Bクラスで過ごす男の話   作:冬獅郎

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3話

 目的の場所、と言っても、別に明確に決めている訳ではない。

 適当に部活動をやっている場所に行こうという目的はあるが、その部活がなんであろうと俺にとっては些細な問題に過ぎない。

 近い場所になにがあるかな、と思って貰った案内図を眺める。柔道場がこの場所から1番近いらしいので、柔道場に行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって柔道場。活気ある生徒たちの声が扉の外にまで聞こえてくる。

 窓から中の様子を伺うと、20人程の生徒が練習に励んでいた。

 俺は柔道場の扉を開き、近くにいる先輩と思われる人に声をかける。

 しかし先輩相手だと話しかける時にあまり緊張しないのはなぜだろうか。ビジネスの相手だと割り切っているから、冷めているのかもしれない。

 

「すみません、用事があってここに来たんですが、少しよろしいでしょうか」

 

「君は入部希望者かな? もしそうなら入部の受付は明日から行われることになっているから、今はまだ無理だよ」

 

 別に柔道部に入部したい訳ではないので、否定する。

 

「いえ、入部希望という訳ではないんですが……」

 

「それなら見学したいとかかい? 見学をすることは自由だからね。大歓迎だよ」

 

 笑顔が似合うフレンドリーな良い先輩だなぁ。ってそうじゃない。

 話が進まないので、本題を切り出すことにした。

 

「いえ、見学がしたい訳でもありません。単刀直入に言わせて貰うと、ポイントを賭けた試合をさせてもらう為にここまで足を運びました」

 

 そう、これが俺の思いついた一発逆転の策。

 少ないポイントを増やすにはギャンブルが手っ取り早い。

 可能性は低いが、もし出来ないのならその時は潔く諦めて、倹約生活を送ることにしよう。

 俺の言葉を聞いた途端、先輩の顔が険しい物に変わる。

 

「少し待ってね。主将に聞いてみるから」

 

 そう言って、柔道場にいる部員の中でも一際大きい体格をしている生徒の元へと歩いて行く先輩。

 先輩が戻るのを待っていると、俺の前に主将と呼ばれていた男が現れた。

 

「俺はこの部の主将を務めている本堂というものだ。用件に入る前に、名前を聞いてもいいか?」

 

 口調から察するに、厳格な人なのだろう。さすがは主将と言ったところか。

 

「俺は1年Bクラスの東城京司といいます。いきなりお邪魔してすみません」

 

「いや、構わない。用件は既に聞いているが、なぜ賭け試合をしようと思ったのか聞かせてもらおうか」

 

 なんて答えようか。

 ……まあ考える必要もないか。そのまま伝えても問題はないだろう。

 

「ポイントを使い過ぎてしまったので、増やしたいと思いまして」

 

「入学初日にポイントを浪費してしまうとは、関心しないな」

 

 そう注意をされてしまう。返す言葉もない。

 

「反省はしています。それはそれとして、そろそろ本題に移らせて頂きたいんですが」

 

「……いいだろう。理由がどうであれ、賭け試合をすることに問題はない。が、それを俺たちはするつもりがない」

 

 はあ、なるほど。

 勝負を受けて欲しければポイントを先に払え、ということが言いたいのだろう。

 

「『賭け試合をする権利』を買えば、やってもらえるということですね?」

 

「そういう事だ。しかし、お前に払えるのか? ポイントが少ないのだろう?」

 

「それは要求されるポイント次第ですから、払えない可能性も十分ありますよ」

 

 俺の現在の所持ポイントは49000と少し。5万も残っていない。

 仮に1試合ごとに2万ポイントを要求されるとしたら、全く稼ぐことが出来ない。

 それどころか、24500ポイントを超えた時点で赤字が確定する。

 全てはこの本堂先輩の提示するポイント次第だ。

 

「では、その権利を売ってやろう。5万でな」

 

 ……無理無理。俺の全財産を持ってしても届かない値段だ。

 

「すみません。手持ちがそんなにないので、何とか安くして貰えないでしょうか」

 

 俺のこの必死の交渉も、続く先輩の一言に一蹴される。

 

「それは無理な相談だな。払えないのならこの話は無しだ。帰ってもらおうか」

 

「そうですか……」

 

 全然ダメだった。しかし、こんな事態に陥ることも一応想定していた。

 そして、相手を賭け試合に参加させる方法も考えて来ていたのだ。

 俺はそれを実行するべく、口を開こうとする。が、先に先輩が声を発した為、中断する。

 

「……いや、やはり1万で手を打ってやってもいい」

 

「え、ホントですか」

 

 やりぃ。向こうが譲歩してくれて助かった。

 そう思っていたが、現実はそこまで甘くないようだ。

 

「本当だ。ただし、こちらの設けるルールに従って貰うがな」

 

「……そのルールを聞かせてもらっても?」

 

「もちろん構わない。だが少し時間をくれ。このルールには部員全員が関わることになる。俺の一存だけで決めることは出来ないからな」

 

 どうやら他の部員も参加させるルールを考えているようだ。

 

「わかりました。ルールが決まったら声をかけてください」

 

「わかった」

 

 そう言って本堂先輩は集まるように指示を飛ばす。

 それに迅速に応える部員たちの姿を見ていると、団結力の高さが伺える。さすがは運動部というところだろうか。

 先輩たちが話し合っている間の暇な時間。俺は特にすることもなかったので、明日の行動方針について考えていた。

 自己紹介の時に体を動かすことが好きだとか、運動が得意だとか言っていた生徒が何人かいた。

 明日はその人たちに話しかけてみることにしよう。話が合うかもしれないからな。

 そう方針を固めていると、先輩に声をかけられた。

 

「東城、ルールが決まった。こっちに来てくれ」

 

 そう言われて先輩たちの元へと歩き出す。

 

「……1つ質問してもいいですか?」

 

「なんだ」

 

「なぜ、皆さんが本堂先輩の後ろに並んでいるのでしょうか」

 

 そう、俺と向かい合って話している本堂先輩の後ろに、横一列に柔道部の皆さんが並んでいるのだ。

 これではまるで柔道部vs俺みたいじゃないか。それにしても皆さんの圧がすごい、圧が。

 

「これについては気にするな。こんな状況で悪いが、ルールの説明を始めさせてもらう」

 

 いや、気にするなと言われても……。

 

「お前にはこれから俺たちと勝ち抜き戦のようなものをやってもらう。始めにこの部の中で1番弱い者から戦ってもらい、勝てば次に強いやつと戦える。もちろん負ければそこで終了だ。そして、試合ごとにお前は所持ポイントの範囲内で好きな額を相手に提示出来る。その試合に勝てば試合の終了時に提示したポイントを相手から奪うことが出来る。勝ち続ければお前はどんどんポイントを稼げるということだ」

 

 マジで柔道部vs俺という構図だった。しかしこのルール、少し話がうますぎる気がする。

 負ければ即終了のようだが、これでは俺にデメリットがまるで無い。1万でいい代わりにルールを設けるという話だったはずなのにだ。

 

「1ついいですか?」

 

「なんだ」

 

「この賭け試合、俺は試合ごとに『賭け試合をする権利』を買わなければいけないんでしょうか」

 

「いや、その必要はない。この勝ち抜き戦に参加を表明した時点で1万ポイントを貰い、それで終わりだ」

 

 試合ごとに参加費用が必要という訳でもないようだ。

 

「説明を再開するぞ。試合の始まりにこちらも好きな額のポイントを提示する。ただし、この時提示するポイントはお前と違って上限がない。そして、この時こちらが提示したポイントは、勝った時のみ作用し、その額をお前から奪うことが出来る。どれだけ大きな額を提示しようとも、こちらが負けた際には、その時お前が提示していたポイントをお前に払うだけで済む、ということになる」

 

 向こうが提示するポイントは勝てば作用し、負ければ作用しないということのようだ。加えて提示出来るポイントに上限がない。

 つまり、俺はある程度勝ち続けても1度負けてしまえば有り金の全てを持っていかれるということか。

 これを回避するには全ての試合で勝つしかないが、それがなかなか難しい。柔道部員は20人はいる。体力は試合ごとに削られる上に、勝っても更に強いやつが相手。勝ち続けるにつれてどんどん勝てる可能性が低くなっていく。

 とんでもないペナルティを付けてくれたもんだ。

 

「では、そちらの提示するポイントが俺のポイントを超過していた場合、全ての所持ポイントが奪われるのは当たり前として、払えなかった分は負債として残るのでしょうか」

 

「いや、我々も鬼ではない。払えなかった分を負債として要求するつもりは無い」

 

 いや、ここまでのペナルティを俺に与える時点で鬼じゃないか? と思ったが口には出さない。

 そして、そんな鬼の言葉はこう続いた。

 

「そう、払えなかった分を負債として要求するつもりは無い。だが、その場合はお前が提示した額が負債となる。試合ごとに得たポイントを合わせて全額提示してもいいが、負けた時はそれが自身に跳ね返ってくる。よく考えてポイントを提示することだ」

 

 なんということだ。負債がないと油断したところにこのカウンターとは。

 いや、そうでもしなければ俺の提示するポイントも勝てば作用し負ければ作用しないことになってしまうか。

 

「俺が提示する額が先輩たちの持つポイントを超過し、勝った場合は先輩たちにも負債が付くのでしょうか」

 

「いや、その場合は所持ポイントを全てお前に振り込むが、負債は発生しない。まあそもそも、お前がそこまでポイントを増やせればの話だが」

 

「もう1つ聞きますが、これは柔道部の皆さんの総意なんでしょうか。負けた人にはメリットがないように思えますが」

 

「その点は問題ない。お前に勝って得たポイントは勝ったやつが総取りできる。つまり……」

 

そこで言葉を区切り、後ろの部員たちを一瞥してから言葉を発する。

 

「他クラスの保有するプライベートポイントをお前を経由して奪うことが出来るからだ」

 

 その瞬間、後ろで静かにしていた部員たちが一斉に騒ぎ出す。

 なるほど。自分が負けても同じクラスのやつが後ろに控えていると考えれば、自分のポイントも回収して貰えると考える。だから下位の部員も否定の意見を出さなかったのか。

 それにしてもここまで騒ぎ立てるということは、クラス戦においてプライベートポイントは相当重要な役割を持つみたいだ。

 そんな時、1人の部員が本堂先輩に声をかける

 

「主将、プライベートポイントとか安易に言ってもいいんですか? それにこの騒ぎです。なにか怪しまれているかも……」

 

 確かにそうだ。プライベートポイントなんて先生に説明されてなかったし、他クラスのポイントが奪えるという言葉でここまで湧き上がるのもおかしい。

 なにも知らない生徒なら明らかに怪しむはずだ。

 しかしそれを俺の目の前で普通言うか?

 確かに周りは騒がしく、本人は小声で話しているから聞こえないと思っているんだろうが……。俺は耳がいいからな。これくらいなら聞こえてしまう。

 

「たったこれだけの単語と状況でわかるやつなどそうそういない。それに口止め料でも支払っておけば問題ないだろう」

 

 そう主将は喋っていたので、会話に割り込ませて貰うことにした。

 

「口止め料なんて必要ありませんよ。そもそも俺はこの学校の仕組みについての情報を買っています。なので隠す必要なんてないですよ」

 

 いきなり会話に割って入った俺に驚いたのか、それとも喋った内容に驚いたのかはわからないが、2人は少なからず驚いているようだった。

 しかし今はそんなことよりも賭け試合の方が重要だ。

 

「そんなことよりも、話を進めてもらいたいんですが」

 

 俺がそう言うと、主将は我に返ったのか騒いでいる生徒を鎮めた。

 

「すまない。話を元に戻すが、ルールは以上だ。この賭け試合を受けるかどうかはお前が決めることだ。強制はしない。降りるチャンスは今しかないぞ。降りても誰も文句は言わない」

 

 やめた方がいいと、暗にそう言ってくる主将。

 こんなルールを決めながらも、最後はこうして降りさせる気でいたようだ。根はいい人なんだろうな。

 そんな主将の心遣いをありがたく受け取りながらも、俺の取る行動は最初から決まっていた。

 

 最初から有り金を全て賭けて、全ての試合で勝つ。

 

 このルール、負ければ多大なペナルティが発生することは疑いようがない。

 しかしそれはあくまでも『負ければ』の話。

 勝てば問題ないどころか、多大なポイントを手に入れることが出来る。

 そもそも、賭け試合を受けて貰えなかった場合にこのルールと似たようなことを提案し、受けて貰えるようにしようとしていた。

 今回は、たまたま本堂先輩が先に同じようなことを提案してくれただけ。

 負けるつもりなど、最初からありはしない。

 

「この試合、公平な審判を保証して貰えるなら、受けたいと思います」

 

 そう告げると、周りの部員たちも驚愕の表情を浮かべる。

 誰もこんなルールを受けるとは思っていなかったんだろう。

 

「公平な審判については保証する」

 

 その言葉を聞いた俺は、携帯端末を突き出しながら言葉を発した。

 

「このルール説明が始まってからここまでの会話を、全て録音させて貰ってました。そちらに都合のいいルールに途中でねじ曲げたり、不正な審判だけはしないようにお願いします」

 

「わかっている。それでは、この賭け試合、受けるということでいいんだな?」

 

「もちろん、受けさせて貰います。」

 

 こうして、柔道部vs俺の賭け試合が始まった。

 1万ポイントを払い終わった俺は、柔道着を借りて、最初の対戦相手と対峙していた。

 提示する額はもちろん今出せる限界の額。相手の提示する額は1000万の大台を突破していた。

 いや、どんだけだよ。そんなに持ってねーよ。

 

「うちの部の中で最弱と言っても、一般の規格で見たらそれなりに強い。お前がどれだけの自信を持ってこの賭け試合に臨んだのかはわからないが、油断をしていると痛い目を見るぞ」

 

 試合直前、本堂先輩からそう声をかけられる。提示されたルールは鬼のようだったが、こうして心配してくれるのは素直に嬉しい。

 

「ご忠告ありがとうございます。ですが、俺は油断なんてしませんよ」

 

 そう言葉を返した。

 そして始まる賭け試合。

 と言っても、特に危ないことも無く最初の相手を倒し、金額が振り込まれる。

 このまま順調に勝ち進めれば、俺は倍々に提示する額を増やすことが出来るだろう。

 そう思っていると、次の対戦相手に話しかけられる。

 

「なあ、お前。柔道経験者か?」

 

 そんなことを聞かれるが、誰もが義務教育でやったことがあるんじゃないだろうか。

 

「やったことはありますよ。義務教育で受けただけですけど」

 

「……そうか」

 

 戦ってみるとわかるが、確かにさっきの人よりも少し強い気がする。

 とはいえ、負けるほどでも無いので、勝ちを拾いにいく。

 そうやって順調に勝ちを重ね続けた。が、ポイントはそこまで順調には伸びなかった。

 というのも、最初から全額を賭け続けたせいか、4人目辺りから既に払いきれない生徒が出始めたのだ。

 そうすると倍々ゲームとはいかなくなる。

 まあそれもそうか。先輩だって無限にポイントを持っている訳では無い。

 持っていて20万、多くても50万あればいい方だろう。

 そんなに貯めていたポイントを俺に持っていかれた部員たちは、後続の同じクラスの人間が勝つことを祈っていた。

 しかしそんな部員たちの祈りは届くことなく、俺はついに最後の部員と相対していた。

 その部員とは言うまでもなく本堂先輩だ。

 柔道部で1番強いと言うだけあって凄まじい体格だ。俺も身長は180cmくらいあり、高校1年生の中ではデカい方だと思うが、本堂先輩は格が違う。

 縦は190cmを超えているだろう。幅も凄まじく、俺なんぞひねり潰されそうだ。

 

「東城、お前が本当にここまで来るとは正直思っていなかった。見くびっていたことを謝罪しよう」

 

 試合の前にそう告げて頭を下げる本堂先輩。

 

「しかし、そんなお前の快進撃もここまでだ。今まで20人もの人間を相手にしてきて消耗していないはずがない。万全ではない状態のお前を倒すのは忍びないが、全力で潰させてもらう」

 

「俺の体力の心配などしないでください。それに先輩が思う程、俺は消耗してないかもしれませんよ……?」

 

 それを聞いた先輩はフッと笑い、こう口にした。

 

「どうやらまだまだ余裕そうだな。ではお言葉に甘えて、全力で行かせてもらうとしよう」

 

 その言葉を最後に、お互い言葉を発することはなかった。試合開始の合図を静かに待つ。

 そしてその瞬間がやってきた。

 

「始め!」

 

 審判役の生徒がそう叫んだ途端、先輩は俺の道着に右腕を伸ばしてくる。

 しかし俺は体格差を活かし、先輩の右手を掴みながら反転して先輩の懐に潜り込む。

 今までの試合で俺はこんなことをしなかった。先輩の不意を突いた一撃。

 この体勢から繰り出す技はただ1つ。一本背負いを決める。

 先輩はその体格からかなり重い。が、持ち上げられない程でもない。

 力を込めて先輩を投げ飛ばす。

 

「……一本」

 

 そう弱々しく告げる審判の声が俺の耳に届く。

 周りを見てみれば、他の部員も皆呆然としていた。

 そんな中、俺は畳に寝たままの先輩に手を差し出す。

 

「戦っていただき、ありがとうございました。この賭け試合、なかなかハードでしたが楽しめました」

 

 俺の手を握り返し、先輩は立ち上がる。

 

「それは皮肉か? まったく、本当にこのルールの中で勝ち残ってみせるとはな」

 

 そう言って清々しい笑顔を向けてくる。他の部員たちも皆似たような表情をしてこちらを見ている。

 あれ? 俺今ものすごく青春というものをしている気がする。

 

「なぜ皆さんは俺に恨み言を言わないんでしょうか。ポイントをほぼ全て奪ってしまったというのに」

 

「このルールを決めたのは俺たちだ。そしてお前はそのルールの中で正々堂々と戦い、勝ち残った。そんなお前のことを皆が認めてくれたということだ。それに、皆ほとんどのポイントをお前に持っていかれたしな。他クラスとの差は開きも縮みもしないだろうから、安心しているのさ」

 

「へぇ……。これが青春というやつなんでしょうか」

 

 ふとこぼれるそんな言葉。

 

「ああ。この出来事は間違いなくお前の青春の1ページを飾ったはずだ」

 

 そうか、これが青春というやつか。憧れていたものを今、俺は体験しているのだ。

 

「これからも俺は、青春を謳歌することができるんでしょうか」

 

「それはお前次第だ、としか言えないな」

 

 それもそうか。これから青春を謳歌出来るかどうかは全て自分にかかっている。

 

「今日は本当にありがとうございました。今日という日を、俺は一生忘れることはないでしょう」

 

「大袈裟なやつだな」

 

 本堂先輩がそう言って笑うと、他の部員たちも同じように笑う。

 

「ところで東城。お前……柔道部に入るつもりは無いか?」

 

 突然そうスカウトされる。

 

「せっかくのお誘いありがたいんですが、今はどの部活にも入るつもりはありません」

 

「そうか、まあ気が向いたらいつでも来てくれ。歓迎する」

 

 そう言ってくれる先輩に感謝しつつも、帰る旨を伝える。

 

「またお前と勝負がしたい。今度はポイントを賭けずにな」

 

 帰る前に、そんなことを口々に言われた。

 このまま寮に行くのもいいが、最後に1つやることが出来た。

 俺はその場所へと足を向ける。

 今回の賭けで得たポイントは400万。1人あたり20万程貰っていることになる。

 こんなポイントを持っていることを誰かに知られることは出来れば避けたい。

 柔道部の人達には他言無用をお願いしたが、ふとした拍子に誰かに知られることがあるかもしれない。

 そんな訳でやって来たのは職員室。

 星之宮先生を廊下へと連れ出し、話を切り出す。職員室は人が多いからな。

 

「突然連れ出してすみません」

 

「全然いいよ〜。でも、わざわざ私を連れ出してまでする話ってなにかな?」

 

「1つ売って欲しい物があるんですが、毎月ポイントが振り込まれる口座とは別の口座を売ってもらうことは可能ですか?」

 

 その言葉を聞くや否や、雰囲気がふわふわしたものから一気に変わって鋭くなる。

 

「なんでそんなものを売ってもらえると思ったの?」

 

「自分で言ってたじゃないですか。『この学校ではポイントで買えない物はない』みたいなことを」

 

「じゃあ、なんでそんなものが欲しいのか、理由を教えてくれる?」

 

 本当のことを言うべきか、言わないべきか。

 いや、隠したところで相手は教師。ポイントの流れなんぞ調べようと思えばいくらでも調べられる。隠すだけ無駄だろう。

 俺は自分の携帯端末を先生に見せる。

 

「今日これだけのポイントを得ることが出来ました。俺はこのポイントをもしもの時の為の保険として隠しておきたいんです。もちろん、誰かに知られれば面倒なことになりそうだという理由もありますが」

 

 そのポイントの額を見て先生は目を見開く。

 

「このことは他言無用でお願いします。もちろん、Bクラスの生徒にもですが」

 

「……わかった。このことは誰にも言わないよ。口座を買いたいって言ったね。10万ポイント必要だよ」

 

 そう言われたので、大人しく10万ポイント支払う。

 

「ちょっと端末と学生証を借りてもいいかな。明日の朝には返すからさ」

 

 今すぐには無理なのだろう。了承し、帰宅しようとしたところで先生から声をかけられる。

 

「ちょっと待ってくれない? 君はこの学校の仕組みをどこまで知っているの?」

 

 ちょっととぼけてみるか。

 

「仕組みとはなんのことでしょうか」

 

「とぼけるつもりなんだね。まあいいや。今は詮索するのをやめてあげるよ」

 

 今はってことはいつかなにか詮索されるのだろうか。願わくばそんな日は来ないで欲しいものだ。

 

「もういいでしょうか」

 

「うん、いいよ〜。じゃあ、また明日ね」

 

 おお、さっきの鋭い雰囲気が霧散してふわふわしたものに戻った。

 女って凄いな。いや、星之宮先生が特別なのか?

 

「さようなら」

 

 そう一言だけ告げてから寮に向かう。

 ってあれ? 俺学生証持ってないからなにも買えなくないか?

 なんてこった。順番を間違えてしまった。

 無料の商品さえも学生証がなければ買えないかもしれない。

 柔道部の人達に頼ってもいいが、あの人たちのプライベートポイントは俺が奪ってしまった。どの面下げてそんなことを頼めるのだろうか。

 お前さっき俺たちからプライベートポイント奪って行ったじゃねえかと一蹴されて終わる未来が簡単に見える。

 一之瀬は友達だが、女の子に頼りたくはないし、何よりも友達だからといって何でもかんでも頼るのは違うだろう。

 というか俺、一之瀬の連絡先も知らないし。明日頑張って聞いてみよう。

 よって俺に取れる選択肢はただ1つ。

 コンビニやショッピングモールにも存在するであろう無料商品が学生証無しでも買えることを祈るのみ。

 先にショッピングモールを周り、次にコンビニに行く。

 結果から言えば、無料の商品を買うことが出来た。

 学生証が今手元にないことをレジの人に伝え、無料商品に限り特別にオーケーが出たのだ。

 もちろん次は絶対にダメだと釘を刺されてしまったが。

 生活する為に必要最低限の物は揃えることが出来たので、俺は今度こそ寮に向かった。今日は晩飯抜きだが、一食抜くくらいどうってことない。

 日はもう落ちている。俺は1階フロントの管理人から208と書かれたカードキーと、寮のルールが書かれたマニュアルを受け取る。

 マニュアルには生活の基礎的な事柄が描き連ねられていた。それを流し読みしながら、俺は自分の部屋へとたどり着いた。

 八畳程のワンルームだ。人1人生活するには十分だろう。

 俺は今、生活に必要最低限のものしか持っていない。なんの娯楽も無いので、パパッと風呂に入って寝ることにした。

 ベッドに入って、今日起きたことを思い返してみる。

 黒髪美少女から毒舌を浴びせられ、天真爛漫な女の子と人生初の友達になり、柔道部の皆と勝ち抜き戦を行った。

 なんて濃い1日なんだろうか。そして、なんて充実した生活だろうか。

 これが青春。俺が欲してやまなかったもの。

 これからの日々が楽しみで仕方がない。

 俺はそう思いながら、静かに眠りに着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。日も昇り始めていないような早朝に、俺は寮の外でストレッチをしていた。

 筋力や体力は使わなければ衰えてしまう。なので俺は走り込みをすることにしたのだ。

 この早朝の冷えた空気は気持ちいいなぁ。そう感じながらストレッチをしていると、不意に誰かの声が聞こえてきた。

 

「おや、私以外にこんな時間帯から外にいる人間がいようとはねえ。これは少し予想していなかった展開だ」

 

 それはこちらも同じ気持ちなんだがな。

 そう心の中で返して声のする方向へ振り返ると、まず目に飛び込んで来たのは足だった。

 ……事態が呑み込めない。それでも足が生えている方向──つまり下へと視線を向けると、ようやく事の全貌を理解することが出来た。

 要するにこんな朝っぱらから逆立ちでこちらに向かってくる生徒がいたのだ。

 なんだコイツ。

「……なんだコイツ……」

 

 俺の口から自然と言葉が漏れ出ていた……。

 




柔道の先輩と戦う場面、柔道のことをよく分かってないので完全な妄想です。現実とはかなり違っていると思いますが、大目に見てください。
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