病まない雨はない   作:富岡生死場

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ランキング乗ったおかげで色んな方の目に止まったみたいですけど、ランキングに乗ってることよりここまでちゃんと読んでくれてる方が居ることの方が遥かに嬉しい。


22 懐古、見えない言葉

「じゃあ、また学校で」

 

 葛飾との電話を切る

 背中はまだ、廊下の壁に預けたまま 鬱屈した肺の中の空気を追い出すみたいに 上を向きながらため息をつく。携帯を持った右手と開きっぱなしの左手をだらんと放り出し、胴体にぶら下がっただけの両手がゆらゆらと揺れる。

 

 本来なら、喜ぶべきことだ。

 

 でも、喜べない。

 

 未だに俺は葛飾...麗奈と向き合うための心の準備や、取り戻すべき面子を持ち合わせていない。あの公園で泣かせた麗奈や、友希那の気持ちを片付けきれていない。

 

 あの時友希那から言われた言葉が、まだ忘れられていない。

 

『好きって言葉の意味、わかってる?』

 

 解ってたつもり、そしてそれを再確認したつもりでも、結局またリサを拒む事が出来ずにいた。そして、友希那の手伝いやリサの相談にのることで、自分の罪悪感を無くそうとしている。

 

 また、自分勝手だ。

 

 通話終了を伝える液晶を操作してトーク一覧に切り替える。上から『れな』『りさ』『Hina』『友希那』の順で並んでいる。その光景が、心情と行動の乖離を表していた。

 

 麗奈の事が好き、だなんて 自分にも周りにも言いふらしているのに 他の異性との関係に恥じる事もせず甘んじている。

 

 昨日のリサの言葉を思い出す。

 

『辛かったんじゃないかな?』

 

『私もわかるよ』

 

 同情のようで、その実俺の首を締めて緩めない言葉。ナイフではなく、麻紐のような言葉がまだ俺の首元にぶら下がっていた。外そうにも外れないその首飾りが、鬱陶しいようで、でも煩わしさは無かった。

 

 昔、自分が好きだった相手が俺の事を望んでいる状況が 無責任ながら嬉しかった。

 

 もしかしたら、友希那の気持ちから逃げるためじゃなく リサの気持ちから逃げるためのものなのかもしれない。この、「好き」という気持ちは。

 

 自分自身で自覚が無いだけで、無意識のうちに利用していただけなのかもしれない。その気持ちが、今 本物になりつつあるのかもしれない。

 

 そんなイタチごっこの推論を捏ねくり回しているうちに、すっかり足先は廊下の冷たさに充てられてしまっていた。蒸れた冷気が土踏まずを満たしていく。その寒さから逃れるみたいに、自分の部屋に入る。

 

 部屋の中の空気には、まだあの時の燃え滓が残っていた。

 

 右手にはトーク一覧を表示したままの携帯、左手はまだドアノブを握ったまま。無音を貫いているイヤホンを、未だに耳につけている。

 

 灯りのついていない部屋は廊下から入ってくる照明の光で、手前の部分だけが明るい曖昧な暗さだ。その暗さの中、探るみたいに液晶から出る光を懐中電灯のように使って照明のスイッチを探す。

 

 壁にスイッチが着いていればいいのだが、部屋の照明はリモコンで管理されているのでいちいち探し当てなければならない。更に、定位置を決めておけばいいものを リモコンを使った後は毎回違う場所に放置してしまう。

 

 携帯を片手に行方不明のリモコンを探していると、携帯が震えた、ついでに無音だったイヤホンからもベルの音が聞こえた。

 

 薄暗い部屋の中、やけに強い液晶から出る光に目を細めながら確認する。麗奈からでも、リサからでもなく、日菜からだった。

 

「お姉ちゃんとの事、聞きたい?」

 

 友希那と玄関で会う前に日菜に送ったメールを思い出す。「そんな事」という言葉で一蹴した筈の「そんな事」を、今更引き戻してくるのか。でも、興味はある。

 

「聞きたい」

 

 短く、そう返信を送る。

 リモコンを探す事を忘れて暗い部屋の中、辛うじて探し出したクッションの上に座って日菜からの返事を待つ。

 

 でも、返信は来なかった。

 その代わり、日菜から電話がかかってきた。

 

 麗奈とは違って「大丈夫?」とか、確認を取ることをしない一方的な着信は まだ知り合って数時間程度なのだけれど『らしさ』を感じさせるものだった。

 

「もしもし」

 

 そんな無遠慮な着信に応じ、こちらも少しぶっきらぼうに言う。麗奈の時とは大違いの、愛想の無い声音にも全く動じない日菜。ほんと、『らしい』な。

 

「そんなに私と電話したかった?」

 

 巫山戯たトーンでからかってくる日菜。

 

「お前がかけてきたんだろ」

 

 友人みたいな軽口の殴り合い、俺の返事に「そうだったっけ?」なんて調子の良い言葉を重ねてくる日菜は、面と向かって話す時よりも幾分か話しやすかった。

 

 あのフードコートでの悪魔みたいな表情や仕草を見ないで済むだけで、だいぶ気が楽だ。

 

「で、お姉ちゃんとの事なんだけど」

 

 お巫山戯から話を戻す日菜、まだ少し 声音が戻りきってない半笑いのような声で、イヤホン越しでもなんとなく日菜の表情が伺えた。

 

「私、実は普通とちょっと違うんだ」

 

 それは、言われなくても解っていた。

 普通の人間とは一線を画したような、そんなオーラというか 雰囲気というか。とにかく、普通とは違う何かはうっすらと感じていた。

 

「だから、割と何でも出来ちゃってて」

 

 懐かしむような、憐れむような、声だった。どちらにせよ良い事ばかりでは無かったのだろう。それぐらいは、惚けた頭でも解った。

 

「それで、お姉ちゃんが言ったんだ」

 

 一瞬、日菜の声が上擦ったような気がした。少しだけ多く肺に空気を取り込んだせいで、発声に失敗したような、そんな上擦り方だった。

 

「『嫌い』、なんだって」

 

 わざと「嫌い」という部分だけゆっくりと、それでいてはっきりと言った日菜。咀嚼するような、飲み込むようなその発声の仕方が、虚しかった。

 

 絶望と諦観とが入り交じったようなその声が、まるで自分が「嫌い」と面と向かって言われたような錯覚を与えた。

 

「『比べられる』の、嫌なんだって」

 

 鉛のような重みを持ったその言葉が、土手っ腹に響いた。昼間に見たあの明るい表情からは想像もできないほど暗い声が、イヤホンから流れていた。

 

「だから」

 

 随分と溜めの長い接続詞を吐き出す。

 次にくる言葉の重みに耐えるように、暗い部屋の中 瞼を閉じる。

 

「今のままじゃ、ダメなんだ」

 

 また、主語の無い曖昧な言葉が聞こえる。

 

「だから、お願い」

 

 しょぼくれた、『らしく』ない声が聞こえる。

 

「私の代わりに、2人からお姉ちゃんを引き離して」

 

 駐輪場で聞いた、昼間と同じセリフを もう一度日菜は言った。

 

 その声は、酷く潤んでいた。

好きなのはこの中だと...

  • 湊友希那
  • 今井リサ
  • 葛飾麗奈
  • 氷川日菜
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