「それで東城くん、学校のルールって言うのは……」
「ああ……明日になったら公表されると思うんだが、それでも聞きたいか?」
正直、このことに関して話すのはあまり乗り気ではない。
「それでも、今聞かせて欲しい」
本人が望むのなら、教えないわけにもいかないだろう。言い出したのは俺だしな。
それから俺は、クラスポイントのこと、それによるクラスの変動、Aクラスのみに与えられた恩恵、そのすべてを話した。
「そんなルールが……でもどうしてそんなことを知ってるの?」
「先輩から情報を買ったんだ」
「情報を買う?」
訝しげに聞いてくる一之瀬。
「一番最初に先生が言ってただろ。『ポイントで買えないものはない』って。言葉の通り、この学校のポイントは万能だった。それこそ、情報を買うことから、退学を取り消すこと、Aクラスへ上がる権利だって買える」
一之瀬の表情が驚愕に染まる。
「……そのことにいつから気づいてたの?」
「気づいたのは入学初日だ」
「どうしてその時教えてくれなかったの?」
俺が教えていたらAクラスに上がれる可能性もあった。なのになぜ話さなかったのか、疑問に思うのも当然か。
「目立ちたくなかったから。それが理由じゃダメか?」
「……それは嘘だよね? 本当に目立ちたくないなら、私に監視カメラのことを教えて、気づかせるように仕向けることなんてしない。それに、こんなことをわざわざする必要もないよね」
自分の考えを語る一之瀬は、既にそうであることを確信しているようだった。
そこまでわかっているのなら、もう誤魔化しても無駄か。
「俺が答えを教えることは簡単だ。もしかしたら、Aクラスへ上がることだってできたかもしれないな。けど、それじゃあ皆のためにならないだろ? 最初から答えを与えれば、考えることをやめてしまうからな。だから、クラスの中心人物であるお前に監視カメラのことを教えて、皆で考えるように誘導したんだ」
正直、誘導と呼べるレベルのことはしていないが。
「皆が考えるために、ね……。じゃあ、これからは協力してくれるのかな?」
一之瀬はそう心配そうに聞いてくる。だが、その心配は無用だ。
「そう心配しなくても、ちゃんと協力するさ。俺もBクラスの一員だからな」
「よかった。協力してもらえないと思ってたから……」
そう言って一之瀬は安堵の息を漏らす。
まあ、別にクラスに協力するのが嫌なわけでもないしな。クラスメイト一人分の働きをすることくらいは当然のことだ。
そう思っていると、一之瀬は次の質問を投げかけてくる。
「東城くんはさ、もし私が昔のことを話さなかったらどうするつもりだったの?」
何も考えてない、と言っても信じてはもらえないだろうな。
「悪いが、それを教えることはできない」
「てことは、他に策は考えていたってことだよね?」
「まあな。これだけ大きく動いたんだ、失敗したときのことくらいは考えてる」
「……その話が本当ならもう一つ聞かせて」
「なんだ?」
「東城くんにとってこれはリスキーなものだったんだよね? なのにその動機が好奇心だけだったなんて思えない。本当の理由を教えて」
なるほどな、さっきの質問はこのことを聞き出すための布石だったということか。
とはいえ、今真実を教えてやる必要もない。
「本当の理由……ね。まあ、近いうちにわかるさ」
そう答えるも、一之瀬は全く納得していないようだった。
しかしこれでいいのだ。教える必要もないし、おそらくは言葉の通り近いうちに自分で気づくだろうから。
****
さて、話し始めてから二時間もたったことだし、外も暗くなってきている。そろそろ帰らせるべきだろう。
一之瀬ももう聞きたいことなんてないだろうしな。
「そろそろいい時間だ、この辺でお開きにしようか」
「あ、もうこんな時間か……。ちょっと居座りすぎちゃったかな?」
「いや、そんなことはない。元々呼んだのは俺だしな」
少しの沈黙。そして、
「今日はありがとね」
唐突にそんなことを言ってくる一之瀬。
「礼なんてやめてくれ。感謝されるようなことなんてしてない」
「ううん、東城くんのおかげで私は自分の過去と向き合うことが出来たから」
確かに経緯はあれだったけどね、と苦笑いする一之瀬。
……どうにも調子が狂うな。普通は恨み言の一つでも言ってきてもいいと思うんだが。
「別に俺が何かしなくてもお前は自分の過去と向き合えていたさ」
この学校にいるのならなおさらその機会もあっただろう。
そしてそれは……必ずしもいいものではなかったはずだ。だからこそ、先手を打つ必要があった。
「そうかな」
「そうだ」
不思議そうにする一之瀬に対し、俺は自信を持ってそう答えた。そうでなければ、こんなことをする必要などないのだから。
「じゃあまた明日、学校でね」
「ああ、またな」
別れの挨拶を済ませ、去っていく彼女の後姿を見送る。
一之瀬は先ほど強がっていたが、明らかに無理をしていた。しかしそれも当たり前のことだ。
自らの過去、それも人には知られたくないものを無遠慮に引きずり出されれ、そこへ追い打ちをかけるようにクラス間での戦いが始まると聞かされた。これで平常心を保っていられる人間のほうが異常だと言えるだろう。ましてや、彼女は常人以上に争いを好まない。明日からそれが強制されるとなると、相当な負担になっているに違いない。
そして、その原因を作ったのは俺だ。一之瀬の過去を踏み荒らした分の責任は取らねばならないだろう。
ただ、それは今ではない。まずは時間が必要だ。奔流する感情と情報を整理する時間が。
そして、そこから先は俺の仕事になるだろう。
****
一之瀬との問答があった翌日、まだ太陽も上り始めていないような時間に、俺は学校へと向かっていた。というのも、夜遅くにある人物から呼び出しのメールがあったからだ。
なんでこんな時間から学校に向かわないといけないんだ。呼び出してきた人物に悪態を吐きつつ、指定の場所に歩を進めることしばし。目的の場所までたどり着くと、その人は既にそこで待っていた。
「おはようございます。星之宮先生」
「おはよう東城くん、ちゃんと来てくれたんだね」
そう、呼び出してきたのはBクラスの担任である星之宮先生だった。
「わざわざこんな時間に呼び出すほどの話があるみたいですからね。来ないわけにはいきませんよ」
皮肉を込めてそう言ってみたが、相手はまるで意に介していないようだった。
「早速で悪いんですが、要件を教えてもらっても?」
話を切り出すと、星之宮先生の軽い雰囲気が霧散して緊張感のあるものへと切り替わった。
「その前に一つ確認させてほしいんだけど、君はあの日既に学校のルールを知っていたよね?」
俺としては早く本題に移って欲しいが、まあそれくらいなら答えてもいいか。
あの日、というのは入学初日のことを言っているのだろう。確かあの時にも同じことを聞かれた気がする。
「ええ、もちろん知っていましたよ」
「……ずいぶんあっさり認めるんだね。あの時は知らないって言ってたくせにさ」
簡単に認めたことが意外だったのだろう。訝しむようにそう言ってくる。
「先生が自分からそのことについて話したということは、今日それが公表されるんでしょう? なら、もう隠す必要はなくなったと思いましてね」
どうやら情報は正しかったようだ。
今日から一年全員がルールを知ることになる。これ以上隠す必要はない。
「学校のルールを知ってるなら話は早いね」
「というと?」
「君は分かってるでしょう? これから先、クラスの戦略を考える司令塔が必要になるってことに」
その通りだ。いくら優秀な駒が居ようとも、指揮する人間がいないことには戦いは始まらない。
「まさかとは思いますが、それをやらせるつもりですか?」
「そのまさかだと言ったら?」
「……現実的ではありませんね」
「どうして? 君以上の適役なんていないと思うけど」
「確かにそうかもしれません。しかし重要なことを見落としてはいませんか?」
「重要なこと?」
「俺の実力を知ってるのがあなたしかいない、ということです。知っての通り、俺は目立たずに過ごしてきました。そんな奴がこれからクラスを率いるなんて……できるはずありませんよ」
何も功績を出してない人間が人の上に立てるわけもない。当たり前の話だ。
「確かに君の言う通りかもね。でも、裏を返せば皆が君の実力を知ってればできるわけだ」
「……無駄でしょうね。いつもの悪ふざけだと思われて終わりでしょう」
「普段の私ならそうかもね。けど、それを証明するものがあったらどうかな?」
そんなことはできない……と、そう一蹴したい所ではあるが、この人にはそれができる。だからこそ先の言葉でけん制したかったが、無駄だったようだ。
「なるほど……あなたがそうまでして勝ちたいということがよくわかりました」
「わかってくれたのなら──」
「なので、その事実が表に出た場合、自主退学をさせていただきます」
瞬間、先生の時が止まった。
「……冗談でしょ?」
やっとのことで絞り出したその言葉は、いつものはきはきとしたものではない
本人は隠そうとしているが、困惑しているのがまるわかりだ。
「冗談だと思いますか?」
肩をすくめて返答し、さらに言葉を重ねる。
「俺はね、普通の学生生活を送りたくてこの学校に入ったんですよ」
「普通の生活? この学校が普通じゃないことなんてわかりきってたことでしょう?」
もちろん、その程度のことがわからなかった訳がない。あまりに生徒に都合がよすぎる話だ。裏があるだろうということは確信していた。
「それはもちろん。しかしそうも言ってられない事情がありましてね」
「事情って?」
「そうですね、金銭的なもの……とでも言いましょうか」
「ならなおさらこの学校から出ていくことなんてできないんじゃない?」
確かに、この学校に在籍している限りは生活が保障される。金に余裕がないのにここを離れるなんてことは傍から見れば自殺行為だろう。しかし……。
「あなたはそれができると思っているからこそ、必死になって俺を引き留めようとしている。違いますか?」
俺にはそれができる。先生はそう考えるはずだ。実際、そのように考えているだろう。
俺がそう告げると先生はしばらく沈黙していたが、やがて観念したように口を開いた。
「はあ……その通りだよ。残念だけど私には君の言葉の真偽がわからないからね、だから……」
「だから?」
「だから今回は私の負け。強引に君を表に出してほんとに退学されちゃったら目も当てられないし」
この交渉は、最初から交渉にすらなっていなかった。俺が自らの退学を盾にした時点で決着がついている。
俺は駒としても十分に使える。その有用性はこれまで何度も見せていた。自分から切って捨てることはできなかったのだろう。
「けど……そう。君はなんでそこまで自分を貫こうとするの? 私の言うこと……いや、他人の意見に身を任せた方が楽なんじゃない? 特に君の性格ならさ」
「ふむ……そうですね。他人の期待に応えて生きるということは、確かに楽ではあるんでしょう。それに一時的に心を満たしてくれる。自分は誰かのためになっているんだ、とね。ただ、そこに自分の意思、つまり自由はない」
忘れた……いや、忘れようとしていた苦い記憶がよみがえってくる。もう二度と同じ過ちはしない。
「たとえ誰にどう思われようと、自分の意思でやりたいように生きる。そう決めたんです」
「そっか。そこまで言うなんて、相当苦い思い出があるみたいだね?」
「邪推はやめていただきましょうか。……これは経験なんかじゃなく、アドラーの教えですよ。興味があれば調べてみることをお勧めします」
さて、そろそろこの話し合いも潮時だ。
「はあ……。逃げ道は完全にふさいだと思ったんだけどな~」
心底落胆したとでも言うようなしぐさを見せる星之宮先生。
「まあ、逃げ道なら他にも何通りか用意してましたが」
「へえ、ちなみにどれくらい?」
「二十通りくらいですかね」
「えっ……、そんなに?」
「……なんてね、ただの冗談です。まあ、この程度のことも見破れないようでは俺を操ろうなんて到底無理ですが」
俺を操ろうというのなら最低でもこれくらいのことは見抜いてもらわないと困る。
「……君のその、どこまで本気かわからないところ。怖いな~」
「それはお互い様でしょう」
肩をすくめてそう答える。実際、目の前の人物は本気でこの話を持ち掛けたのではないのだろう。おそらくは、俺がどのように答えるか、断るとすればどういう手段を使うのか、それを確認するためのものだったはずだ。
さて、星之宮先生の思惑は置いておいて、そろそろお暇させてもらうとしよう。もうこの場で話すことは何もないしな。
「用事が終わったのなら、俺はこの辺で。また学校でお会いしましょう」
「うん、じゃあまたあとで」
それだけ言って、星之宮先生は踵を返して歩き出そうとする。と、一つだけ言い忘れていたことを思い出した。
「ああ、そうそう。一つ言い忘れていたんですが」
「なにかな?」
先生の足が止まり、顔だけでこちらを振り返ってくる。
「いえ、大したことではないんですが……。先生が心配するほど、うちのクラスは弱くない」
「へえ……。なら、期待してもいいんだよね?」
試すような口調に、俺は肩をすくめるだけにとどめておいた。
Bクラスは決して弱いわけではない。彼らならきっとそれを証明してくれるだろう。
その未来を想像しながら帰路へと就くのだった。
一年以上も開けてしまったので、話の流れとか忘れてたんですが、何とか形にはできたかなと思います。温かい目で見ていただけると幸いです。
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