煌めくステージと対照的に暗く沈んでいた俺の心を見透かすように、友希那が俺の左手を握った。
その感覚はまるで、あの時。夜の公園で2人でベンチに座っていたあの時を思い起こすような感触だった。
「......どうしたんだよ、急に」
驚きをなるべく見せないように、騒がしいステージの音に上手く隠れるように捻り出した俺の震えた声。その声はきっと、友希那だけにしか聞こえなかっただろう。すぐ右にいる氷川ですら こちらを見る事はなかった。それぐらいの、ほんとに小さな声しか出なかったのだ。
「.....急ではないでしょう?」
友希那も、俺みたいに小さい声でそう返す。
まるで2人だけの秘密の会話をひそひそ声で話すみたいに。そんな小さなボリュームの声量で、友希那は俺に言った。
そして、その友希那の言葉は、理解に易いものでは無かった。
「いやいや、どう考えても急だろ」
呆れるように、そう返した
ステージの上ではAfterglowが、さっきの曲の余韻を逃さないように。ギターやドラムで、この楽しい瞬間をなるべく引き伸ばすみたいに、アウトロを演奏していた。
その歌詞通り『一瞬』を『今だけ』の瞬間を握りしめて離さないように、掻き鳴らしていた。
「......そうかしら?」
また、友希那はふっと笑っていた。今日さっき氷川を追いかける前に見せたような笑顔を、友希那は浮かべていた。
「......大丈夫よ」
そして、その笑顔のまま友希那がそう言った
「...主語をくれ、主語を」
友希那に左手を握られながら、俺は気恥しさから逃げるようにそう返した。冗談めかして返す俺の言葉を、友希那は穏やかな表情で聞いていた。
「言わなくても、わかるでしょう?」
俺の手を握る、友希那の右手に込められた握力がゆっくりと強くなっていく。その込められた力と、友希那のその言葉が 少し暖かかった。
(...そりゃ、わかってるよ)
きっと、友希那にはバレていたのだろう。俺の胸の中に宿っていた不安も、俺だけが取り残されていくような焦りも、全て。
だから『大丈夫』と言ったのだろう
「......言ったでしょ? あなたのおかげだって」
視線を俺の顔ではなく、自分で握っている俺の左手に向ける友希那。整ったその横顔が、ステージの熱で火照ったその頬が、照明で照らされる透き通った髪が、芸術品みたいに美しかった。
(...あの時、言ってたな)
ちょうど1週間前の、あの甘ったるいココアの味が口内に張り付く前の、夜の公園で交わしたあの会話を思い出す。
『でも今日、初めて誰かの為に歌った』
『自分の為じゃなく』
『想』
『貴方のために』
本当に 今の友希那から感じる雰囲気は、あの時とそっくりだった。4月の夜とは思えないほどに冷えていた、真っ暗の夜空に吐き出された友希那の呼吸が 白化してどこかに飛んで言ってしまうあの景色が。吸い込まれるみたいに深い 夜空の色が。
ちょうどこのライブハウスと、どこか似ているような気がした。
「今日の事も、あなたのおかげよ」
回想に耽っていた俺に、友希那がそう言う
「私じゃ多分、紗夜を見つけれなかった」
俺の力だけじゃないけど、
だなんて茶化す気にはなれなかった。目線を合わさずに滔々と紡いでいくその言葉を邪魔するような事は、到底出来やしなかった。
握っていた俺の左手に込めた握力を緩め、握るのではなく 撫でるように、友希那は指を這わせ始めた。
その感触が、少しこそばゆい
「......だから、大丈夫よ」
もう一度、友希那が口角を上げる
横からでしか彼女の表情を見ることは出来ないけれど、それでも十分すぎるほどにその表情は 優しくて。その笑顔は今まで見た友希那のどの表情よりも暖かかった。
「......ありがとな」
自然と、口から言葉が出てきていた
Afterglowの演奏を聴いて、どこか失っていた自信のようなものが 戻ってきたような気がした。
自分のやってきた事は、無意味なものなんかじゃない。
そう、思えた気がした。
それと同時に、ステージの上のメッシュの少女が叫んだ
『次で最後だから!』
彼女の声を合図に、会場がまたもう一度 湧き始める。
さっきまでの、友希那と喋っている間に感じていた穏やかさとは正反対の現実に、意識が引き戻される。
左にはまだ俺の手を見ている友希那、その奥でステージを見ているリサ。右には他の観客に混じって声援を送っている神田と江戸川。そして、惚けたような表情をしている氷川。
『出し惜しみなんてしないで!』
その声で、その叫んでいる姿で、その姿を見つめるAfterglowのメンバーの表情で、このライブハウス特有の空気で、観客たちはどんどん のぼせていった。
その証拠に、さっきまでは静かだった俺の心臓はバクバクと弾んでいた。
『最後の曲は!』
右手に握ったマイクを口元にあてがいながら、左手を天に掲げるみたいに持ち上げて、そう叫ぶ。
会場全体が、彼女達の演奏を 待ち侘びていた。
そして、たっぷりと空気を肺に溜め込み 満を持して ステージの上でボーカルが叫んだ。
『Teenager Forever!!』
好きなのはこの中だと...
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氷川日菜