さて、晴れて友達が出来たところで、一之瀬は他の人と談笑していた。俺はと言うと机に突っ伏している。本来なら別の人に話しかけに行くところだが、今日の目標は達成出来たという満足感から動く気がイマイチ起きなかった。まあ友達は多い方が良いって訳でもないし、大丈夫だろう。
そう言い訳がましく考えていると、始業を告げるチャイムが鳴った。
それと同時に教室に入ってくる1人の女性。
見た目は今時の大人といった感じの美人だった。年齢はいくつだろうかと考えてみるが、女性の年齢を推理するのはやめた方がいいだろうと思い直してやめた。
見た感じはなんというか、こう……ふわふわした感じとでも言うのだろうか。服装などに抜けているところは見当たらないので、彼女の持つ雰囲気がそう思わせるのだろうか。
「新入生のみんな、おはよう。私がこのBクラスを担当することになった星之宮知恵って言います。普段は保険医をしてるから、授業で会うことは少ないかもしれないけどね。この学校では学年ごとにクラス替えはしないから、卒業までの3年間、みんなで一緒に頑張ろう! ってことでよろしくね〜」
なんともフレンドリーな態度の先生だ。怖い先生じゃなくて良かった。
「今から1時間後に体育館で入学式があるけど、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらうね。って言っても、入学案内と一緒に配布されてるからもう見た事はあると思うけどね」
前の席から見覚えのある資料が回ってくる。合格発表を受けてから貰ったものだ。
この学校は普通の高等学校とは違うルールが存在している。それはこの学校に通う全ての生徒に敷地内にある寮での生活を義務付けるということ。そして、在学中は特例を除き外部との連絡を一切禁止していることだ。
たとえ肉親であったとしても、学校側の許可なく連絡を取ることは許されない。
当然、許可なく敷地外に出ることも禁止されている。
ただしその反面、生徒たちが苦労しないよう数多くの施設も存在する。カラオケやシアタールーム、カフェ、ブティックなど、小さな街が形成されていると言ってもいい。大都会のど真ん中にして、その広大な敷地は60万平米を超えるそうだ。
そしてもう1つ特徴がある。Sシステムと呼ばれるものだ。
「今から学生証カードを配ります。それを使えば敷地内にある施設を利用したり、売店なんかで物を買うことが出来るから、無くさないように気をつけてね〜。クレジットカードみたいなものだと思ってもらっていいよ。当然のことだけど、何かを利用したり買ったりすればポイントが消費されるから気をつけてね。学校内でこのポイントで買えないものは無いよ。学校の敷地内にあるものなら、何でも買えるからね」
何でも買えるという先生の言葉を聞いて、ひ弱そうな学生と、そいつに対して「今月の友達料金、まだ貰ってないんだけど」とか言いながら悪そうなやつが金を巻き上げているシーンが思い浮かんだ。
小説でしか読んだことがないが、現実でそんなことが起きるのだろうか。俺は1度も遭遇したことがないが、もしかしたらあるのかもしれない。
もちろん俺は友達料金などを払ってまで交友関係を築きたいとは思わないが。そんなものは俺の描くものとは違うしな。
「使い方はシンプルで、お金を払う時に機械に通すか、提示することで使用出来るよ。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれるからね。君たち全員には、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだよ。あと、1ポイントは1円の価値があるから、君たちは既に10万円分のお小遣いを貰ったってことだね!」
その言葉を聞いて、少し教室が騒がしくなる。
しかし毎月10万円とは、さすがは政府主導の学校と言ったところか。すごい金額だ。
「ポイントの支給額に驚いちゃった? この学校は実力で生徒を測るからね。入学した君たちには、それだけの価値と可能性があるってこと。これはそのことに対する評価みたいなものだよ。遠慮なく使っちゃっていいからね。でも、このポイントは卒業後に全て学校側が回収しちゃうから、ポイントを貯めても得は無いよ。もちろん、現金化も出来ないからね。振り込まれた後、ポイントをどう使うかは君たちの自由だから、好きに使ってくれていいよ。ポイントを使う必要が無いと思ったら誰かに譲ってもいいからね。でも、無理やりカツアゲしたりしちゃダメだよ? この学校はいじめ問題にだけは敏感だからね。ここまでの話でなにか質問がある人はいるかな?」
特に手は上がらない。みんな急に多大なポイントを与えられて困惑しているようだ。
「質問は特にないみたいだね。それじゃあ、学校生活を満喫してね〜」
そう言って退室する星之宮先生。
生徒たちはこれからどこかに行こうとかそんなことを話していた。
しかし、なんだろう。すごく怪しい。生徒が優遇され過ぎているような気がする。
毎月提供される10万円。充実した周辺施設。進学率、就職率ほぼ100%。外部との連絡が取れないことや、寮生活が義務付けられていることを差し引いても、生徒に取っては楽園だ。
そんなことが有り得るのか? 政府主導のこの学校で?
そんなことがあるはずがないだろう。入学しただけでこんな楽園のような生活を送れるのなら、未来を支えていく若者を育成することなんて出来ないだろう。それどころか怠惰な生活を送り、自分を高めることをしようとする生徒はいなくなってしまう。
改めて先生の言葉を思い出してみる。
……なるほど。毎月ポイントは振り込まれるとは言っているが、その金額が10万ポイントであるとは一言も言っていない。恐らくポイントは増減する。
振り込まれた10万ポイントは、高い倍率を勝ち抜いて入学を果たした俺たちに向けたご褒美のようなものなんだろう。
なんとも嫌な言葉遊びだ。他になにかおかしな言葉はなかっただろうか。
……ポイントで買えないものはない。そして、敷地内にあるものならなんでも買える。
この言葉もどこかおかしい。これがそのままの意味なら、それを確かめない手はない。
そうして簡単な仮説を立てていると、隣の一之瀬がよく通る声でクラスのみんなに話し始めた。
「ごめん、ちょっと私の話を聞いてもらってもいいかな?」
特に異議を唱える生徒はいない。
「話を聞いてくれてありがとう。私たちはこれから3年間共に過ごすことになる。だから自己紹介をやりたいと思ってるんだ。その方が早く仲良くなれると思うからね。もちろん強制はしないけど、どうかな?」
口々に賛成する生徒たち。反対する生徒はいないようだ。もちろん俺も大歓迎だ。俺が言い出したくても言い出せなかったことをあっさりと言ってのけるのだから、一之瀬は本当にすごいと思う。
そうして一之瀬から自己紹介が始まっていく。俺は自分の順番が回って来るまでのところで、どのような自己紹介をすればいいのかを必死に模索する。ふざければいいのか、無難に決めるか。
俺の中で答えが出ないので、他の生徒がどのような自己紹介をしているのかを参考にしようと自己紹介を聞いているが、ふざけた感じの自己紹介をしている人は今のところいない。
ここでふざけた自己紹介をすればインパクトはあるだろうし、記憶にも残して貰えるだろう。ただ、どのような印象を与え、記憶に残されるのかは想像に難くないので、ほかの生徒と同じように無難なものにすることに決める。
ついにやって来た俺の順番。噛まないこと、キョドらないことを自分に言い聞かせ、席を立つ。
「俺の名前は東城京司。趣味は特にありませんが、運動は得意です。皆さんと1日でも早く仲良くなれるように頑張るので、どうぞよろしくお願いします」
そう言って俺は席に座る。特徴のない俺に出来る精一杯のアピールポイントが運動が出来ることだった。
クラスの皆が拍手をしてくれている。その拍手がとても嬉しい。どうやら成功したようだ。噛まずに言えて良かった。
****
自己紹介が終わり、体育館へ向かう。入学式も滞りなく終了した。
そして昼前。敷地内の説明を一通り受けた後、解散となった。
クラスの約半数の生徒はその足で寮へと入っていく。残りは早くもグループが出来ているのか、カフェに行こうとかカラオケに行こうとか談笑しながら教室を去っていった。
俺の唯一の話し相手である一之瀬も数人に話しかけられてどこかに行ってしまった。ちなみに俺は自己紹介の後誰にも話しかけられていなかった。やはり特徴のない人間は話しかけて貰えないのだろうか。それとも俺の持つ雰囲気がそうさせるのか。
話しかけやすい人間と話しかけにくい人間。俺は間違いなく後者に入るだろう。別に他人を拒絶しようなんて考えてもいないのだが……。どこで違いが生まれるのだろうか。
そのことは置いといて俺は1人で学食に行ってみることにした。腹も減ったし、学食の味がどのようなものか興味があるからな。
学食に到着すると、結構人がいた。
券売機でどのようなメニューがあるのか値段と共に見ていく。すると、興味深いメニューを発見した。
山菜定食──料金 無料
無料とは、ポイントを使いすぎた生徒への救済か? いや、さっき立てた仮説に当てはめると、貰えるポイントが少ない生徒の為の配慮とも取れる。
……よし、ここを少し見張っていよう。
今日は入学初日、4月の頭だ。先輩たちはポイントが4月1日に支給されているはず。にも関わらず山菜定食を注文するやつが現れれば、それはポイントが不足しているやつか相当な守銭奴だろう。
1年生はポイントが支給されたばかりなので、無料の山菜定食を注文することはないだろう。
つまりこの場で山菜定食を注文するような生徒は、2年か3年の先輩。そして、ポイントに困っている生徒だ。
この学校にいる限りポイントで買えないものはないという星之宮先生の言葉通りなら、俺は先輩から情報を買うことができるはずだ。
そう考え、俺は適当な定食を購入し、食堂でも目立たない位置に座り、券売機を押す生徒たちの指先を見つめ続けた。……この定食、美味いな……。
券売機を眺め続けて10分が経過した。ここまででかなりの数の生徒が券売機を利用していたが、これだけ見ていても山菜定食を購入する生徒はいなかった。
やはり毎月10万ポイント支給され、無料商品はポイントを使いすぎた生徒に対する救済措置だったのだろうと思い、席を立つ。
が、食堂から立ち去る寸前。券売機に視線を向けてみると、なんと山菜定食を購入する生徒がいた。
このチャンスを逃す訳にはいかない。そう思い俺はその生徒に声をかける。
「あの、すみません。1つ話を伺いたいんですが、2年生か3年生の先輩でしょうか」
「あ、ああ。3年だが……誰だお前」
ビンゴだ。
「失礼しました。自分の名前は東城京司といいます。所属は1年Bクラスです。」
「そうか。それで、1年が俺になんの用だ?」
「いえ、少し取引したいと思いまして」
そう告げると、怪訝そうな表情で聞き返してくる。
「取引だと?」
「ええ。先輩はポイントに困っている。そうですね?」
先輩は途端に嫌そうな顔で俺を睨んでくる。
「……だったらどうした。バカにしてんのか?」
「別に先輩をバカにしているわけじゃありませんよ。俺はこの学校の仕組みについて知りたいんです。だから俺に情報を売って頂けませんか?」
「……場所を変えるぞ」
そりゃそうだ。人の多い食堂でする話じゃなかったな。
俺たちは人通りのない場所へやって来た。
ここからが本番だ。問題はこの取引に応じてくれるかどうかだが……。
「……いくら払える?」
どうやら応じてくれるようだ。
「いくらで売って貰えるんですか?」
「そうだな……。5万で売ってやる」
うーん、なかなか高い。が、確実な情報が手に入るならまあいいか。俺の立てた仮説は貧弱過ぎるからな。この学校の仕組みが分かるならなんでもいい。
「では、5万で買わせて貰います。」
俺がこの話に乗ると思っていなかったのか、先輩は驚いた表情を浮かべる。それも当然か。5万ポイントは決して安いものでは無いのだからな。
「じゃあ交渉成立だな。先にポイントを振り込んでくれ」
「わかりました。でも、嘘の情報なんてものを教えないでくださいよ?」
「わかっている。ポイントの譲渡をすれば記録に残るからな。お前に訴えられれば俺に勝ち目はない」
「そうですか。では、振り込みも終わりましたので、学校の仕組みについて教えてください」
そうして先輩に教えられた情報は、俺の仮説の遥か上を行くものだった。
まず、生徒が優劣でクラスに振り分けられるということ。Aは最も優秀な生徒、Dは最もダメな生徒……というような感じだ。俺たちBクラスは、Aには劣るが、CやDよりも上、ということになるだろう。
そして、クラスポイントというものが存在しており、そのポイントに100を掛けたものが、プライベートポイントになるようだ。プライベートポイントとは、生徒個人に支給されるポイントのことを指しているそうだ。
全てのクラスで初期値は1000クラスポイントに統一されているらしい。そのクラスポイントを追い抜く、あるいは追い抜かれた時、クラスが変動するようだ。
例えば俺たちBクラスがAクラスのクラスポイントを追い抜いたら、俺たちはAクラスへ昇格。AクラスはBクラスへ降格となる訳だ。
クラスポイントの増減を決めるシステムについては答えて貰えなかった。
が、減点ならば普段の生活態度とかだろうか。教室にあった監視カメラの存在にもこれで納得がいく。私語や居眠りなど、教師1人ではチェックしきれないからな。
クラスポイントを増やす方法については今のところテストくらいしか思い浮かばないが、これから明かされていくのだろう。ちなみに、テストで赤点を取れば即退学だそうだ。
そして、進学率、就職率100%の恩恵を受けることができるのは、Aクラスだけのようだ。この事実が公表された時、Aクラスの座を巡る戦いの火蓋が切って落とされるのだろう。
俺の仮説であるポイントの変動は当たっていたが、まさかそれがクラス単位だったとは。想像できるはずもないな。
「教えて頂きありがとうございました。この事実が公表されるのはいつ頃なんですか?」
「例年通りなら5月に入ってすぐだ」
なるほどな。これは荒れそうだ。
「ちなみになんですけど、Aクラスに行ける権利とか、退学を取り消す権利とかって買えるんですか?」
「買うことは出来る。だが、どちらもとてつもないプライベートポイントが要求される。Aに上がる権利は2000万プライベートポイント。退学を取り消す権利は2000万プライベートポイントに加えて、300クラスポイントも要求される」
「本当になんでも買えるんですね、ありがとうございました」
「気にするな、5万ポイント貰ったしな。……しかしお前、なかなか頭がキレるんだな。お前がリーダーになってクラスを引っ張れば、Aクラスに上がれるんじゃないか?」
「俺よりも頭がキレる人間なんていくらでもいると思いますよ。というか、俺はリーダーの器じゃないので無理ですね」
「そうか、じゃあ俺はもう行く。高校生活、頑張れよ」
「先輩も後1年頑張ってください。それでは」
そう言って互いに別方向に歩き出す。なんか良い先輩だったな。
これで俺の疑問は解消された。が、ポイントが半分消えてしまった。どうしよう……。
いや、いい案を思いついた。これを実行して1日を終えるとしよう。
そして俺は目的の場所に向かって歩き出した。
読んで頂きありがとうございました。