歓声と拍手がひっきりなしに耳を引っ掻く。観客の熱気に当てられてこっちがのぼせそうになってくる。少し薄暗いライブハウス『Linaria』の中、リサと2人で ステージを見る。さっきまで演奏していたバンドが片付けをしている、次の演者と交代するためだ。次は、
「ほら、友希那の番だよ」
横で見ていたリサが俺の手を掴んで楽しそうに言う。その目はライブハウス内の照明を受けて輝いていて、少し薄暗い中で見るリサの顔は 明るい中で見るよりもより一層美しかった。
このライブハウスで置いてあったフライヤーにも書かれていたのだが、どうやら友希那はかなりの有名人らしい。そんでもって、「孤高の歌姫」なんて言う異名もあるらしい。
リサの言ってた通り、驚くことばかりだ。
200人程の観客が、全員 友希那の歌を聞きたがっている。アイツって、こんなに凄いやつだったんだな。
そして、観客達の期待に答えるように 友希那がステージに現れた。黒いドレスみたいな衣装を着た友希那が、そこには居た。
けれど、
この間 友希那の家のベランダで見た、微笑みを浮かべていた友希那はそこには居なかった。
感情を表情に出すことはなく、まるで眠ったまま歩いているような そんな夢遊病かと疑ってしまうほど 抑揚のない雰囲気だった。
そして、そのまま人形みたいな顔のまま
友希那は歌い始めた
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リサの言っていた通り、友希那の歌は俺の度肝を抜いた。専門的な知識も何も持ち合わせていない俺でも、はっきりとわかった。今まで聞いてきた演奏が、前座みたいに思えた。
透き通った陶器みたいな声が、
幼なじみの声が、会場に響き渡っていた
でも。少し気味が悪かった。
まるで知らない言葉を話してるみたいだった。
なんというか、友希那の歌を聴いていて 感心もするし驚かされることはあっても、何故か 感動をしなかった。
なんというか。友希那の歌には芯が通っていないような気がした。まるでなにか考え事をしながら、朦朧としながら歌っているような雰囲気が、友希那の歌を聴いて過ぎったのだ。
「次が最後の曲です」
声が、少し震えていた気がする。
素っ気ないMC、だけれど静かな熱を感じた。
そして、勘違いかもしれないけれど
「聴いてください、『vinyl』」
友希那が、俺の目を見据えて そう言った。
ドラムの音が、木霊する。
DJの出すラップ音みたいな異質な音とギターの音が混ざりあって まるでパトカーのサイレンのような、危機感を感じる音色が胸を打った。
さっきまでの撫でるような、透き通った演奏とはひと味違う、荒々しさのようなものがそこにはあった。
そして、MCの時に感じた 静かな熱が
発火した。
「貫いて、この心を。思い切り、突き刺して」
重たく響くような、音だ。
もはや歌声と表現するには質量を持ちすぎたその音は、今まで聞いてきたどの演奏よりも素晴らしかった友希那の歌声の、さらにそのどれよりも素晴らしかった。
簡単に、単純に表現するなら。
力強さがあった。
「火照ったままで知らぬフリは、もうやめて」
観客たちがどよめき始める。きっと、普段の友希那と全く違うのだろう。多分、そんな気がする。
観客たちが自分たちの携帯を取り出し、いっせいに友希那にカメラを向ける。今この瞬間の、この感情を切り取って保存したい。そう、思ったのだろう。
「暇つぶしには飽きたのよ、纏ったビニールを脱がせたいの」
スマホのレンズの視線を一身に浴びながら、さっきまでの歌声とは打って変わった力強い声で観客の鼓膜に語りかける。
かく言う俺も、その声に充てられてしまった。
いつの間にか、強く拳を握っていた。
「お前の 思惑から無邪気に、抜け出して」
全身を脈打たせながらリズムを取り、千鳥足のようなステップを踏みながら 歌う友希那。人形みたいに立ち尽くして歌っていたあの友希那と、今の友希那は本当に同じ人間なのだろうか。
"さよなら、愛を込めて"
エフェクター越しの角張った声が、会場に響き 駆け回る。ステージの照明が、明滅する。友希那の姿がまるで亡霊のような、非現実さを持った恐ろしいものに見えた。
それほどまでの、気迫だった
「気の済むまで、暴れなよ。哀れだろ? むしゃくしゃするぜ」
友希那の外見や、今まで歌ってきた姿からは想像すらできない 荒々しい言葉が飛び出す。でも、さっきまでの。知らない言葉を話すみたいな友希那の歌よりも、はるかに しっくりきていた。
その歌には、俺の心を動かす。熱量があった。
「喧騒に上がる煙に、飛び込んでいくだけさ」
全身を震わせながら、魂までも燃やしながら歌っているような。そんな声だった。
「『遊びが無いの貴方には』なんて適当な言葉侍らせて」
ビブラートが、儚げに萎んでいく。
まるで本当に 友希那が誰かに恋焦がれているような。そんな芸術性すら超えた リアリティがそこには介在した。
「喧騒に上がる煙に、巻をくべろ」
雄叫びみたいな、声が響く。
そして、背景になっていたバンドの演奏が消えた。
静寂。
聞こえるのは 携帯から出る、録画の停止ボタンを押した時の電子音や、観客の息遣い、換気扇のプロペラの音。
演奏は終わってしまったのだろうか。
そう思った瞬間、
「意図するなよ、この身など。博打だろ? せいせいするぜ」
透き通った、高音がまた蘇った。
さっきまでの荒々しい声ではない、ビロードのような声で歌うその歌詞の語調のアンバランスさはかえって心地よかった。
鈴の音のような音がリズムを刻む
「激動、時の坩堝へ飛び込んで行くだけさ」
巻舌まじりの声で、こんな華奢な見た目とは真逆の声で、力強く でも少し諦観混じりの歌詞を歌う
「『遊びじゃないのよ貴方とは』なんて、嘘で固めたこの世なら」
ギター、ベース、ドラム。全ての音が束ねてかかった所で。並大抵の演奏じゃ、きっと今の友希那には太刀打ちできない。
全てをねじ伏せるような力強い声で、歌う。
「冗談もご愛嬌でしょ?」
唸るような声で、観客である俺たちに 問いかけるように歌う。まるで支配者が民衆に賛美を強制するような、そんな光景だった。
『"暴"れ回れよ、哀れだろ? むしゃくしゃするぜ』
力強い、なんて言葉じゃ足りない。嵐のような、落雷のような、地震のような、隕石のような。どんな言葉を使っても足りない衝撃が、土手っ腹に響きわたった。
鼓膜だけじゃ飽き足らず この身全てを震わせる
友希那の音
「喧騒に上がる煙に、飛び込んでいくだけさ」
もうすぐ、この歌は終わってしまう。
俺はこの歌を知っている。なぜならこの歌は、1週間前に友希那に教えたからだ。あの日3人で話した時、俺がこの歌が好きな事を話したのだ。
なぜ、友希那はこの歌を歌ったのだろう。
「遊び切るんだこの世界、喧騒狂乱に雨あられ」
観客を魅了してやまない歌声が、友希那が今まで持ち合わせていたイメージと幻想を全て打ち壊しながら、響き渡る。
「最後の最後には、ニヤリと笑ってみせる」
200人以上いる観客の中で、友希那の視線が俺と絡まりあった。きっと勘違いなんかじゃない。確実に友希那は俺の目を見ている。
目をそらす事など許さない。
そんな気迫を持った視線が俺の全身を射抜く
蛇に睨まれたように動けなくなった俺の姿を確認した友希那は、マイクを口から引き剥がした。
後ろで流れるバンドが奏でるアウトロを聴きながら友希那はマイクに乗らない、唇の動きだけで 何かを呟いた。
勘違いなんかじゃない、はっきりと俺には聞こえた。
声に出して居ないはずの言葉が演奏を飛び越えて、はっきりと届いた。
『愛してる』
そう、友希那は言ったのだ。
次回予告
「おまたせ〜」
煙のような空気が部屋を満たす
「おう、おかえり」
淀んだ冷気が、肌をさす
「ばーか」
今日は、色んな事が起きるな
「え?失礼すぎない?」
次回『残香、冷めない静熱』
https://twitter.com/Tomiokasei4jyo?s=09
ライブハウス「Linaria」の名前はリナリアっていう花がモチーフです。リナリアの花言葉は、『この恋に気づいて』
好きなのはこの中だと...
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