「次の曲は...『ヒューマノイド』」
神田咲から発せられた、静かな熱を帯びたその言葉。あの時の友希那のような、そんな熱を帯びていた。
「...1、2、3、4!」
少し小柄な黒髪ショートの、江戸川美雪がスティックを鳴らしながら声を張り上げる。その声を受けた神田咲は、手に張り付いた緊張を振りほどくように手を動かす。氷川紗夜は、なんでもないように理路整然と立っている。
そして、ドラムのカウントが終わる。
氷川紗夜が、イントロを弾き始める。静かでいて淀みのない、完璧な音を氷川紗夜は鳴らしていた。そのギターのフレーズに重なるように、ドラムの音が混じっている。ギターの邪魔をしないような、それでいて観客にリズムを与えるような、そんな音だ。
ステージの上では澄ました顔でギターを演奏する氷川紗夜、伺うようにメンバーを見遣る江戸川美雪。そして、目を瞑っていた神田咲が、目をそっと開ける。
その瞬間、弾けるような音が聞こえた。
リサの言っていた『リズムを作る』という言葉への理解が、その弾けるような 駆けていくような音でいっそう深まっていく。思わず首を振ってしまうような軽快なその音が、観客を魅了していく。
そして、
『立ちはだかるボスをまだ、起こさずに。崩れてく摩天楼を眺め』
リサの教えによると普通より難しい、リズムを取りながらの神田咲のその歌は さっきの2曲よりも輝いているようだった。
その声と声の間を縫うように、ドラムの音が聞こえる。そのドラムを切り裂くようなギターの音色が会場を駆ける。お互いの隙間を埋め合うような、そんな音が会場を満たしていた。
『砂埃は今日も君の頬、汚してる躊躇いもなく』
陶器のように透き通る、高いその歌声は 友希那の時に感じた圧倒するような迫力のある声とは違って、どこか耳にふっと入ってくるような そんな優しさがあった。
そして その歌声とは反対に疾走感のある軽快な演奏は、聞いている俺たちの心をどんどんと前のめりにさせていった。
『そばに居たい理由を記すなら、都合のいい名前をつけるが』
少し駆け足気味になっている、勇み足な観客を制するようにベースの響くような低音が制止する。リズム隊としてバンドメンバーをリードするだけでなく、観客の感情までもコントロールするような神田咲の演奏と歌声は、その静かな熱と共に勢いを増していった。
『属することないよ、前提が居ないから。瞼も使わず』
さっきまで少しバラバラだった、一人一人の出す音が重なっていく。それはきっと神田の作るベースラインが、直前の2曲よりもずっと良くなっている証拠なのだろう。まとまっていく音とそれに付随してクオリティが上がっていく氷川紗夜のギターが、観客達の熱を煽っていく。
かき乱すような そんな鮮烈なギターは、昨日聞いた日菜のギターと どこか似ていた気がする。それまでの元の音源通りなギターの中に隠されていた、『氷川紗夜』本来の音が聴けたような、そんな気がした。
『青い種を潰しては口に運んでく 夕暮れまで永遠などないと知らしめるから』
神田のベースがよく響いていた。歌詞と歌詞、コードとコードを繋ぐような、そんな低く響く音が鼓膜と心臓を撫でていた。
まるでこれから続くサビを見せつけるような、そんな挑発じみた 試すような音だった。
『きっと震えさえ、この重ささえ 届かないのならボタンを押して消去しよう』
かき鳴らすようなギター、それを支えるように響くドラムとベース、そしてその演奏に溶け込むような神田の声が会場を震わせる。
さっきまでは1つだったその歌声に、もうひとつの声が重なった。神田の高い歌声よりも少し低く抑えられたようなコーラスが聞こえてくる。氷川紗夜が、目を瞑りながらマイクスタンドに備え付けられたマイクに向かって歌っていた。
その姿が、やけに綺麗だった。
『揃わない記憶を全部、解答したって不安を増すんだ』
指で弦を殴るように、力強くベースを弾きながら そのベースの音に負けない質量のある歌声で会場を席巻する。豪雨みたいに降り掛かってくるその熱量に当てられた観客たちは、揃いも揃って手を掲げステージの上の彼女たちにエールを送っていた。
『そんなメモリだけ、名前があるだけ、目を逸らしたら錆びてしまうけれど』
コーラスの氷川紗夜と、ボーカルの神田咲の声が重なってひとつの声になっていく。そのグラデーションが艶やかでどこか神秘的ですらあった。
『遮る無駄な思考回路も、傷になって触れたくて』
その神秘的なコーラスが捌けて、神田1人だけになった歌声が儚げに揺らすビブラートは、やはり物悲しかった。ベースから手を離して 肩にかかっているベルトでベースを支えながら、マイクスタンドに掛かっているマイクに両手を添え、絞り切るように神田は歌っている。
そして、その声に答えるように氷川紗夜のギターが激しく唸る。そのギターソロは、本当に高校生なのか疑うほどに安定した、それでいて暴れているような、芸術性を持った咆哮のように聞こえた。
エフェクトのかかったそのギターの音が、余韻を引き連れながら緩く萎んでいく。そして、その音が消える
『言いきれる事、ひとつも要らないよ』
目を瞑ってマイクを両手を添えながら歌う。
縋るようなその姿の脆さと儚さが、綺麗だった。
『偽物さえも、その見解も、誰が決める事でもないよ』
カバーであるはずなのに、どこか自分と重ね合わせて歌っているような。そんな歌い方だった。
そう感じてしまうのは、さっき気づいたこのバンドの違和感のせいなのだろうか。
『勝ち負けが白黒が人間が、人間じゃないかなんてもう 正しさは無くて』
疾走感を増していくその歌声に呼応するようにギターの熱量も増していく。ベースの居ない分をカバーするようにリズムを作っていく氷川紗夜のギター。その音には、さっきまでは無かった感情が見えたような、そんな気がした。
『儚い傷も抱きしめよう、目を瞑ろう、今日を終わらせるために』
静かな、透明な歌声が萎んで消えていく
それと交代するように、氷川紗夜のギターが叫ぶ
マイクから手を離した神田がその咆哮を支える。さっきまではギターが肩代わりしていた、ベースよりも高いリズムとは違う。リズム隊本来の厚みのある音が氷川紗夜の演奏を後押ししていた。
これが、バンドなのか。
そう、強く思った。
『きっと水でさえ、この熱でさえ。感じていないのなら使い切って声に出そう』
さっき聞いたはずのメロディなのに、全く違うもののように感じる。1番の時よりも、もっとずっと厚みのある 纏まったその隕石みたいな馬鹿でかい質量を持った演奏が、地鳴りのように土手っ腹に響いていた。
ステージの上の3人から目を離せなかった
『通えない記憶を全部 冷凍したって形に残るんだ』
一つ一つ確かめるように振り絞るその歌声と、その歌声を支えるコーラスと演奏。その両方が観客の心を掴んで離さない。
『こんな気持ちだけ、名前があるだけ。手を握る度プログラムだってこと?』
また、ベースから手を離して両手でマイクを握りしめる。飛びつくように伸ばしたその手が、その姿が、勇ましかった。体全体を使って振り切るように歌うその声は、清々しいまでにカッコよかった。
『誰にも当てはまることない 基準なんていらないよ』
吼えるようなその声と、演奏が、会場を駆け回る。その声が、一瞬で鼓膜に焼き付いた。きっと俺は、この目の前で起きた演奏を一生忘れないだろう。そう確信できるほど、この歌には「熱」があった。
あの時、友希那の歌を聴いた時と同じような。そんな確信が胸に焼き付いていた。
歌い切った神田咲が、もう一度ベースに手をかける。
3人で演奏するアウトロが、会場の上がりきったボルテージを牽引していた。
好きなのはこの中だと...
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湊友希那
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今井リサ
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葛飾麗奈
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氷川日菜