病まない雨はない   作:富岡生死場

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20 霹靂、差し金はドミノを倒す

 自分の部屋で、1人 ため息を零す。

 

 過剰に消臭剤を撒いたなんとも言えない自室の匂いを嗅ぐ。嫌な匂いでは無いんだけど いい匂いとも思えない、新品の家具を置いた時のような曖昧な匂いが鼻をくすぐる。

 

 身を預けた 昔から使っている学習椅子を軋ませながら両手で携帯を抱えるように操作する。左上に『Hina』と書かれたRINEのトーク画面、1分の等間隔で送り合う文字列のメッセージはまるで仲のいい友人のようにも見えるが、実際のところは今日たまたま知り合っただけのほぼ他人だ。

 

「なんでお前、姉ちゃんと仲悪いの」

 

 テンポよく送りあっていた会話が、この文章を送ったっきり 途切れてしまった。

 

 駐輪場で日菜に改めて『お願い』を言い渡されてから、俺と日菜はRINEを交換した。「Reeves Rose」のメンバーである神田や江戸川と接触するためには、日菜と連絡先を交換しておいた方が便利だし、異論もなかったので素直に応じたのだが。

 

 やっぱ、コイツは苦手だ

 

 掴みどころの無いような会話だったり、どこか他人に興味が無いような雰囲気だったりが、円滑なコミュニケーションの邪魔をしている。

 

 それに、いつ地雷を踏み抜くか分からない。

 

 ちょうど今がそうだ。多分、日菜に取って姉、「氷川紗夜」の存在は地雷なのだろう。姉が来るとわかっただけであの慌て方なのだ、容易に想像はつく。でも、あえて俺はその地雷を踏み抜いた。

 

 なぜなら、

 

 きっと。今回の件は友希那と「Reeves Rose」だけじゃなく、『氷川日菜』と『氷川紗夜』の問題でもあるはずだ。じゃないと、わざわざ俺や友希那を巻き込んでまで氷川紗夜とあのバンドを引き離したりしない。

 

 そうまでして、『氷川日菜』には達成したい目的があるはずだ。

 

 一体、あの2人の姉妹の間に何があるのだろう。異常なまでの距離感は、何が原因なのだろう。

 

 考え事をしていた脳を、両手の感覚が叩き起す

 

 通知で震えた携帯の上部に緑色の表示が出る。日菜とのトーク画面を開いているのに通知が出るってことは、送信主が日菜じゃないって事だ。

 

 送り主は、友希那だった。

 

「玄関まで来て」

 

 一瞬、メッセージの意味がわからなかったのだが。何秒か使ってようやく理解出来た。今、アイツが俺の家の前に居るのか。

 

 きっと、インターホンを鳴らす事に躊躇したんだろう。現在の時刻は7時前、ご飯を作ってくれている母さんがチャイムの音を聞いたら迷惑だろうという、友希那なりの配慮だと推測した俺は、急いで自分の、二階の子供部屋から玄関へと向かう。

 

 まるで、昨日のリサの時みたいだった。

 

「ごめん、おまたせ」

 

 玄関のドアを開けながら、友希那に言う。

 風呂上がりの前髪をヘアゴムで縛り、適当な部屋着を着ただけの味気ない服装で友希那を前にする。一瞬俺の格好に驚いたような仕草を見せた友希那だったが、すぐに元の無表情に戻った。

 

「大丈夫よ、突然押しかけたのは私だもの」

 

 澄ました声でそう言う友希那。視線は俺の目、じゃなくて俺の前髪に向いている。リサが久々に俺の前髪をくくった昨日から、俺は家では前髪をくくるようにしている。

 

 懐かしい感覚が、心地いいのだ。

 

「それ、似合ってるわよ」

 

 口を緩ませながら言う友希那。

 少し馬鹿にしたような物言いに、腹が立つ事は無かった。むしろ、安心すらしていた。

 

「で、わざわざここに来た理由なのだけれど」

 

 気を取り直して言う友希那。

 緩めていた口をきゅっと結んで俺の括られた髪から、俺の目を見つめる。

 

 日の落ちた薄暗い、ポツポツと街灯がつき始めた住宅街を背景にした友希那の姿は、2日前のあの姿を思い起こさせた。

 

『葛飾さんから、奪ってみせる』

 

 あの日の友希那の声や、ココアの味が一瞬で蘇る。

 暗闇の中に見た葛飾の涙、ベンチで一緒に歌った『Sorrows』、握り返した手の温度。

 

 全部、覚えている。

 

「宇田川さんの加入は認めたわ」

 

 思い出の中の友希那では無く、目の前にいる友希那がそう言う。やっぱり、氷川紗夜は加入してくれなかったのか。

 

 でも、宇田川はちゃんと友希那と組めたみたいだな。

 

「あと、紗夜の事なのだけれど」

 

 友希那が続きを言う前に、俺のポケットに入っていた携帯が通知音を鳴らす。会話の途中で携帯が鳴るの、今日で2回目なんだけど。

 

「......見ていいわよ」

 

 少し不貞腐れたような目で俺にそう言う友希那。

 その言葉に甘えさせてもらうとしよう。スエットのダボついたポケットの中に入った携帯を取り出しRINEを起動する。

 

 日菜からのメッセージだ。

 

「そんな事より、いいニュースだよ」

 

 俺の質問に既読無視を長い間決め込んだくせに、『そんな事』と一蹴するだなんて。

 

「ごめん、続けてくれ」

 

 日菜とのトーク画面を見ながら友希那に言う。どうせアイツの事だ、たいした事ないニュースだろう。そう思いながら視線を前に向けると、友希那が俺の携帯を覗き込んでいた。

 

「『Hina』...紗夜の妹ね?」

 

 背筋が凍るような声で友希那がそう聞いてくる。

 そんな俺の前に広がる光景とは対照的に、気の抜けたRINEの効果音が鳴る。

 

「お姉ちゃんのバンドがライブするんだって」

 

 その送られてきたメッセージを、友希那と2人で見る。

 

「想」

 

 携帯からゆっくりと視線をあげ、俺の目を見る友希那。あの時の俺の記憶通りの、静かな熱を宿したような目が俺の目を見据える。

 

「そのライブ、一緒に行ってくれるわよね」

 

 逆らいようのない、命令のような言葉だった

好きなのはこの中だと...

  • 湊友希那
  • 今井リサ
  • 葛飾麗奈
  • 氷川日菜
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