『他の誰かになんて なれやしないよ』
モカのギターの音と、ボーカルの透き通った声の2つだけが響く。その他には、何も聞こえなかった。観客達の出す雑音や、自分の体の奥から響いてるはずの心臓の鼓動でさえ、彼女達の音楽を邪魔する事は出来なかった。
『そんなのわかってるんだ』
今日俺が、氷川紗夜に話す事を予め打ち合わせていたように Afterglowは歌っている。この曲は...いや、この曲も、か。
さっきの『Flash!!!』も、この『Teenager Forever』も。両方とも俺の大好きなバンドの曲で。両方とも、今の俺に。今の氷川に染み入るような。そんな歌詞なのだ。
『明日を信じてみたいの』
左手は友希那の右手に重ねられたまま、右にいる氷川の方を見てみる。氷川も、その奥にいるReeves Roseのメンバーも。3人ともステージを見ていた。
でも、氷川だけが俺の視線に気づいた
『微かな自分を愛せなかったとしても』
左耳から、ボーカルの歌声が聴こえてくるけれど、ステージから背けるように体を氷川の方に向ける。氷川も、少しだけ体をこちらに向けた。
ギターとボーカルだけだった、少し味気ないとも言える音にベースとドラム、キーボードが加わって、いくつもの音が重なった音が会場に響いていく。
その激しさや、賑やかさとは反対に。俺と氷川は静かに見つめあっていた。
『T-t-t-t-Teenager Forever!』
きっと、メンバー全員が歌っているのだろう。ボーカルの声だけじゃない、いくつもの歌声が聴こえてくる。その一体感が、その調和が、原曲には無かった本当の『ティーンエージャー』な魅力が備わっている気がした。
「...あなたと、似てますね」
氷川が、ふっと笑った
その言葉は、なんに対してなのだろうか。いまいち、検討がつかなかった。
『T-t-t-t-Teenager Forever!』
彼女達のコーラスに混じって観客たちも真似て歌い始めた。その合唱に、また俺と氷川は取り残されてしまった。
「『他の誰かになんてなれやしない』って言葉、あなたも言ってましたよね」
そういえば、言ったな。
さっきまで居た工場跡地で、氷川にそう言った気がする。別に、そっくりそのままこの曲を真似た訳では無いけれど、この歌の影響を受けて出た言葉であるのは確かだ。
「どこかで聞いたことがあった気がしたんですけど、この歌だったんですね」
少し俯きながら、氷川は口角をあげてそう言った。純粋な笑顔ではないその表情。でも、不思議とその表情には悪意を感じなかった。
どちらかといえばむしろ、母親のような愛情を携えたような。そんな優しい表情だった。
『T-t-t-t-Teenager Forever!』
静かな氷川の表情、その顔を照らすステージから溢れてくる照明。視線をステージの方に向ける。するとそこには、照明なんかよりも もっとギラギラに照らし返す5人の姿があった。
その全てに『Teenager』な魅力があった
このライブイベントは高校生しか参加出来ないという特殊な募集条件だ。そんなイベントのトリを飾るにはこれ以上にないほど、この曲と このバンドは相性が良い。
10代の煌めきが、彼女達には全て込められている。そう、思った。
『望んだ事全てが、叶うわけは無いよ!』
またギターとボーカルだけの、2種類の音だけになった演奏。でも、不思議と寂しさは無かった。
この会場を覆い尽くしてなお余りあるほどの迫力が、その声とギターだけで放たれていた。
『そんなの、わかってるんだ』
吐き捨てるように、そう歌う。
『深い傷もいずれは、瘡蓋に変わって』
その歌詞を聞いて、少しだけハッとする
あの時、日菜が歌った『The hole』が。あの儚い歌声とアコースティックギターの音色が、鮮明に思い起こされる。
日菜は、氷川が帰った後
いったいどんな事を話すのだろうか
彼女が負った傷も、瘡蓋に変わっていくのだろうか
『剥がれ落ちるだろうか』
2つだけの音にドラムが混じって行く、それと同時にギターの荒々しさも増していく。情熱の込められた歌声と、その声を支える演奏がどんどんと熱を増していく。
やはり、Afterglowは友希那とは逆の。
別種類の熱があるような気がする。
友希那のゆっくりと浸していくような熱ではない、即効性の。一気に全てを燃やすような熱が、このバンドには有るような気がした。
『いつまでも相変わらず、つまらない話を』
ボーカルのメッシュでは無い、他の4人が歌い始めた。女性的で、どこか軽々しい軽快な高音で歌い出す。その、心の底から楽しんでいるような声が、お互いの存在を確かめ合うような歌声が、このバンドの全てを表しているようだった。
(あぁ、きっと)
───きっと、神田や江戸川が欲しかったものは
これだったのだろう
『つまらない中にどこまでも、幸せを探すよ』
歌いきるや否や、激しいドラムの音が耳をつんざいていく。腹を食い破るような、そんな生の音が体を食いつぶしていくような感覚が走ってきた。
『伝えたい想いは溢れてるのに』
今度は私の番、と言わんばかりにマイクを口に押し当てるように構えながら歌うメッシュのボーカル。その姿に見蕩れていると、本当に自分がちっぽけな物に感じられた。
相手の顔も見ずに ただこうやって歌うだけで人の心を動かせる人間が、自分と同年代で 今この瞬間に目の前に居ることが 少しだけ悔しいとさえ思った。
俺は、人の力を借りて。人の言葉を借りて、人に支えられて、やっと1人を引っ張り出すのに精一杯だった。
それなのに、このバンドは200人を相手にこうやって立派に歌っている。
『伝え方がわからなくて今でも言葉を探してるんだ』
友希那は俺に「大丈夫」だと言ってくれた。
俺が誰かのために何かを出来たと言ってくれた。
氷川の方を、もう一度見てみる。
本当に、俺はなにかを出来たのだろうか。
『遠く散っていった夢の欠片に』
氷川の奥にいるReeves Roseを見る。
憧憬や、羨望の類の感情がぐちゃぐちゃに混ぜられたような表情で。瞳孔を開ききってステージを見つめる神田の姿が、折れてしまいそうな花のように見えた。
俺が感じたReeves Roseの在り方がもし本当なのだとしたら。きっとAfterglowは神田の理想をそのまま体現したような、そんなバンドのはずだ。
Reeves Roseに足りないモノを、Afterglowは全て持っている。
だから神田はさっき、リサと会った時の葛飾と同じような。聞きたくない事から逃げるような態度を取ったのだろう。
『めくるめくあなたの煌めきに気付けたらいいんだ』
気づかれないように盗み見る神田の横顔、
その目尻は、泣いてるみたいに腫れていた。
『T-t-t-t-Teenager Forever!』
またそのフレーズを歌い始める。
心得たと言わんばかりに、聖歌みたいに観客たちが歌い始める。会場全体が一致していくように鳴らす喉の振動が。心の熱量が、会場を伝染して飛び交っていく。
その畝りが、恐ろしくて
ステージに目を向けれなかった
『T-t-t-t-Teenager Forever!』
左に居るリサを見る。
俺が犯した罪と後悔の象徴ともさえ思える姿は、当然なのだけれど俺の事を見ていなかった。ステージの上で歌う友人へエールを贈るその屈託のない姿が、この会場そ包む眩しさの一片になっていた。
『T-t-t-t-Teenager Forever!』
友希那も、完全に飲み込まれている訳では無いのだけれど。俺ほど悲観的な訳では無かった。
眺めるように、ステージを見ていた
『他の誰かになんて なれやしないよ』
ボーカルがゆっくりと歌う。さっきまで鳴っていた演奏が黙りこくって、ボーカルの出す歌声だけになる
『そんなのわかってるんだ』
初めに歌った歌詞を、もう一度歌う
右に居る氷川の方に視線を向ける
氷川も、俺の方を見ていた。
『明日を信じてみたいの 微かな自分を』
ボーカルが、叫ぶように歌う
『愛せなかったとしても』
歌いきった彼女を讃えるように、激しい演奏がまた命を吹き返す。会場も、どっと盛り上がっていく。
「......どこで聴いたのか、思い出しました」
そんな周りの事など気にせず、氷川はそう言った
その表情は、どこか晴れやかだった
「自分で聴いた覚えはなかったんですけれど、やっと思い出せました」
少しだけ、微笑んでそう言う。
また、母親のような優しい表情が見えた。
「...どこで、聞いたんだ?」
氷川に、そう訊いてみる
俺のその言葉を聞いて、またもう一度微笑んで
氷川はゆっくりと口を動かした
「......日菜が、歌ってたんです」
好きなのはこの中だと...
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湊友希那
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今井リサ
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葛飾麗奈
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氷川日菜