ママのお仕事が忙しくなると、アタシはおじいちゃんの家に預けられるようになった。
ママと会えないのは寂しかった、けど月に数度、お仕事が早く終わった日、ママはアタシを迎えに来てくれる。
その日はいつもの原っぱに連れて行ってくれた。
そこで日が暮れるまで遊んで、お星さまを見た。
寝る前にベッドでママが絵本を読んでくれた。
アタシは翌朝ママと別れるのが嫌で、絵本なんてお構いなしにずっと泣きじゃくっていた。
そんなアタシを見て、宥めるようにママが言った。
”ママのお仕事が忙しいのも明日までだから、それが終わったらお家に帰ろうね”
その日を最後に、ママがアタシを迎えに来ることはなかった。
「アスカ……アスカ………」
「アスカっ!!!」
うるさいわねぇ……ふわあぁ……よく寝た…
「あらヒカリ、昼休みは終わり?」
「あと5分で授業よ!それも移動教室。急ぎましょ?」
この子はヒカリ。ここ第三新東京に引っ越してから二カ月、アタシにとって唯一の友達らしい友達だ。
でもこうして一緒にいてくれる子がいるだけでもありがたいわね。
前の学校では友達を作るのにも随分苦労した、田舎だと外人みたいなナリをしたアタシは珍しかったのかもしれない。
「よし!準備完了!行こ、ヒカリ」
放課後、ファミレスに寄り道したあと、アタシとヒカリは帰路についていた。
「アスカ最近ずっと眠そうにしてるわね、寝不足?」
そりゃあ、あんな事のあとだもの、訓練も大変だから寝なきゃいけないのはわかってるけどね…
「そうかしら?もう少し早く寝たほうがいいかもね」
はぐらかす。
「また今日もバイトなんでしょう?あんまり無理しちゃダメよ」
「わかってるわ、ありがと」
勿論、”バイト”というのは建前だ。守秘義務があるから、ヒカリのためにもエヴァのことを知られるわけにはいかない。できればこの子に嘘はつきたくないんだけどね…
「じゃあアスカ、また明日!」
「うん、また!」
ヒカリとはここで別れて、アタシはネルフへと向かった。
今日の訓練は、エヴァンゲリオンの模擬体を使っての射撃トレーニング。
このメニューがまた厄介で、訓練に入る前に必ずシンクロテストを行う。
傍から見れば、瞑想か何かをしているようにしか見えないけど、
これがかなり神経を使う、一瞬でも気を抜こうものなら数字になって表れる。
その後行う射撃トレーニングは、テストのデータを基にした調整も兼ねていると言うわけだ。
こりゃ全部終わる頃には、真っ暗か…。
もともと訓練は放課後すぐの予定だったが、急遽繰り下げになっていた。
更衣室の長イスに横になる。
訓練が始まるまでは、こうして更衣室にいることが多い。
一応、セキュリティレベルの許す限りであれば館内を自由に歩き回れるんだけど、
ここならアタシ以外誰も使うことはないのだから、人目を気にしなくて済む。
まだ見慣れないのか、物珍しそうに見てくる奴も多いのよね…
携帯の着信音がした。仰向けのままポケットの携帯を取り出す。
両手に打った鎮痛剤のせいで上手くメールを開けない。
えーっと……葛城さんからだ、今から自分の執務室に来てくれないか、という内容だった。
伝達事項に漏れでもあったのかしら?でもそれならメールで伝えれば済むことだし…
まあ、とりあえず行ってみようか。
軽い…フランクな性格の所為で普段はあまり意識しなかったけど、この組織の中じゃ葛城さんはかなりの高官だ。
”作戦部部長 葛城ミサト”そう銘打たれ、本人のためだけに用意された執務室からもそれは見て窺える。
そんな事実に少し緊張しながら、アタシは呼び鈴を鳴らした。
「あの、惣流ですけど」
「アスカちゃんね、ちょっと散らかってるけど、入って」
返事が返ってくると同時にドアのロックが解除された。
「失礼しまー……す」
おぅ………こいつはちょっと予想外だったわ…。
たしかに”ちょっと”散らかってる。
山積みにされた資料とゴミの間から、葛城さんが顔を出す。
「ごめんなさいね、わざわざ呼び出して」
部屋の惨状などは気にも留めていないらしい。
「実は、アスカちゃんが一人暮らし、してるって聞いてさ」
アタシはネルフの社宅で一人暮らしをしている、もっとも、つい最近までそんなこと聞かされていなかったけれど。
「それでさ…いくらなんでも中学生が一人暮らしってのは、あんまりだと思ったの」
そりゃそうかもね、でもそう仕向けたのは…まあ、アタシに限ってはそれでも良いと思ってる。
「で…その…あなたがよければなんだけどさ……ウチに来ない?」
「え……?」
「あなた、一人じゃ寂しいんじゃないかなって」
「えっと…つまり、アタシが葛城さんの家に?」
「そう!そういうこと!副指令に掛け合ってやっと……あ、ちょっとゴメン」
執務室の電話が鳴った。
「はい葛城………了解、セカンドも一緒ですので………はい、向かいます、はい」
嫌な予感がする…
「アスカちゃん、使途発見の報告があったわ、猶予は90分程、起動準備に移るから、あなたは着替えて第1ケイジに向かって」
恐れていた、その日がやってきた。
「この話はまた今度にしましょ!」
そう言ってアタシにウインクすると、葛城さんは通路へと消えていった。
『エヴァ弐号機、まもなく射出口に到着』
前回は訳もわからずエヴァに乗って、まともに戦うことすらできなかった。
殆ど抵抗できずに、あの使徒ってバケモノにやられて……
『進路クリア、発進準備よし』
ただ、そのあとの記憶が曖昧で、気付けばアタシは血だまりの中に立っていた。
すでに戦闘が終了したことを告げられて初めて、その血が足元に横たわっているモノからであることを悟った。
葛城さんは、必死になるあまり記憶が飛ぶのは珍しいことじゃないって言ってたけど…
『アスカちゃん、準備はいいわね』
「…はい」
いよいよだ。
『エヴァ弐号機、発進!!』
『作戦通りいくわよ!ライフルを取って!』
地上に出たら、準備されているライフルをすぐさま手に取る。
訓練通り、正面の使徒に照準を合わせて…スイッチ!
弾が光の尾を曳いて、使徒に吸い込まれていく。でもそれと同時に…
『バカ!煙で前が見えない!!』
訓練じゃ聞いてないわよ!!こんなの!!
「ねえ!!効いたの!?」
その瞬間、煙の中から赤い光の筋が二本。間一髪で身を引く。
「ちょっと!!ぜんぜん効いてないじゃない!!」
煙の中から使徒が全身を現す。光の筋の正体は使徒が持つ二本の触手だ、それを鞭のように振り回して攻撃してきた。
振り回した触手は辺りのビルを次々と斬り倒していく。
そのままさらに距離を詰めてくる使徒に、たまらずこちらも後退する。
「まずい!?武器がやられたっ!!」
応戦しようと構えたライフルはトリガーから先で真っ二つにされていた。
『予備のライフルを出すわ、右手よ!」
でも効かなかったんでしょっ…!…!?まずいっ!!
足を捉えられた、そのまま逆さ吊りにされる。
『アスカちゃん!?逃れて!!』
使徒は、エヴァをさらに高く吊るし上げると、山手に向けて投げ飛ばした。
『好きになさい…』
無線が聞こえる、声が遠い……
受け身も取らず地面に叩きつけられたせいで、気を失っていたようだ。
『反対はしないわけね…』
葛城さん?…どうしたんだろ…
…って!いけない!使徒は!?
仰向けに倒れた機体を起こそうとする。
『アスカちゃん、動いちゃ駄目!』
「えっ?…なに!?」
とりあえず上体を起こした所で動きを止めた。
『アスカちゃん、落ち着いて、私の言う通りにして』
「……わかった」
『そのまま、左手を見て』
言われた通りに見る………って!!うそぉ!?
「鈴原と相田…ヒカリまでぇ!?」
『一旦プラグを排出するわ、その間にあの子達を回収して』
「回収って、プラグに入れるの?」
『ええ、シンクロ率の低下は免れないけど起動状態は維持できるはず、使徒は本部に向かって再進行を開始したから…』
「プラグを出せばいいのね!!」
エヴァは現状態のままホールド…プラグ排出!
シンクロが解除された…プラグも出てるわね、ハッチを開錠、はしごを降ろしてっと…
「そこの3人!はしごを登って!」
外部スピーカーでそう伝えたあと、ハッチを開けて身を乗り出す。
ヒカリが先頭だ、…がんばって…あと少し…よし!!
ヒカリの手を掴んで、プラグの中に引き寄せる
「アスカ!!」
「ヒカリ…怪我してない?」
「うん…でも」
「とりあえず中に入って!」
ばしゃん!
「ひゃっ!!みっ、水!?」
「ごめんねヒカリ!水の中でも息はできるから!」
これじゃ意味わかんないわよね…
遅れて後の二人も登ってきた。
「すげぇ!!ここから乗るんだ!!」
「はよ上がらんかい!あぁ…!揺らすなぁ!!」
ばしゃん!
相田に…
ばしゃん!
鈴原…と。これで全員ね。
「がぼぼ…溺れるぅ!!そうりゅ…!」
「あぁ!カメラがっ!!」
「落ち着いて!この水は飲みこんでも平気だから!」
とにかく落ち着いてくれないと…
「ぶくぶく…あれ?苦しくない…?」
「ほら、ヒカリみたいに飲み込んでみて」
「……あ…ほんまや、息できる…」
「…すげぇ…こんな技術があったなんて…」
もう平気そうね、とりあえず起動はできるかしら…
『落ち着いたみたいね、このままでは戦えないからまずはその子達を避難させるわ』
「はい」
『回収地点まで誘導するわ、エヴァを起動して』
ディスプレイに現在地と回収地点が表示される。
起動準備はできてるからシンクロ開始するだけでいいのよね…これでよし。
「シンクロ、スタート!」
うーん…なんか変な感じ。エヴァとの繋がりが希薄っていうか…
『アスカちゃん、ぎりぎりだけど起動には成功してるわ、ただしシンクロ率はかなり低下してるから…なに?』
ん…どうかしたの?
『…聞いて…使徒がこちらに気付いたみたい』
うそでしょ…こんな状況で…
『…とにかく予定通り回収地点に向かって。急いでね』
「急いでって…その前につかまっちゃうわよ!!」
なんとか起動には成功しているものの、3人のノイズが混ざりまくってこれじゃ歩いているのがやっとだ。
『何とかしてみせる、策は…あるわ』
「間に合わせてよね!」
『わかってる……碇司令!』
そこで葛城さんとの通信が切れた。
コンピューターの計算だと使徒がアタシに追いつくまで90秒近くかかるらしい。
もちろんアタシがペースを上げればこの数値は増える…
「急がないと…」
このままではとてもじゃないが間に合わない、今は葛城さんを信じて時間を稼ぐしかない。
「あっ…と!?」
わ、滑った!?
「きゃっ!!なっ何!?」
「たた…頭打ったよ」
まずい…早く起き上がらないと。
「おい…はよ逃げなまずいんやないか?」
「鈴原!静かに!」
「なあ、あそこに見えるのって…さっきの…」
市街地の方から接近してくるのは紛れもなく…
「な、何をぼさっとしとるんや!?立ち上がらんかい!」
「鈴原!!」
「近づいてくるぞ、惣流!」
まずい…まずいわ……まずい…
「囮になればいいんですね」
自分の操縦する零号機が使徒と弐号機の間に割って入る、あとはバレットガンやナイフで使徒がこちらを脅威とみなすよう仕向けて弐号機の撤退に十分な時間を稼げばいいというわけだ。
『ええ、そういうことになるわ…勿論パイロットの身が危険であると判断した時点で即、緊急脱出を行うわ』
零号機は使い捨て前提ってことか、こんな大胆な作戦よく父さんは許可したな…。まあコアさえ残れば案外なんとかなったり…するかもしれない。
『零号機は射出地点へ移動開始…』
ディスプレイに回収地点へ向かう弐号機の映像が映し出される、足元がおぼつかなく見えるのは、やはりシンクロ率が低下しているからなんだろう。
使徒が弐号機と接触するまであと90秒か…
「あっ!!」
山の斜面を下っていた弐号機が足を滑らせた。体勢を崩した弐号機はそのまま斜面に尻餅をつく。
『おい…はよ逃げなまずいんやないんか?』
「トウジ…」
ついに使徒が弐号機からも視認できる距離まで接近してきた。
弐号機も必死に立ち上がろうとはするものの、感覚の鈍った状態では踵が斜面を削り取るばかりだ。
コンピューターが再計算を始める…。
「50秒か…」
弐号機と使徒の間に割って入るには、最短でも1分以上はかかる。
にわかに司令部が騒がしくなる。
……迷ってる暇は…無いだろう。
「ミサトさん、僕に考えがあります」
『…聞かせて頂戴』
「最寄りの射出口で零号機を出して下さい」
『……あなた…』
「走ります」
それならば、間に合うことも…少なくとも手遅れにはならないだろう。勿論、上手くやれて、が前提ではあるが。
『…任せていいのね』
「はい」
無理だ…逃げきれない…
「惣流!しっかりせんか!!」
「アスカ!!」
恐怖に固まった体は、余計思うように動かない。
「がっ…!!ああ……あ…」
痛い!!痛い!!イタイ!!いたい…
『アスカちゃん!!』
「アスカ!?…アスカ!!どうしたの!?」
「どうしたんや、いきなりうずくまって!おい、惣流!大丈夫か!?」
ああ…やられたわ…でも、だめ…ひかりが…
「過呼吸になってるわ!!落ち着いて!アスカ!!」
掴んだわよ……離す…もんか…
腹に突き刺さった2本の触手を握りしめる。
「まだなのっ…かっ…つらぎ…さ…」
だめだアタシが気を失っちゃ…まだこのあと…
『遅くなった、ごめん』
誰かがアタシの肩に手を…違う、これはエヴァの…?
「あっ…え、エヴァ…?」
隣に立っていたのは白と黄色にカラーリングされた単眼のエヴァンゲリオン。
『もう少し我慢してて』
そう言うと、単眼のエヴァは右手に装備した高周波ナイフを使徒の弱点に突き込んだ。
しばらくして、ばきん、という音とともにナイフが光球に潜り込む。
さっきまでは赤く光っていた光球がみるみるその光を失っていく。
腹に刺さった触手が弛緩していくのを感じる。
『…パターン青、消滅、使徒殲滅を確認』
『回収作業は零号機と司令部からの操作によって行います、弐号機パイロットは別命あるまで…』
腹部に感じていた痛みが緩やかに、鈍いものへと変わって行く、司令部の方からシンクロをカットしたんだろう。
シートにもたれて目を閉じると強烈に眠気に襲われる。
『わかりました、回収作業に移ります』
ディスプレイの端にSOUND ONLYと表示されたウインドウはあのエヴァのものだろうか。それにしてもこの声…
そんな例のエヴァへの関心も、しだいに睡魔に飲み込まれて行く…
『お疲れ様、アスカ…』
第弐話です。連載とは別で短編とかも書いてみたいですね、これ書いてみたら面白そうだなってネタ思いつくときが結構あるんで。