49 多分、君もそうだったんでしょう
「まだしばらく無理かも」
何度目か分からなくなるほど、日菜から送られていたRINEを読み返している。
味気も素っ気も無い、なんの修飾もされていない事務的な文面のはずなのに、今まで何回も繰り返してきた日菜とのどのやり取りよりも浮ついて見える事が、不思議だった。
きっと、氷川が家に帰ってきたからだろう。
自分の部屋で1人、携帯に向かって考える。溜め息がこぼれ落ちそうだった。
締め切ったカーテンや、部屋に帰ってきてから未だに点けていない部屋の灯り。そのどれもが、呼吸を重くしてしまっているのかもしれない。
少し前の事を思い出す。
あの後、友希那やリサからはRINEが来ていた。
「おつかれ」だとか、「楽しかったよ」だとか、そんなような会話の痕が液晶越しに覗いて見える。
2人とはついさっき会っていた筈なのに、まだ別れてから1時間も経っていないのに、すぐに連絡を取り合っていた。
でも、
葛飾からの返事は、依然来ないままだ。
昨日の朝、まだリサと葛飾が顔を合わせる前に交わしたRINEのやりとりから、一切進んではいなかった。
普段と変わらない「おはよう」だとか、「補習終わるまで待っててね」だとか、そんな何の変哲もない。穏やかな時間が、解凍されないまま。携帯の中だけは冷凍されていた。
「......」
そんなに返事が欲しいなら、自分からなにか送ればいい...筈なのだけれど、それもできないまま。
漠然と目の前に広がる不安と、どこか取り返しのつかない事をしてしまったような予感だけが胸に渦巻いていた。
そして、
そんな心境が自分の体を浸し始めた瞬間に、ひとつある事に気づいてしまう。
いつの間にか、不安の対象が入れ替わってしまっている。
つい昨日までは、リサと友希那に怯え。葛飾や日菜に安心を覚えていた。
でも、
今は友希那とリサのRINE、氷川の存在に支えられ。葛飾に不安を感じている。
「......」
自分で、自分の事が恐ろしかった。
コロコロと不安と安心が入れ替わる。そんな自分の心が浅ましくて、おぞましかった。
もしかしたら、葛飾とこれから話す事は無くなってしまうかもしれない。それぐらい、葛飾の事を蔑ろにしてしまっていた。歩み寄ろうとしてくれていた距離感ですら恐れて、リサと友希那が離れてしまう事と、葛飾の事を天秤にかけれずにいた。
何も選べないで、何も成せないで。
そのくせ、氷川には偉そうに『一緒に変わろう』だなんて啖呵を切って。
......結果的には、でも。それで上手くいったモノもあった。
氷川は、それがきっかけで日菜と向き合うことを決めてくれた。友希那のバンドの事も、何とか上手く行きそうだ。
「『Reeves Rose』って、花の名前からつけたらしいよ。」
リサから聞いた話を思い出す。Reeves Roseに入っている『薔薇』以外にも、ふたつの花の名前が隠れているらしい。
ひとつは、『Evening primerose』日本で言うと『月見草』にあたるらしい。神田が氷川に一目惚れして作られたバンドの名前としては、ピッタリな花だと。そう思った。
彼女の演奏はどこか月のようで。そんな彼女を見てバンドを組みたいと思ったのなら。神田の事を表すのにこれ以上ない花のように、思えてしまった。
そしてもうひとつは、『Reeves spirea』日本で言うと『コデマリ』という花のことらしい。正直、花のことは詳しくないのだけれど、花について調べてみると色々分かったことがある。
コデマリの花言葉は『優雅』や『上品』というニュアンスが含まれるらしく、月見草の花言葉には『無言の愛情』という意味も込められている。
そして、単数形の『Rose』の花言葉は『あなたに一目惚れ』
調べれば、いくらでも出てきた。
神田が『Reeves Rose』というバンド名に込めた思いが。隠された感情が、いくつも浮き出てきた。紗夜への気持ちや、自分の思い。願いだったり、祈りだったり。
全てが、一途な思いだった。
とめどなく純粋な『想い』が溢れだしていた。
ライブハウスのステージの上で発火した友希那の歌声や、夜の公園で震えながら「ごめんね」と言った葛飾。姉への気持ちを教えてくれた日菜や、工場跡地で変わる事を決意した紗夜。
そして何より。何度も表情を変えて、何度も嘘の表情で俺の心を覆い被せていた、湿っぽい芳香のようなリサ。
全員が、それぞれの想いを行動で示していた。
でも、俺は何もできていない。
自分に似ていると思っていた神田も、実の所は隠しながらもたった一つの純な想いを持っていたのだ。
こうして1人で燻っている俺とは違って、ひとつの叶えたい想いがあるのだ。
葛飾からの返事を待っていながら。それでもまだ日菜との電話や、リサと友希那へのやりとりを続ける。逃げ道や、簡素な安息の避難場所を用意する事へ、枚挙に暇がない。
まだ手に持ったままの携帯を開く。
新しいメッセージは無くて、何人かのトーク履歴の最初の一文だけが列挙して表示されている。下から順に友達が並んでいて、その上には葛飾に俺が送った文面が。さらに上にはつい数時間前に連絡先を交換した氷川が、続けて友希那、リサ、日菜が。順に並んでいた。
そうやって、葛飾とのやり取りを上書きするように上に並んでいく履歴が溜まっていく事が。悲しかった。
でも、その履歴を溜めているのは自分のせいだと言う事も確かだった。
「......」
携帯が震えるよりも先に、通知に気づいた。じっと見つめていた携帯の液晶に、RINEの通知が表示される。
(葛飾...?)
そう思ったけれど、すぐに落胆する。
「おっけーだよ」
日菜からだった。心に張っていた緊張の糸が、巻取られるような感じがした。血管に流れ込んでいた痺れがゆっくりと萎んでいくような、そんな。気持ちが悪いようでどこか頬が綻んでしまうような、そんな気持ちだった。
送られて来たことに気づいてはいるけれど、あえてすぐに返信はしないでおく。
何となく、日菜からの返事を待っていた事を本人に悟られるのが癪だった。
(10分ぐらい、返信しないどこう)
自然と表情に笑顔が滲むのを自覚しながら、そう思う。さっきまで胸を覆っていた不安の影が、晴れていくような感じがした。
また、日菜との電話に安心感を覚えて。安易な逃げ場になってしまっている事に気づいていながら、敢えて気づかないフリをする。
そうし続けていないと、心が持たなかった。
きっと、葛飾もこんな気持ちだったのかもしれない。
なんて事を、諦めが混じったような感情で。想っていた。
好きなのはこの中だと...
-
湊友希那
-
今井リサ
-
葛飾麗奈
-
氷川日菜