「咲と葛飾さんが、似てるからそう思ったの?」
なんでもない風に、リサがそう言い放った。行き場が無くて、テーブルの下で彷徨っていた両手が。湿っていた。
テーブルを挟んで向こう側に居る、ストローをつまんでこちらを見てくる人影が。まるで幽霊みたいに、ゆらゆらと揺れていた。
そう見えるのは、きっと俺の視線が泳ぎっぱなしだからだろう。
主観でもわかるほど、狼狽していた。
「......そう、...だよ。」
歯切れの悪い。張り付くような言葉で、誤魔化した。その返事に。なんの意味も解釈も持たない事は。発言した自分が一番わかっていたし。その事をきっと、友希那もリサも気づいている。
俺の事を見る2人の視線が、痛かった。
「......神田ってさ。リサが言った通り、多分。葛飾と似てるんだ。」
句読点がやけに多い、たどたどしい声を吐き出した。言ってる事に自信が無いわけじゃない。それどころかむしろ、確信すらある。
それなのに、
こうも声が震えてしまうのは、きっと。『葛飾と神田が似ているから、神田が氷川の事が好き』だと言うことに確信を持ててしまう自分に、自信が無いのだ。
リサと友希那、2人の行動や思いに。俺はまだ返事どころか、答えすら出せないままでいる。友希那のバンドメンバーを探す手伝いやリサの相談に乗る事で罪悪感を消しているだけで、まだ実際のところは何も2人に出来てなどいないのだ。
今は、2人が見過ごしてくれている。
実際はただそれだけで、保てている関係なんだ。
それなのに、葛飾の事にだけ注意を向けている自分が。2人にどう思われるのかが、怖いんだ。
だから、自分に自信が無いんだ。
「気付きたくないことに知らないフリする所も。無理に明るくする所も、葛飾と。似てるんだよ。」
葛飾との2人の帰り道での光景を思い出す。俺の『土曜日の予定』が、一体誰との予定なのか。きっと葛飾は気づいていた。でも敢えて何も聞かなかった葛飾と、今日の神田はどこか似通っていた。
いつの間にか氷川が居なくなった理由も、氷川と俺が2人でライブハウスに帰ってきた理由も。そして、隣にいた友希那が聞こえていた位なのだ。きっと、『Flash!!!』や『Teenager Forever』の最中で俺と氷川が話していた内容も、神田には聞こえていたはずだ。
でも、神田は敢えて何も言わなかった。
その事に触れてしまえば、きっと何かが変わってしまう事を知っているからだ。だからきっと、神田はこのままで。変わらないままが欲しいのだろう。
「でも...」
でも、今は違う。
「多分、俺たちが何かしなくても。『Reeves Rose』は、大丈夫だと思う」
今度は、はっきりと声を出した。震えそうになる声を押しとどめて、喉を震わせて俺の考えを2人に伝えた。
「......咲が紗夜の事が好きなんだったら。そうはならないんじゃないの?」
怪訝そうに、リサが言った。
確かに、神田の状況だけを考えればそうだ。紗夜の事を好きなはずの神田が、このまま放置して解散の流れになる訳がないだろう。
でも、
「......きっと、氷川が何とかしてくれる」
余計に、リサは怪訝そうな顔をした。でも、その隣の友希那は少しだけ納得したような表情だった。
「......それは、紗夜がライブハウスから出ていった事と関係があるって事よね。」
数時間前の記憶が蘇ってくる。
ステージの上で鳴り響くけたたましい音の塊を聴きながら、俺と氷川と友希那の3人で話した内容を。
氷川紗夜が日菜に抱いていた嫉妬と愛情という矛盾したふたつの感情に改めて向き合ったことで、氷川はそれに耐えきれずに逃げてしまった。
でも、
その時の氷川は、もう居ない。
「......あの後、氷川と話したんだよ。」
何も言わずに、2人が俺の話を聞いている。
店の落ち着いた明るい照明に照らされたその姿は、どこか絵画のような非現実さがあった。
今日、この日を迎えるまで怖くて仕方なかった2人を前にして。恥ずかしげもなく同じテーブルに座って喋っている事実が、夢みたいに思えた。
「...逃げるのやめて、変わろう。...って」
随分と意訳した説明をする。
『2人で変わろう』と、言った筈なのに。敢えてその事は伏せた。その事実が、俺が変われていない事の証明だった。
氷川は、日菜や神田、Reeves Roseと向き合う事に対して前向きに努力を始めていた。工場跡地での有言を実行しようとしている。
でも、
俺は一体どうだろう。
葛飾の事が1番大事なら、今すぐにリサや友希那と会うのを止めるべきじゃないのだろうか。
リサの事が1番大事なら、葛飾にちゃんと伝えなきゃ行けないんじゃないだろうか。
友希那の事が1番大事なら、夜のベンチで告げられたあの言葉の返事をもう一度するべきじゃないだろうか。
俺は、それのうちのどれも選べないでいた。
結局、どれが自分の中で1番なのかがわかっていないのだ。
「だから......多分、大丈夫だと思う。」
口から出た言葉とは裏腹に、腐っていく心模様。さっきまで明るく見えていた景色が、少しだけ灰色がかって見えた。
自分の自堕落な行動と、氷川の雄弁さのコントラストが、余計に自分の気持ちをダウナーにしていった。
2人は、少しだけ納得したような顔をしていた。きっと、氷川がライブハウスを出た後と、戻ってきた後の雰囲気の違いが、腑に落ちたのだろう。
「......じゃあ、しばらくは様子見...かな?」
リサが、笑いながら言った。
張り詰める...まではいかなくとも、どこか厳しかった雰囲気は霧散していった。
知らず知らずのうちに握りこんでいた両方の拳が、力むのをやめてじんわりと広がっていく。手に汗を握った手のひらが、外気に触れて少しだけ冷たくなっていく感覚で、自分が思っていた以上に身体が緊張していた事を自覚した。
そして、
唐突に葛飾の事が気になった。
目の前の2人向けっぱなしだった意識が緩んだ事で、急に葛飾の事が気掛かりになってしまったのかもしれない。
リサと友希那。2人から隠すように、テーブルの影に携帯を持っていってロックを解除する。RINEを見る前に、もう一度だけ目の前の2人を見た。
リサと友希那は、2人とも向き合って何か話し始めていた。その様子だけ確認して、RINEを開いた。
昨日の朝に返したはずのRINEは既読だけで、返事はまだ来ていなかった。
好きなのはこの中だと...
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湊友希那
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今井リサ
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葛飾麗奈
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氷川日菜