MH ~IF Another  World~   作:K/K

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タイトルを見たら何が出るかは察せられますね。


護国のモノたち/その5 森の棘神

 湖付近から次の目的地まで徒歩ではかなりの距離がある。普通に歩けば半月以上は掛かる道のりであった。とはいえ巡礼の旅に定められた日数は無いので気長に旅をする。

 湖の護国のモノであるタマミツネに出会ってから次なる護国のモノは如何なる存在なのだろうかと逸る気持ちもあるが、旅の相棒であるお供アイルーと周りの景色を楽しみながら旅をするのも趣があり、心が豊かになる。

 それに一日の終わりには新たな楽しみもある。

 

「ニャッニャッニャニャニャ、ニャッニャッニャニャニャ」

 

 日も落ち、本日の就寝場所でお供アイルーが焚き火で熱した鍋を掻き混ぜながら鼻歌を歌っている。

 王子にとっての新たな楽しみ、それはお供アイルーが作ってくれる手料理。荷物の関係上運べる食材は限られているが、旅の途中で寄る村などで食材を分けて貰っているので食には困らない。

 飢える心配の無い旅。王子は王族たちが今まで積み重ねてきた人徳に心から感謝する。

 そもそもこの巡礼の旅はこの小さな国を一周する道筋になっている。護国のモノたちへの感謝を伝える旅であると同時に国民たちと直に顔を合わせ、言葉を交わすことで次なる王としての自覚を促すと共に国民たちに自分のことを覚えてもらうのも目的の一つであった。

 今の自分が食に困らないように次世代の王も食に困らないようにしよう、と王子は心の中で新たな目標を定める。

 

「出来たニャー」

 

 料理を終えたお供アイルーは、大小の皿や器に料理を盛る。

 大きな皿に盛られているのは薄く小麦粉を付けて焼かれた魚。その上に細かく刻まれた野菜のソースがかけられており、副菜で棒状に切られた鮮やかな根菜が添えられている。魚は先程釣ったものであり、添えられた副菜は最初の村で譲ってもらった果実酢に今日立ち寄った村で貰った根菜を軽く漬け込んだもの。

 野菜のソースはその果実酢と副菜になっている根菜を使っているが、そのまま使えば酸味が強いので蜂蜜と塩で甘味と塩味を足し、酸味をマイルドにして複雑な味にしている。

お供アイルー曰く湖の村でご馳走になった川魚の果実酢漬けを参考にした料理とのこと。

 器に盛られているのはスープであり、具材は根菜と保存用の乾燥肉。野菜と肉の旨味がスープに溶け出し、これだけでも十分美味しいのだがお供アイルーはそれにもう一つ工夫する。その工夫は小さな皿に置かれた丸いパン。

このパンは通常のパンに比べて塩を多めに練り込み、また水分量を少なくしているので硬い。長旅なので持っていく長期保存が可能なパンである。

 王子はお供アイルーに指示された通りそのパンを千切り、スープの中に入れる。硬いパンはスープを吸い込んで柔らかくなり、またパンに含まれている塩分がスープと一体となって程良い味付けになる。

 

「頂こう」

 

 王子は木製のフォークで魚を突き刺し、頭から頬張る。本来、骨と分けて食べる料理だが強靭な顎を持つ王子には関係ない。硬い骨も王子の歯で摺り潰されていき、嚙み砕いている身と一つになる。

 油の乗った魚の身にシャキシャキとした歯触りが楽しめる野菜のソース。酸味、塩味、甘味が調和した味が食欲を加速させてくれる。

 主菜を食べている合間に副菜の根菜の果実酢漬けも食す。瑞々しい食感と果実酢の味でさっぱりとしており、それによりますます食欲が湧いてくる。

 主菜、副菜を食べ終えたのなら食事の締めとして野菜と乾燥肉とパンのスープを頂く。

 みじん切りにした野菜は良く火が通っており柔らかい。一緒に煮てある乾燥肉も柔らかくなっており、噛むと肉の油と旨味が口の中で広がっていく。

 千切ったパンをスープと一緒に飲む。硬かったパンは大分ふやけて食べ易くなっており、スープにパンの塩気と風味が加わり一気に飲み干してしまう。スープの味付けは絶妙であり、乾燥肉やパンの塩気を計算した上で最初からやや薄味にしている様子。お供アイルーの料理の腕が確かだからこその逆算。

 具沢山のスープを飲み干すと王子の腹は満たされていた。

 

「美味かった。今日も流石だな」

「お口に合って何よりだニャー」

 

 お供アイルーも王子の量の半分くらいの料理を食べている。熱いのが苦手なのかスープに何度も息を吹きかけて冷ましていた。

 

(一人旅だったのならこんな満腹感も味わえなかっただろうな)

 

 王子も簡単な料理は出来るが、焼いたり煮たりするだけの粗雑なものばかり。長い旅をしていればすぐに飽きてしまう。豊かな食事は心を豊かにし、余裕を持たせる。その余裕が他者への思いやりとなる。まず自分が満たされなければ他人を満たすことは難しいのだ。

 その考えの下満たされて余裕が出来た王子はお供アイルーの方を見る。そして、自分はお供アイルーに何が出来るのかを真剣に考えてみた。

 

「……何ニャ? さっきからジッと見て」

 

 王子の凝視されていることが気になって仕方がないお供アイルーは、食事の手を止めて王子に問う。

 王子は考え、考え、考え続けた先に思い付いたのは──

 

「──毛繕いをしてやろうか?」

「え? 遠慮しますニャ」

 

 ──若干距離の詰め方を間違えた親切であった。

 

 

 

 

 お供アイルーと語らい、見知らぬ土地を踏み締め、時には立ち止まって目の前に広がる景色を眺め、時には新たな土地で初めて出会う者たちと交流し、時には夜空に浮かぶ星々を見つめる。

 そんなことをしていたらいつの間にか次の目的地付近まで来ていた。あっという間に感じられるが、旅の思い出を振り返ってみると濃密な思い出に掛けてきた時間の長さを思い知る。

 

「ここだニャー」

 

 お供アイルーが村を指し示す。そこは広大な森林の入り口であるかのように平野と森との境目にあった。

 

「先ずは村長さんに挨拶だニャー。そしたら村長さんが森の案内役を紹介してくれる筈だニャー」

「案内役? お前はあの森のことを知らないのか?」

 

 お供アイルーはここに来るまでの道案内をしてくれたので、てっきり森の中も知っていると思っていた。

 

「入り口付近なら多分人の出入りがあるから自然と道が出来ているニャ。でも、そこから先はあの森のすぐ傍で暮らしているあの人たちじゃないと分からないニャ。何せ、あの森は侵入したら出られない自然の迷路と呼ばれているニャ」

 

 お供アイルーが言う通りこの国に住む者ならば近付くべきではないと子供の頃から何度も言い聞かせられている場所の一つがあの森である。

 森は隣国の土地と繋がっており、数少ない侵入経路の一つであるが、今までの歴史の中で森を踏破した者は殆どいない。入ったら最後森の中で彷徨い続け、先に進むことも帰ることも出来ず餓死、或いは森に住む生物の餌食になりどちらにしても森に還る結末を辿る。

 

「そして、王子がお供えするのは入り口付近じゃなくともっと森の奥ニャ」

「──成程。湖の時とは違ってすんなりとは行かんらしいな」

 

 湖の時は障害となるものはなかったが、今回は森そのものが行く手を阻むかもしれない。そう考えると今からでも気が引き締まってくる。

 

「それじゃあ行こうか」

「はいニャ」

 

 それから少し経った後、王子たちは森前の村に着いた。村人たちは見慣れない人物の来訪に警戒心を強めるが、その傍にお供アイルーが居ることに気付き、すぐに来訪者が王族に関係する者と察し、歓迎してくれる。旅の間に何度も思ったが、アイルーという存在は身分を証明するのにとても有難い。

 恐る恐る訊ねて来る村人に王子は自分の身分を明かす。すると、全員平伏するような勢いで畏まる。

 王族の威光が届くのは悪い気はしないが、そこまでされると返って居心地の悪さを感じてしまう。

 

「村の長に会いたいのだが?」

 

 なるべく相手を委縮させないよう柔らかい声で話し掛けてみるが、聞かれた相手は今にも死んでしまいそうな程顔面蒼白になっていた。

 場所によっては王族相手に対しての反応が異なることは分かっている。それについての理由も凡そ分かっていた。

 恐らくだがこの村の者たちは、森の中に住む護国のモノを深く信仰していると思われる。そして、護国のモノに巡礼などをする王族を神官もしくは代行者として畏敬の念を持っている様子。

 王族とて護国のモノたちに守護されるこの国の一人にしか過ぎないのだが、村人たちの信仰心を否定するのも悪いと思うので王子から何かを言うことはしない。

 村人に案内され、木造の家が並ぶ村の中でも一際大きな家に案内される。中には焚き火の前に座る老女が居た。

 

「これはこれは。よくおいで下さいました」

 

 村の長である老女は深く刻まれた皺を寄せ、柔和な笑みを向けてくれる。他の村人たちと違って王子たちを過剰に畏怖している様子はない。その方が王子としても話しやすい。

 王子は軽く自己紹介した後、お供アイルーが言っていたように森の中を案内出来る者を紹介してもらえるか頼む。

 

「ええ、ええ。大丈夫ですよ。この村の中で一番詳しい者を付けさせます」

 

 王子たちをこの家まで案内してくれた村人に村の長が目配せをすると、その村人は頷いて家から出ていく。

 暫くしてその村人が連れてきたのは、十代半ばぐらいの子供であった。

 髪は短く、服から覗かせる肌は良く日に焼けて褐色。見た目からも雰囲気からも活発な印象を受ける子である。

 

「あんたが王子様?」

 

 敬語など知ったことかと言わんばかりの荒っぽい口調。すぐに傍に居た村人が咎めたが、褐色の子は顔を顰めるだけであった。

 王子自身は口調や態度について咎めるつもりはない。そういう場なら注意の一つも入れたかしれないが、ここはそうではない。

 

「そうだ。まだ若く見えるが、森の中には詳しいのか?」

「森なんて庭か遊び場みたいなもんだよ。危険な奴は棘神様が追い払ってくれるし」

 

 棘神。それがここでの護国のモノの名らしい。

 

「あんた、棘神様にお供え物するのが目的なんだろ?」

「ああ、そうだ」

 

 王族に対して一切の礼儀作法無しに話す褐色の子に村の長以外の村人たちはハラハラとした様子で眺めている。

 

「ならさ、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「何だ?」

「カエルとか虫とか平気?」

 

 

 

 

 

 森の最奥。高く伸びた木々が光を遮り、常に湿った空気が流れる危険地帯。日光が殆ど入ってこないせいで常に薄暗く、短い草木すら生えるのが困難な土地。湿気と僅かな光、そして、動物の死骸を栄養として茸などの菌類が繫殖する淀んだ地獄。

 その最奥から現れる一匹の獣。硬そうな獣毛にはびっしりと赤黒い血の痕が付き、斑模様となっているが、その血の斑はこの獣だけのものではない。数多の返り血も含まれている。

 この森もまた湖と同じように弱肉強食の世界が出来上がっており、大概の獣は餌が殆ど無い最奥から餌が豊富な森の中央から入り口付近までを目指すのだが、そこで待っているのは他の肉食獣たちの洗礼。

 餌を求める側も他の獣から見たら餌。隙を見せたら命を狙われ、辛うじて撃退しても傷付き、弱っている所を虎視眈々と待っていた他の獣に襲撃される。

 そういった喰らい合いを重ね続けた結果、流す血、浴びる血が乾いて剝がれ落ちる間も与えられずやがて獣毛に染み付き斑の模様と化す。

 そして、最奥から出て来た獣は、弱肉強食の地獄を潜り抜けてきたこともあって恐るべき力を秘めていた。

 血斑の獣は飢えていた。温かな血と肉に。肉体だけでなく精神すらも擦り切れるような環境を生き抜いてきた血斑の獣はとっくに正気を失っており、食欲もないのに血肉を欲している。

 最奥と比べたら明る過ぎる中央へと足を踏み入れた矢先、血斑の獣の前に緑の壁が立ち塞がる。

 赤い棘が生えた緑色の壁。よくよく見ると一定の間隔で上下に動いている。

 見たことがないぐらいに巨大なせいでそれをただの植物の塊と認識した血斑の獣は、迂回するようなことをせずわざわざその壁をよじ登っていく。

 理性や正気を失っているせいか考えて行動することをせず、ただ思ったことをそのまましてしまう。

 それが大きな不幸を招くことを知らずに。

 赤い棘を避けて壁を登っている最中、壁が一瞬揺れる。すると、血斑の獣は体勢を崩して赤い棘に体を掠めてしまった。

 直後、血斑の獣の全身が硬直。そのまま壁からずり落ちると四肢を限界まで伸ばした状態で激しく痙攣し、口から泡を吐き出す。

 血斑の獣が動けなくなると緑色の壁が動き出す。血斑の獣は見開いた目でそれを見ていることしか出来ない。

 壁だったモノはゆったりとした動きで血斑の獣に顔を寄せ、その黄色の目で眺めると徐に口を開く。

 ズラリと並ぶ牙。上下に開いた顎から伸びる唾液の糸。その中に納まる赤紫色の舌。

 何が起こったのか理解する前に血斑の獣は壁だったモノの口の中に入れられ、咀嚼され、腹の中に入れられる。

 短い食事を終えた後、壁だったモノは再び道を塞ぐ赤い棘の生えた緑色の壁に戻った。

 

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