主人公の名前は「中野 想」です
(あーあ、こんなはずじゃなかったんだけどな)
浮ついた空気が流れる新学期の教室で 1人机に突っ伏す。頭と机で押し潰したはずの視界は 蛍光灯の照り返しで少し眩しい。
灯りから隠れるように両腕をこめかみに合わせて、斜陽のような鬱陶しい光を遮断する。
これで、落ち着いて考え事ができる。
(今日は厄日だ)
(なんでこんな事になったんだ)
机につっぷしたまま、考える。
新学期初めの、ホームルームが始まるまでのこの僅かな時間で。俺の心情は既にボロボロだった。楽しみなはずのクラス替えが、執拗に胸を抉った。
「何寝てんの」
考え事の途中で、頭上からヘラついたハスキーな声が聞こえてきた。
寝たフリをして、顔が見えなくてもわかる。きっとこの声は二宮のものだ。この高校に入ってから、割とすぐ仲良くなった二宮、チャラい男子高校生だ。
普段なら、きっと機嫌よく話せただろう。でも今、俺は落ち込んでいるんだ。悪いけれど、無視させてくれ。
「寝たフリだろ? 知ってんだぞ」
また、声が聞こえる。言葉尻の上がり方がわざとらしく、胸中を逆撫でた。
「ほんとに寝てるやつは腕に力入んねぇよ」
俺の寝たフリを暴くため、俺の腕を触りながら二宮が言う。反射で強ばってしまった腕が憎らしい、我慢すらできないなんて。
諦めて 腕は組んだまま顔だけを上げる。
「何? なんか用? 眠いんだけど」
顔をあげながら、精一杯嫌そうな顔で応える。別にこいつの事、嫌いじゃないけど、今はあんまり楽しく話せる気分じゃない。
額が少し痛い、机につっぷしていたせいで 赤くなっているかもしれない。わざとらしく額を触りながら二宮の返事を待つ。
「想、今日1日元気ないじゃん」
ニヤニヤしながら、二宮が言う。最近流行りのキノコヘアーで、だらしなく学ランのボタンを2つ開けた チャラい格好で 俺の前の席に座っていた。
椅子の横から足を出しながら、身を翻してこちらに振り返る。机に置いた肘が俺の腕にあたるその少しだけこそばゆい感覚が、うざったい。
「別に、クラス替えってクソだなって思ってただけ」
馬鹿が丸出た口調で、つっけんどんに返す。自然とそうなってしまうのは、きっと。心模様を表しているからだろう。
「あ〜、『葛飾』だっけ?」
二宮が呆れたように言う。
その言い方に少しムッとしたけれど。まぁ、正解だから文句の付けようがない。
そう。葛飾、『葛飾 麗奈』が新しいクラスにいないのだ。去年に同じクラスだった、俺の片思いの相手。
同じ理系だし、来年もどうせ同じクラスだから焦んなくてもいいって思ってたら。何故か別のクラスになってしまった。
好きになったきっかけは文化祭で。その時一緒の班だったんだけれど、めっちゃ可愛い。俺の好きなボブカットで 性格も嫌いじゃない。少し腹黒い部分もあるけど、ちょっとだけ嫌な話題の時、露骨に声を小さくして大袈裟に話す仕草がとても可愛らしい。
「まさか特進クラスに行くとはな」
笑いながら、二宮が言う。
でも、葛飾は頭が良かった。俺みたいな奴とは違って。
理系だし、女子にしては珍しく。科目選択も生物じゃなくて物理選んでたから、一緒のクラスになるはずだったのだが。彼女は特進クラスに行ってしまった。
離れ離れになったこの状況は、さながらロミオとジュリエット。彼女と俺は、どうやら身分が違うらしい。
「あ〜あ、急に俺も。特進クラス行けねぇかな」
「俺より馬鹿なのに行けるわけねぇだろ」
俺の呟きに カラカラと笑う二宮。
まぁ、絶対に会う機会が無くなってしまった訳ではない。不幸中の幸いというか、俺たち2年E組のすぐ隣の2年F組が特進クラスだから、会おうと思えばいくらでも融通が効く。
でも、この教室一個分の距離は、心情的にはあまりにも遠い。用もないのに行けるほど、特進クラスと一般クラスの壁はそう優しいものでは無い。一般クラスにとっては決して超えることの出来ない、エリコの壁なのだ。
「うっせぇ」
未だニヤニヤ笑ってる二宮に悪態をつきながら。
左肘で頬杖をついて 教室の外に目をやる。晴れてはいるものの少しくすんだ様な空色。
もしかしたら葛飾も俺とクラスが別れたのが寂しくて同じように空を眺めているかもしれない。
そんな気色の悪くて、都合のいい想像を侍らせながら先生が教室に帰ってくるまでの休み時間を過ごした。
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「じゃあな〜」
「おう」
二宮と自転車置き場で別れる。いくら仲良くても、家の向きが真逆だから 一緒に帰ることは出来ない。軽いノリで挨拶を交わして それぞれの帰り道に自転車を漕ぎ出す。
始業式とクラス役員決めぐらいしかすることが無い退屈な一日が終わった。あとは家に帰って適当に過ごすだけ。
葛飾がクラスに居ないだけで、こんなに学校って味気なくなるんだな。
いまいち好きになったきっかけも覚えていないけれど、多分今俺が葛飾に抱いている感情は恋なのだろう。彼女と話す時間はきっと何よりも楽しくて、他のどんなものより短く感じる。
仮に葛飾と付き合ったとしたら俺の寿命の体感時間は、多分10時間ぐらいだと思う。
まぁ、告白する勇気なんて無いんだけど。
別に彼氏になれなくてもいい、そういう弱い気持ちが俺の中にずっと居座っている。
今でも十分楽しいしそれが無くなってしまうぐらいなら。このままでも良いや、だなんて。男らしさもへったくれも無いようなダサい理由で、結局高校2年まで告白できないでいた。
まるで、あの時みたいに。
昔にも、そういう事があった。何でかわかんないけどすげぇ好きになって、でも結局告白出来ないまま。そのまま友達の時間が長くなって勝手に1人で冷めてしまった。
そんな経験が、昔。俺にはあった。今では仲のいい、幼馴染って感じで落ち着いちゃってるんだけど。
まぁでも、それでも良かったんじゃないかって。弱気になってしまう。
そんなダサい昔話を思い出しながら、家まで自転車を漕ぐ。俺が通ってる「都立江戸川高校」から家まではだいたい2、30分ぐらい。距離的にはそんなに遠いわけじゃないけど 坂道とか色々のせいで時間がかかる。
まぁ、ラジオ聴きながら自転車漕いだらすぐなんだけど
イヤホンから流れる芸能人のトークを聴きながらペダルを踏みしめる。耳に入ってくる緩い話題とは対照的に3時の少し暑い日差しを受けながら家路を辿る。すると、見覚えのある後ろ姿が見えた。
あれ、友希那か?
少し 久々に会った気がする。それに、何となく纏っている雰囲気が違う。なんというか 余裕がなさそうな そんな雰囲気だ。気がたっているような足取りで 1人で帰っている。昔から天真爛漫ってわけじゃないけどあんなにイライラはしてなかったはずだ。
「おーい、友希那!」
何となく 気になったから、声をかけてみる。
何かあったのかも。別に検討がある訳では無いけど なんか悩み事があるなら 助けになってやりたい。もしかしたら新学期だし 俺と同じで好きな人と別のクラスになったとか? いや、あいつ女子校だからそれは無いか。
「よっ! 久しぶり」
友希那の横で自転車を降りて、声をかける。
視線をこっちに向ける友希那 不機嫌そうに顔を顰めてこちらを見る友希那はまるで俺の記憶とは別人だった。
「何かしら、私 急いでいるの」
「別になんもないけど 見かけたからさ」
早く会話を終わらせたそうな声と、表情で友希那が言うもしかしたら今日、二宮にした態度ってこんなだったのかな。だとしたら俺って結構酷いことしてたのかも。
「そう」
踵を返して また歩き出した友希那
どうやら本当に急いでいるらしい。まぁ なんか用事あるんだろう。気にしないどこう。
「何、呼んだ?」
「......」
まだ俺とこいつが同じ学校で、小さかった頃 友希那が「そう」って言ったら毎回やってた。俺の名前が「想」だからこそ出来る俺だけにしかできないウザ絡みだ。友希那が露骨に嫌そうな顔をする
「......はぁ、成長しないのね」
「お前もな」
お互い昔と同じようなやり取りをしたおかげで ちょっとだけ、友希那の出てたピリピリした空気が和らいだ気がした。ここにリサが居たら、もっと楽しかったのかも。やっと話せそうな空気になってくれたのでイヤホンをしまう。
「リサは? 一緒じゃないの?」
「クラスが違うから」
ふーん、別にクラスが違っててもリサなら一緒に帰りそうだけどな。まぁ新学期初日だし クラスごとにホームルームが終わる時間 バラバラでもおかしくは無いのかも。一応、納得はした。
「あのさ......」
「中野くん」
続けて友希那に話しかけようとした時、後ろから声が聞こえた。幼馴染との再会ですっかり忘れていたけど、今日1番会いたかった、今日1番聞きたかった声が聞こえた。
振り返ると、予想通り 葛飾がいた。
「......想の友達?」
友希那が怪訝そうな顔で聞いてくる。なんだ、俺に女子の友達がいちゃ悪いのか。
「うん、元おんなじクラスの友達」
「今は変わっちゃったけどね〜」
自転車を降りながら明るく言う。
「そ。じゃ、私 急いでるから」
急激に興味を無くしたような様子で 歩くスピードを早めた友希那。それを手を振って見送る俺と 習って一緒に手を振る葛飾、まるで3人ともが共通の知り合いみたいな 和やかな光景。でも、少しだけ肌を刺すような感覚が身を襲った。
「中野くん、あんな可愛いお友達いたんだ。知らなかった」
やばい、誤解される。葛飾に変な勘違いされたりしたらたまったもんじゃない。友希那はただの幼馴染だ、それ以上でも以下でもない。
友希那『は』だけど。
「大丈夫? 私邪魔しちゃった?」
「いやいや、全然大丈夫」
お互い顔を見合わせて笑いながら言う。多分 葛飾は「邪魔しちゃった」だなんて思ってない。でもこういうちょっと腹黒いところも可愛い。やべぇ ぞっこん過ぎてキモイな 俺。
クラスが変わって絶望していたところで会えたせいで少しテンションがおかしくなってしまっている。ああ、このまま時間が止まればいいのに。本気でそう思いながら 2人で一緒に自転車を押しながら帰った。
次回予告
「じゃあ、またね」
代わり映えのしない帰り道
「何独り言言ってんの?」
でも、その中にひとつ垂らした違和感が
「そういえばさ」
日々を浸していく
「アタシんち、来る?」
次回『遭遇、魅力的な誘い』
https://twitter.com/Tomiokasei4jyo?s=09
好きなのはこの中だと...
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