途中退場のスタンプをスタッフに見せて、デカい鉄製のドアを潜る。氷川はイベントの出演者のため、何も証明する必要は無いらしく すんなりと俺の後を着いてきていた。
会場の中は、俺が出る直前と同じく大盛り上がり......という訳では無かった。むしろ、盛り下がっているとも言えるほどに 静かだった。
その様子に戸惑いを隠しきれない俺と氷川。顔を見合わせてアイコンタクトを送り合うものの、全くこの会場の空気の謎は解けなかった。
考えていても埒が明かないので、出入口近くにいたはずの友希那達を探してみる。とはいっても 大体の場所はわかっているので200人近くいる中でも、友希那とリサの姿は容易に見つかった。
「悪い、遅れた。......めっちゃ静かだけど何かあったの?」
そう言いながら友希那の隣に近づく。
左から江戸川、神田、リサ、友希那の順に横並びになっていた列の1番右側に俺と氷川が収まる。俺の存在に気づいた友希那がこちらを振り返る。その振り向いた視線はまず初めに俺ではなく、氷川の姿を追っていた。
「最後のバンドが、次の準備をしてるのよ」
氷川に視線を向けたまま、友希那が俺の質問に答える。どうやら、最後の...『Afterglow』の出番には氷川が言った通り間に合ったみたいだ。
「そっか、お前の言った通りだな」
氷川の方を見ながらそう言う。友希那と同じように氷川を振り返ってみると、彼女の表情はどこか緊張をしているように強ばっていた。まぁ、無理はないだろう。これからReeves Rose から抜けて、友希那とバンドを組むことになるのだ。心配事は山ほどあるだろう。
そんな事を考えていたら、後ろから声が聞こえた
「あ、紗夜! おかえり! 何してたの?」
神田 咲だ。神田がリサや俺たちの後ろを通り抜けて氷川の方に駆け寄っていく。その無邪気な仕草を見ると、キュッと心が軋むような気がした。
「少し用事が.....」
苦し紛れにそう返事をする氷川。用事なら、俺と一緒に帰ってきた理由に説明がつかないだろう。氷川は嘘をつくのがどうやら苦手らしい。その要領の悪さが、いかにも氷川らしかった。
しょうがないので助け舟を出そうと俺が口を開こうとした瞬間、神田が遮るように言った。
「あ! そっか、中野さんって日菜ちゃんと仲良いからお話してたんだ?」
過剰なまでに芝居がかった明るい声で、神田はそう言った。そしてその覆い被さるような、わざと続きを言わせないようなその態度に、既視感を覚えた。
やはり、そういう事か
ひとりでそう納得する
きっと、神田と葛飾は似ている。
笑っている神田の横顔を見ながら、そう思った。
その瞬間、耳をかき分けるようにドラムの音が聴こえた。ドラムと電子音のような音が混じったそのリズムは、心臓が止まるほどに急で。心臓が握りつぶされそうなぐらいの迫力があった。
ドラムと電子音だけのその音が、何故かそれだけでひとつの曲になってるみたいに纏まっていて。それでいてどこかはち切れそうな程の熱を持っている気がした。
さっきまでは少しローテンポだったドラムが、速くなっていく。歪なようでどこか完成されたようなそのドラムが、会場に集まった客たちを惚けさせていく。
「......メトリックモジュレーション.....」
神田と一緒に俺たちの後ろに来ていた黒いショートヘアの、江戸川がそう呟いた。
「なんだそれ?」
その呟きの意味がわからなくて、左を向いて友希那に訊いてみる。でも、友希那の表情を見てすぐにわかった。この表情は、自分でもわかってない時の顔だ。
「えーっと、なんて言ったらいいかなぁ..」
後ろからの声に振り向いてみると、江戸川 美雪が頭を掻きながら困ったような仕草をしていた。
「簡単に言うと、テンポ自体は変わってないけど速さは変わってる、みたいな感じかな..」
テンポが変わってるのに速さは変わらないって、どういう事だよ。江戸川が言った「簡単」な説明は、音楽に全く明るくない俺の脳内では理解の追いつけるようなものでは無かった。
「あぁ〜もう、なんて言ったらいいかわかんないよ」
もう一度、頭を掻きむしる江戸川。その横にいる神田も苦笑をしていた。
「ん〜、わかりやすく言うと。だまし絵みたいな感じ」
友希那の隣で、身体を反らせてこちらに視線を送りながら言ったのはリサだった。
「そう! そんな感じ!」
リサの方に指をさしながら言う江戸川。いつの間に彼女たちはこんなに仲良くなっていたのだろうか。昔から話をしてるような、そんな親しさが彼女たちからは感じられた。
江戸川とリサが、仲良さそうにハイタッチをしているのを見ながら ぼんやりとそんな事を考えていた。そんな緩やかな空気とは反対で、ステージの上ではスポットライトに照らされた赤髪のドラマーがドラムソロを行っていた。
江戸川が言うには、メトリックモジュレーションというだまし絵のような演奏方法らしいのだが。素人目からすると不規則にスピードが変わっているようにしか思えなかった。
唐突に速くなったり、遅くなったりを繰り返すその打音が、どこか心を焦らすような感じがした。
そのドラムに加えてしきりに鳴っている、外国人の声のような加工された英語がずっと、繰り返しなり続けていた。なんて言ってるかは上手く聞き取れないけれども、ずっと鳴り続けているその音の正体は、ドラムの横で何やら機械を操作しているキーボード担当らしい人物によるものだった。
ドラマーの周囲が辛うじて見えるぐらいのその薄暗いステージの上には、ドラマーとキーボード以外に3人が立っていた。そして、そのうちの1人がマイクを握るような仕草が、うっすらと見えた。
『あと2曲だから』
友達に軽く言うような、そんな無遠慮な。不躾な横暴さがあるようなMCがマイクを通して会場に響いた。
でも、会場はその一声で。
その一言だけで、静かだった会場は一気に息を吹き返した。
その瞬間に、ベースの低い音が絡まるようにドラムの作り出していたリズムに重なっていった。
さっきまでのドラムソロと、ベースの加わった事により深みを増した演奏のグラデーションが艶やかだった。
『出し惜しみなんてしないで』
さらに引っ掻くようなギターがもうひとつ重なった。MCが一言を発する度に変わっていく演奏のコントラストが、聴いている俺たちの心臓を止めんばかりに驚かせていた。
このギターが、あの少女なのか。
リサと一緒に見た少し抜けたような雰囲気とはうって変わって、情熱的とも言えるほどに鮮烈なそのギターが。3種類の楽器と電子音が重なって生み出しているこの演奏の隙のなさが、圧倒的なまでの質量を生み出していた。
『全部出し切って、一緒に歌ってください』
加速していく曲調。動き回るスポットライト。その照明で見え隠れする5人の少女達の姿が、幻想的とも言えるほどに非現実的で。神々しささえ携えていた。
〆と言わんばかりのギターの唸り声、そのギターを支えるように響くベースの低音、そして全ての音を押し上げていくドラムの弾けるような音に、自然と身体が持ち上げられるような感覚がした。
土手っ腹に響くようなその音を全身で受け止めながらステージの上を見る。
ボーカルの少女が、両手にマイクを握りしめて思いっきり身体を曲げる。それと同時に演奏が引き絞られるような、そんな感覚がした。
そして、ステージの上で彼女は叫んだ。
『行くぞ、飛べぇぇ!』
好きなのはこの中だと...
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湊友希那
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今井リサ
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葛飾麗奈
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氷川日菜