病まない雨はない   作:富岡生死場

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25 開花、夕焼けの悪魔

「いやいやいや 私、無理だよ」

 

 開かれた手を前に出してひらひらと振りながら日菜が宇田川に向かって言う。焦った顔でそう返す姿が なんというか、滑稽だった。

 

 そういえば、宇田川は日菜の事情知らなかったよな。だから俺と日菜みたいに『氷川紗夜を入れないといけない』という凝り固まった考えの外からの意見が出たのだ。

 

 でも、よく考えればそれもいいのかもしれない。

 

 昨日日菜が言ってた『今のままじゃダメ』という言葉は具体的に本人から聞いた訳では無いが、きっと『今のままの氷川紗夜だと、比べられる事に耐えられない』からダメなのだろう。

 

 そのために日菜は氷川紗夜を取り巻く環境を変えようしている。でも、もしかしたら日菜が友希那のバンドに入る事で『今のまま』から変われるのでは無いのだろうか。

 

「案外、アリなんじゃないか?」

 

 宇田川の援護をする。

 伺うような顔から喜びを隠そうともしない晴れやかな表情の宇田川、それとは対照的に冗談を聞いたような軽い笑顔から動揺を隠せない表情を浮かべる日菜。

 

「え」

 

 俺と宇田川を交互に見る日菜。

 

「ですよね!」

 

 日菜から視線を外さない宇田川。訴えかけるようなその視線に少したじろぐ日菜。

 

「絶対、日菜さんが入ってくれたらかっこいいバンドができると思うんです!」

 

 初めて俺と会った時みたいに、底も根拠もない自信溢れる表情で言う宇田川。でも、

 

「いや〜、私ギターやった事ないんだけどなぁ」

 

 だと思った。姉がやってるからと言って、その妹も同じ趣味に精通しているとは限らない。

 

 俺は一人っ子だから実際の兄弟同士の距離感とかは分からないが そんなフィクションみたいに趣味が全く一緒の兄弟ばかりじゃない事は何となくわかる。

 

「え、でも紗夜さん 言ってましたよ」

 

 日菜の言葉をうけ、驚いたように零す宇田川。

 宇田川の発した言葉で、日菜の顔色が冗談めいた薄っぺらいものから真剣な顔に変わった。

 

 ほんと、女の子の表情ってアテにならないな

 

「『妹は私の真似を何でもする』って」

 

 きっと氷川紗夜が言ったであろう部分を、わかりやすくスロウなペースで語った宇田川。

 

 その言葉で、ふと違和感が湧いた。「妹と比べられる」事を悩んでいたという事は、姉と同じ事を妹がしていたという事だ。じゃないとそもそも比べようが無い。

 

 なら、なぜ氷川紗夜がきっと1番拘っているバンド活動をこいつはしていないのだろう。

 

 それが ふと、気になった。

 

「だから私、てっきり日菜さんもギターやってるのかと」

 

 困ったような表情と声音で言う宇田川。

 その声と顔色を受けて、何となくバツの悪そうな顔をする日菜、それをただ見ているだけの俺。

 

 暑いのか寒いのか、一概に言えないような外気温によって しみ出ていた汗が冷えて肌に張り付く。さっきまで自転車をついていた腕が、日菜が落っこちないようにハンドルを握っていた腕が、ぴりぴりと痺れる。

 

 その薄い痺れた感覚が、ゆっくりと薄まっていく 暖かいような冷たいような、そんな妙な感覚を味わいながら 日菜の反応を待つ。

 

 姉に1度拒絶をされた日菜、それ以来 何となく我慢をしているだろう事は 薄々察していた部分はあった。だからこそ、日菜がギターを始めることはいい事だと思っている。

 

 これがきっかけで、氷川姉妹の間で何かが変わってくれれば良いと 思っている。

 

 でも、決定権は俺や宇田川には無い。日菜が考えて、日菜に結論を出してもらうしかない。

 

 少し俯いて黙っている日菜。その姿が 昨日、ショッピングモールの駐車場にいた悪魔のような日菜と重なる。

 

 背中に流れる冷や汗が、妙に暑かった。

 

 居心地の悪い、わけではないけれども少し湿った 湿度の高い雰囲気が俺たち3人の間には相変わらず流れている。

 

 そして、

 

「わかった」

 

 沈黙で鬱屈としていた空気を追い出すような明るい声を、日菜が吐き出す。

 

 顔をあげた日菜の顔には、重なっていたはずの不気味な表情は見当たらなかった。

 

「なんかあったら想くんのせいだからね」

 

 夕焼けを背に笑いながら日菜が言う。

 斜陽が指す自販機のベンチ前の、帰り道の風景のど真ん中で笑顔でこちらを見るその姿は 悪魔とは程遠い、天使みたいな姿だった。

 

「ギター、やってみるよ」

 

 笑顔で、そう言いきった。

 

 

 

 

 

 

 

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 あれから2日が経った木曜日の夜。

 3人で話して、日菜をギターを始めてから2日が経った。

 

 次の日には日菜は楽器店に赴き、中古のアコギを既に買っていた。本人から聞いたが、値段は1万1000円だったらしい。弦を抑えるパーツが取れかかっていて、修理したものだからその値段だったとのこと。

 

 その買ったギターに、初日は日菜はかなり悪戦苦闘を強いられていた。その様子を俺は電話越しに聞いていたのだが「なんでドレミじゃないの」だの「すごい指痛いんだけど」だの、文句ばっかりずっと言っていた。

 

 だが、今日は違った。

 

 俺はあまり詳しい事は分からない(日菜が言う内容が抽象的すぎて何も理解できなかった)のだが、どうやら指の動かし方を全てマスターしたらしく、はやくもリクエストした曲をネットで調べた譜面を見ながら弾いていた。

 

 きっと、それは異常なのだろう

 氷川紗夜が、頭を抱えるわけだ

 

 携帯のトーク画面を見る

「通話終了 2:16」の表示を見ながら さっきまで聞いていた日菜が奏でる弦の音を、もう一度思い出す。

 

 普通は、その場で言われた曲の譜面を調べてすぐに弾くなんてできるはずが無いだろう、でもそれを 日菜は やってのけた。その事実が、恐ろしく思えた。

 

 このまま練習を続ければ、友希那の求めるレベルまですぐに成長してしまい 氷川紗夜の代わりに日菜がバンドに入ることになるのだろう。

 

 そうなった時、氷川紗夜はどう思うのだろうか。

 

 また『比べられる』事に嫌気が刺して、また日菜を拒絶するだろうか。その時、俺は日菜に何をしてあげれるだろうか。

 

 まだ、何もわかってない。

 でも、一つだけ確かな事があった。

 

『ただ好き』なだけで、相手を想う事もせず 何も行動に起こせなかった俺みたいには、なって欲しくない。

 

 姉の事を想って行動を起こそうとしている日菜を、手伝ってやりたい。

 

 そう、強く想っていた。

好きなのはこの中だと...

  • 湊友希那
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  • 氷川日菜
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