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「どうしたの? なんかあった?」
イヤホンから、日菜の声が聞こえてくる。
時刻は午後9時を周り、早めに風呂を済ませた日菜。明日が休日なのをいい事にギターを弾きながら、今日も電話を繋げている。
もう3回目となった、日菜がギターの練習をする間に俺がその模様を聴くだけのこの電話。習慣になりつつあるこのやり取りの中、日菜が聞いてきた。
「どうって、まぁ。明日のライブ楽しみだなぁって」
適当にそう返す。
はぐらかしたとして、きっと日菜はすぐに見抜いてしまうんだろう。それぐらいの洞察力を、日菜は持っているはずだ。でも、取り繕わざるを得なかった。
だが、
「ふ〜ん、まぁ。いいけど」
予想に反して日菜は俺の咄嗟についた嘘を、追求しようとはしなかった。本来なら、胸を撫で下ろして良いはずなのだが。なんとなく、そういった楽観的な考えを下せなかった。
見逃されただけの安心に油断できるほどの心の余裕は持ち合わせていない。
理由は簡単。
ついさっき起きた、帰り道での出来事のせいだ。
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「明日のライブ、確かモカも出るんだよね」
肩に手を乗せて、モカに向かってそう言うリサ。
その視線を受け止めながらニコニコ笑っているモカ。微笑ましいようで、どこか行き過ぎているような雰囲気を感じる仲睦まじさが肌を刺していた。
「ライブって、その子 バンドしてるの?」
目の前の華奢な女の子がバンドを組んでいる事が、俺の理解を鈍らせていた。確かに友希那のような風貌でもバンドを組もうとしているのだし、この子の体格とも大差は無いから不自然では無いはずだ。
でも、この間延びした声の どこか呆けているような雰囲気の子がバンドの一員だということが、不思議だった。
「うん、そうだよね〜モカ」
子供を宥める母親のような、そんな喋り方でモカに問いかけるリサ、それに対して声を出さずに頷きで返事をするモカ。
やっぱり、なんか違和感がある。
「それに、やってるのはヒナと一緒でギターなんだよ」
心臓が、また一気に絞んでいくのがわかる。
でもまたすぐに、いつものテンポに心臓のリズムは戻って行った。一瞬 どうして日菜がギターを初めたのをリサが知っているのか解らなかったが、よくよく考えてみれば元々日菜とリサは友達同士だった。ならギターを始めた事を話していても不自然ではない。
「モカ、すっごい上手なんだよ」
まるで自分のことみたいに自慢をしてくるリサ。
肩に置いた手を伸ばして俺の前にモカをぐいっと押し出してきた。
押されたモカは一瞬慌てたような表情を見せたが、その間抜けな表情を隠して すぐに俺の顔を覗き込んできた。
「そういえば、ヒナってもう曲弾けるようになったんだって?」
ころころと変わっていく話題、俺とリサの間では通じているが モカは置いてけぼりをくらっている筈だろう。でも、そんな事はお構いなしにリサが続ける。
「普通 弾きながら歌うなんてすぐに出来ないのに、やっぱ凄いねヒナって」
どこか遠くを見るような目で 俺でもなく、モカでもなく、頭上に広がる空でもなく、何の変哲も無い風景の一点を見つめていた。
「モカちゃんも、それぐらい出来ますよ〜」
そんなどこを見ているのか分からないリサに向かってモカが言う。間延びした眠くなるような声で、またいっそうギターを弾いているイメージから遠くなっていく。
ごめんごめん、と宥めるように言うリサ。その様子を不貞腐れたような顔で見るモカ。2人の仲の良さそうな光景が、見ていて少し 辛かった。
「じゃあ、明日のステージでモカの腕前。いっぱい見せてよ」
笑いながらそう言うリサ。
発せられた「明日」という言葉に、また臆病な気持ちになっていく。明日が、めちゃくちゃに怖い。また友希那とリサと、3人だけになるのが死ぬほど怖い。
また何かが変わってしまう。
そんな予感が胸を騒がせる。
そして、明日の事だけじゃなく ついさっき起きた事にも心を乱されている。
逃げるように帰っていった葛飾の、小さい背中が浮かぶ。学校用のバッグを背負って、焦った様子で自転車のサドルに跨る姿が、脳裏に染み込む。
また、葛飾を傷つけてしまった。
きっと聞きたくなかったであろう、俺の明日の予定をリサの口から聞いてしまった葛飾は この場から弾き出されたように居なくなってしまった。
最後に見せたあの顔が、頭から離れない。
それに比べて今、目の前ではリサとモカが楽しそうにじゃれあっている。その眼前で起きている和やかな雰囲気と、ついさっきまで葛飾とリサの間に流れていた冷たい空気とのギャップに、風邪を引きそうになってしまう。
「そうだ、想」
そんな事を考えている俺に声をかけるリサ。
まだモカとくっついたままの、暑苦しささえ覚える睦まじさに疎いとさえ思ってしまう。そんな自分の器量の浅さに辟易しつつ、リサの次の言葉を待つ。
そして、そんな悠長な俺に向かってリサは言った。
「日菜と、毎日電話してるんだっけ?」
3度目、心臓がまた馬鹿みたいな勢いでなり始めた。しかし今度は、心臓の脈動は収まっていかない。さっきまでと違って、今度は明確にわかる。
どう解釈しても、マズい。
「......そうだよ」
あくまで平静を保って、狼狽を表情に出さないように努めながら喉を震わせる。きっと声も震えているのだろう、でも。そんな事に構ってられるほど悠長ではなかった。
なぜ、日菜はその事をリサに伝えたのだろうか。
日菜は、俺にあったリサとの間の問題を使って、氷川紗夜のバンドを引き離す手伝いをさせたいんじゃないのか。なぜ、わざわざリサに伝えたのだろうか。
分からない、頭がこんがらがって考えがまとまらない。
次々に湧いてくる疑問と、次々に降り掛かってくる動揺が、頭蓋骨を軋ませる。キャパシティをオーバーしそうな、暴風雨みたいな脳内に、またひとつ。言葉が入ってくる。
「やっぱ、そうだよね」
笑顔のまま言うリサ。
なんで笑っているのかが、全く分からない。
そんな不気味な笑みを侍らせながら、またリサが口を開く。
「だってアタシ、日菜に言ったんだもん」
まだ貼り付けられた笑顔のまま。リサがはぐらかすように、核心を敢えて抑えて 焦らすように言葉を紡いでいく。そのスロウな言葉選びが、歯がゆくて 余計に俺の心を粟立たせた。
そして、
「困った事があったら、想に電話したら? って」
その言葉で、またリサの事が解らなくなっていった
好きなのはこの中だと...
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湊友希那
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