病まない雨はない   作:富岡生死場

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Roselia編、始まります。


16 嚆矢、新しい起点

 体の倦怠感、だけじゃない。

 体の奥から来るふわりとした疲れが肌を通して、汗として染み出る。シミ出た水分が服や布団に染み付く。

 

 ゼラチン質の愛や、アルカリ性の塩分が、布団に染み付いて特異な匂いを放っていた。

 

「あ、起きた?」

 

 声の方を向く。

 リサが俺の寝ているベッドの縁に座っていた

 確かに寝落ちる前に勝手にしていいとは言ったけど、人の家の冷蔵庫はあんま開けないで欲しいな。

 

 リサがスポーツドリンクを飲んで、息を吐く

 一体どれぐらい寝てたのだろう

 

 携帯で今の時間を確認しようと手を伸ばす

 身体を少し動かすだけで背骨が軋む

 それに付随して倦怠感が増してくる

 

 加えて外から聴こえる雨の音が、余計に心を蝕む。余計な事はせず、もう少し寝ていようか。そんな風に思えてきてしまった。

 

 あと数センチ、手が届かない

 

 サイドテーブルに伸ばされた手がテーブルの縁をなぞる。空ぶった指先が木製のエッジにぶつかる。テーブルの冷たさが少し気持ちよかった。

 

 茶色のサイドテーブルに手を這わせながらやっとの思いで携帯を手に取る。ベッドの縁に腰掛け、寝起きで浮腫んだ顔でロックを解除する。リサとする前に来ていたメッセージを読んでなかったから確認しておく。案の定、葛飾からだった。

 

「もうちょっと、友達でいよう」

 

 少し上にある今日に予定を無しにした固い文章よりは随分柔らかい印象で、事実上のNOサインが書かれていた。いや、捉え方によってはOKサインではあるのだろう。YESでは無いだけだ。

 

 今日の10時頃に送られたメッセージにようやく既読をつけたものの、返事が思い浮かばない。なんて返さばいいのか分からない。

 

 その文章を見た瞬間、脳みそが止まってしまったのだ。続きを考えることが出来なくなった哀れな頭蓋骨が、中身をフル回転させて ようやく思いついたのが「うん」の2文字

 だ。ほんと、死ぬほど情けない。

 

「どうだった?」

 

 リサがまたスポーツドリンクを飲みながら言う

 

 葛飾から送られて来たメッセージだということは知らないはずなのに、随分と的確な質問だな。きっと察しのいいリサの事だ、言われなくても俺の反応でわかるんだろう。

 

 下着姿のリサの背中からは、本来あるはずの色気は見えなかった。どちらかと言うと哀愁の方が上回っていたのだ。

 

「友達でいよう、って」

 

 隠さずに、伝える。

 葛飾からのNOサインはこれからの俺と葛飾の関係にどういう影響を与えるのだろうか。帰り道にたまたま出くわしたとして、またいつもみたいに笑って話し合えるだろうか。

 

 水に流してしまうことなんて出来るのだろうか。

 覆水は盆に返れない

 

 また、リサを拒めなかったのに。

 葛飾とどんな顔で会うのだろう

 

「そういえばさ」

 

 リサが言う。

 葛飾の話題はお気に召さなかったようで、別の話題を探し始めたようだ。俺もリサとこの話題をずっと続けられる自信は無かったから、ちょうど良かったんだけれど。

 

「友希那、バンド組むんだって」

 

「まじか」

 

「マジマジ」

 

 また、薄っぺらい言葉を交わし合う。

 でも、薄利な言葉だとしても俺の胸の中にある意外さや驚きを表せる言葉は、あいにくこれしか持ち合わせていなかった。

 

 具体的な言葉が咄嗟に出てこないぐらいには、リサがいった言葉は俺を驚かせた。1回の舞台しか見ていないが、友希那がバンドを組んで その中で歌うのが、何となくイメージできなかった。

 

「メンバーとか、決まってんの?」

 

「1人、決まりそうらしいけど」

 

 じゃあ、まだ誰も決まっては居ないのか。きっと、友希那と組みたいやつは山ほど居るだろう。あのライブハウスで見た200人が熱狂した光景からして、想像に固くない。

 

 だが問題は、友希那が組みたいと思うかどうかだ。

 

 音楽の専門的な知識だとか、演奏をする側のマインドなんて俺にはあいにく理解できないけれど 友希那の性格上きっと妥協はしないはずだ、という事は容易に想像できた。

 

『はじめて、誰かのために歌った』

 

 そう、友希那は言った。つまり今までは自分の実力や、自分の魅力をどう観せるかに執着していたという事だ。リサから聞いた友希那のお父さんの件もある。余裕なんて一切無かったんだろう。

 

 だから、あの時『人形みたい』だと感じたんだ。中身のない、感情の入り切っていないその風貌が、痛々しさすら感じさせた。

 

「で、その決まりそうな人なんだけど」

 

 唇に人差し指を当てながらリサが言う

 

「なんか、無理そうなんだよね」

 

 多少、諦めも入ったような困った表情でそう続けた。友希那が組みたいと思うような奴って事は、相当実力がある奴なのだろう。そんな実力者だからこそ、簡単には行かないということなのだろうか。

 

「その人、違うバンドに入ってて」

 

 なんとなく、事情がわかった気がする。

 そのメンバーが手離してはくれないって事か。

 

「なるほどな」

 

 ベッドの縁から立ち上がる。

 勉強机に置いたままの昨日買ったまま飲んでなかったコーヒーの缶を開けて喉に流し込んだ。若干のぬるさと香ばしい味を感じつつ リサに問いかける

 

「その人、なんて名前なの?」

 

 なんとなく、気になった

 知ってなんになるって訳じゃないけれど、友希那がそんなに熱望する人の名前が、何となく気になった。

 

 未だベッドの縁に腰をかけた残り少ないスポーツドリンクを一気に飲み干したリサが、俺の目を見て言った

 

「氷川紗夜、って人」

好きなのはこの中だと...

  • 湊友希那
  • 今井リサ
  • 葛飾麗奈
  • 氷川日菜
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