病まない雨はない   作:富岡生死場

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モチベが止まらない


10 残香、冷めない静熱

 赤の長いL字型のソファにどっかりと座る

 デカいテレビが よく知らないアーティストらしき人物達と、これまたよく知らない司会役の女性がインタビューをしている映像を映している。

 

 現在いる場所はカラオケボックス、タバコの匂いが充満したような薄汚いクーラーから吐き出された淀んだ冷気が部屋の温度とまだ冷めない体を冷ます。

 

 あの後、俺とリサはライブハウスのアンケートみたいな紙に燻ったままの情熱を書き殴って それでもまだ収まりきらない昂りを発散するためにカラオケに行く事にした。

 

 薄暗い室内には、俺しかいない。

 初めは2人で来ていたのだがリサはここには居ない、別に途中で帰ったわけじゃない。誘ったら友希那も参加する事になったのでリサが受付で友希那を迎えに行ってくれているだけだ。

 

 周りを見回す、対して感銘も受けないでかいだけの風景画や、ハンガーにかけられたさっきまでリサと俺の来ていた上着、オットマンに乗せられた2人分の荷物、半分しか注がれていないコップ

 

 まだしばらくかかりそうだし、1人で歌うか

 

 テレビの前で充電器に刺された端末を取る。見た目以上にかなり重い機械を両手で掴みながら曲を入れる。曲名は「小さな惑星」今日 カフェで聴いてた歌だ、友希那の歌を聴く前から頭の中に流れては居たのだが 聞いた後だとより鮮明に頭の中にこびりついて離れなくなった。

 

 元の曲よりも音の少ない、省略されたような前奏が流れ始める 少し違和感のある前奏に鼓膜を打たれながら 体を左右に揺らす。座ったまま上半身だけで踊りながら静止した太ももを手で叩く。やったこともないドラムを見様見真似る。

 

 左手は忙しなく動いたまま右手でマイクを握って歌う。友希那には程遠い 稚拙な歌を歌う。歌詞をなぞるだけの、本物を真似るだけのアマチュアさに裏打ちされた正真正銘の素人の歌が、一人しかいない 広いカラオケボックスの個室に響く。

 

「凍った愛が静かに溶けだしたんだ、街からほのかに春の匂いがした」

 

 車のCMで流れている、サビを歌いながら さっきまで目の前で起こっていた光景を思い出す。あの声には出さない、口の動きだけの『愛してる』の真意を考察する。

 

『ありがとう』って言った可能性もあるのに、むしろそっちの方が可能性は高いのに、俺には『愛してる』にしか聞こえなかった。あの唇の動きが 鮮明に網膜に焼き付いていた。

 

「結局何処にも行けない僕らは、冬の風に思わずくしゃみをした」

 

 対して上手くも無い、大して音痴でも無い面白みの無い歌を、目を瞑ってそれっぽく歌う。山があれば谷がある、1番と2番の間の緩やかな助走のような間奏が流れる室内にカラオケ音源以外の音が鳴った。

 

「おまたせ〜」

 

 少し古びたドアの開ける音と一緒に快活なリサの声が聞こえた。手にはカラオケの伝票が入った赤い板と、溢れそうなほどドリンクが継がれたコップを握っていた。

 

 曲は止めないまま、マイクをテーブルに置く。2番に入った演奏はメロディをなぞりながら頼りないキーボードの音を出す。

 

「おう、おかえり」

 

 半分しかない残りのドリンクをさっきまで使っていた喉に流し込む。炭酸の弾ける感触が口内を満たしていく。ドリンクバーに書いてあった「炭酸水には疲労回復の効果アリ」の文字は信じていいのだろうか。

 

 リサの後ろに引っ付いて両手にドリンクを持って部屋に入ってくる友希那が 視界に移った。ブラックのニットにベージュのトレンチワンピースを合わせた、少しカジュアルな格好の友希那。声を出すこともなく、真剣な表情で入ってくる友希那。でも、あの時の人形のような険しさとは別種の表情だ。

 

「ばーか、そんなに阿呆みたいに注ぐなよ」

 

 コップすれすれにドリンクの入ったコップを両手に持ったまま 足元を見ることも無くコップにだけ視線を注ぐ友希那の姿が、言っちゃ悪いが滑稽だった。

 

「うるさいわよ、静かにして」

 

 余裕の無い声音で、言い返してくる友希那。でも、その必死そうな姿から出された声にはなんの迫力もなかった。こんなマヌケな姿を見せる友希那が、つい2、3時間前に200人を熱狂させていたって言うんだから ほんと不思議だ。

 

 ようやくコップを運び終えた友希那が、テーブルにコップを置く。L字型のソファの長い方に座った友希那とリサ、フリータイムの伝票をテーブルに置いたリサがこちらを見ていた。

 

「ごめん、返すの忘れてた」

 

 少し笑いながら言うリサ、そういや返してもらうの忘れてたな。リサに没収されてたのは 俺の携帯だ、リサとのデート中に俺があまりにも携帯をつつくので 没収されていたのだ。

 

 普通なら携帯預けるなんてしないけれど、リサは別だ。リサのことは信用してるし、思えばデート中に携帯触るなんて失礼もいいとこだから 預けてしまっていた。

 

 普段携帯をずっとつついてる生活から、携帯を無くしてみると意外と見えるものがあったので 預けて良かったかもしれない。普段何気なく見ていた景色や、隣にいるリサにいつも以上に目を向けるいい機会になってくれた。

 

「でも、明日はちゃんと気をつける事」

 

 コップに口をつけていた友希那が、視界の端で少し 揺れた気がした。リサには明日の事話してるけど、そういや友希那には全く言ってなかった。

 

「おう、頑張るわ」

 

 その友希那から避けるように視線を外す

 リサの方を見ても視界から完全に友希那が消えたわけじゃなかった。視界の端に映る姿が俺の中の何かをまた蝕んで行った

 

「ちょっと、ジュース入れてくる」

 

 耐えきれず、席を立つ

 送り出すように手を振ってくれるリサの姿に、もう安心を感じ始めていた。ついこの間まで リサの事しか考えていなくて、ついこの間まで リサの事で不安を感じていたのに。

 

 傷跡に瘡蓋ができるみたいに、こうして不安が安心に変わって生きていくのかな

 

 なんて、達観したような 悟ったみたいな事を考える。視界の端に映ったままの友希那から目をそらすように、テーブルに置かれたほとんどドリンクの入っていないコップを手に取ってドアを開ける。

 

 エアコンの入ってないカラオケの廊下はじんわりと暑く、でも個室内より澄んだ、エアコンの淀みのない空気が肺に染み込む。

 

 その比較的マシな、澄んだ空気をめいっぱいに吸い込んでフロントまで歩く。カラオケボックス特有のやけに入り組んだ廊下を進む、個室から漏れ出す話し声や 歌声や叫び声、さっきまでいた非現実的な雰囲気のライブハウスよりも生々しい リアルな(どっちもリアルだけど)声に少し心が踊った。

 

 店の中なのに店の宣伝を書けるだけ書き込んだポスターがあちこちに貼られた廊下を抜け、ドリンクバーの前に立つ。さっきまでグラスにめいっぱい入っていたメロンソーダのボタンを押す。

 

 半分ぐらい水で薄まった、文字通り水増しされたジュースが 勢いよく飛び出す、勢いが強すぎて少し手に飛び散ってしまった。

 

 

 そんな些細な事に少し苛立っている俺の背中を誰かが叩いた。リサなら普通に声かけるし、友希那か? 

 

 

「アホみたいに入れてたのにまだ足りないのかよ」

 

 そう言いながら振り返る。

 そこに居たのはリサでも、友希那でも無かった

 

 

「え? 失礼すぎない?」

 

 少し苦笑しながら笑う

 フリルの着いた白いブラウスにベージュのスカートを着た、私服の葛飾がそこには居た。




次回予告


「帰り、公園で待ってる」

あの時の言葉の意味が、

「じゃあ、さようなら」

あの時の光景の裏が、

「おう、またな」

まだ、わからないでいる

「ありがとう」

また、溶けだしていく

次回『夜行、奪い合う温度』



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好きなのはこの中だと...

  • 湊友希那
  • 今井リサ
  • 葛飾麗奈
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