Bクラスで過ごす男の話   作:冬獅郎

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10話

 ガラリと扉を開けて、教室へと入る。夕日に照らされた空間には既に誰もいなくなっていて、彼の姿もまだない。

 放課後の教室で待ち合わせっていうのは結構ロマンチックな展開だと思う。ただ、返信は『了解した』と一言だけだったから本当に来てくれるかはわからない。来てくれるとは思うけど……。

 来てくれないかもしれないと不安に駆られながら待つこと10分。扉を開ける音が、静かな教室の中に大きく響いた。反射的にその方向を見ると、約束の相手である東城君が静かに立っていた。

 

「待たせたか?」

「ううん、時間ピッタリだよ。……けど、女の子との待ち合わせには早めに来て、相手を待つぐらいがいいんだよ?」

「そういうもんなのか。悪いな、次からは気を付ける」

 

 いつもの無表情で彼は言った。私の冗談が通じているのかいないのか……。

 

「それで、用件ってのは? ……なんて聞く必要もないか。少し場所を変えよう。ここだと落ち着いて話もできないからな」

「そうだね、場所はどうする?」

「……続けて俺の部屋ってのは流石にアレだしな……。よし、ついてきてくれ」

 

 歩き出した東城君に置いて行かれないように、慌てて私もそれについていく。

 

「どこに行くの?」

「カフェ。落ち着いて話をできる方がいいだろう」

「カフェ……? え、いやでも、人も多いし落ち着いてるっていうのは……」

 

 正直言って、何を言っているのかがサッパリわからない。連続で自分の部屋に誘うのに抵抗があったのか、私を気遣ってくれたのかは渡らないけどこれだと本末転倒なような……。

 

「言いたいことはわかる。着いたらきっと驚くぞ」

 

 あまり抑揚のない声だったけど、その背中からはなぜか自信が溢れているような気がした。

 

 

 

 どれくらい歩いただろうか。学校を出たときにまだ出ていた日は地平線へと吸い込まれ、その大部分を隠してしまっている。それほど歩いた感覚はないけど、黙々と歩いていると正確な時間感覚が麻痺してくるように思う。

 普通の学校生活を送る中ではまず通ることのないような細い路地を何本も通り、どこを通れば帰れるのかもわからなくなってきた頃、唐突に視界が開けた。

 入り組んだ路地の先にあるとは思えないほどの広い空間。そこに、建物がポツンと佇んでいる。ほとんど沈んでいると言ってもいい太陽に照らされて、まるでそこだけ別の世界のようだった。

 ボーっとしている私をよそに、東城君はお店の中に入っていく。どうやらここが例の喫茶店らしい。それに倣うようにして、私も扉を開けた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 白と黒のシックな色彩で統一された店内には、カウンターが一本とテーブル席が五つほど。カウンターの向こうにはこの店のマスターと思われる壮年なスキンヘッドの男性が一人いるのみで、それ以外に人の姿は見えない。ケヤキモール周辺の店にはない落ち着いた雰囲気は、東城が好みそうだと一之瀬は思った。

 二人はテーブル席に座り、適当に注文を済ませてから話し始めた。

 

「こんなところにお店なんてあったんだね……」

「まあ普通はこんなとこまで来ないもんな、知らなくて当然だ」

「来ないっていうか、情報もなかったけど」

「情報ならあるさ。ただ、それを持っている人間が極端に少なくて保守的ってだけだ」

「一見さんお断りみたいなお店ってこと?」

「まあ端的に言えばそうなるな。広めるようなことはしないでくれよ? お前だから連れてきたんだ」

「わかった、約束するよ」

 

 一之瀬が言うのだから、心配はないだろう。東城はそう判断し、本題へと踏み込んだ。

 

「で、話ってなんだ?」

「その前に、一つ確認させて貰ってもいい?」

「確認? 何の?」

「小テストの点数が張り出されてて、そこには皆の点数も載ってたよね」

「ああ、確かに載ってたな。そういえばあのテストで90点取ってたよな、一之瀬は。尊敬するよ」

 

 朝張り出された紙に、一之瀬は90点だと書かれていた。この点数を取っている人間はクラスに3人しかおらず、必然的に記憶に刻み込まれている。

 

「ありがとう。……って本当なら喜びたいところなんだけどね。君が言うと素直に喜べないよ」

「おいおい……。あの紙を見てたならわかるだろ? 俺は皆と同じで85点しか取れてない」

「数字の上ではね。だから、回答を見せて欲しいの。東城君の言葉が本当なら何も問題ないよね?」

「……わかった、俺の負けだ」

 

 両手を上げて降参のポーズを取り、カバンからテスト用紙を取り出して一之瀬に渡す。

 点数は確かに張り出された通りに85点だったが……。中身はそうではない。最後の難問を完璧に解いているにも関わらず、序盤の問題を答えないという意味の分からないことをしていたのだ。

 テストを渡された一之瀬は食い入るようにそれを見つめ、やがて顔を上げると呟いた。

 

「やっぱり……って言えばいいのかな。予想はしてたけど、まさか最後の3問全部正解なんて」

「予想してたのか」

「教えて。なんでこんなことをしたのか」

「退屈な問題の中に面白いものがあったら解きたくもなる。ま、暇つぶしってやつだ」

「……じゃあ何で満点を取らないの? 自分で評価に関わっているから、解ける問題は解くって言ってたじゃない」

「俺は『解ける問題を解かない理由があるのか』と聞いただけだ」

 

 このままでは話が進まない。そう思った一之瀬は、話題の転換もかねて一番の疑問をぶつけることにした。

 

「東城君、君はいったい何者なの?」

 

 学校のルールを見破り、高校の範囲を超えたテストを軽々と解き、自分の過去を暴いた。普通の高校生だとはとても思えない。

 

「何者か、ね。……悪いが、答えることはできないな」

「理由を教えてもらえる?」

「……理由なんてない。ただ、答えたとしてそれを信じられるのか、という話だ」

「それは……」

「無理だろうな。だから答える必要もない」

 

 東城は一之瀬の過去を暴く際、全くの作り話を披露した。何者であるかを話したところでもう信じることはできないだろう。

 頼んでいたコーヒーとケーキが二人の前に運ばれた。

 

「で、俺のテストの中身を知りたいってのが今回の用件か?」

「ううん、これはただの……好奇心だね」

「……お前、意外と根に持つタイプなんだな」

 

 自分の言葉をそのまま返されて、東城は一瞬だけ苦い顔を見せた。

 

「それで、本題は?」

「東城君に、クラスのリーダーをやってもらいたいの」

「断ると言ったら?」

「断れない状況を作る」

「なるほど」

 

 話を聞いていないかのような簡潔な返事。思わず一之瀬は聞き返していた。

 

「できないと思う?」

「いいや、できるだろうな」

「なら──」

「まあ落ち着け。結論を急ぎ過ぎだ」

 

 東城はコーヒーを一口すすり、一之瀬にも飲むように促す。運ばれてきたカフェオレに一度も口をつけていなかったことを思い出し、一之瀬もそれに従った。

 

「あ、おいしい……」

「だろ。落ち着いた雰囲気も相まって、俺はこの店を気に入ってる」

 

 一緒に頼んでいたショートケーキを食べると、この店のリピーターは確定だ。夢中になっている一之瀬を見ても、それは明らかだった。

 

「……さっきのテスト」

 

 ケーキを食べ終え、コーヒーをすすっていた東城が唐突に口を開いた。

 

「最初から答えを持っていたら、満点を取ることは簡単だと思わないか?」

「え?」

「ここに中間テストの問題、そして回答がある」

 

 カバンの中からクリアファイルを取り出し、中身をテーブルの上に並べる。

 

「ちょ、ちょっと待って。え? テストの問題? 中間テストって2週間後にある、あの?」

「正確に言えば去年だが、その認識でも間違いじゃない。過去の傾向を見た限りでは、今年もこれが使われる可能性は高いからな」

 

 一之瀬がその情報を整理するには少し時間がかかった。目の前には去年の過去問があり、今年もそれが出題されるのだという。

 

「ってことは、小テストは過去問を使って解いたってこと?」

「いいや? あの時点では過去問の存在に気づいてなかったからな。異常な難易度の問題は、つまり学校からのヒントだったんだよ」

 

 解けないような難問が配置されていた。現段階で解けない問題をどうすれば解けるのか。それを考えれば、答えは自然と見えてくる。

 

「お前は、答えを見てまでいい点を取りたいと思うか?」

「……思わないよ。そんなの自分の成績だなんて言えない……!」

「じゃあBクラスの……他の皆はどうだ」

「皆だって一緒だよ。これを使いたいって言う人はいない」

「だろうな。それを望む奴はいないと俺も思う。だが」

 

 一呼吸おいてから、東城は言葉を続けた。

 

「俺をリーダーにするというのはこういうことだ。努力や経験も、失敗を通じて学べることもない。得られるものは結果だけだ。……もっとも、それでもいいというならその役割を引き受けよう。さあ、どうする」

 

 ここまで言われて、なおも東城にクラスを預けるという判断を下す人間はいないだろう。

 

「……わかった。君をリーダーにするのは諦める」

「それが一番いい。お互いにな」

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「で。これからのことはどうするつもりだ。今もそうだが、リーダーは実質的に一之瀬だ。戦略はあるのか?」

「色々考えてはいるけど、とりあえずは……過去のことを皆に打ち明ける」

「……なるほど。理由を聞かせてくれ」

「学校のルールが明かされた今、私は不信感を抱かれてると思うの。自分で言うのは傲慢かもしれないけど、『なんで一之瀬がBクラスにいるのか』って」

「まあそう思ってるやつは少なからずいるだろうな」

「このまま不信感を残したままじゃ、これからの活動がうまくいかなくなるかもしれない。だから最初に不安を排除しておこうと思ったの。これから先、致命的な瓦解がないように」

「なるほど。お前の考えはわかったし、悪くない策だと思う。ただ……大丈夫なのか? 人に話しても」

 

 それを聞いて少し顔を俯かせる。当然だ。そこまですぐに割り切れる問題ではない。

 

「あはは、うん……。ちょっと大丈夫とは言えないかな。でも、東城君に話してからはそれほどの抵抗感もなくな……て……」

 

 突然言葉が途切れる。意識がなくなったかと一瞬心配したが、どうやらなにか考え込んでいるようだ。

 

「急に黙ってどうしたんだ」

「ああ、そっか。そういうことだったんだね、東城君」

「いきなり何を言っているんだ?」

 

 急に黙ったかと思えば喋り始めて意味の分からないことを口にする一之瀬。本人の中では完結しているのだろうが、東城には何が起きているのか分からなかった。

 もっとも、次の一言ですべて理解することになるのだが。

 

「ここまでが君のシナリオだったんだね」

「……なるほど。そう思う根拠を聞かせてもらおうか」

「東城君に過去を喋ってなかったら、私はこういうことをしようとは思わなかった。ただの好奇心だって言ってたけど、最初からこれが狙いだったんでしょ?」

 

 昨日の『そのうちわかる』というのは、おそらくこれの事だったのだろう。

 

「正解だ。お前の過去が公になった場合、積み上げた信頼は崩れることになる。信頼は崩れる時は一瞬だが、積み上げるのは難しいからな。それなら最初から崩してしまったほうがいい」

「最初から崩れてしまった方がいいって……。リーダーはやらないとか言って、私を利用して思い通りのクラスを作ろうとしてるじゃない。矛盾してるよ……!」

 

 いくら一之瀬が善人でお人好しでも、感情はある。自分の感情や触れられたくない部分を弄ばれて怒りを抱かないなど無理な話だった。故に、どうしても口調が強くなる。

 

「どう思ってくれても構わない」

「……ここで言い訳でもしてくれたら、ちょっとは責められたのに」

「悪いな、期待に応えられなくて」

 

 一之瀬帆波は静かに泣いた。行き場のない感情があふれて止まらなかった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「皆からポイントを預かっておいて、必要な時に使うっていうのはどうかな。あってほしくないけど、誰かが退学になったときとかに使えるし」

「いいんじゃないか。Bクラスならではの策で。ただ昔の話はその前にした方がいいと思うぞ」

「うん、問題はどうやってその話をするかなんだけど……」

「ポイントの話の途中で反対意見が出れば成り行きでうまくいくはずだ。出なかったらその役は俺がやろう」







異世界おじさん面白いですね。ツンデレは至高なんだと理解できました。自分もツンデレヒロイン書きたいです。
三人称視点いかがだったでしょうか。
感想頂けると嬉しいです。
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