いつの間にか、金曜日が終わっていた
体感的には それぐらいに感じた
ついこの間月曜日の学校に行ったような気分だったのだが、もう休日になってしまっている。現在の時刻は土曜日の朝6時 俺としてはだいぶ早起きの時間だ。
ベッドの横に置いてある折りたたみ式の茶色いサイドテーブル(部屋に置いてから一回も折りたたんだ事がない)の上の水筒を取り、乾いた喉を潤す。
冷たい液体が喉を駆けていく冷たい感覚で、さっきよりもより鮮明に 思考が冴える。
月曜、葛飾と一緒に登校したり、リサと登校中に出くわしたりしたあの日から今日までは 特に何も変わった事は起きなかった。
ただ、葛飾の土曜に映画を見に行く誘いは断って、リサと出かけることになっている。当初はリサの家に行く、という話だったのだが 友希那が歌うライブがあるらしくそれを一緒に見に行くことにした。リサ曰く、見てもらった方が早い との事。
それが、リサの俺に対する相談事だ。
RINEでのやり取りで色々聞いたのだが、どうやら友希那はお父さんの雪辱を自分が代わりに晴らすために躍起になっているらしい。
別にそれを止めさせるっていう訳ではなく、それの手助けをしたいけれど どうしたらいいか分からない。それが、リサの悩みなのだが、正直なところ 出来ることは無い.と思う。
友希那の代わりに俺が頑張って、それで友希那に何かプラスな事が起きるのかと言うと そうでも無い。専門的な知識もないのにアドバイスもできるわけがなく、結局は応援しか出来ない。それがいくら、幼馴染であれ 結局は見守ることしか出来ない。
でも その見守る事では 満足いかないようだ
あと この数日でなにか変わった事と言えば、葛飾と出かける約束が日曜日になったことぐらいか。
いつもの俺なら、こんなにあっさりとした感想しか出ないはず無かった。きっと大喜びで、楽しみで寝れないぐらい喜んでいただろうけど。でも、今はそう素直に喜べない。
この数日でリサとの距離感がようやく掴めたといえど、やっぱり今までとは勝手が違う。
今までの幼なじみから、1歩近づいたのか それとも1歩遠のいたのか、どっちかはわからないけれど。確実に言えるのは前のような無垢な関係には戻れないってことだ。
でも、それで心労を負うのは もう慣れてしまった。傷口に瘡蓋が出来るように こうやって少しづつ人間は変わっていくのだろう。少しづつ傷つかないように固まっていくのだろう。
もう一眠りしよう
待ち合わせにはまだ時間がある
シニカルな気分に浸ってしまったせいで 少し自分の事を、また嫌いになってしまった。どれだけ距離を掴むのが上手くなったとしても、俺が未だにリサから投げられたボールを投げ返していないのだ。
まだ、拾ってすら いないのかもしれない。
夕焼けの公園で、3人で遊んでいた頃を思い出す
ボール遊びや、何が面白いのか分からない砂遊びや、おままごとを なんの疑いもなく一生続くと思って過ごしていたあの頃が懐かしい。
あの頃に、夢でいいからもう一度戻りたい
そんな事を思いながら、もう一度布団を頭から被った。待ち合わせは10時にカフェだ。もう一眠りしても、遅刻はしないだろう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
少し、早めに着いてしまった。
結局2度寝もできず、瞼を閉じたまま横になっていただけ。もっと他にする事があるだろうに。
現在地は待ち合わせのカフェ「Four-clover」の中だ。カフェの少し奥の席に座って音楽を聞きながらリサを待っている。最近車のCMで使われている、King Gnuの「小さな惑星」という曲だ。ちなみに、この曲は葛飾も好き。
今朝みたいに暗い自分の部屋の中だとやはり気分も暗くなってしまうのだが、こういう明るい雰囲気の店内だと つられて気分も明るくなってしまう。
本棚のような側の壁紙が貼られたオシャレな店内には女性客が三組とカップルが1組、1人で居るには少し辛い光景だけれど もう少しの辛抱、のはず。
約束は10時半だったのに 今はまだ10時、来るの早すぎだ。この店が開くのは確か9時半からだった筈だから 客は少ないと思っていたのだが 予想は外れて全部で10個のテーブルのうち5つが埋まっている。
待っている間に、RINEを確認。来ているのはさっきからやり取りをしている葛飾からのメッセージだけ。リサからは特に連絡は無し。
「明日の」
「映画」
「忘れてない?」
葛飾の十八番、連続RINEだ。
いつも通りに「れな専用スタンプ」を付け加えた可愛らしい文面。そんな微笑ましい文章に返信を打つのに意識が向いていた時、声が聞こえた。
「想、早く来すぎ」
少し笑い声が混じった、呆れたようなリサの声。
少し短めの黒いスカートに白のブラウス、その上にブルーのデニムジャケットを羽織った。いかにも春のデートな格好のリサが居た。黒のショートブーツを鳴らしながら、笑顔で近づいてくる。普段俺が使ってるみたいな不格好なリュックとは違った 女の子らしい可愛い黒いリュックが揺れる。
「アタシが遅れてるみたいじゃん」
笑いながら、リサがこっちに歩く。デート中のカップルの、男性だけが目でリサの姿を追う。やっぱ、リサって可愛いんだな。主観的な印象じゃなく、周りの目で改めて再確認する。
「早起きなんだよ。しょうがねぇだろ」
軽口で返しながら、口には決して出さないけれど少し優越感を感じた。他人が目で追ってしまうようなリサと2人で出かける事が 少し誇らしかった。
俺の目の前にリサが座る。隣に座っている訳じゃないのに バニラの匂いが香ってきた。その匂いで、あの夜のリサの姿や、葛飾と一緒にいた時に見たリサの後ろ姿が 一瞬で蘇った。
俺の中で、バニラの香りはリサの香りになってしまった
「その服、めっちゃ良いじゃん」
「え? どしたの、急に」
俺の褒め言葉に 半笑いで返事を返すリサ。お願いだから、その笑いは照れ隠しであってくれ。じゃないと恥ずかしくて死ぬ。
「褒める時は、ちゃんと褒めた方がいいよ」
真っ直ぐに俺の目を見て リサが諭すように言う
「じゃないと、明日。本番なんでしょ」
本番、か。リサは、明日俺が葛飾と映画を見に行く事を知っている。そして俺の片思いの相手が葛飾だと言うことも知っている。先週の土曜日の段階では『片思いの相手がいる』っていう話しかしてなかったけれど。リサには、全部話した。
それも全部知った上で、俺と今 会っている。リサは今日どんな気持ちで家を出たんだろう。どんな気持ちで朝起きて、服を選んだんだろう。どんな気持ちで、『本番』という言葉を使ったんだろう。
あくまでも自分は本番の前のデモンストレーション、とでも言うかのような自嘲気味な言葉を 俺が言わせているという事に辟易する。
「今日も、本番だろ」
よく言うぜ。自分で自分に悪態をつく
「あ〜、まぁ そうなのかな」
笑いながら言うリサの表情を見るのは、少し辛かった
「それより、友希那の事なんだけど」
湿っぽい話を投げ捨て、リサが新しい話題を持ってくる
「11時半に開演で、友希那の出番は最後で13時だから、覚えといて」
携帯のメモを見ながら、ハキハキと時刻を伝えてくれるリサ。これから行く場所はここの近くにあるライブハウスだ。そこで友希那が歌う事になってるらしい。おかしな話だよな、友達の歌聴くのに時間を気にしなきゃいけないなんて。
「想、多分だけど びっくりすると思うよ」
リサとは今でもよく会うけれど、1週間前にたまたまあった以外だとそんなに友希那と会うことも無いから やはり昔のイメージとのギャップがあるのだろうか。
自慢げに語るリサの顔を見て 思案する。
友希那の歌が聴けるまで、あと3時間。
友希那は、どんな歌を歌うのだろう。
ほんと、楽しみだ。
次回予告
リサの言っていた通り、驚くことばかりだ
夢みたいな光景だった。
夢みたいな空間だった。
ほんとに、夢みたいだった
次回『喧騒、歌姫の絶唱』
https://twitter.com/Tomiokasei4jyo?s=09
「Four-clover」
四葉のクローバーの花言葉は、私のものになって
好きなのはこの中だと...
-
湊友希那
-
今井リサ
-
葛飾麗奈
-
氷川日菜