めちゃめちゃモチベ上がってます。
まだ評価してない方はしてくれると嬉しいです。
「意外とさ、私たちって」
水を打ったように静かな胸の中に、ぽつりと声が響く。騒めいていた鼓膜には、その声は優しすぎた。
そっと聞こえる イヤホン越しの声に、何故か懐かしさを感じた。
こいつとは、日菜とはまだ 出会って1週間も経ってないはずなのに。
「結構...さ?」
伺うような日菜の声が、もう一度聞こえた。
しおらしいその声が、『さっき』までの騒がしさとは正反対で 少しだけ、おかしかった。
そして 日菜はまた、ぽつりと零した。
「─────よね」
優しく、苦笑混じりにそう言った。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「ねぇ、なんかあった?」
リサとの出来事を思い出していた俺に、日菜が話しかけてきた。その日菜の言葉で、撫で下ろしていたはずの胸中にまたひとつ不安の影が迫ってきていた。
(さっきは追求しなかったのに、しつこいな)
決して日菜が悪いわけではないのだけれど、冷たい考えが頭によぎってしまう。
「......まぁ、多少は」
歯切れの悪い返事を口に出したのは『誤魔化しきれない』、そう思ってしまったからだ。1回目ならまだ流せたかもしれないけれど、2回目も聞いてきたという事は 日菜もどこか見逃せなかったのだろう。
「今日、帰りにリサと会ってさ..」
だから、今日あったことを。
今日、リサから聞いたことを話し始める。
何も聞かずに、何にも気づかずにいてくれていた葛飾を、また傷つけてしまったこと。リサが日菜に俺と電話するように仕向けていたのを知ってしまったこと。
その両方を、日菜に打ち明けた。
俺のその懺悔のような言葉を、相槌も打たずにただ黙って聞き入っていた日菜。その存在が、どこか遠くに行ってしまっているように感じた。
それぐらい、日菜は静かに聞いていた。
そして、全て話終わったあと。俺と日菜とを繋ぐイヤホンを沈黙が貫いていた。その沈黙はゆっくりと携帯から漏れ出てきて、街を浸す夜闇のようにじっとりと部屋を犯していった。
カーテンの隙間から見える月が、鈍く光っていた。
「......そっか」
ため息のような、日菜の声が聞こえる。
(日菜は、今なにを想っているのだろう)
俺には全く想像がつかなかった。リサの思惑にも気づかない、俺のボンクラな脳ミソでは処理が全く追いつかなかった。
リサの、言っていた通りだった。
結局、俺はリサから逃げられないのかもしれない。こうやって日菜と話していても、ずっとリサの事がチラつくようになってしまっていた。
もう この電話には 昨日までの心地良さは無かった
でも、
「......ねぇ、聴いて?」
そんな日菜の声と共に、弦の振動する音が聞こえた。掻き鳴らすような鮮烈さと、機械のように正確で綺麗な音色が、聴こえてきた。
そして、
そのフレーズは、聞き覚えのあるものだった。
その曲は、あの時友希那が歌った『vinyl』だった。
アコースティックギターが鳴らす軽快でいてどこか重いような、そんな雰囲気のあるフレーズを紡いでいく日菜。まだ初めて3日しか経っていないはずなのに。その音は嫌に落ち着いていて、それでいてどこか弾んでいた。
『今日も軽やかなステップで 騙し騙し生きていこうじゃないか』
日菜がギターと共に歌いはじめる。でも、歌っているのは友希那が歌った1番とラスサビではなく、2番だった。
なぜ、2番から歌い始めたのだろうか。
『真っ暗な明日を欺いてさ』
疑問が残る、その日菜の歌に意識を注ぐ。普段の日菜の声よりも、随分と低いその歌声が意外だった。
そして、
その歌詞に 何故か自分を当てはめてしまう。
『誰に向けたナイフなの? 何に突き動かされてる』
焦らすような歪なテンポなギターと共に流れてくる歌声、その歌詞がどんどんと染み込んでいく。
あの時、友希那と並んで座ったベンチで言われた、あの言葉と共に突き刺さったままのナイフのような感覚が、また疼き始めていた。
あの時、リサが俺の首にかけた麻紐のような言葉が 首に巻きついたままどんどんと締め付けていた。
そして、
『苦しいだけの現実はもう 止めて』
日菜の声が、その両方にそっと触れる。吐き出された空気の塊が、携帯のマイクと衝突して起きるノイズのような音でさえ 作品のようだった。
それほどまでに、どこかこの歌は完成されていた。
急かすようなアコギの音色が、イヤホン越しに俺の耳に覆いかぶさる。そして、本来なら1番と共通の あの時友希那がエフェクター越しに歌っていた『さよなら愛を込めて』という歌詞を、日菜は歌わなかった。
代わりに、ギターの震える声だけが聞こえた。
『息を吸いなよ。この街の有り余る程の空気を』
叫ぶような、嘆くような。憐れむような、慰めるような。そんな複雑な歌声が、日菜の喉を通して空気を震わせていた。
圧倒的とさえ思えるそのギターの演奏と、爆発しそうなまでに熱量のある感情を持ったナマモノの歌は、さっきまでの傷に触れるような優しくて暖かい声とは、大違いだった。
『じれったいビニールの中から、ストリートへ抜け出たなら』
あの時の、リサと迎えた朝がフラッシュバックする。あの時に覚えたどこか視界が塞がったような そんな暗い朝日と、どこか窮屈な呼吸がセットで思いおこされる。
あの時ゴミ箱に置いてきてしまった倫理観と、その日までは確かにあった俺の純粋さが、想起する。
リサとの事も、日菜は気づいているんだっけ。
そんな風に、投げやりな感想が頭に残った。
『遊び切るのさこの世界、喧騒狂乱に雨あられ』
あの時ライブハウスで友希那が歌っていた歌詞と、全く同じ歌詞を日菜が歌う。さっきまではわざと回避していた、友希那とダブるその歌詞を日菜はがなるように歌っていた。
アレンジの入った荒々しいアコギの音色が、その日菜の歌声を支えていた。
『かっさらったモン勝ちでしょ?』
遠吠えのような、そんな歌詞を。日菜が歌う。
もはやイメージもへったくれもない、明らかに日菜が好むわけが無いような歌を、日菜は歌いきった。
そして、その歌を聞いた俺は どこか府に落ちたような気分だった。
「......この歌、リサちーから聞いたんだ」
少し息の切れた声が。肺に酸素を送ることに必死そうな呼吸の音を混じらせながらの声が聞こえる。きっと、携帯の向こうにいる日菜は肩で息をしている事だろう。
そして、また ゆっくりと日菜が続ける
「色々聞いたよ、この歌の事。この歌を誰が歌ったかも、誰がこの歌を聞いたのかも」
その『誰』、の部分には きっと友希那と俺が入るのだろう。あの時の、ライブハウスでの出来事を リサはきっと日菜に話したのだ。
それを聞いて、日菜はどう思ったのだろうか。
そんな事が、気になった。
「意外とさ、私たちって」
水を打ったように静かな胸の中に、ぽつりと声が響く。騒めいていた鼓膜には、その声は優しすぎた。
そっと聞こえる イヤホン越しの声に、何故か懐かしさを感じた。
こいつとは、日菜とはまだ 出会って1週間も経ってないはずなのに。
「結構...さ?」
伺うような日菜の声が、もう一度聞こえた。
しおらしいその声が、『vinyl』を歌っていた時の騒がしさとは正反対で 少しだけ、おかしかった。
そして 日菜はまた、ぽつりと零した。
「全然似てないけど、似てるよね」
優しく、苦笑混じりにそう言った。
そして、
「初めはさ、別にどうでも良かった」
次の言葉を繋いでいく。
「リサちーから聞いたことあるぐらいの、それぐらいの人だった」
優しさだけじゃなく、焦りが見えるような声で、繋いでいく
「でもさ」
そして、
「なんか分からないけど、似てるって思っちゃったんだよね」
半分笑いながら、困ったように言う日菜。
「リサちーには手伝うように言われてるけど」
帰り道に見た、あのリサの笑顔が浮かぶ。
肩に乗せられた手の感触が、また蘇る。
「でも」
でも、
「今は、私は想くんの 味方だよ」
日菜のその言葉で、全てがかき消された。
好きなのはこの中だと...
-
湊友希那
-
今井リサ
-
葛飾麗奈
-
氷川日菜