田中琴葉への頼みごと   作:パンド

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『献花蟻』
『献花蟻』其ノ壹


 

 

 

「貴女の、そのお気楽な神経が気に食わないって言っているのっ!!!!」

 

 レッスンルームに、少女の声が響いた。

 高圧的で、高飛車な、相手を完膚なきまでに否定する声が。

 まるで心中の悪意という悪意を固めた塊のような、触れたものを皆傷つける声。

 反撃など許すものかと言わんばかりに、少女は次なる口撃を放つ。

 

「教養も行動力も覚悟もない、確固たる信念もない──なのになんで、どうして貴女が……」

 

 少女の唇がワナワナと震え、その瞳に憎悪が浮かんだ。

 なぜだ。

 なぜお前が選ばれた。

 彼に相応しいのは私なのに。

 彼に相応しい存在である為に、あらゆる物を犠牲してきた私のはずなのに。

 なぜ、お前が王妃に選ばれた。

 なぜ、なぜっ、何故だっ!!

 その身にまとう雰囲気はますます剣呑になり、そして。

 

「──殺してやる」

「はい終了、琴葉さんもっと心の闇を出していこうねー」

「えぇ、今のでも足りないの? 桃子ちゃん」

 

 映画監督よろしく丸めた新聞紙を叩いて、周防桃子のダメ出しが飛び出した。

 自分としてはかなり煮詰めてきたつもりでいたのだが、元名子役の目は厳しい。

 桃子は腰に両手を当てると、やや前のめりの姿勢になって、琴葉へ具体的な言葉を投げかける。

 

「当たり前だよ。あのね琴葉さん、この人は生まれた時からずっと、王妃になるべくして育てられてきたの。それがいざその瞬間になって、田舎から出て来たばかりの小娘に奪われたんだよ? もっと想像してみて、この人の心を」

「うん……確かに、そうよね。この人の憎しみを、私はまだ理解し切れていないのかも」

 

 『奪われた令嬢アリステル』

 田中琴葉は、先日行われたオーディションに見事合格し、舞台の主演を勝ち取った。

 内容としては今しがた桃子が語った通り。

 とある王国にて王子の許嫁として、つまり次期王妃として育てられてきた貴族令嬢アリステルは、その為にありとあらゆる努力を積んできた。

 愛国心のため、両親の期待に応えるため、一族の誇りのため、艱難辛苦の日々に身をやつし、王妃として相応しい人間であろうとした。

 そして、彼女はあっさりと裏切られた。

 彼女を選ぶはずだった男に。

 彼はアリステルではなく、他の女を選んだ。

 よりによって、彼女とはまるで正反対の女を。辺境の地で生まれ育った小娘を。

 「お前のような女は見たことがない」

 などと、あまりにも下らない理由をつけて。

 だから、これはアリステルによる復讐の物語だ。自分を裏切った王子を、選ばれたにも関わらず相応しくなるあろうともしない女を、地獄の底へ叩き落とすための。

 

「うーん、流石に同じ体験は出来ないけど……身近なことで考えてみるといいんじゃないかな」

「身近なことって、例えば?」

「そうだね、とある役のオーディションに向けて体作りもセリフの読み込みも完璧に仕上げて、当日誰の目から見ても合格だって結果を残したのに、スポンサーの意向で素人に毛が生えたような人に役を獲られた時とか」

「や、やけに具体的だね桃子ちゃん」

「ソンナコトナイヨ」

 

 あぁ、これはそんなことあったやつだ。と琴葉は遠い目をしだした桃子をなだめる。

 子役時代も色々と大変だったんだよ。なんて語っていた桃子だが、時折漏れ出すエピソードから察するに語っている以上の苦労があったらしい。

 

「でも、ありがとう桃子ちゃん。練習に付き合ってくれて、とても勉強になるわ」

「……桃子は1番のセンパイだもん、これくらいとーぜんだよ。主演は舞台の柱なんだから、琴葉さんにはしっかりして貰わないとだし」

 

 頬をほんのりと赤色に染めながら、桃子は視線をやや逸らし、照れを隠すようにそう返す。

 シアター組どころか765ASを含めた中でもトップの芸歴を持つ彼女は、琴葉同様に今回の舞台オーディションを受けており、王子の妹役を演じることになっている。そこで琴葉は経験豊富な桃子に演技指導を申し入れ、今もこうして合同レッスンの真っ最中。というわけだった。

 自分の役もある中で指導を引き受けてくれた桃子に、琴葉は心の奥底から感謝している。この恩には、演技で報いる他ないだろう。

 

「桃子ちゃん、私頑張るね。私の演じるアリステルが、舞台の柱になれるように」

 

 せっかく掴んだ主演の座なのだ。

 カッコ悪いところは見せられないし、それでは誰も魅せられない。

 だから、観てもらいたい。

 田中琴葉が演じる、他の誰でもない、琴葉だけの令嬢アリステルを。

 

「うん、桃子も楽しみにしてるからね。琴葉さん」

 

 演劇部に所属しているだけあって、琴葉はすでに演技力を高めるための下地が出来ている。自分との練習を重ねれば、今はまだおぼろげな令嬢アリステルが確かな形を持つのも遠くない。桃子はそう考えていた。

 そして彼女もまた、その中で王子の妹──アリステルを慕う姫としての意識を強く持てる。これなら一石二鳥だ。

 

「じゃあ続けよっか。ここのシーンをもう一度頭から──」

「こっとっはぁぁーーーーっ!!!!」

 

 通しでやってみよっか。そう続くはずだった桃子の言葉は、レッスンルームの扉をぶち抜く勢いで入室し、琴葉に向かって飛びついた少女の声に飲まれ消えていった。

 

「う、海美ちゃん?!」

「やっぱり琴葉だーっ。ももちんがレッスンルームにいるって聞いたから来たんだけど、琴葉の声がするって思って!!」

 

 それで辛抱たまらず抱きついてしまったそうだ。頬を寄せてくる少女に、琴葉は思わず苦笑した。苦笑しつつ、安堵した。

 元気のあり余る少女──高坂海美。

 彼女は3週間前、『迅麻疹』という妖怪に取り憑かれ、望まぬ力に、(はやさ)に振り回され苦しんでいた。

 この世の理から外れた、魑魅魍魎の存在に出会ってしまい、妖怪事に巻き込まれて。

 彼女が抱えていた憧れを、羨望を、良からぬ方向に解釈されてしまった。

 妖怪事そのものは請負人である胡散臭い教師と、彼女たちのプロデューサーと、他ならぬ琴葉の手によって解決したのだが、海美にはそのときの記憶がない。

 だから、琴葉は海美のその後をずっと気にかけていたのだが、海美はいつも通りの海美だ。

 ダンサブルで、愛嬌たっぷりな高坂海美だ。

 

「……なんか最近の海美さんと琴葉さんって、距離が近いよね」

「そ、そうかな……??」

 

 なぜかジトっとした目つきでこちらを見てくる桃子に、琴葉は内心を悟られまいと可能なかぎりの平常心で言葉を返す。

 海美のスキンシップが多いのは今更だし、ここのところデュエット曲の練習で一緒にいることも多かったから、それで海美との距離が近いように見えただけだろう。

 すると海美はフニャッとした笑みを浮かべて。

 

「あははっ、だって私は琴葉が大好きだし、琴葉も私のこと好きだもんねー?」

「え、えぇ?! 海美ちゃん、それって……」

 

 確かに言った。

 迅麻疹が消える直前、琴葉は海美に対して大好きだと確かにそう言った。

 まさか覚えているんじゃないのかと、琴葉の顔に冷や汗が浮かぶ。

 

「へー、琴葉さん海美さんには積極的なんだね。いつ口説いたの?」

「く、口説いてなんかないよ……ねぇ海美ちゃん?」

「えーっとね──あれ、いつ言ってくれたんだっけ? 覚えてないけど、大好きって言われたのは覚えてる!!!!」

 

 良かった、どうも細かいところまで覚えている様子ではい、少なくとも妖怪の存在についてはすっかり忘れている。

 あの非日常の怪しい事柄については。

 

「そういえば海美ちゃん、桃子ちゃんに用事があったんじゃないの?」

 

 ともあれ、この話題は不味い。話の風向きを変えるべく、琴葉は一石を投じた。

 桃子がレッスンルームにいると聞いて来たのだと、海美はそう言っていたはずだ。

 

「うん、そうなんだ〜。あのね、プロデューサーから『次の収録が早まったから、事務室に集合』ってももちんに伝言だよ」

「あ、本当だ。スマホにも連絡入ってる、ありがと海美さん」

 

 桃子が電車に乗る際にマナーモードにして、そのままだったスマホを見てみれば、メッセージアプリにプロデューサーからの連絡が来ていた。

 内容を確認すると彼女が所属する5人組ユニット、『リコッタ』の番組収録を前倒しで行うことになったので、スケジュールの調整も兼ねて一旦事務室に集まって欲しい。との話だった。

 

「ごめんね琴葉さん。そういう訳だから、今日の練習はここまでかな」

「ううん、仕方ないよ。ありがとう桃子ちゃん。お仕事頑張ってね」

 

 と、この場はお開き。そんな雰囲気になり、海美は本人に気が付きもさせない速さで、桃子を背中に乗せた。

 琴葉も、桃子も、突然の出来事に数瞬固まってしまい。

 

「……えっと、海美さん?」

「ももちんお一人様、事務所までご案内〜っ!!」

「ちょっと海美さん?! 事務室なんてちょっと歩けば着くのになんでおんぶされなきゃぃ──」

 

 桃子はセリフを最後まで言い切ることなく、海美の背に乗せられてレッスンルームから輸出されてしまった。

 ……なんというべきか、心配し過ぎていた自分が滑稽に思えるくらいには、いつも通りの高坂海美だった。

 いつも通りの、高坂海美。

 元気で楽しそうな、エネルギッシュな海美を想いながら、琴葉は考える。

 ならば果たして今の自分は、田中琴葉は。

 いつも通りと、言えるのだろうか?

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

「一応言っておこう、よく来たな田中」

 

 本当に思っているのなら、もう少し感情のこもった声で言って欲しい。

 田中琴葉はそう心の中で呟きながら、今しがた開いた視聴覚室の扉を閉めた。

 『迅麻疹』の件から1週間が経過して、珍しく追釜の方から呼び出しがきたので、なんの話だろうと訪ねてみればこの反応だ。

 しかも知らないうちに視聴覚室は電化製品が増え、ちょっとしたワンルームのようになっていた。

 

「それで追釜先生、今日は……その、どういった話なんですか?」

「まぁ、そう急かすな。とりあえずコーヒーでも飲もうじゃないか」

 

 急かすもなにも琴葉を呼び出したのは追釜であるのに、当の本人は素知らぬ顔でコーヒーメーカーを作動させ二杯のコーヒーを注ぐと、明らかに視聴覚室の備品ではないテーブルに置く。ご丁寧にコースターまで用意してある。

 仕方ないので席に着き、言われた通りコーヒーを啜ると、琴葉は追釜が全くカップへ口をつけないことに気がついた。

 

「……飲まないんですか?」

「あぁ、私は猫舌なんだ。少し冷めてからでないと飲めたものじゃない」

 

 猫舌。

 あの人間らしからぬ風貌と言動と力を持つ追釜が、猫舌。

 なんだかその事実がツボにハマってしまい、琴葉は自然と口元が緩んでしまう。

 

「どうした田中」

「あっ、えっと……ごめんなさい、追釜先生が猫舌だって聞いて、意外だなって」

「…………いや、気にするな。昔はよく兄達にも笑われた」

 

 すると、追釜はどこか遠い場所を見るような眼差しで、琴葉にそう言った。今までで、一番人間味のある表情で。小さく笑っている風に見えなくもない顔だ。

 もしかすると、これが本来の追釜大知なのかも知れない。そう思わせてしまうほどに、穏やかな顔だった。

 

「お兄さんがいらっしゃるんですね」

「あぁ、私は三人兄弟の末っ子でな。とても優秀な兄達だった」

「お兄さん方も、請負人なんですか?」

「……うむ、追釜三兄弟といえば、業界では結構名の通った請負人だ」

 

 淡々と、平坦な起伏のない声で、追釜は兄弟について語る。

 兄弟揃って請負人ということは、つまり追釜の家は家業として妖怪に関わっているのかも知れない。

 だとすれば、彼の妖怪への手慣れた扱いや、妖怪事に対する知見の広さも納得だ。

 

「それで、話だったな。そうだ、私はお前に話があるんだ。とても重要な話だ」

 

 いつになく、ハッキリとした前置きまでして。

 ようやくコーヒーに手をつけ追釜は一息つくと、琴葉の瞳を確認し、やはり無感情に、そして無表情に、事実を事実として語るべく──しかし普段よりほんの少し重い口調で、田中琴葉へこう告げた。

 

 

「……田中、お前は集妖体質だ。(あやかし)を集めると書いて集妖、つまり──お前の周りでは、今後も妖怪事が起り続ける。これは避けられないことだ」

 

 

 

 

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