アイナ「私も乗せて」
モジュール77の格納区画に、警報灯の赤が反射して揺れていた。
イズモは振り返らず、ハーネスを締めながら静かに告げる。
イズモ「ここにいる生徒なら死にはしない。ただしヴァンパイアになる。その覚悟は必要だ」
アイナは一瞬だけ唇を噛み、視線を逸らさずに頷いた。
アイナ「イズモを見てれば、分かる」
その直後、艦内に甲高い警報音が鳴り響いた。
敵襲来を告げる自動音声が、感情を持たない声で繰り返される。
イズモ「全砲門、開放。迎撃態勢」
月面軌道上に浮かぶモジュール77の外殻が展開し、無数の砲塔が敵影に照準を合わせる。
敵艦隊が視界に映る前に、イズモの脳裏には既に戦場の全体像が描かれていた。
イズモ「モジュール77に侵入者確認」
イズモ「敵壊滅システム、起動」
艦内の照明が一瞬落ち、次の瞬間、重力制御が微妙に歪む。
そこへヴァルヴレイヴの増援が接続された。
アイナ、ショーコ、サンダーの機体が次々と射出される。
しかし敵は想定より早く動いた。
強力な電磁拘束が空間を走り、サンダーの機体が絡め取られる。
サンダー「くそっ、動かねえ」
イズモ「液体窒素をぶっかけろ。剥がれる、早く」
サキ「前回の戦闘で分かってる」
即座に噴射された白い霧が拘束を凍結し、砕け散る。
敵は判断を誤らなかった。
全艦、撤退。
戦闘は短く、しかし確実に命を削った。
帰還後、イズモは制御室でアイナに噛みつき、その直後に麻酔で眠らされた。
目を覚ました時、月への移動が既に決定していた。
その後、イズモは一人で訓練メニューを組み上げた。
ヴァルヴレイヴの性能ではなく、乗る人間の限界を引き上げるためのものだ。
しばらくの平穏の後、再び警報が鳴る。
敵襲来。
プラズマシールドが展開し、月面基地全体が淡く輝く。
イズモ「全砲門、開け」
ヴァルヴレイヴが次々と起動する。
イズモ「俺とアイナはモジュール77を守る。ルキナ、ショーコ、サンダーは敵艦を叩け」
各機が散開する中、イズモは敵編成を見て小さく息を吐いた。
イズモ「やっぱりな」
通信を開く。
イズモ「マリエ。試作機、完成してるか」
返答は短い肯定だった。
イズモは密かに2号機をミラーレイヴ化していた。
その機体が射出され、敵戦艦の中枢を一撃で貫く。
爆光の中で敵は撤退した。
戦闘後、イズモは核融合兵器の開発に着手する。
数日後、学園では選挙が行われることになった。
イズモ「いいじゃん」
サンダー、前生徒会長、そしてショーコが立候補した。
その裏で、イズモのかみつき発作の間隔は確実に短くなっていた。
神社の境内。
ショーコ「お父さんを、過去にしないで」
イズモは空を見上げたまま答える。
イズモ「お父さんだけじゃない。全部だ。政権を奪還する」
ショーコ「なんで」
イズモ「プランはある」
ショーコは何も言わず、学校へ戻った。
入れ替わるようにサキが現れる。
しかしイズモの視界が歪む。
イズモ「あ…れ…」
噛みつきに移行しかけた瞬間、麻酔銃の音が響いた。
保健室。
イズモ「選挙の結果は」
サキ「ショーコが勝ったって」
イズモ「……なんで裸だ」
サキ「その、えっと」
イズモ「検査だろ」
サキ「う、うん」
室内には検査器具が並んでいた。
直後、敵艦補足の報告が入る。
イズモ「マイクロドローンで索敵」
敵戦艦内に、ショーコの父親がいることが判明する。
イズモ「奪還作戦、開始」
イズモ「オペレーション・ペンタゴン。敵を包囲」
イズモ「その後、俺が接近して目標を奪還する」
イズモ「その間、モジュール77は何としても死守しろ」
パイロット「了解」
敵艦に接近し、乗り込み、制圧。
ワープ完了の報告が届く。
イズモ「よし。あとは核融合ブースターで帰還する」
イズモ「ホットゾーン、離脱」
敵を振り切り、作戦は成功した。
ショーコの父親は副総理に就任する。
月では連日のメディア対応と会議が続く。
しかしイズモの発作はさらに短くなった。
原因はRnと呼ばれる物質の枯渇だと判明する。
エルエルフへのかみつきで、発作は一時的に収まった。
イズモ「VTOLで威力偵察。地球へ行く」
イズモ「護衛はヴァルヴレイヴ隊。VTOLの操縦は俺がやる」
ヴァルヴレイヴパイロット「了解」
惑星間航行用VTOLが起動する。
地球へ向け、機体は静かに発進した。
月軌道外縁、アルス・コア軍第七機動艦隊旗艦。
漆黒の観測窓越しに、地球圏が青く輝いていた。
だが艦内の空気は重く、冷え切っている。
司令席に座る男は、指先を組んだまま微動だにしなかった。
参謀「……奪還作戦は失敗しました」
男の眉が、ほんのわずかに動く。
司令「分かっている」
艦橋に沈黙が落ちる。
誰もが、失敗そのものよりも、その原因に怯えていた。
参謀「敵は想定を大きく超える機動性と判断速度を持っています」
参謀「特に、指揮官イズモと呼ばれる個体」
別の士官がホログラムを展開する。
月面基地、モジュール77、ヴァルヴレイヴ、そしてVTOL。
情報は断片的だが、致命的だった。
士官「敵指揮官は戦場全体を同時に把握している可能性があります」
司令「可能性ではない」
司令「事実だ」
司令は静かに立ち上がり、観測窓に近づく。
司令「我々は二度、三度と試した」
司令「正面からも、奇襲でもだ」
司令「それでも彼は先を読んでいた」
参謀の一人が唾を飲み込む。
参謀「……まるで、未来を知っているかのようです」
司令「それに近い」
司令は振り返り、冷たい視線で艦橋を見渡した。
司令「彼はこの世界のルールを理解している」
司令「我々が何を恐れ、何を選ぶかを」
艦内に微かなざわめきが走る。
別室、捕虜収容ブロック。
奪還され損ねた人質の記録映像が再生されていた。
その中に映る、ヴァルヴレイヴの異常な挙動。
技術士官「通常のリアクター反応ではありません」
技術士官「ミラーレイヴ化した2号機……」
技術主任が苦々しく呟く。
技術主任「あり得ない」
技術主任「設計思想を理解していなければ、あんな改修は不可能だ」
若い士官「敵は、我々の技術を盗んだのでは?」
技術主任「違う」
技術主任「理解しているんだ。根本から」
その言葉が、重く落ちる。
艦橋に戻り、緊急会議が始まる。
参謀「VTOLが地球へ向かっています」
参謀「護衛はヴァルヴレイヴ隊」
司令「……来るか」
司令は小さく笑った。
司令「いや、来させたのだ」
参謀「どういう意味でしょうか」
司令「彼は必ず地球へ向かう」
司令「資源、政治、そして人間関係」
司令「全てがそこにあるからだ」
司令は卓上の表示を操作する。
地球圏各地に点在する赤いマーカー。
司令「こちらも準備を進める」
司令「正面からは当たらない」
司令「だから、彼の内側を突く」
参謀「内側……?」
司令「渇きだ」
司令「彼の身体は、既に限界に近い」
医療担当士官が顔を上げる。
医療士官「Rn物質の枯渇反応と一致します」
医療士官「ヴァンパイア化による代謝負荷」
司令「そうだ」
司令「彼は戦えば戦うほど、失っていく」
司令「仲間を守るために、自分を削る」
司令の声には、わずかに興味の色が混じっていた。
司令「だから次は、戦場を与えない」
司令「選択肢だけを与える」
参謀「人質、政治介入、情報操作……」
司令「全てだ」
司令は再び窓の外を見る。
遠くで、VTOLの航跡が光の筋となって伸びていく。
司令「イズモ」
司令「お前は優秀だ」
司令「だが優秀すぎる者は、必ず壊れる」
艦橋に、次の作戦準備を告げるアラートが鳴り響いた。
敵側は、静かに牙を研ぎ始めていた。