MH ~IF Another  World~   作:K/K

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護国のモノたち/その4 泡水の強者

 ソレがこの湖に現れた頃、湖は末期と呼べるような状態であった。外海を通じて現れた強い水棲のモンスターたちが縄張りを奪う為に喰らい合い、下層の生物や魚たちはそれらの糧にされて殆ど食い尽くされ、腹を満たした後は再び殺し合う。絶えず争いが続けられ、湖はモンスターたちの血で常に赤く染まっていたという。

 あまりに危険なせいで誰も寄り付かない隔離地帯。それが小さな国の湖であった。

 しかし、文字通り血で血を洗う湖の戦いに終止符を打ったのは後に湖のヌシ、護国のモノと呼ばれる存在。

 現れたそれは瞬く間に水陸を行き交う凶悪なモンスターたちを皆殺しにした。その爪で引き裂き、体や口から放つ泡で自由を奪い、口から吐き出す高圧の水流により両断。ソレは一夜にして湖を自分の縄張りと主張した。

 それを快く思わない水中に潜むモンスターたちは、それに水中戦を仕掛けた。だが、結果はソレの圧勝であった。ソレは体から良く泡立つ特殊な体液を分泌しており、それが水中に混ざるとエラで呼吸しているモンスターたちは、その体液によってエラに膜を張られてしまい水中でのエラ呼吸が出来なくなって溺れ死んでしまった。

 湖の外でも中でも他を寄せ付けない圧倒的力を見せ、他の水棲モンスターたちを湖と海との境に追いやり絶対的な強者として湖に君臨する。

 正体不明であり突如として現れた謎の生物。本来ならば湖周辺の人々は強い警戒心や恐怖を抱くのが普通であるが、ソレの場合少し特殊であった。

 ソレの体から分泌される特殊な体液。それは水棲モンスターたちの血や死骸で濁っていた湖を瞬く間に綺麗にした。偶然その光景を目撃した者もおり、濁った湖が浄化されていく様子はさながら神話のようであったと語る。

 そして、人々がソレを快く受け入れた最大の理由は見た目である。優美にして華麗。艶のある姿は男女問わず見惚れさせた。身も蓋も無い言い方をすれば見てくれが良かったおかげで人々は抵抗無くソレを湖の守護者として受け入れたのだ。

 幸いソレは苛烈な性格をしておらず、湖を荒らさなければ襲うこともない穏やかな性格をしており現地の人々とも上手くやっていけた。

 後にヌシ様、護国のモノと呼ばれるソレは、元の世界ではタマミツネと呼ばれていた。

 しかし、彼らは知らないであろう。そして、知る者が広まることもないだろう。タマミツネが隠している真の恐ろしさを。その閉ざされた──

 

 

 ◇

 

 

 傍居るお供アイルーは顔面蒼白──体毛で分からないが多分──になり今にも気絶してしまいそうになる程の緊張状態になっている。かく言う王子もまたお供アイルーと変わらない状態であった。

 心臓の鼓動が早まり、体の中でやかましいぐらいに鼓動音が響く。口の中が乾き、舌が上顎に張り付きそうになる。全身の毛穴が全て開き、相手の重圧感により冷や汗が出続ける。

 

(どうするべきなのだ……?)

 

 初っ端から訪れる予期せぬ試練に自問自答する。本来ならばただ魚を供えるだけで良いのだが、どういう偶然なのかその供える場所の背後に護国のモノ──タマミツネが眠っている。

 背を向けて逃げるのも一つの手に思えたが、相手に背中を見せるのは無謀な事だとすぐに考え直す。そもそも逃げ延びられる保証もない。

 進むべきか下がるべきか。王子は必死になって考えを絞り出そうとする。

 その時、眠っているタマミツネの頭部のヒレが微かに揺れた後、閉じていた目がゆっくりと開かれていく。王子たちはその様子に全身が硬直する。最早どう足搔いても無駄な段階にまで来てしまった。

 紫色の獣毛で覆われた尾を枕のようにして顎を載せていたタマミツネ。開かれた目の奥にある縦に割れた瞳が一瞬左右に動く。ヒレにより周囲の変化を敏感に感じ取り、視覚で周りを確認している様子であった。

 尾に乗せていた頭部を僅かに持ち上げ、顔を横に向けたまま片目で王子たちの姿を収める。

 その目を向けられた瞬間、お供アイルーは全身の毛が恐怖で逆立った。目を背けることも瞬くことも出来ない。瞬きの間に命を奪われるかもしれないと思ったからだ。

 すると、お供アイルーは体が急に軽くなるのを感じた。

 

「預かるぞ」

 

 王子がお供アイルーが運んでいた魚が積まれた笊を取り上げたからである。

 硬直するお供アイルーとは逆に解放されたかのように王子は自分からタマミツネの方へ寄っていく。この間、タマミツネは王子をずっと見ている。

 タマミツネの前にある石の台座。元からあった石を加工して造られた簡素なものであり、王家の紋章が彫られてある。

 王子はその台座の上に笊を置き、担いでいた大きな川魚を更に重ねる。

 王子はその場で跪き、首を垂れる。

 

「我が国と国民たちを守ってくれている日頃の感謝を込めてのものです。どうぞお納めください」

 

 言葉が通じないとは分かっていても伝える感謝の気持ち。

 タマミツネはじっと王子を見ていたが、興味を無くしたように再び尾に顎を載せて眠り始める。

 

「ごゆっくり」

 

 眠るタマミツネにそう言うと王子は静かに立ち上がり、台座から離れた。

 

「お、王子! あ、危ないことをしないでニャー!」

 

 戻って来た王子にお供アイルーは先程の無謀な行動を咎める。タマミツネを起こさないように声量は絞っている。

 

「大丈夫だっただろう?」

「だっただろう? じゃないニャー! もし機嫌を損ねていたら──」

「あの目で見られた時──」

 

 お供アイルーの訴えを妨げるように、王子はタマミツネに見られた瞬間のことを語る。

 

「明らかに俺たちに対する敵意が無いのが分かった。もしかしたら、敵とすら認識されていないのかもしれん」

 

 狩りでモンスターと対峙した経験もある王子だからこそ、向けられた目に殺気も敵意も無いことに気付いた。

 タマミツネの存在そのものには圧倒された。だが、それは王子たちが生物として格下であること故に感じたもの。タマミツネ自身は王子たちを威圧するつもりなどない。ただ存在するだけで他の生物にそう感じさせてしまうだけなのだ。

 それが分かると呪縛が解けたように王子は自分からタマミツネの方へ接近していき、魚を奉納することが出来た。敵と思っていないタマミツネを信じての行動である。

 

「武装せずに旅をするのはこれが理由だったのかもしれないな。牙無き者を襲うような理性の無い存在ではないのだ、護国のモノたちは」

 

 万が一武器を持っていたら流石のタマミツネも威嚇の一つぐらいは入れていたかもしれない。そこで焦って武器を構えてしまったらなら取り替えしのつかないことが起こっていただろう。だからこそ、巡礼の旅をする王族は武器を一切持たないことを実際に体験したことで気付く。

 

「お前たちが言っていた『ハンター』という生き物だったのならこうもいかなかっただろうな」

 

 王子が冗談のようにその名を出す。モンスターの皮と鱗を纏い、牙と骨で武装しているなど姿だけで『これからお前を殺す』と語っているようなものである。

 

「あんまり笑えないニャー」

 

 王子の直観は正しかったが、一歩間違えば悲惨な結果になっていたとしてもおかしくないので、王子の冗談にお供アイルーは苦い表情をする。これからも王子に振り回されるかもしれないと思うと心臓が持つか心配になっていた。

 

「それにしても運がないニャー。偶々、魚を納める時に護国のモノと会うニャンて」

「──いや、もしかしたら偶然ではないかもしれない」

「ニャ?」

 

 王族は長いこと護国のモノに対して感謝の奉納を行っている。繰り返しそれを行えば一年の間のこの日に王族の者が訪れることを分かっているのかもしれない。

 そう考えるとタマミツネが今も気を許したように眠っているのも王子たちが、魚を納めることだけが目的なのを理解しているからなのではないかと思ってしまう。

 

「先代たちのお陰で少しは気安い関係になれたかもしれないな」

 

 積み重ねられてきた年月により出来上がった関係に心から感謝しながら王子たちはタマミツネからそっと離れる。

 一つ目の巡礼が終わったがまだ残り二箇所ある。一箇所目からかなり精神的に疲れたが、次なる護国のモノがどんな存在なのか不安と同時に妙な期待感を覚えてしまう。

 

「次は何処を目指すのだ?」

「ニャー。次は──」

 

 タマミツネから少し離れ、次に目指す場所をお供アイルーに訊ねた時──

 

 コォォォォォォオォォォォォ

 

 遠くまで響くタマミツネの鳴き声を背に受ける。

 王子は身体が硬直したことで足を止め、お供アイルーも尻尾を真っ直ぐ立てながら固まっている。

 王子はぎこちない動きで振り返り、タマミツネを見た。タマミツネは相変わらず先程の場所で眠っている。

 あの一瞬だけ聞かされたタマミツネの咆哮。気を悪くしたから鳴いたようには思えない。

 もし、鳴いた理由があるとすれば──

 

「……俺たちへの激励なのか?」

 

 ──これからも旅する王子たちを送り出す為のタマミツネなりの激励。そう考えると何故かしっくりと来る。

 

(まあ、都合の良い解釈かもしれないがな。だが、感謝する)

 

 そう思うと活力が湧いてくる。タマミツネに心の中で礼を述べながら正面に向き直る。

 

「むっ!?」

 

 目の前に大きな泡の玉が漂ってきており避ける暇もなく顔が泡の玉に接触。泡の玉が爆ぜると共に泡の玉を形成していた液体が王子の全身に浴びせられる。

 

「ニャ!? 王子、大丈夫かニャ!?」

 

 正体不明の液体を浴びた王子をお供アイルーは心配するが──

 

「いや、特に変化は……ん? うん? おおっ?」

 

 液体が体を伝って足元まで辿り着くと、王子は直立態勢のままゆっくりと前に進み始める。

 

「お、王子?」

「す、滑る……!?」

 

 足に力を入れてもまるで踏ん張ることが出来ず、摩擦が無くなったかのように地面、というよりも王子の足が滑っていく。

 態勢を立て直そうと上半身を動かすが、それのせいで返って態勢が崩れてしまい王子は前に行ったり、後ろに行ったり、その場でジタバタと足を動かしたり苦戦する。

 そして、ついに──

 

「うおっ!?」

 

 体が地面と一瞬平行になるぐらい派手に滑り、背中から地面に落下。それだけに留まらず落下の衝撃で王子は地面に仰向きになったまま何処かへ滑っていく。

 

 コォォォォォォオォォォォォ

 

 滑り去っていく王子の耳に再びタマミツネの鳴き声が聞こえた。

 今度は確信を持って言える。

 あれは笑っている。

 

 

 ◇

 

 

「酷い目に遭った……」

 

 タマミツネへの巡礼を済ませ、村に別れを告げた王子はその道すがら愚痴る。

 結局上手く立てることが出来ず、お供アイルーにロープで引っ張られて村に帰還する羽目になった。村人たちは温かい目で迎え入れてくれた。どうやら偶にあることらしい。

 その後で近くの川で滑る液体を洗い流そうとするが、洗っても洗っても泡が出てきて中々落とせず、王子は泡の塊のような姿となり周囲には無数の泡の玉が飛んでいた。

 

「でも、凄く綺麗になったニャー」

「確かに……」

 

 液体を全て落とし切った王子は肌も髪も今までにないぐらいの艶が出ている。タマミツネの液体には強い浄化作用があるのを身を以って知った。

 

「まあ、これも経験だ」

 

 前向きに捉え、次なる目的地をお供アイルーに訊く。

 

「次はあっちだニャ」

 

 指し示した方角。そこは迷宮の如く侵入者を惑わせ、閉じ込めると言われている深い森林地帯がある。

 

「分かった。なら、行こう。次なる護国のモノへ会いに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう遠くない未来。水棲モンスターたちがひしめく外海と湖の境目を踏破する船団があった。

 時代が進めば技術も進み、知識も増える。その船の船底、両舷には薄く延ばされた金属が張られ、防御力を高めることで水棲モンスターたちの襲撃にあっても沈没しないようにし、また水棲モンスターたちの嫌がるニオイや音を出すことでそれらを遠ざけた。

 嘗ては恐れられた水域も時代の流れと共に恐れも薄れ、技術の発展により過去の話となった。

 小さな国に侵入したのは二つの国の片方。前々から小さな国を狙っており、遂にもう一つの国を侵略する為の足掛かりにする為、戦争を仕掛けて来たのだ。

 船団は湖を渡り切り、陸地へと上陸しようとする。その時、彼らを待ち受けていたのは無数の泡の玉であった。

 大量の泡の玉が弾け、音を鳴らす。そして、気付く。陸の上で待ち構えている存在に。

 タマミツネはそれらを敵と認識した。自分の縄張りを侵す不届きと。

 薄紅色のヒレが朱色に染まっていく。

 自分に匹敵する相手が居らず、餌も十分に獲れる穏やかな場所。だが、そんな環境に身を置いてもタマミツネの野生は翳りを見せていない。

 タマミツネは敢えて封じていた。自らの闘争本能を。戦いの不要な場所にそんなものは必要なかったからだ。

 だが、敵が現れたのなら話は別。タマミツネは封じていた闘争本能を解き放つ。

 タマミツネの閉ざされた片目。そこには薄っすら傷が残っている。元居た場所で縄張り争いの際に負った傷。

 傷のある片目が開かれる。瞳は白く濁っており光が無い。タマミツネはその傷のせいで片目の視力を失っていた。

 野生の世界で片目とはいえ視力を奪われることは死に繋がる。しかし、そんな状況を生き抜いたことでタマミツネの光を失った片目には新たな光が宿った。

 

 開眼した目が燃えるような蒼炎の如き光を発する。

 

 船団の兵士たちはその光を目に焼き付けることであろう。

 

 その光こそ自分たちを死地へと誘う鬼火。

 

 この世で最期に見る輝きなのだから。

 




タマミツネが優し過ぎないかと思われるかもしれませんが、元の性格と作中で言っているような理由だからということで。
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