Bクラスで過ごす男の話   作:冬獅郎

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9話

 星之宮先生との交渉を終えた後、いつも通りに運動をして学校へ行く準備を始める。

 さて、今日からクラス間の戦いが始まるわけだが……どうなることやら。らしくないとは思うが、楽しみにせずにはいられなかった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 教室へ入ると、皆いつも通りに雑談に興じていた。……いや、いつも通りと表現するのは少し無理があるか。

 普段は様々な話が飛び交う教室だが、今日はポイントのことで持ち切りだった。

 俺の端末にも既にポイントが振り込まれている。朝見たところよると、その額は71000と予想よりも高額だった。最悪0ポイントの可能性もあったからな、嬉しい誤算だ。

 話題になっているのは、支給されたポイントが全く同じという部分のようだ。Bクラスの人間全員が同じ額を支給されているというのはあまりにも不自然であり、何も知らなければ疑問に抱くのも当然だろう。

 

「おはよう東城君」

 

 周りの様子を観察していると、不意に声がかかる。

 

「ああ、おはよう一之瀬。調子はどうだ?」

 

 声の主は、クラスの中心人物である一之瀬帆波だった。最初にできた友達であり、普段から一人の俺に声をかけてくれる聖人でもある。

 

「一応、心の整理はついたつもり。これからの覚悟もね」

 

 ふむ……心の整理はついたと言っているし、実際に強がっているようにも見えない。この言葉にきっと嘘はないのだろう。だからこそ、覚悟という単語に不安を覚えた。

 

「……ま、無理だけはしないようにな。今からそんな調子だとしんどいぞ」

 

 無理はするなと言いつつ、それをさせているのが自分というのはなんとも皮肉だと思うが。

 

「一之瀬さ~ん」

 

 一之瀬は口を開きかけ、しかし別の声によって中断される。

 声のした方を見ると、離れたところから白波が手招きしていた。一之瀬が登校してきたことに気づいたのだろう。

 

「呼ばれてるぞ」

「うん、じゃあまた後でね」

 

 一之瀬の背中を見送りながら、人気者は大変だなと他人事のように考える。

 ああやって人に頼られ、輪の中に入っていくというのは羨ましく思う。同時に、自分にはできないだろうとも。

 この一か月で、入学当初の目標だった友達を作る、というのは残念ながらあまり達成できていないわけだが……。最近はそれも悪くないなと感じ始めている。交友関係が広いというのに憧れはあったが、どうやらいいことだけではなさそうだ。

 

 

 

 

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 さて、始業を告げるチャイムが鳴ってから少々。教室の扉ががらりと開き、我がクラスの担任がポスターの筒を持ってやってきた。

 

「皆おはよー、遅れてごめんね」

「眠そうですね、昨夜は飲み過ぎたとか?」

「いや、お酒は飲んでないんだけど……ちょっと早起きしちゃって。慣れないことはするもんじゃないね」

 

 早起き、とは今朝のやり取りのことだろう。当てつけのように口に出しているのを見ると、割と根に持っているのかもしれない。誘ってきたのは向こうだけど。

 

「ま、それは置いといて……。今後の流れについて詳しく説明するので、聞き逃さないようにしてね」

 

 黒板に筒から取り出された一枚の紙が張り出され、皆は緊張した面持ちでそれを見つめる。

 そこにはクラスメイト全員の名前がずらりと並んでおり、個人個人が何点であったかが書いてあった。

 これは先日受けた小テストの結果か。どうやらこの学校では点数を貼り出すらしいが、自分の回答用紙は戻ってこないのか?

 少し疑問に思いつつも、自分の名前を探す。結果は予想通り85点だった。

 あのテストは最後の三問が群を抜いて難しかった。一問5点の問題ならば、この点数は妥当なところだろう。現に他を見てみても、大体の人間が俺と同じ点数だった。もちろん、それよりも高い点数を出している奴もいたが。

 

「意外だな、東城君ならもっと高い点を取ると思ってた」

 

 皆が黒板に釘付けになっている中、隣の一之瀬が話しかけてきた。

 

「そう言われてもな……。これ以上取るのは結構厳しいと思うんだが」

「確かに難しい問題もあったけど、君なら全部解けたんじゃない?」

「……解ける問題を解かない理由があるのか? 評価に関わってるかもしれないのに?」

「それは、そうなんだけど……」

 

 そんなやり取りをしている間にも、黒板の前に立つ先生の動きが止まることはない。先ほどと同じような大きさの紙を筒から取り出して黒板に貼り付けると、こちらを向いて話し始めた。

 

「まずこっちのは何かわかるよね~? そう、この前のテストの点です!」

 

 誰も反応してないのに、自分で答えて一人で盛り上がっていた。相変わらずテンションの高い人だ。

 

「う~ん、皆優秀で先生嬉しい! これなら退学者も出なくて済みそうだね」

「た、退学者?」

 

 何気なくこぼれた退学者という単語に、幾人かの生徒が反応して戸惑いの言葉を漏らす。

 

「あれ、言ってなかったっけ? この学校はテストで赤点を取ったら退学だってこと」

「聞いてませんよそんなこと!」

 

 一人の男子が悲鳴を上げた。まあこれが普通の反応だよな。赤点とったら即退学なんて常識じゃありえないわけだし。

 しかし、彼の悲痛な叫びが彼女に届くことはない。

 

「うーんでもそれ、そんなに重要かな? 皆優秀だし、普通にやってれば赤点なんて取らないでしょ?」

「それはそうですけど……。でも、赤点を取ったら退学なんて……」

「けどルールとして決まってることだし。退学が嫌なら、赤点を取らないように努力することだね」

 

 取り付く島もないとはこのことだな。諦めたのか、彼はもう噛みつこうとはしなかった。

 

「先生、赤点のラインはどうやって決まるんですか?」

 

 会話が途切れたタイミングで、一之瀬が質問を飛ばす。

 

「赤点の基準はクラスの平均点割る2だね。今回だったら41点かな」

「ありがとうございます」

「じゃ、話を続けるね。皆多分こっちの紙の方が気になってるだろうし」

 

 先生がさした紙には、Aクラス940、Bクラス710、Cクラス490、Dクラス0という風に数字が羅列されていた。この数字が何であるか、Bクラス710という所から察した人間は少なくないだろう。

 

「この数字は各クラスのポイント……まあ所謂成績だね。これに100をかけたものが君たちの個人個人に支給されるポイント──プライベートポイントにも反映されます」

 

 やはり、というべきか。事前にポイントの変動を予想していただけあって、皆の動揺は少なかった。

 

「このポイントはどういう基準で決まるんでしょうか?」

 

 またもや一之瀬が質問する。こういうところは今後の課題になるかもしれないな。

 

「生活態度が関わってるってことと……それ以上は言えないかな」

「ありがとうございます」

「意外と冷静だね。普通はもっと取り乱したりすると思うんだけど」

「ポイントの増減に関しては皆で予想してましたからね。クラスごとでの評価という部分は想定外でしたが」

「プライベートポイントの変動を予測できただけでもすごいよ。さすがBクラスに選ばれただけはあるね」

「……Bクラスに選ばれた? どういうことですか?」

「言葉通りの意味だよ。優秀な生徒はAクラスへ、ダメな生徒はDクラスへ。入学時点で、この学校はそうやってクラスを振り分けてるの」

「つまり私たちは、Cクラスよりも優れているけどAクラスには劣っていると」

「まー正直に言うとそうなるね。でも大丈夫! Aクラスに上がるチャンスはまだあるから!」

「Aクラスに上がる?」

「クラスはポイントによって入れ替わるの。だからBクラスのポイントがAクラスを追い抜けば、私たちBクラスは見事Aクラスに昇格できるってことだね。頑張って下克上狙ってこう!」

「下克上って……。Aクラスに昇進出来たらなんか特典とか貰えるんですか?」

「ん~……。特典っていうか、Aクラスに上がらないと就職率・進学率100%の恩恵が受けられないんだよね」

「なっ……!?」

 

 絶句。誰も言葉を発さない。いや、発せないというのが正しいか。

 流石にこの事実をすぐに受け入れるのは難しいだろうな。就職・進学率100%の文言に惹かれて入った人も多いだろうし。

 

「そ、そんなこと──」

「聞いてないって?」

 

 先ほどよりも抑揚の少ない声が遮った。普段の先生とのギャップに驚いたのか、自然と皆押し黙ってしまう。

 

「悪いけど、聞いてるか聞いてないかなんてのは関係ないの。これは既に決まってるルールで、いくら文句を言ったところで時間を無駄にするだけ。なら一つしかない椅子をどうやって奪うか……それを考えた方が建設的じゃない?」

 

 そうだ。いくら文句を言ったところで学校のルールは覆せない。その中でどうやって生き残っていくのか、それを考えなければ。

 もはや誰からも言葉は出なかった。それがどれだけ無駄な行為か理解したからだろう。

 

「何か質問があれば受け付けるけど……なさそうだね」

 

 問いかけられても反応する人間はいなかった。誰もが自分たちの置かれた状況を把握するので精一杯で、質問どころじゃないんだろうな。

 周りを見渡して質問がないことを確認すると、星之宮先生はピリピリとした雰囲気を霧散させ、いつもの柔らかい笑顔を作った。そして一言。

 

「それじゃあ皆、頑張ってね」

 

 それだけ言って教室から去って行った。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 放課後。一之瀬は何か考え込んでいる様子だし、今日は何も起きそうにない。

 周りは何やら話し合っているようだが、耳を傾ける必要はないだろう。教室にいつまでも残る理由もないので、早々に退散することにした。

 

「まさかクラスにもポイントがあったとはな」

 

 教室から出る直前、背後から聞き覚えのある声がしたので振り返ってみると神崎だった。そういえば、神崎はあの話を聞いている最中も比較的落ち着いていたな。

 

「そうだな。しかもそのポイントに付随してクラスの変動まで起きるとは……」

「クラスが変動するということは……必然的に他の連中と争うことになるんだろうな」

「仕方がないさ。それほどこの学校の特権は魅力的だ。お前だってそうだろ?」

 

 実際、神崎だって例外じゃないはずだ。この学校にいる以上、就職・進学率100%の恩恵に期待してないやつなどいない。戦う理由はそれで十分だ。

 

「それはそうなんだが……。気は進まないな」

「大抵の奴がそうだろ。自分から戦いたがる奴がいたらよっぽどの変人だ」

「その変人も一定数いそうなのが、この学校の怖いとこだがな」

 

 確かに神崎の言う通りかもしれない。実際俺は高円寺という変人と既にエンカウントしている訳だし。

 

「ま、どういう形になるかも分からないんだし、今から気にしすぎるのもよくないと思うぞ」

「そうだな……。今はテストに専念するのが最善か」

「ああ。テストの点はクラスの評価にも関わってるだろうからな」

 

 そこまで話して、携帯端末が震えているのに気づいた。珍しいことにチャットが来たらしい。

 

「彼女か?」

 

 内容を確認していると、神崎が茶々を入れてきた。

 

「茶化すなよ、俺に彼女なんているわけないだろ」

「それもそうか」

「いや、そこはもうちょっと悩んだり否定してくれてもいいんじゃないか……?」

 

 肯定の返事が速すぎて思わずツッコミを入れてしまった。これを聞いて笑っているあたり、今の一連の流れは神崎のボケだったのかもしれない。

 内容を確認し、端末をポケットにしまう。このまま教室に残ると面倒なことになりそうだ。神崎には悪いが、先に帰らせてもらうことにしよう。

 

「じゃあまた明日な」

「ああ」

 

 それだけ交わして、教室から出ていった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 翌日。HRが終わった後、一之瀬がこれからのことを話し合いたいと言うので、放課後にその時間が設けられることになった。

 

「皆時間取っちゃってごめんね、ありがとう。今日はこれから先、Bクラスがどういう戦略をとっていくべきか話し合っていきたいと思います。早速だけど、なにか意見がある人はいるかな?」

 

 

 ──この話し合いで出た主なものは、委員会制度を作る、というものだった。委員会といっても、自分たちで役割を作って分担するという簡易的なものではあるが。

 それ以外は、生活態度を改めるとかテストに備えるとかで、特にこれといったものは出なかった。

 

「じゃあ最後に私からもいいかな?」

 

 どうやら一之瀬にもなにか考えがあるらしい。昨日考え込んでいたのはこれだったのかもしれないな。

 否定の意などもちろん出ないので、そのまま話が続く。

 

「私たち全員のポイントを集めておいて、クラスで必要な時に使えるようにするっていうのはどうかな?」

「いいんじゃないか? 何かしら起きた時にまとまったポイントがあれば解決できることもありそうだし」

 

 皆も次々に肯定の意を示していく。そんな中で、

 

「けど誰にポイントを集めるんだ?」

 

 という疑問の声が上がった。

 

「そりゃあ一之瀬だろ。っていうか、他に適任がいるか?」

 

 柴田が皆に問いかける。まあ一之瀬は提案した張本人だし、自分から『自分でいいか』とは聞きづらいよな。

 反対意見は当然なく、むしろ一之瀬じゃないと嫌だというやつまでいた。

 

「皆ありがとう。じゃあ私がポイントを預かるってことでいいかな?」

 

 

「──待ってくれ。その前に一つ、聞いておきたいことがある」

 

 皆の視線が俺に集まる。普段あまり発言をしない俺が、いきなり話の邪魔をするようなことをしたのだ。注目を浴びるのは当然だし、煩わしいと感じる人もいるだろう。

 ただ、あんまり恨まないでくれよ。俺は台本通りに演じているだけの人形に過ぎないんだからな。

 

「一之瀬、お前は何故Bクラスにいる? その理由を聞かない限り、ポイントを預ける──信用することはできないな」

「いきなり何言ってんだ東城」

 

 柴田が怒ったような口調で噛みついてきた。

 

「いきなり、とは心外だな。お前も考えたことがあるんじゃないのか? Aクラスに配属されてないとおかしいほどの能力を持つ一之瀬が、なんでBクラスにいるのかってな」

「そんなの学校側のミスに決まってるじゃない」

 

 今度は白波が言い返してくる。こいつは結構一之瀬に懐いていたからな。こういう言い方をされれば頭にくるのは当然か。

 とはいえ、この程度は想定の範囲内。

 

「本当にそう思うのか? 生徒にはっきりと優劣をつけるこの学校が、クラスの振り分けを間違えたと?」

「それは……」

 

 言葉に詰まった白波を、強い口調で追い詰める。

 

「すぐに言い返さない。ということは、認めている部分があるってことだ。……ならもうわかっているはずだよな?」

 

 今にも泣きだしそうな白波に、一之瀬が優しく語りかける。

 

「ありがとう千尋ちゃん。でも、東城君の言う通りなんだ。私がこのクラスにいるのは、ちゃんとした理由があるの」

 

 教卓の前で、一之瀬は話し始めた。

 

「皆聞いてほしい。私の過去と、犯した罪について」






お久しぶりです。情景描写が全然できてなので、もっと本を読まないとなあと感じています。感想など頂ければ幸いです。

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