病まない雨はない   作:富岡生死場

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29 狼狽、2度目の罪科

「リサ..」

 

 無意識に、口から声が漏れ出る。

 

 なぜ、明日までリサには会わないと決めつけていたのだろう。今日が終わらなければ、リサと会うことは無いだなんて思っていたのだろう。

 

 いつもより遅い帰り道で、偶然出会ったリサ。

 

 心臓が鷲掴みにされたように、血液を絶えず多量に送り出す。全身が巡っていく血液でジンジンと熱くなっていく。月曜の夜に廊下で葛飾と電話をした時に感じたのと同種の痺れが、手の先を覆っていく。

 

「今帰り? 遅くない?」

 

 笑いながら、近づきながらそう言うリサ。

 何を考えているか全く分からないその笑顔は、きっとまた嘘の表情なのだろう。この3週間の間に嫌という程見たその薄皮のような笑顔が、不気味だった。

 

 そして、リサの横にもう1人居ることに今更ながら気づいた。俺の脳ミソは、リサや葛飾に気を取られてそれどころでは無かったらしい。

 

「中野くん、寝ちゃったもんね」

 

 俺がリサの表情と もう1人に気を取られて何も返せずにいた間に、葛飾が代わりに答える。噛み合っているようで噛み合っていない、1段飛ばしをしたような葛飾の返事はリサに向けてではなく俺へと視線を向けながらの返事だった。

 

 訴えかけるような、諭すような、縋るようなその目はまるであの公園で見た、葛飾みたいだった。

 

「ふ〜ん」

 

 葛飾の言葉の意味がわかっているのか、わかっていないのか分からない曖昧な相槌を打つリサ。その横で何も言わずに俺と葛飾を交互に観察する銀髪の女の子。

 

 なんで、こんなにタイミングが悪いのだろう

 

 葛飾の補習が終わるまで学校に残って それから帰り始めれば、リサや友希那には会うことは無いと思っていた。現にここ3日は会わなかったし、きっと今日も会うことはないと思っていた。

 

 それなのに、なんで。

 

「そういえばさ、想」

 

 俺のすぐ近くまで歩を進めきり、前進を止めたリサが少し大袈裟に手を広げながら言う。

 

 暗くなり始めた帰路で見るリサの姿は、つい5日前の日曜日、雨の日に俺の玄関で見た時に感じた、委ねてしまいたくなるような、そんな雰囲気は一切纏ってはいなかった。

 

 奪われてしまいそうな、奪われないように身構えてしまうような、そんな恐ろしさがあった。

 

 そして、

 

「明日の事、ちゃんと覚えてる?」

 

 その言葉は、確かに葛飾から平静を奪った。

 

 

 

「ごめん、中野くん」

 

 リサの声が先か、それとも葛飾の声が先か、わからないぐらい咄嗟に出た葛飾の声。

 

 跳ね上がるような声が、葛飾の喉から発せられた。

 

「今日、私早く帰らなきゃだから。先行くね」

 

 嘘。

 見抜くだとか、見抜かないとか、そういうレベルじゃないほどの浅い嘘が、葛飾の喉から発せられた。

 

 ほんとに早く帰らなきゃ行けないなら、寝ていた俺を悠長に待ったりしない。その言葉が本当なら、さっきまで自転車を押しながらダラダラと喋っていた葛飾はなんだったのか。

 

 俺の目の前でばたばたと自転車に跨り別れの言葉を俺にかけてくる葛飾の背中はすごく必死で、すごく狼狽えていて

 

 すごく、悲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

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「なんか、邪魔しちゃってゴメン」

 

 申し訳なさそうな声を作ったリサが、言う。

 

 1度目の時なら、きっとリサは俺の姿を見つけていても声などかけなかっただろう。あの時はまだ、友希那が言っていたように俺と葛飾の事を見過ごしていた。

 

 でも、2度目をする直前にリサは言っていた。

 

『そんな事されたら、我慢できないじゃん』

 

 底冷えするような表情と声が、フラッシュバックする。嘘みたいに煩い雨の中、近づいてきたあのバニラの匂いを思い出す。

 

 目の前にいるリサと、回想した日曜のリサが重なっていく。リサのはだけた肌に刻まれた擦り傷みたいな傷跡が、酷く疎ましかった。

 

「リサさん、この人は?」

 

 初めて声を出した銀髪の少女、予想よりも随分と気の抜けた 間延びした声が、3人しかいない道に響く。

 

「アタシの幼馴染なんだー」

 

 何事もなかったかのように笑って言うリサ。

 その変わり身の速さが、本当に恐ろしい。

 

 リサの最低限の説明で納得したらしい銀髪の少女が、さっきまでの警戒したような目から弛緩した雰囲気に変わっていく。

 

「そうだ、想知らないよね」

 

 銀髪の少女の肩を掴みながら言うリサ。

 思い出したように言うその素振りが、何となくわざとらしく大袈裟だった。

 

「青葉モカっていうの。アタシのバイト仲間」

 

 そう呼ばれた銀髪...モカが遠慮がちに笑いながら肩に置かれたリサの手を握っていた。

 

 どこかで見た事があるような。

 そんな光景をぼうっと見ていた。

 

「で、明日の事なんだけど」

 

 何も言えずにいる俺を見かねたリサが、さっき葛飾を退かせた言葉の続きを繋ぐ。

 

 まだ肩に手を当てたまま、くっついたままの2人。

 

「『Pelargonium』っていうとこでライブだから。そこで待ち合わせね」

 

 この間とは違う、初めて聞く店名をぼうっと聞いている。ようやく現実味を帯びてきた明日の予定。その漠然とした不安が、ゆっくりとかたどっていき、細部までクリアになって来たリアリティが余計に俺を不安にさせた。

 

 リサと友希那の事だけじゃない、日菜と氷川紗夜の間にあ問題も関わってくる明日の予定。

 

 日菜に勧めてしまったギター、決定権を握られているようでどっちが握っているのか分からない日菜との約束は、きっと明日がターニングポイントだ。

 

 明日が、踏ん張りどころだ。

 

「そういえば」

 

 決意を静かに固めている最中に、リサがまた 思い出したように言う。そのリサに手を置かれたままのモカも、その声に少し驚いたように肩を弾ませた。

 

 表情の読めない、何を考えているのか分からない、リサの表情がころころと変わっていく。

 

 それが、酷く不気味だった。

 

 そして、

 

「明日のライブ、確かモカも出るんだよね」

 

 また何かが、起きる予感がした。




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『Pelargonium』は、ゼラニウムっていう花がモチーフです。
花言葉は「予期せぬ出会い」

好きなのはこの中だと...

  • 湊友希那
  • 今井リサ
  • 葛飾麗奈
  • 氷川日菜
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