病まない雨はない   作:富岡生死場

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ちょっと変な区切り方ですけど、御容赦ください。
次回で葛飾編は終わりの予定です。

評価ありがとうございます!!めっちゃ嬉しい!!
あと2票で...バーが変わる...どうか......!


閑話 仮想、Don't stop thinking about me.

 少し暗い部屋の中、私以外の3人が視界の中で楽しそうに遊んでいる。最初は少し嫌な匂いだなって思ってたけど、時間がそんな気持ちも溶けてどこかに行ってしまった。

 

 私の中にあるモヤモヤも、一緒にどこかに行ってしまえばいいのに。

 

 楽しそうな友人達とは対象的な、淀んだ心模様。理由はただ1つ、中野くんの事だ。

 

 1週間前の土曜日も 一緒に映画を観に誘おうと思っていたのに返事は来ないし、今日も本当は中野くんと出かけたかったのに彼にどうしても外せない用事があるらしくて、明日にズレてしまった。

 

 まだ、ただの友達なのだししょうがないとは思うけれども。でも、優先して欲しいって思ってしまう。

 

 そして、彼との予定を埋めれずに宙ぶらりんのままだった土曜日に こうして友達と4人でカラオケに来ていた。みんな友達と遊びに来るようなカジュアルな格好なのだけれど、明らかに私だけ浮いていた。

 

 理由は簡単、本当は中野くんと行く時に着ようと思っていた服だからだ。その、無駄に気合いの入った格好は案の定友人にからかわれた。「それ、彼氏とのデートに着ていくの?」だとか、「気合い入りすぎ〜」とか、散々な言われようだった。

 

 でも、何故かは分からないけれど。今日は中野くんに会うような気がしていた。だから、もし会ってもいいようにこの服を着てきたのだ。

 

 考えすぎだと思うけれど、なんとなくそう思ったのだ。

 

『包帯みたいにグルグル巻かれて、脊髄反射で君に触れたって もう、終わりが見えてしまうから』

 

 昨日、私が夜に電話で泣きついた美海が歌っている。大きいテレビに映る、歌っている人の名前なのか、曲名なのかイマイチ分からない「ずっと真夜中でいいのに」という文字に、目を奪われる。

 

 色つきで表示される初めて見たはずの歌詞が、何故か心に染みていった。

 

『なんにも解けなかった、どうにも答えられなかった、接点ばかり探してた』

 

 目をつぶって、まるで歌手みたいに大袈裟な身振りをつけながら歌う美海。揺れる黒いショートヘアーが、画面に映っているPVらしき映像の女の子とリンクしていた。

 

 いまいち詳しい意味は理解できない歌詞の中に、どこか曖昧な。ピントのズレたような共感があてがわれていく。

 

『新しい通知だけ捌いて、優先順位がカポ1ばっかできっと、君を見捨てられないから』

 

 ゆっくりなテンポかと思いきや、突然早くなる曲調が私の心をぶらぶらと揺さぶってくる。そんな美海の歌を聴きながら、ぼんやりと昨日までの事をもう一度考える。

 

 あの、登校中に会った茶髪の女の子を見た後の中野くんの様子はどこかおかしかった。心ここに在らずというか、何かに脅されているような というか、とにかくずっとぼーっとしていた。

 

 そんな彼を見るのが、少し辛かった。

 

 私が今横にいるのに、彼の頭の中には別の誰かがいるという事に、苛立ってしまっていた。

 

『理由も知らないまま、幸福を願っているフリする係だから』

 

 そして、そんな上の空な彼と話していたらあっという間に学校に着いてしまった。クラスも別になって、学校で話す事が前よりもかなり少なくなってしまった。

 

 家でお互いに送り合うRINEだけでは繋がりきれない、そんな気持ちがあった私は 自分の教室に入る前に、中野くんに土曜の予定をもう一度尋ねてみた。

 

 日曜の深夜に電話した時には「まだ わかんない」と言われていたから きっと断られる事はわかっていたのだけれど、それでももう一度、聞いてみた。もしかしたら、って思ってた。

 

 でも、結果は変わらなかった。

 

『なりたい自分となれない自分、どうせどうせが安心をくれたような』

 

 電話の時と同じ「わかった」の言葉で、本当は辛い気持ちを宥めながら彼に返事を返す。その時の私の表情は、ちゃんと笑顔のままでいられていたのだろうか。

 

 正直、自信ないな。

 

『偶然を叫びたくて、でも淡々と傘をさして、情けないほどの雨降らしながら帰るよ「じゃあね」』

 

 曲が、一旦力を貯めるように止まる。

 

 美羽が、息を吸い込む。

 

 私もつられて何故か、息を飲む。

 

『なんで? 隣に居なくても』

 

 その歌詞に、肩が震えた。高音で絞り出されたその歌詞が、私の事を名指しで批判しているように思えた。今、私の隣に居ない彼のことが浮かぶ。

 

『「いいよ」「いいの?」「いいよ」って台詞を交わしたって』

 

 叫ぶような美海の声が響く。

 なんとなく燻っていた心が、ドロドロと流動的だった心が段々とひとつにかたどっていくのを感じた。

 

 直接的に同じ事を言い合った訳では無いけれど、何故か私と中野くんとの会話が、この歌を聞いていると思い描けてしまった。

 

『意味無いことも、わかってる わかってる わかってるから繋ぎ止めてよ』

 

 そして、なるべく考えないようにしていた漠然とした不安も、それと同時に具体性を持った生き物に変わっていく。あの時感じた底冷えするような雰囲気が、ただの勘では無かったように思えた。

 

『Don't stop 脳裏上に置いていたクラッカー打ち鳴らして笑おう』

 

 1度型にハマったはずのサビのテンポがもう一度ガラリと変わる。裏切るようなその曲調に、もう一度心を奪われる。

 

『ぼんやりと月を透かしてみたりタイミングをずらしてみたり』

 

 そんな美海の歌に聞き惚れながら瞳を閉じる。

 

『目に見えるものが、全てって思いたいのに』

 

 自然と、目から涙が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

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 美海が歌い終わった頃には、何故か流れ出していた涙はなりを潜め 感傷に浸りすぎた心は落ち着きを取り戻していた。

 

 今まで考えないようにしていた、中野くんの周りにいる女の子の存在をようやく容認する事が出来た。考えないようにしていたライバルの存在に、ようやく気付くことが出来た。

 

 そして、それに付随して湧き出てくる彼の土曜日の予定に関する謎がまた私を悩ませていた。

 

 どうせ、男の子の友達だろうと考えないようにしていたその予定も きっとあの茶髪の女の子が絡んでいるのだろう。

 

 本来なら月曜日の時点で予測できていた筈の事態に今更ながら焦りを感じる。もし、彼と女の子の間になにかが起きていたら、どうしよう。そう、考えずにはいられなかった。

 

「私、ちょっとジュース入れてくる」

 

 でも、今更考えていてもしょうがないのも事実だった。とりあえず、今は友達と過ごす時間を楽しもう。そう、思う事にした私は中身の無くなっていたコップを握りながらそう言った。

 

 3人を部屋に残したまま、少し湿った空気の廊下に出る。もう既に店内に入っているのにも関わらず、これでもかと店の宣伝が書かれたポスターが貼られたカラオケの廊下の壁に、宣伝をするべき場所は店の外だろうと、少し笑ってしまう。

 

 そんな風に笑えるぐらいには、余裕があった。

 

 廊下を歩ききって、カラオケのフロントが見えてきた。カウンターの正面に設置されているドリンクバーの機械の方に視線を向ける、すると。

 

 そこには、見知った背中があった。

 中野くんだ。

 

 全身をぶわっと何かが駆け抜けたような、そんな緊張が身体を襲った。会うかもしれない、なんて思ってはいたけれど 本当に会ってしまうとは。

 

 驚きと喜びが混じりあった異様な緊張が、喉を覆っていて 声が出せなかった。「中野くん」と声をかけることが出来たら、きっともっと楽だっただろうに 何故か緊張のせいで声が出ない。

 

 でも、チャンスかもしれない。月曜日は失敗に終わったイタズラ心が顔を出してきた。その感情に流されるまま、後ろからそっと彼の元に近づいて 肩を叩いてみる。

 

 すると、

 

「アホみたいに入れてたのにまだ足りないのかよ」

 

 なんて言いながら彼が首を動かす。

 正直、何の事を言っているのかはサッパリだったけれど 多分、私のことを一緒に来ている人だと勘違いしているのだろう。

 

 その事が、少し癪だった。

 

「え? 失礼すぎない?」

 

 私は少しだけ 笑ってそう言った。




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今回登場した楽曲は、『脳裏上のクラッカー』
リンク→https://youtu.be/3iAXclHlTTg

好きなのはこの中だと...

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  • 葛飾麗奈
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