リサから言われた言葉を飲み込むのに、かなりの時間を要してしまった。
日菜の行動に、リサが関与していた。
その事実に戸惑いを隠せない。
でも、それと同時に納得している部分もあった。
初めて日菜と話した時にあった、こちらの手の内を全て握っているような。リサとの事を全て知っているような、そんな雰囲気を纏っていた日菜。
初対面なのに 全てを見透かしたような態度を取れた理由に、合点がいった。
「まぁ、でも」
リサが、口を開く。
おもむろに行われたその動作を映した影が、コンクリートに現れる。日が沈み、景色に色を落とし始めた夕焼けの中で聞くその声には 強い寂寥があった。
「毎日するとは思わなかったけどね」
苦笑まじりの顔が、視線をあげた先にはあった。
じゃあ、リサの想定外って事は、
「......日菜には、なんて言ったんだ?」
リサから日菜へ毎日電話するように言った訳では無いらしい。でも、そうだとしてもリサの意図が全く分からない。なぜ日菜を俺と近づかせたのかが、理解できない。
「ん〜、初めはヒナから相談されたんだ〜」
指を唇にあてがいながら言うリサ。
わざとらしく小悪魔めいた素振りで、焦らすように肩を揺らす。その揺れの影響を受け、ぶらぶらと揺れているモカ。緊張感の無いその光景が、俺の心との相対速度の差が、激しい摩擦を起こしていた。
「『お姉ちゃんのバンドが良くないからどうにかしたい』って、言われたんだ」
おそらく日菜が言ったであろうセリフを、発言のスピードを落としてゆっくりと言う。
「で、想の事教えて。帰り道で待ってたんだ」
また、パチリと納得した。パズルのピースがひとつハマった様に、バラバラだった違和感が繋がっていく。あの時、月曜の帰り道にリサと日菜の2人に出会ったのは偶然では無かったのか。
あの時急いで向かったリサのバイトも、あの時初対面だった俺にわざわざ話しかけて来た日菜も、全部 予め決められていた予定調和だったのか。
「そしたら、ヒナ。思ったより想の事気に入っちゃったみたいでさ〜」
両手を前に投げ出して、笑いながら言うリサ。
その投げやりとも見える仕草や表情は、あの時の事を思い出させた。
初めてリサと呼吸を交わした後の、体がドロドロに溶けてしまったような倦怠感を纏いながらリサの部屋で迎えた朝の光を受けて笑っていたリサの表情と、同じものに見えた。
「......なんで、日菜に俺の事教えたんだ?」
笑っているリサとは対照的に、低い声が出る。
そして、1番の疑問を聞く。
何故 リサは俺と日菜を引き合わせたのだろう。あの時、2回目の時、あんなにも固執していた『私の事だけ』とは真逆の行動に、疑問を覚える。
「あ〜、それはね」
上を見ながら、リサが言う。
その様子をモカも眺めている。
つられて上を向きそうになる首の関節を押しとどめ、リサの顔を見続ける。ひとつの情報も取りこぼさないように、その表情を凝視する。
「想が逃げないように、かな」
貼り付けられたリサの表情は、一切崩れる事なく。最後まで言い切った。その奥にある本当の表情は隠されたまま、笑顔でそう 言い切る。
その言葉と表情のギャップが、歪だった。
「......逃げないように、って」
あの時の、友希那とベンチで話した時のように。大事な所でオウム返ししか出来ない自分の脳ミソに辟易する。
上を向いたままのリサの表情はうっすらと笑っている。斜陽を受け照らされたその顔と、その光によって生み出された影が映し出すリサの綺麗な首筋のコントラストが、やけに優美で。やけに蠱惑的だった。
「だってさ。しょうがないじゃん?」
そして、ゆっくりとその首がこちら側をむく
まだ、リサは笑ったままだ。
「アタシと友希那から逃げたくて、日菜に頼ったんでしょ?」
首を傾げながら、リサが言う。
初めて日菜と会った時に感じた、心の奥を見透かしたような視線がリサの瞳からこちらへと伸びてきていた。
「日菜と電話してる間は、アタシと友希那の事から逃げれてたんだよね?」
確信を持っているくせに言葉じりをあげて言うリサ。その疑問符のような抑揚は、俺の心臓を舐め上げて縮こまらせていた。
「明日の事とか、考えずにいられたんだよね?」
リサと2度目にした時に感じた、のと同じような焦りと、緊張と、動悸が襲ってくる。リサはきっと全てを見透かしていて、全てをその手に握りこんでいる。
今は、まだリサがその気になってないだけで。いつでも壊せるんだ、そう 改めて実感させられた。
「でも、残念」
そっと、リサが目を細める。
ニヤリと笑ったような、そんな目の動かし方だった。
「日菜と居ても、アタシからは逃げれないんだよ?」
笑っているような、そんな声で言う。
貼り付けられていた飾りの笑顔じゃない、きっと心の底から湧いてきたような、そんな歪な笑顔だった。
「じゃあね、想」
モカの肩にあてがわれていた手をそっと離し、ゆっくりとこちらに近づいてくるリサの動きを 俺はただ見ているだけだった。
何も言えない、
何もできない、
ただ、リサの動きを見るだけだった。
「明日、楽しみだね」
俺の肩に手を乗せて、リサはそう言った。
好きなのはこの中だと...
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