病まない雨はない   作:富岡生死場

13 / 64
また今度、閑話書きますね


11 夜行、奪い合う温度

「おかえり〜、遅かったね」

 

 カラオケボックスの個室の扉を開けると、リサが出迎えの言葉をかけてきた。

 個室内では長いL字型のソファにわざわざ2人でくっついて座っている。暑くないのだろうか。

 

 ちょうど俺が入った時は間奏だったようでテレビの画面には歌詞は映されていない。なんの歌かは分からないが、聞き覚えのあるメロディだ。

 

「ごめん、ついでにトイレ行ってた」

 

 咄嗟に嘘をついた

 別に普通に「友達がいたから話してた」って言えばいいのに。無意識に誤魔化してしまった。

 

 遅かった理由に納得した様子のリサが、大袈裟に相槌を打つ。その相槌をかき消すように 間奏を終えた友希那が歌った。

 

 

 その曲は、聞き覚えがあったのだが やはり俺の知っている歌だった。

 

 

 今日はやけに、ラブソングを歌うんだな

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

「やば、もう時間ヤバいかも」

 

 1回の発言で2回も『やば』を使うリサ

 普段から何回も『やば』って言ってるから危機感を感じないけど、今回はいつもよりちょっとだけヤバい。

 

 20時には出ておかないと、フリータイムの料金が上がってしまうのだ。ただでさえ遅い時間まで遊んでて親に心配をかけているのにその上 出費も嵩むとなると結構ヤバい。

 

「忘れ物無いよね? 大丈夫?」

 

 ほんと、こういう時のリサは頼りになる

 まるでお母さんのような事を言いながら手際よく後片付けをしている。それに対して 友希那は何か考え事をしていて全く片付けていない。

 

「友希那、置いてくぞ」

 

 バッグとハンガーにかけていた上着を取りながら友希那に声をかける。「えぇ」なんて身の入らない返事をしながら携帯をつつく友希那。ほんとに置いてくぞ。

 

 携帯が揺れる。

 葛飾からだろうか? 揺れ方から察するにRINEの通知だと気づいたので 素早く確認する。送り主は、葛飾じゃなかった。

 

 友希那からだ。

 

「帰り、公園で待ってる」

 

 必要最低限の文字で情報を伝えてくる友希那らしい文面、わざわざRINEで伝えてくるって事は。きっとリサに聞かれたくない事。

 

 きっと、あの事だろう。

 

 あの時喉を震わせずに呟いたあの言葉。

 あれについて、話があるんだろう

 

 なるべく、表情に出さないように努める

 表情筋を動かさないように、既読だけをつけて携帯をポケットにしまう。

 

 飲みかけでテーブルに置いていたコップを取る。

 もうほとんど残ってないドリンクを喉に流し込む、ほとんど水のドリンクの味が 今だけはやけに濃かった。

 

「よし、じゃ 行こっか」

 

 俺たちの分まで片付けをしてくれたリサが 伝票の入った板を持ちながら言う。

 

 ほんとに、安心する。

 

 無責任に リサの笑顔を見てそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 会計を済ませて店の自動ドアを潜ると、もう日は完全に落ちていて 街灯の灯りと月だけが街を照らしていた

 

 室内と外の温度差で起きた風が肌を撫でる。少し湿った風は春の香りなんて微塵もない。むしろ冬を思い出すような冷たさで、夏を思い出させるような湿った嫌な感触だった。

 

 3人で並んで歩く夜の街は、当然ながらいつもの帰り道とは全く違う景色で、普段何気なく見ていた柱たちが蛍光灯で明るく輝いていた。

 

 小さい頃は一緒によく帰っていたのだが、その頃と今では歳も背丈も全く違っていて、少し大人になった事でこうして行動出来る時間帯の幅も広がった。

 

 それ故に、自由であるせいでお互い あまり干渉することも少なくなっていた。

 

「こうやって帰るの、久しぶりだな」

 

 2人を見るわけでもなく、少し曇りがかった 星の見えない真っ暗な空を見上げながら言う。

 

 リサも、今度は大袈裟な相槌を打つことも無く。友希那も曖昧な「そう」って零しただけだ。

 

 いつもみたいに「呼んだ?」なんて茶化す気も起きずに 話を膨らませることなく歩いていく。

 

 喋らない事が気まずさにならない、この3人で過ごす時間が改めて大事な事に気づく。無理して会話を繋がなくとも、お互いになにか見えない 安心した関係を、今更ながら実感する。

 

 でも、その関係も 無遠慮に委ねていい訳じゃない。俺とリサはあの時、俺と友希那はさっき、今までの俺たちの関係とは異なった方向に歩みを進めている。

 

 もしかしたら、明日にでもこの関係が壊れてしまうかもしれない。そんな漠然とした不安が、少しだけ俺の視界を眩ませた。

 

「じゃあ、さよなら」

 

 気づけば 友希那の家にもう着いていた。考え事をしながら歩いて居たら あっという間だった。門の前で別れの言葉と共に手を振る友希那

 

「じゃあね〜」

 

 その隣でこちらに振り向きながら手を振るリサ

 

「おう、またな」

 

 右手を挙げて、挨拶を返す

 こうして、1人になってしまった。

 時刻は20時半に迫ってきた。

 

 でも、まだ 今日はやる事が残っている

 

 歩みを進め、リサの家から遠ざかる。

 目的地は俺の家、ではなくてその途中にある公園、友希那の指定してきた待ち合わせ場所だ。

 

 早足で公園へと向かう。

 聞こえてくる俺の靴と地面がぶつかって鳴る音が、閑静な住宅地の道路に響く。それ以外何も聞こえない帰り道は、少し不気味だった。

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、待ったかしら」

 

 まるでデートの待ち合わせみたいなセリフを言う友希那。カラオケで見た服装と全く一緒なのだが、室内や街灯の下で見る姿より、薄暗い公園で見るその姿は 明るい場所よりもずっと大人びて見えた。

 

 今日は、友希那の色んな姿を見た気がする

 

 ステージの上で衣装を着た 人形のような友希那や、『vinyl』を歌っている時の迫力のある友希那、

 コップいっぱいにドリンクを注いで間抜けな表情を見せる友希那だったり、少し真剣な表情で歌う友希那、

 

 そして今俺が見ている、友希那

 

 いつもの無表情とは少し違う。

 強い感情を押しとどめているみたいな表情だ。

 真っ直ぐに結ばれた口は、少し怖い

 

「全然待ってねぇよ」

 

 手に持ったココアを差し伸べながら、返事をする。

 友希那が来るまでに買っておいたホットココア、友希那は確かコーヒーはブラックで飲めなかったはずだし。ココアでいいだろ。

 

「ありがとう」

 

 受け取りながら、公園のベンチに腰掛ける

 俺もその隣に腰を落とす

 

 リサが居ない所で俺と友希那が2人っきりになる事って、今まであんまり無かったかもしれない。友希那といる時はリサが居て、リサが居る時は友希那が居た。

 

 少し、緊張が走る

 

 友希那が何を言うのか

 それだけに、全神経が集中する。

 

 友希那の一挙手一投足に、目がいく

 

 そんな俺の様子を見た友希那が、少し笑った。

 普段、笑わない友希那が 微笑みでは無く 確かに笑った。

 

 今日の昼、カフェでリサから受けた相談によれば 友希那は全くと言っていいほど笑わなくなったらしいのだが。

 

 今、確かに笑っていた。

 

 友希那が ふっと目を閉じる

 そして、ゆっくりと口を開けた

 

「優しい嘘を、吐いてくれよ現実は残酷だもの」

 

 夜の公園に、友希那の優しい歌声が響く

 ライブハウスの、けたたましい演奏も無い マイクもエフェクターも無い そのままの歌声が 木霊する。

 

「酔いどれ 踊れ 全てを忘れるまで強がり、笑うだけ」

 

 この曲は、カラオケで友希那が歌っていた曲だ。

 俺が葛飾と鉢合わせた後、ちょうど部屋に帰ってきた時に友希那が歌っていたあの歌。

 

 でも、少しローテンポで 元のキーよりも高く裏声で歌っている。

 

 まるで、俺に入り込む余地を与えてくれているような。そんな歌い方だ。

 

『Why don't you come buck to me?』

 

 俺の声と、友希那の声が重なる

 俺の下手くそな歌に合わせて友希那が合わせてくれている。包み込むような優しい歌声がそっと寄り添う。

 

 目を瞑ったまま歌う友希那

 口から吐かれた息が、白く曇っていた

 

『避けようのない痛みを 2人分け合えるよ』

 

 消え入りそうな高音が、耳に心地いい

 つい聴き入ってしまいそうになる歌声を聞きながら、目を瞑り 自らの喉を震わせる。

 

 俺の左手に、友希那の右手が重なる

 少し冷たい友希那の手が俺の手の温度を奪う

 

『Cause I've know you're lonely like me』

 

 重ねていただけの友希那の手が、ゆっくりと握られていく。

 

 震えるような手の動きが、少しこそばゆい

 瞼を開き、友希那の方を見る

 友希那も、こちらを見ていた

 

『こびりついた悲しみを 拭い去れるの?』

 

 友希那の視線を受け止めた俺は

 ゆっくりとその手を握り返した

 

 また友希那は、少しだけ 笑っていた




次回予告

「私、はじめてだったの」

暗い公園の中、その姿は鮮明に焼き付いていた

「とても、楽しかったわ」

口から漏れ出す白煙が、綺麗だった

「もう一度言うわ」

今度は、声に出して
そう言った。

次回『発露、まっさらの愛』


Twitter



https://twitter.com/2Jrp71n98IkWeNw?s=09

好きなのはこの中だと...

  • 湊友希那
  • 今井リサ
  • 葛飾麗奈
  • 氷川日菜
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。