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「......まだかな」
携帯を片手に、駐輪場に1人で立っている。
部活を終えた生徒たちが辺りをうろつき始める夕暮れの時間帯、本来 部活をやってない俺はもっと早くに帰宅しているはずなのだが、今日はまだ帰らず残っている。
それは、昨日の約束が原因だ。
部屋の中にも入れず、自室のドアの前で立ったまま麗奈と交わしたあの会話を思い出す。それと同時に、麗奈との電話の後すぐ起きた 日菜との会話も同時によぎった。
昨日の日菜との電話は、あの『お願い』の後は長い沈黙が流れていた。すんすんとなる鼻の音、服と服が擦れる音、そんな僅かな音を日菜のマイクは逃さず伝えていた。
そして、鼻声混じりの照れ隠しみたいな声がまた聞こえるようになるまでは、それなりの時間が必要だった。それからは友希那とリサと俺の3人で『Reeves Rose』のライブに行く事を伝えて、適当な話とおやすみの挨拶だけを交わしてすぐに電話は切れてしまった。
日菜に対して抱いていた「悪魔」のようなイメージは、昨日の電話でなんとなく薄まっていった。日菜の姉から受けた強い拒絶、そしてそれによって日菜が感じた 漠然とした『このまま』じゃダメ、だという脅迫めいた感情。
その存在を知る事が出来たあの数分間の出来事は、きっと大事なものだったはずだ。
日菜と氷川紗夜の2人にある壁の正体が、何となくわかった気がした。そんな、夜だった。
「ごめん、おまたせ」
背中にかかってきた鈴のような声が、考え事をしていた脳ミソをひっくり返す。
振り返った先には、制服姿の麗奈が居た。
少しはねた黒髪が、猫のようなその瞳が、唇の下にあるホクロが、その全てが、当たり前なのだが『葛飾麗奈』のものだった。
「補習、おつかれ」
麗奈に、労りの言葉をかける。
麗奈も部活はやっていないのだが、2年生から特進クラスに編入したので この少し遅い時間まで補習があるのだ。入学式の日は補習はまだ始まって無かったので帰り道にたまたま会う なんて事が起きたのだが、補習が始まってしまった以上 普通に学校生活を送っていれば麗奈と一緒に帰るなんて事は起きない。
だからこその、昨日の約束だったのだ。
「ありがと」
苦笑まじりの麗奈の笑顔は、少し曇っていた。
どうしたの、なんて聞ければ1番いいのだが。喉に引っかかったその言葉が空気に触れることは無かった。
「なんか、やっぱ変だね」
まばらに自転車が停まっている、がらがらの駐輪場を見渡しながら 麗奈が言う。主語のないその言葉は、何を刺しているのだろう。
部活でもないのにこの時間まで残っている事に対してなのか、ほとんど自転車が停められていない駐輪場に対してなのか、それとも 俺の事に対してなのだろうか。
「ねぇ、想くん」
麗奈の口から出た、イヤホン越しじゃなく 空気を通して鼓膜を揺らす俺の名前と同じ音の振動は やっぱり、果てしなく違和感を感じさせた。
そして、
「私の事、まだ好き?」
その言葉は、俺の脳みそを掻き回した
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自転車を押しながら、麗奈と並んで家路を辿る。夕暮れに染まっていく空がくすんでいた。まるで、自分の心模様を見ているみたいだった。
『私の事、まだ好き?』
その言葉で煩悶とした脳で必死こいて考え出した返事は酷くちゃちな言葉だった。
『まだ、好きだよ』
これだけしか、言えなかった。
他にも言うべきことはいっぱいあった筈だ。後からならいくらでも言葉は思いついた。でも、もう遅かった。
消費期限が切れた行き場の無い麗奈への返事が、まだ燻っている。
「想くんのクラスは、文化祭何するの?」
俺の隣で同じように自転車を押す麗奈が、なんでもないような笑顔で なんでもないような話題を選ぶ。さっきまでの苦笑まじりじゃない、晴れた笑顔だ。
「なんか、脱出ゲーム作るらしい」
「あぁ、クイズみたいなやつ?」
「そうそう」
「面白そうだね」
滞りないようで、どこかぎこちない雰囲気の会話が夕暮れの帰り道に反芻する。取り繕ったような、取りこぼさないように必死で掬っているような、そんな危うさがある会話だった。
「麗奈は、何するの?」
「えっとね、お化け屋敷みたいなの」
「みたい、って」
「だってまだ決まってないんだもん」
不貞腐れたように笑う麗奈、その様子を見て笑っている俺。少し前なら当たり前の距離感で、少し前なら何よりも欲していた名前で呼び合う関係性。
色々あり過ぎて忘れてしまっていたこんな帰り道を、麗奈がまた取り返す機会を与えてくれた。あの時泣かせてしまった俺に、麗奈の想いを汲むことが出来なかった俺に、与えてくれたこの時間。
深く考えすぎて気づかなかったけれど、こんなに簡単だっただなんて。
リサと友希那の事を全部整理してから、全部片付いてからじゃないと向き合えないと思っていた。でも、実際はそうじゃなかった。麗奈が歩み寄ってくれることで、簡単に取り戻す事が出来たこの瞬間。
でも、
それでも、
「あのさ、俺さ」
喉から吐き出せずに、空気に触れることさえ叶わず腐ってしまった言葉を、もう一度作り直す。
「葛飾の事、好きだよ」
『麗奈』じゃなくて、『葛飾』と呼ぶ。
「でもさ、俺」
逸らさず、葛飾の顔を見る。
次の言葉を不安そうに待っている葛飾の顔は、あの公園で泣いていた顔にどこか似ていた。
「まだ、なんだと思う」
曖昧に発した言葉、
でも葛飾は、葛飾には、伝わったみたいだ。
「うん、わかった」
深く息を吸い、肺に溜め込んだ空気を押し出す。その葛飾の長い呼吸が、俺の胸を騒がせた。
「帰ろ、中野くん」
また、なんでもない笑顔で葛飾が笑った
好きなのはこの中だと...
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