MH ~IF Another  World~   作:K/K

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命を砕くモノ

『ナナ森の惨劇』から数日前。とある山付近に複数の冒険者たちがギルドからの依頼を受けてやってきていた。

 かつては活火山であったその山で採取することが出来る、希少な鉱石を一定量取ってくるというのが今回の依頼の内容であった。派遣されたのは誰もが中堅以上の冒険者であり、それなりの手練れが揃っている。何故これほどの手練れを揃えたかと言えば、目的の品である鉱物にある問題があったからであった。

 特定の山でしか採取出来ないこの鉱石は、武器や防具、装飾品と幅広く利用できる物であるが、同時にとある生物が好んで食するものでもあった。

 その生物こそ竜種の中でも随一の鱗の堅牢さを持つアースドラゴンであり、この鉱物がある山は必然的にアースドラゴンの縄張りでもあった。だが逆に言えばアースドラゴンが目撃された山には必ずと言っていいほど、この希少な鉱石が眠っているということを指し示しており、危険を覚悟で冒険者たちを送り込むケースも多々ある。

 今回もそういったケースであり、依頼の成功率を上げる為に中堅以上の冒険者たちが揃えられたという訳であった。

 冒険者たちは常に周囲に気を配りながら、目的の鉱石が眠る場所を探して山を探索していく、小さな物音一つに過剰とも言うべき反応をしながら、どんどんと奥へと進んで行った。

 だが奥へと進んで行く毎に冒険者たちの頭にある疑問が湧いてくる。

 

『静かすぎる』

 

 竜の習性上、自分の縄張りであることを誇示する為に日に数回は咆哮を上げる。特に気性が荒く十数頭の群で行動するアースドラゴンならば、とっくに咆哮の一つでも聞こえていい筈である。しかし今回に限りそれが一切聞こえず、冒険者たちはその静寂さを不気味に思っていた。

 やがて目的となる鉱石の発掘場へと来たが、やはりというべきか周囲にアースドラゴンたちの姿が見えない。流石に餌場であるこの場所ですら一匹も見えないということは異常事態であった。

 

「なあ、お前は前にもここで採って来たよな? こんなに無警戒だったか?」

「そんな訳ないだろ。前回のときは囮になる奴らが大きな音立てて引きつけその隙に頂いたんだ。採る側も囮の方も寿命が縮む思いしたんだぜ」

 

 前回この山で鉱石採取の経験がある冒険者は、そのときのことを思い出しているのか表情を顰めながら当時のことを話す。

 その話のせいで現状がより不可解なものであることを強めた。

 しかし、いつまでもこの場で状況についての推測を立てていても無意味なので、依頼の為に出来る限りの鉱石を袋に詰め込む。皮製の袋はすぐにはち切れんばかりの大きさになっていた。

 

「へへへ、大量! 大量!」

「あんまり詰め込み過ぎるなよ。重くて思った通りに動けなくなるぞ」

 

 思ったよりも楽に事が運んでいることに気を良くした冒険者が上機嫌な様子であったのを、別の冒険者が窘める。まだ折り返し地点に辿り着いただけに過ぎず、無事に生還するまでが依頼であるためだ。

 

「わーってますよ」

 

 その言葉を受け止めつつ半笑いを止めなかったが、急に笑うのを止め表情を顰めた。

 

「このニオイ……」

 

 その呟きに他の冒険者たちも異臭に気付く。どうやら風向きが変わったことで漂ってきたらしい。

 血と肉が腐った腐敗臭。通常ならば動物の死骸から漂ってくるものと判断し特に珍しいと思うことはないが、どういう訳か通常の場合と比べものにならない程その腐敗臭は濃いものであり、動物の死骸一匹や二匹程度では済まないものであった。

 

「少し見てくるか?」

 

 冒険者たちの間では大量狩猟や密猟といったものは基本的に禁じられている。だが冒険者たちの中にも黙ってそれを行う者は決して少なく無く、それを見つけた場合報告することを義務付けられていた。今回の場合もそれの類かもしれないと思い、周囲のメンバーへと尋ねる。

 他のメンバーはすぐに同意の意志を示した。

 ニオイを頼りに元を探しに行く一行。ニオイの元は鉱石の発掘場から思いの外近くの場所にあったが、そこに広がる光景に一同絶句する。

 一面に並んだ死体の群。それは冒険者たちが恐れていた筈のアースドラゴンたちであった。その数は十を超え、ちょうど群一つ分の頭数が亡骸となっている。

 冒険者たちは腐敗臭で鼻や口を押えていた手を思わず垂れ下げ、互いに目の前の光景が信じられないといった様子で目を合わせる。その衝撃は辺りに漂う悪臭を感じさせない程強いものであった。

 

「密猟……ってな訳じゃないよな?」

「竜種をこれだけの数狩れる奴がいたら会ってみてぇよ」

 

 冗談を口にしてみるが返ってきた反応は冷たいものであった。ただそんな冗談を口にしてしまいたいほど異常な事態が起こっているのだ。

 

「鱗が剥がれていたり、焦げていたりしているな……火薬か爆発系の魔法でも使ったのか

?」

 

 冒険者の一人がアースドラゴンの死体の一つに近付いて、死因を調べ始める。冒険者の観察通り横たわっているアースドラゴンの鱗の三分の一が剥がれており、その下にある筋組織が剥き出しになっている。そしてその筋組織自体も周囲の鱗と同じく焦げた跡が有った。

 

「竜狩るのにそんな乱暴な方法取るのか? 竜の鱗は貴重なんだぞ?」

「だから不自然なんだよ。利益が目的だとしたら狩り方が雑と言うか豪快過ぎる」

「だったらこっちの方がもっと豪快だぞ」

 

 奥の死体を調べていた冒険者が他を者たちを手招きする。

 

「見てみろ」

 

 顎で指す冒険者。その先にあったのは無残に破壊されたアースドラゴンの死骸であった。先程の死骸同様に爆破された跡があるが、それ以上に目についたのは平たく潰されているアースドラゴンの頭部であった。

 陥没した地面の中心に横たわるそれは頭蓋が上からの圧力によって完全に押し潰されており、頭頂部からは押し出された脳みそがはみ出ている。それと同様に眼球が両方とも外へと飛び出しており、放置されていたせいで水気を失い乾いていた。

 冒険者たちの頭の中に馬車で轢殺された虫や小動物の死体の姿が過ぎっていくが、少なくともアースドラゴンの生命力や強さはそれらの比では無い。

 

「あれも見てみろよ」

 

 頭部を破壊尽くされた死骸に顔を顰めていた一同は、次に指された死体を見て更に表情を顰める。

 他と同じく横倒れになっているアースドラゴンの死体。この死体は腹部が陥没しており、そこから内臓が外へとはみ出ていた。損傷としては他のと似たようなものであったが、最も注目すべきはその死体は他のアースドラゴンと比べ二回り以上小柄な死体であることだ。

 それはアースドラゴンの子供の死骸である。

 

「子供まで容赦無しか……」

「人の殺り方じゃないな。恐らく異種間による縄張り争いだな」

「子も含めて根絶やしってのは珍しくないな、確かに」

 

 同じ動物同士の戦いと推測するが、それによって新たな疑問も生じてくる。アースドラゴンをここまで破壊し尽くす程の生物がこの山にいるのかということ、そしてその生物は単独あるいは複数で襲い一匹も死ぬ事無く一方的にアースドラゴンたちを殺害する程の力を持っているのかということ。

 

「――ここらで考えても無駄だな。取り敢えずこのことはギルドの耳に入れておくか」

 

 そうまとめこの場から去ろうとしたそのとき――

 

イイィィィィガァァァァァァァァァ!

 

 けたたましい咆哮が冒険者たちの耳へと入ってくる。

 

「な、何だ!」

 

 その咆哮の最も近くにいた二人の冒険者が咆哮の方へと体を向けたとき、その視界全てが蛍光色に染まる。

 

「ウボッ!」

「うわっ!」

 

 反応し切れない二人の体に纏わりつく蛍光色をした物体。それは粘度がある物質らしく糸を引きながら体から地面へとゆっくり落ちて行った。

 粘液が降って来たのは山の上の方であるが高さのせいで声は聞こえたが咆哮の主の姿が見えない。

 

「くそ! 何だこれ! 気持ちわりぃ!」

「毒……では無いみたいだが」

 

 体に付いた粘液を必死になって擦り落とそうとするが中々取れ無い。他の冒険者たちも取るのを手伝おうとしたとき、粘液に変化が起こる。

 先程まで蛍光色であった粘液が橙色へと変色したのだ。その変化に、歩み寄ろうとしていた冒険者たちの足が思わず止まる。

 

「ああ? 何だ――」

「変わっ――」

 

 言い終える前に二人の身体が一瞬閃光を放ったかと思えば、それは瞬時に爆発へと変わる。二人を見ていた冒険者たちに音と衝撃がぶつかり、それによってその場で尻餅をついてしまう。

 激しい爆音で耳鳴りがする中、冒険者たちが見たものは上半身を失った二人の無残な姿。それは先程のアースドラゴンたちと同じ損傷を受けている。

 

「何だ……何だ! 敵か!」

「辺りを見回せ! 間違いなくさっきの声の主がこのドラゴンたちやこいつらを殺ったんだ!」

「何だよあの爆発は! 魔力なんて感じなかったぞ!」

「なら魔力無しであの粘液自体が爆発するんだろ!」

「そんなもんがこの世にあるのかよ! 俺は知らないぞ!」

「俺だって知るかぁ!」

 

 初めて見る攻撃方法に、一同口では混乱を現しているものの積み重ねた経験によって既に各々が武器を構え、それぞれの方向を見つつ警戒をしていた。

 

イイィィィィガァァァァァァァァァ!

 

 再び聞こえてくる咆哮。全員がその声がする方に視線を向ける。

 

「こいつは……」

 

 現れた存在を見て洩れてきた言葉。

 そこから結末まではあまりに早く。戦いではなく一方的な殺戮であった。

 冒険者の一人が宙に舞う。その体は大きく変形し、一目見ただけで即死であることが分かる。

 別の冒険者の身体が爆発に呑み込まれる。死ぬ直前まで纏わりつく粘液を必死になってとろうとしていた。

 吹き飛ばされた冒険者が近くに生えた木に体ごとぶつかり、その衝撃で木が倒れる。折れるほどの勢いで衝突した冒険者の命は当然無い。

 上から浴びせられる圧力によって冒険者の身体は地に叩き伏せられる。叩き伏せたものが退くと、そこには大きく凹んだ痕とその中心に真っ赤に染まった肉塊が広がる。

 悲鳴、絶叫が入り乱れる中でそれらの行為は繰り返される。それが行われる度に声の数は減らされていき、間もなくして聞こえなくなる。

 冒険者たちを葬ったソレは大きく口を開くと、仕留めた冒険者たちの身体を捕食し始めた。食事の最中、ソレの口が止まる。口を数回動かした後、何かを吐き捨てた。それは鉱物の入った皮袋であり、破れた箇所から鉱石が零れ落ちるのであった。

 とあるギルドにて、冒険者複数名が期限を過ぎても帰還していないという報告がされる。依頼内容の難易度及び依頼品のことを考慮し、依頼中に死亡あるいは依頼品を持ったまま失踪したと判断され、このことが大事になることは無かった。

 このときの判断により後に新たな事件が引き起こされる。

 

 

 

 

 とある山道。普段はぽつぽつとしか人の歩く姿が見えない場所であるが、今日だけは普段とは違っていた。

 何十、あるいは何百という足音が重なり合い一つの巨大な音と化していた。行進している人物たちはいずれも鎧を装備しており、それだけで一般の者ではないことを標している。

 鎧を纏っている人物たち以外にも馬に乗った人物や旗を持った人物もおり、その旗に描かれた紋章と同じものがその者たちの鎧にも描かれていた。

 彼らはこの国の兵士たちであり、とある重要な人物を護衛する為にこのような行進を行っていた。

 そして護衛の対象となる人物、それはこの行進の丁度中央にある馬車の中に居た。

 

「やっぱり馬車での移動というのは退屈ですわね」

「ここから少し離れた山は地竜たちの縄張りですので、少しばかり遠回りしなければなりません」

「本当に暇ね」

「ならば私が提示した宿題を今なさってはいかがですか?」

「それは暇潰しじゃなくて拷問よ」

 

 豪華な内装が施された馬車の中で、絢爛とした衣装を纏った少女が退屈さからか欠伸を噛み殺しながら愚痴る。

 

「姫様。はしたないですよ」

 

 それを咎めるのは、向かい側に座る女中の服を纏う栗色の髪をした女性。ただ一般の人間とは違い耳が長く先が尖っている。

 

「こんなときこそ私も姫様らしくじゃなく人間らしくいたいのよ、ケーネ」

「カカカカカ! 王族も人の子というものだケーネよ。つまらぬ城勤めから解放されたのだ。姫様の立場に立ってたまには大目に見よ」

 

 姫と呼ばれた少女の反論を、ケーネの隣に座る白髪の老人が肯定する。

 老人は長く伸ばした白い髪と髭をそれぞれ三つ編みにしているという奇抜な格好をしているが、何処か好々爺という印象を受ける顔立ちをしていた。

 

「オー様は姫様を甘やかし過ぎです。大体いつも――」

「何と、ワシまで説教を受けそうになるとは! 姫様、どうかこちらに飛び火しないように態度を改めて貰えませぬか? ケーネの説教はこの老骨にはちと堪えます」

「えー、私はさっきオーの言った通りこの中では人の子として過ごしたいなー」

「何と殺生な」

 

 半笑いで二人小芝居めいたことをする。そして、そのままケーネの前で芝居がかった口調で会話し続ける。

 

「ティナ様、オー様」

 

 そんな二人に冷水でも被せるかのようなケーネの冷たい言葉。付き合いの長い二人だからこそ分かることであったが、姫様という呼び方を改め名前で呼んだことは、本気で説教をしてくる前兆である。

 

「言わせてもらいますが――」

 

 そこから始まる怒涛の説教。特に言葉を荒げる訳では無いが、正論を積み重ねていくことで聞かされている方も中々口を挟むことが出来ない。

 

「――という風に息抜きすること自体私も否定はしませんが、ティナ様の場合は少しばかり気を抜き過ぎている訳です。そういった気の緩みはいずれどこかで綻びを生み出すことになるかもしれませんし、もう少し小出しに――」

「ケーネよ、姫様のことを思っているのは重々承知であるが、こう、もうちょっと手心というものを」

「ティナ様が将来、王族の中で最も輝く存在になるその日までケーネは命を賭けてティナ様を教育していく所存です、オー様。そもそもオー様は――」

「やーれやれ。この齢で耳にたこが出来るとは思わなんだ」

 

 齢九十に迫る老人に対し、二十歳前後の女性が本気で説教をする光景。傍から見れば滑稽なものに見えるかもしれないが、これが彼女らにとっては日常であった。

 

「それにしてもお父様も心配性ね。ギルドの査察程度でこれほどの人を付けるなんて……ケーネとオーさえいれば十分なのにね」

 

 説教から解放されたティナが小声で呟くが、耳聡くケーネが聞きつける。

 

「査察といえどもティナ様にとっては重要な使命です。王族にとって貴族たちを戒めるのは責務ですから」

「こんな継承権が端の端にある小娘が行った所で、あまり影響を与えられるとは思えないのだけれど?」

「何事も小さなことを積み上げてこそ、です。それに口ではそう言っておりますがティナ様にギルドの貴族たちが行う不正を見逃せますか?」

「それは……できないけど」

 

 ケーネの言葉に口を尖らせながらも否定の意を示す。それを見て鉄面皮であったケーネは少しだけ微笑んだ。

 

「結構です。その御言葉を聞けばワイト様もお喜びになりますよ?」

「ワイト様の名前は出さないでよ……」

 

 頬を赤く染め、ティナは顔を背けた。いかにも乙女といえる反応を見せる。

 

「これからワイト様の在籍するギルドに向かうのに恥ずかしがってどうするのです? ティナ様は十一、ワイト様とは一回りどころか二回り以上も離れています。――異性として特に認識されていませんよ」

「うーるーさーい!」

 

 羞恥で赤く染まっていた顔が今度は怒りの赤へと変わる。言われなくても分かっていることをわざわざ口にするケーネに抗議するように、ティナは側に置いてあったぬいぐるみを投げつけた。

 しかしケーネはそれを難なく受け止め、座席へ丁寧に置く。

 

「はしたないですよ? ティナ様」

「誰が原因よ!」

 

 再びぎゃあぎゃあと騒ぐティナ、それに冷徹な反応を見せるケーネ。いつもどおりの二人にオーは喉の奥で笑っていたが、不意に笑うのを止めた。

 

「姫様。しばしお静かに」

「何よ! オー……」

 

 出かかった言葉は途中で喉の奥へと消えていった。普段穏やかな表情をしている筈のオー、だが今の彼の表情は真剣なものであり、良き話し相手としての顔では無く王族を護るための護衛としての表情を見せていた。

 

「敵……ですか?」

「強い……出会ったことのない程の命の強さを感じるな……ただ……」

 

 ケーネの問いを眉間に皺を寄せながら険しい顔つきで答える。そのこめかみからは一筋の汗が流れ落ちる。

 ティナも何度かこのような表情を浮かべるオーを見てきた。そのときは必ず命を狙う者たちが現れる。あるときは山賊、あるときは暗殺者、あるときは獰猛な獣。だがそんなときは必ずオーやケーネが助けてくれた。

 

「ただ、何ですか?」

「人ではない」

 

 オーが呟いたのとほぼ同時刻、隊列最後尾。

 そこには旗を持った兵士が前の歩幅に合わせて行進をしていた。そんなときに聞こえてくる地響きのような音、それに最初に気付いた兵士が何気なく振り返った時、眼前一杯に広がった光る壁のようなものを見た直後、意識が断たれる。

 最後尾の兵士から少し遅れ近くにいた他の兵士たちも地響きの音に気付き、背後を振り向く。

 そこで見たものは、十数メートルもの大きさを誇る巨大な竜らしき生き物が兵士を殴り飛ばしている姿であった。

 人一人隠れてしまいそうな程太く、手甲のような形をした生物の腕に殴られた兵士は、瞬時に纏っていた鎧を変形させられそのまま紙片のように宙へと舞う。人がこれほどまで軽々しく空を飛んで行く姿に兵士たちは呆然としてしまうが、兵士と同じく飛ばされていた旗が地面へと落下した時、正気に戻る。

 

「敵襲! 敵襲ぅぅぅぅ!」

「一人殺された! 前の部隊に早く伝えろ!」

「姫様の安全が最優先だ! 真っ先にここから離脱させろ!」

 

 兵士たちはすぐに臨戦態勢を取り、情報を伝播させていく。そして各自剣、あるいは槍を未知の竜へと向けた。

 

「でけぇ……」

「怯えるな! 護衛兵としての名が泣くぞ!」

 

 味方を鼓舞する声が上がるが、それでも目の前に立つ竜の姿は凶悪に見えた。

 竜としては珍しい体勢をしており、四肢を地面に着けるのではなく後ろ足二本で立っており、前足は地面に着けない前傾姿勢であった。ただ、その巨大な身体を支える後ろ足は太く発達しており、人一人を軽々と踏み潰せる大きさがある。そして先程兵士を撲殺した籠手の様な前足は蛍光色を放っており、それはまるで脈打つかのように光の強弱を変えていた。

 全身の群青色の外皮は凶悪な姿からは想像出来ない程、滑らかな光沢を放ち美しく見えるほどであったが、特徴的な突出した前足と同じ蛍光色に包まれた角のような額や、刃を埋め込んだ拷問器具を彷彿とさせる形状をした尻尾が、そんな心の余裕を与えない。

 排他的な色を浮かばせながら、竜は無数の兵士たちを前にして咆哮を上げる。その咆哮は兵士たちが今まで聞いてきた中でどんな音よりも大きく、そして恐ろしいものであった。

 地が震えるような咆哮を上げた竜は、それを開戦の合図とするかのように前足を振り上げる。

 兵士たちもそれを見ると同時に表情を一気に引き締めた。

 

「かかれぇぇぇぇぇ!」

『おおおおおおおおおおおお!』

 

 竜の威圧を跳ね返すかのように一斉に雄叫びを上げ、兵士たちは竜へと突撃していった。

 

「待て待て」

 

 それを遮るようにして突如土が盛り上がり、竜と兵士たちとの間に壁を造り上げる。兵士たちは戸惑ったもののその壁の頂上に立つ声の主の姿を見て、緊張に満ちた表情に微かな安堵が混ざる。

 

「オー様! 何故ここに!」

「不穏な気配を感じてな……こやつはワシが引き受けた」

 

 その言葉に兵士一同は驚き、すぐに異を唱える。

 

「オー様は姫様を護るという大命があります!」

「その姫様から頼まれたんだがのう」

「なんと……」

 

 オーと兵士が話している最中、そんなことをお構いなしに竜は前足を振り上げ飛び掛かろうと後ろ足に力を込める。だが会話の中でも竜の動向から目を離さないオーは、飛び掛かる寸前に魔力で土の壁を操り、壁の表面から圧縮し硬度を増した棘状の土塊を射出する。

 当たるかと思われた土塊であったが、竜は溜め込んでいた力の向きをすぐさま反転させ、後方に跳ぶ。その巨体に見合わぬ素早さであった。

 

「でかい上に早いときたか、これは手を焼きそうだ……殿はワシに任せ早くここから離れろ。兵士たちの犠牲は最小にする。これが姫様の意志である」

「了解しました……オー様、ご無事を祈っております!」

 

 兵士たちは一斉に敬礼したのち、オーに背を向けて走り出す。

 去って行くのを感じたオーは片手を素早く動かす。指を二本立てたり、立てた指を戻したりなどといった独特の動きであったが老人とは思えない機敏なものであった。この一連の動作は魔法を発動させる為の式である。

 最後に舌打ちの様な短い音がオーの口から放たれると再び土が盛り上がり、竜を中に納めてしまいそうな巨大な手を造り出す。

 

「しばしこの老体と戯れてもらうぞ、見知らぬ竜よ」

 

 土で出来た手が拳を作ると竜に向けて繰り出される。

 直後に木霊する轟音。その音は遠く離れた場所にいる小鳥たちが恐れて一気に木々から飛び立ち、周囲の獣たちも驚き一目散にこの場から離れていくほどであった。

 竜に土の拳を叩きつけたオーであったがその表情に余裕は無い。寧ろ先程よりも厳しい表情をしていた。

 確かに土の拳は竜に触れていた。だが竜は自身を上回る質量を叩きつけられても、その発達した後ろ足でしっかりと地面に根を張りその場から微動だにしていない。

 それどころか叩きつけた筈の拳の方に亀裂が生じていた。

 

(少なくとも鉄よりかは頑丈な筈なんだがのう……)

 

 白い髭を撫でながら相手の屈強さに内心で舌を巻く。冷静に相手を分析するが、その分析もまだ甘かったことを次で知ることとなる。

 亀裂の隙間から見える橙色の物体。それにオーが気付いたその直後、土の拳が内側から爆発する。

 

「何とまあ……」

 

 呆気にとられるオー。その前には土の拳を砕いた竜が両前足を突き出した構えで立っていた。

 

(本腰入れねば敗けるな、これは)

 

 オーは座ったままの状態で宙へと浮き上がると、今度は両手で魔法の式を繰り出していく。

 

「見知らぬ竜よ……いや、その呼び方だと少々味気ないか……とりあえずはワシの魔法を真っ向から砕いたことに敬意を表して、『砕竜』とでも呼ばせて貰おうかのう」

 

 軽口を言いつつオーは動かしていた手を最後に胸の前で合わせる。すると先程のように土から手が現れるが今度は一回り小さい、だが出てきた数はその数十を超える。出てきた手はそのまま地面を掴み勢いをつけると、手だけではなく全身が現れる。

 頭と首が一体と化した丸みを帯びた姿をした数メートルもある土の人形。この世界において『ゴーレム』と呼ばれる、魔法によって創られる命無き人形である。一流の魔法使いでも三体作れれば上等と評されているが、オーはその数倍のゴーレムを一度に創り出す。

 

「ではでは『砕竜』殿。しばらくの間、この老人の人形劇に付き合って貰おうかのう」

 

 ゴーレムがオーの指の動きに合わせ飛び掛かる。対して相手は両前足を構え、咆哮を上げながらそれを迎え撃とうする。

 オーが何気なく付けた『砕竜』という名。奇しくもそれはその竜が別世界で持つ異名であった。

 『砕竜』ブラキディオス。それこそが竜の本当の名。

 そしてブラキディオスと相対するのは、この世界に於いて五指に入る最高峰の魔法使いであり、ゴーレム創造に特化した能力から『偽命』の異名を持つ王族護衛魔法使いオー。

 砕くモノと創るモノの戦いが今ここに始まった。

 




今回で三体目の竜が出てきました。
個人的には強い者同士の対決が好きなのでこのような展開にしました。
ブラキは結構気に入っている竜です。

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