てことないですニャ」
やせ我慢している様子はなく実際に平気そうなお供アイルー。王子は旅の大事な相棒だが気を回し過ぎて自分の方が気遣われてしまったことを反省する。
「そうか。頼もしいな」
歩幅を戻し、王子はお供アイルーと肩を並べて先へと進む。
一人の時は旅への使命感と高揚から先走ってしまったが、あれから二日も経てば落ち着きも出て来る。急ぎ過ぎてアイルーたちから呆れられたのも少々効いていた。
長い旅になるので良い機会と思い、お供アイルーについて色々と質問をしてみた。
最初に聞いたのはお供アイルーの年齢。人間でいう所の二十歳前後。王子とほぼ変わらない年齢であり、アイルーとしてまだまだ経験不足ではあるが肉体的には最盛期の年であるとのこと。
聞けばあの村長アイルーの孫らしい。村長アイルーも嘗ては王様のお供として巡礼の旅に付いていった。代々そういう家系なのか尋ねてみる。
「別にそういう訳じゃないニャー」
お供アイルーが言うに王族の旅を共にするアイルーは、巣の中で立候補者を募り選別するとのこと。
巡礼の旅は大変であるが、王族のお供することでこの国の人々に覚えてもらえることができ、色々と融通を利かせてもらったりご褒美を貰ったり出来るということでアイルーたちにとっては人気の高い役目らしい。
立候補者の中から知力、体力に優れたアイルーが選ばれ、晴れてお供アイルーの座を手に入れられるのである。
「成程。なら旅の終わりには俺の方もちゃんとした褒美を用意しないとな」
「ニャー! やる気が出てきたニャー! ……僕が言ったことは内緒にして欲しいニャ。王族に強請ったと思われて皆に叱られてしまうニャ」
ひそひそと小声で頼んでくるアイルーに王子は笑う。お供アイルーの正直さをすっかり気に入り、楽しい旅になりそうだと感じた。
「──そういえば昨晩釣りが得意かと聞いていたな。あの時は得意だと言ったが、あれはどういう意味だったのだ?」
「今向かっている護国のモノに魚をお供えする為だニャー」
この国にある大きな湖。果ては外海と繋がっていると言われている。湖と海との狭間には水棲のモンスターが多く生息しており、それによって海からの侵入を阻んでいる。
水棲モンスターたちが湖の果てに生息しているのには訳がある。その湖の主こそ護国のモノであり、護国のモノを恐れて水棲モンスターたちは縄張りの外へ逃げたからだ。
湖を守護することに感謝し、王族たちは日頃の感謝の証として自ら釣った魚を奉納する。それが自然と決まった決まり事の一つである。
「成程。しくじったな……釣り道具を持参していない」
お供アイルーの説明を受け、釣り道具一式を持ってこなかったことを後悔する。
「大丈夫ニャー。湖の近くには町があるニャー。そこで釣り道具を借りればいいし、その近辺で魚を釣るのが大体のお決まりらしいニャ」
後悔している王子にお供アイルーは不安を解消させる情報を出す。
「おお、そうか! なら安心だ。素手で獲る必要もないな!」
「……素手?」
急に変なことを言い出す王子にお供アイルーは怪訝な表情になる。
「潜って魚を獲ればいいと思っていた。だが、生憎釣りよりも少し下手なので不安になっていたところだ」
ははははは、と笑う王子。お供アイルーは野生動物のような人だと思ったが、口に出すことはしなかった。
そこから三日かけて歩き、目的の湖付近にある村に到着する。王子は三日間歩き続けても平気だったが、お供アイルーの方も平然としていた。旅のお供に選ばれるだけのことはあると王子は密かにお供アイルーの評価を改める。
王子が村へ着くと村民たちは少しざわついた。来訪者が少ない村であり、そこに巨躯の青年が現れれば何事かと思っても仕方がない。
村民の一人が誰かを連れて来る。白髪頭の初老の男性。この村の代表と思われる。
村の代表は王子とお供アイルーを見て納得したように頷いた。
「もしや王子様でしょうか?」
「ああ」
「やはり。もうそんな時期ですか。そして、王様も王子様に後を継がせる時が来ましたか……」
王子が頷くと村の代表は感慨深げに呟いた後、村民たちに告げた。
「村の者たちよ! 安心するが良い! やはりこの御方はこの国の王子様である! 丁重におもてなしするように!」
村の代表の言葉に村民たちは安堵の溜息を吐いた。
村民たちは、王子を得体の知れない巨躯の不審者と警戒していた訳ではなく時期的には巡礼の旅の王族なのは分かっていた。しかし、前年までは王が巡礼の旅をしており、今年は王子が来たので半信半疑になってしまっていた。村の者たちはあまり城の方へ行かないので王子の顔を知る者は少ない。だから確信が持てなかったのだ。
相手が王子だと分かると一斉に歓迎の態度に変わる。
「よく来てくれました!」
「疲れていませんか? すぐに宿の準備をします!」
「この村の名物の川魚の果実酢漬けはいかがでしょうか?」
一年に一度ある村にとって名誉ある祭事。無礼がないようにいたせり尽くせりな対応をしてくる。
そんな村民たち相手に王子は一人一人丁寧に対応していく。
「うむ。よろしく頼む──大分日も傾いてきたので宿の方も頼む──ああ。夕飯の楽しみにしておこう」
人に囲まれながら周りに合わせてゆったりと進んで行く。お供アイルーの時もそうだが、せっかちな性格だが周りに人が居ればそれにちゃんと合わせることが出来るらしい。一人にすると途端にその性格が出て来ると思われる。
王族としての威光もあるが、王子の当人の人望や態度もまた人を惹きつける要因なのだと少し離れた場所で眺めているお供アイルーはそう感じた。
「うわ! アイルーだ! 初めて見た!」
「可愛いー!」
「抱っこさせて!」
この村ではアイルーが珍しいらしく子供たちに囲まれてしまっている。
「ニャー! 僕は王子に付いていかないといけないニャ!」
子供に揉みくちゃにされるお供アイルー。相手が子供なだけに強く抵抗出来ず、されるがまま。子供たちが親に注意されるまでお供アイルーは子供たちのおもちゃになっていた。
◇
村で一晩を明かし、翌日になって用意された宿から出ると村の代表が王子たちの為に釣り道具一式を準備してくれていた。
そして、彼らに釣りをする為の場所を教えてくれる。だが、その際に村の代表から警告をされた。
「いいですか? その川はヌシ様の縄張りである湖と繋がっておりますが、決してその場所以外では釣りをしないように。湖はヌシ様の縄張りです。見つかったら怪我まではさせられないと思われますが、ヌシ様に敵と思われます」
感謝の気持ちを表す為の巡礼故、ヌシ様こと湖の護国のモノから敵対視されては元も子もない。村の代表の言葉をしっかりと胸に刻み、教えられた川へと向かう。
村から少し離れた場所に流れる川。上流に向かえば護国のモノが守護している湖に辿り着く。
流れる川は澄んだ透明であり、泳ぐ川魚も大小豊富であった。
「どれぐらい獲ればいいのだ?」
「これ一杯ぐらいですかニャ」
アイルーが木で編まれた笊を掲げる。かなり大きめであり、大物をかなり釣り上げるか小物を大量に釣り上げないと一杯にはならないだろう。
「なら山盛りに積んでやろう」
王子はそう宣言し、早速釣りを始める。
「来たニャ」
釣りを始めて数分でお供アイルーの釣竿に当たりが来た。引っ張り上げると小振りの川魚が釣り上げられる。
「おおっ」
「まず一匹だニャ」
釣った獲物を自慢げに見せるお供アイルー。王子も負けていられないと釣りに集中する。
「来たか!」
王子の釣竿にも当たりが来たので力一杯釣り上げる。針に掛かった川魚が釣れるが、お供アイルーが釣った川魚よりも一回り小さかった。
「負けたか……!」
「別に僕と王子は勝負していないニャー」
本気で悔しがる王子にお供アイルーは呆れた表情になる。
その後も順調に釣りを続ける一人と一匹。王子はその順調さに思った疑問を口に出してみた。
「随分とここは良く釣れるな」
「そうニャー。何でも護国のモノが湖を独占しているかららしいニャ」
護国のモノが湖を縄張りにしたことで天敵の水棲モンスターが居なくなり、浅瀬に棲む魚の量が増えた。護国のモノが魚を独占していても魚の増える量の方が上回っており、溢れた魚がこのように川の方へ流れていく。
「その分湖と海の境は地獄らしいニャー」
護国のモノを恐れて湖の彼方で暮らすしかない水棲モンスターたちは食べられる餌の量が限られているので弱肉強食という言葉を更に凝縮させたような環境とのこと。その極限までの飢えが外海の侵入者を阻むのだから皮肉である。
そんな話をお供アイルーに聞かされながら釣りを楽しむ王子。すると、今日一番釣竿が強くしなる。
「むっ! 大物が来たな!」
強い手応えに笑みを浮かべながら釣竿を一気に持ち上げる。途端にボキ、という音がして限界までしなっていた釣竿が折れてしまった。それなりに年季が入っていたことと獲物の大きさに耐え切れなかったらしい。
「ならば!」
「ニャー!? 王子!?」
王子は釣竿を捨て川の中へ何の迷いもなく飛び込んだ。
◇
「あんまり冷や冷やさせないでほしいニャ」
山盛りの川魚が積まれた笊を掲げて歩くアイルーが苦言を呈する。
「すまんすまん。あれだけの大物を取り逃がすのは惜しいと思ってしまった」
体から水を滴らせながら笑う王子。王子は口に紐を通した巨大な川魚を担いでいた。
釣竿が折れると即座に素手での捕獲に切り替え、川の中へ飛び込んだ王子。間もなくして水中から巨大川魚が飛び出し、地面の上で跳ねることとなった。
結果として奉納するに相応しい魚を確保出来たのは良いが、お供アイルーからすれば王子の突発的な行動には肝を冷やす。
王子とお供アイルーは川魚が新鮮な内に収めることに決め、湖に着いていた。
お供アイルーが言うに川魚を奉納する場所は決まっており、そこに置いておけば一つ目の巡礼は完了とのこと。
格式ばった儀式をしない分だけ楽なものだと王子は思いながらそろそろ目的の場所で到着する。
その時、王子の視界に何かが映る。
「ん?」
目で追うとそれは小さな泡。石鹼で洗った時などに偶に起こる泡の玉が風に乗って飛んでいる。
大したことではないと思い、視線を戻そうとした時、お供アイルーが突然笊を落として乗せていた川魚を地面に撒いてしまう。
「ニャ……ニャ……」
声を震わせ、一点を凝視している。お供アイルーの視線を辿ると異常な光景がそこにはあった。
大小異なる大量の泡の玉が宙に浮いている。小さくても拳ぐらい、大きいものとなると人の頭よりも大きい。王子はそんな泡の玉など見たことがない。
初めて見る幻想的な光景。だが、感動をも吹き飛ばす存在が漂う泡の中心で横になっている。
果たしてそれは獣か魚かドラゴンか。
胸から尾の先まで生える紫色の獣毛。獣毛で覆われていない部分は水晶のように煌く鱗が生えている。背中には薄紅色のヒレのような突起。同じような部位が頭部周りにも生えている。長く伸びた口吻は獣のようでありドラゴンも連想させ判別を狂わせる。
一目で分かった。それがこの湖のヌシであることが。肌で感じた。生物としての格が違うことが。
「これが護国のモノ……」
王子の声は感動しているかのように、恐れているかのように震えていた。
比較的温厚なモンスターを選んでいます。