病まない雨はない   作:富岡生死場

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12 発露、まっさらの愛

「私、はじめてだったの」

 

 手は繋いだまま、友希那が言う。

 夜の公園、少し離れた場所にある街灯と すぐ側の自動販売機だけが俺たちを照らす。

 

 友希那の口から這い出た息が白く染まって蛍光灯の光を浴びてキラキラ光っていた。

 

「はじめて?」

 

 オウム返しで聞き返す。

 こちらを見ずに 頷きだけで応える友希那

 俺もつられて、友希那の視線の先を見る

 曇りがかった空は真っ暗で、月を隠してしまっている。今日はきっと、綺麗な満月だっただろうに。

 

「誰かのために歌を歌ったのは、今日が初めて」

 

 少し、友希那の手に入っていた力が抜けた

 ふっと弱まった手の感覚と、まるで風が吹き抜けたかのように俺と友希那の手のひらに入ってくる空気の塊が、少し湿っていた。

 

「いつも、聞いてくれてる人達のために歌ってるけど。それは自分のためだった」

 

 滔々と紡いでいく友希那。

 まるで教会で懺悔するように、語り始めた。

 友希那の姿を見ることはせず、左手に宿る体温だけで友希那の存在を感じる。

 

「自分をどう見せるか、どうすれば評価されるか、そればかり考えて歌っていた」

 

 リサから聞いていた、友希那のお父さんの話。それがきっと関係しているのだろう。お父さんの雪辱を晴らすために、自らの実力を表明し続ける友希那はきっと、自らの価値を常に意識しながら過ごしてきたのだろう。

 

「じゃないと意味が無いって、思ってた」

 

 あえて過去形を使った、友希那のその言葉と共に 友希那はぎゅっと、強く俺の手を握った。

 

 さっきまで感じていたその手の冷たさは いつの間にか暖かさに変わっていた。

 

「でも今日、初めて誰かの為に歌った。自分の為じゃなく 想、貴方のために」

 

 友希那がこちらを見据えて言う。

 真っ直ぐなその目は、ステージの上に居た友希那と同じものだった。視線を逸らす事を許さない、そんな目だ。

 

 痛いほどに純粋なその目が、俺の心に染み込んでいく。

 誰かの弱さを言い当てるだけの強さじゃない、本当の強さがそこにはあった。

 

 その強さが羨ましいと思った。

 

 浅ましいとは自覚しているけれど、眩しかった。

 

 俺は一度も、そんな強さを持てたことがない。リサとの夜だって、葛飾と出くわした事だって、ずっと誤魔化して過ごしてきた。

 

「初めて誰かのために、歌ったの」

 

 もう一度言う、友希那。

 

「とても、楽しかったわ」

 

 微笑みを携えながら言う友希那の表情は、女神みたいだった。全てを許すようなその表情は、1度見たことがある。

 

 あの夜の、リサの表情と 似ているのだ。

 

「誰かの事を考えながら練習をするのも、誰かの為に全力を出す事が 楽しかった」

 

 夜空を見上げながら友希那が言う。

 解放されたはずの視線、でも。

 友希那から目を逸らせない

 

 その姿が あまりにも綺麗だったから

 

「ずっと、余計な事だと思ってたわ」

 

 友希那は真っ暗な夜空に何を見ているのだろう。

 

『余計な事』は、何を指すのだろう。

 単に、誰かの為に歌う。って事に対して言ったのだろうか。それとも、もっと他の何かを指しているのだろうか。

 

 

「でも、想 あなたのおかげでわかったわ」

 

 俺の目を見る友希那

 

「もう一度言うわ」

 

 真っ直ぐに見据えた視線は、さっきよりも強く。さっきよりも熱い、視線だった。

 

『愛してる』

 

 今度は、声に出して

 そう言った。

 

 

 

 

 

 

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「俺は」

 

 きっと、震えていたと思う

 情けない声が、喉を通って出てくる

 

 でも、言わなきゃいけない

 今度は、俺が返事をする番だ

 

 友希那がまっすぐ伝えてくれた気持ち、なら俺もまっすぐ伝えなきゃいけない。その義務が、俺にはある。

 

「葛飾が好きだ」

 

 空になった左手を握りしめ。

 震える声を押しとどめ、言う。

 

「だから、ごめん」

 

 リサの時は出来なかった、否定の言葉を吐き出す。

 

 都合のいい、どっちも欲しいなんて考えを殺す。

 

「友希那とは、付き合えない」

 

 もしかしたら、これがきっかけで俺たち幼なじみは会うことが無くなるかもしれない。お互いバツが悪くなって会わなくなることになるかもしれない。

 

 でも、それでも。

 

 はっきりと、そう言った

 

「......」

 

 少し俯いた友希那が、沈黙を貫いていた

 長すぎる沈黙が耳鳴りを起こしていた。

 

「わかった」

 

 漸く友希那が言葉を発する。

 その声音は、恐ろしいほど澄んでいた。

 

 俺はこんなに声を震わせているのに

 友希那は、力強い声でそう言った。

 

「なら、こうするわ」

 

 友希那が立ち上がる。

 その動作は全く音のない、一瞬の動作だった

 

 頬に添えられた温度

 

 暗かった視界が、さらに暗くなる

 

 反射的に少し後ろに反った俺の背中に回された友希那の手に力が籠る。

 

 鼻を擽ったバニラの匂い

 こんな時でも、その匂いが付きまとうんだな

 

 友希那と俺の呼吸が重なる。

 

 それ以上は友希那は踏み込んで来なかった。

 子供同士の触れ合うだけの口付けは、なんというか。友希那らしかった。

 

 瞼を閉じた友希那の表情は、

 あの時のリサとそっくりだった。

 

 

 友希那と俺の距離が離れる。

 

 思い切り、息を吸う

 友希那も、少し呼吸が荒い

 

 肩を上下させながら右手が、俺の頬を撫でる

 左手は背中ではなく、俺の肩に添えられている

 友希那が、ベンチの縁で膝立ちになっている

 

 その姿はまるで戯れ付く猫のようだった

 

 もう一度、友希那が顔を近づいてくる。

 ゆっくりと、目を閉じる友希那

 

 でも、その動きは止まった。

 

 同時に 耳鳴りがする程静かな公園に

 もう1つ、音が鳴った

 

 音のする方に視線を向ける。

 

 友希那も、振り向いて音の正体を確かめる。

 

 

 そこに居たのは、葛飾だった。




次回予告


一体、何が出来るのだろう

一体、どの面を下げてまた会えるのだろう

胸に刺さったナイフが、まだ抜けずにいる

「じゃあ、おやすみ」

まだ、その味が残っていた。


次回『乖離、宣戦布告』




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好きなのはこの中だと...

  • 湊友希那
  • 今井リサ
  • 葛飾麗奈
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