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33 静謐、肩透かしな前兆
もう真上まで登りきってしまいそうな太陽から照りつける日差しを受けながら、歩みを進める。
休日に色めき出した人々の群れをかき分けながら向かう先は、この間とは別のカフェだ。店の名前は『Pelargonium』というらしい。
約束の時間は12時ちょうど、今の時刻は残り20分。とどのつまり、この間のリサの時と比べてだいぶんルーズな出発をしている。
そうなった理由は今更語るほどでもないだろう。
まだ、不安なのだ。
でも、
昨日の日菜の言葉で、少しだけ落ち着けたような気がする。あの『味方』だと言ってくれた言葉が、どれだけ心強かったか。その言葉に、どれだけ救われたか。
それに加えて、『Reeves Rose』についても日菜から色々教えてもらった。どうやらそれまではあまり接点のなかった「神田 咲」と「江戸川 美雪」と話してみたらしい。同じ高校ではあったらしいのだが、今まで1度も接点がなかったらしいのだが 氷川紗夜の妹だと言うと すぐに2人とも納得して、2人共と打ち解けたらしい。
そして、日菜を経由して俺たちがライブを見に行く事を伝えてくれたらしく、彼女達の出番が終わったあと、友希那と俺とリサは2人と合流する事になっていた。
元から友希那と氷川紗夜は落ち合うことになっていたのだが、メンバーを引き抜こうとしている友希那の事をReeves Roseの他のメンバーたちはいったいどう思うのだろうか。
日菜が姉のバンドを引き離そうとしている事を、どう感じるのだろうか。
そんな事を考えているうちに、目的地についていた。
レンガ造りのような外見に、オレンジ色の『Pelargonium』と書かれた看板が目に入る。
一見、普通のオシャレなカフェなのだが、このカフェには普通とは違った所がある。
カフェに入るための透明なガラスのドアの横からうっすらと見える階段を降りた先の、分厚くて 重そうな鉄の扉。その重々しい雰囲気の扉の先は、ライブハウスへと繋がっているのだ。
そして、そのライブハウスで 今日俺たちが観に行くライブが行われるのだ。
この間と同様の対バン(1つのバンドだけじゃなく、何組かのバンドが時間を決めて演奏していくライブの形式)ライブで、参加条件は大きくわけて2つ。
1つは高校生以下である事、そしてもう1つは演奏する楽曲は全てカバー、もしくはコピーだという事だ。理由は簡単で、演奏する側や 見に来る側の敷居を下げるためらしい。
確かに、オリジナルの曲ばかりだと見る側の人口は自然よ減ってしまうし 自分の知ってる曲が聞けると嬉しいし、俺みたいなバンドを見る初心者にはありがたいものだった。
そんな、昨日の夜に日菜から聞いた事を思い出しながら ゆっくりとカフェの扉を開ける。
心地の良い、コーヒーの匂いまじりの空気で満たされた店内の壁は 外見と統一されたレンガ風の壁紙で覆われていた。落ち着いた店の中の風景には、既に何組かの客がテーブルについていた。
そして、その中には 友希那とリサがいた。
2人でなにか話している。随分と姿勢のいい友希那と、その様子を見て笑っているリサ。昨日の帰り道に見たあの歪な笑みではない、屈託のない笑顔の裏に隠されたモノに肌が粟立っていくのを感じた。
自由に席につくよう促す店員に会釈をして、2人の元に近づいていく。何気なく、店のガラスに反射した俺の姿を見る。
もうすぐ5月に入る癖に、少し肌寒い外気から身を守るために着たモスグリーンのジャケット、その下には いまいち意味のわからない英文の書かれたシャツと黒いカーゴパンツ。当たり障りのない外出着だ。
そして、友希那とリサの方を見る。横の椅子に置かれたデニムのジャケットは、きっとリサの物だろう。そのリサは少しオーバーサイズぎみな白のシャツと黒のスキニー。まるでモデルみたいに長い足がテーブルの下に伸びていた。
友希那の服は、リサの少しラフな格好とは対照的にブラウスの上に可愛らしい茶色のニットの服を着ていた。なんというか、俺みたいな初心者でもライブを見に行くにしては合ってない格好だなって 思ってしまった。
「ごめん、遅れた」
そんな事を考えながら、2人と合流する。
この間の時とは逆で、俺の方がリサたちを待たせてしまっていた。そんな俺の方をリサと友希那がじっと見つめてくる。なにか俺の言葉を待つような、そんな視線に なんとなく察しがついた。
「服、似合ってるよ」
「ありがと」
言うや否や、待ってましたと言わんばかりにリサが即答する。声には出さないけれど、似たような反応を表情と首の動きだけで表す友希那。そんな様子を眺めながら、リサが荷物を退けてくれるのを立って待っている。
その間に、また少しだけ葛飾のことがチラついた。
『中野くんに会うかもって思って。服、選んだんだ』
あの時公園で言われた言葉を思い出す。その日にリサから言われていた、結局役立つ事は無かった『褒める時は、ちゃんと褒めた方がいいよ』というアドバイスもセットで脳内にチラついた。
今日の俺は『ちゃんと』褒めれただろうか。自意識過剰なのかもしれないけれど、俺のために選んでくれた服に それ相応の気持ちを乗せることが出来ていただろうか。
「はい、座っていいよ」
ぼーっとしていた俺に 面接官みたいな事を言うリサ。きっと自分で言ってておかしかったのだろう 何となくその頬はたゆんでいた。
リサが自分の荷物を友希那の方の椅子に預けて、開けてくれた椅子に座る。俺たちの位置関係は、カフェの1番外側の席で 俺の左にリサ、リサの正面に友希那が座って 4人がけのテーブルを囲んでいた。
「さっきまで、なんの話してたの?」
さっきまで笑っていたリサと友希那の会話を止めてしまったので、続きを促してみる。何となく、俺が居ない時の友希那とリサの話している事が気になったのだ。
「あぁ、今日のライブの話だよ〜」
笑いながら、リサが答える。昨日見たあの歪な笑顔には、今日はまだ出会っていない。俺たちの他にも店には客がいるからだろうか、それとも。
友希那がいるから、だろうか。
「ほら、昨日あった子 居たでしょ?」
表情に加えて手振りも大袈裟になっていくリサ、そんなリサを見ながら昨日の事を思い出す。そういえば、銀色の髪の子も明日出るって言ってたっけ。
「あぁ、モカって名前だったっけ」
かろうじて覚えていた下の名前を口に出す。「そうそう」と軽い相槌を打つリサ、その様子を見ている友希那。
そんな滞りなく円滑なやり取りが、どこか不思議だった。想像していたような歪さのないこのやり取りに、どこか肩透かしを食らったような気分だった。
「そのバンドの名前って 何ていうの?」
スラスラと喉から出てくる言葉に、まるで何も無かった頃の3人に戻ったような気がしていた。お互いの間にあった壁みたいな違和感が取り去られたような、そんな空気だった。
そして、俺の質問に笑顔でリサが答える。
「『Afterglow』って名前だよ」
何となく、その表情が綻んでいるように見えた。
好きなのはこの中だと...
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湊友希那
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