1話から3話まで、結構手直ししました。
「もしもし?」
イヤホンから声が聞こえる。
いつもなら夜に電話をしているけれど、今はまだ時刻は夕方頃。お互いの家がまだ晩御飯前の、なんとも言い難い時間帯だ。
ヘラついた浮かれた調子で言う日菜の、わかりやすく上機嫌な様子が。事情を知っている分、聞いているだけで少しだけ口角が上がってしまう。
「もしもし」
返事をしながら携帯を机に置いて、椅子に座る。まだ開けたままの部屋のカーテンには暮れかけの太陽が死にそうなほど頼りない光を放っていた。
建物の隙間から漏れ出す陽光が、プールの中で沈みながら外を見ている時と同じように揺れているように思えた。
「......」
お互いに。電話をかけたはいいのだけれど。話したい事や、聞きたい事は明確にあるのだけれど。何から手をつけていいのか、どう取っ掛りを見つければいいのか考えあぐねているような。そんな空気が2人の間に流れた。
「......」
コトコトと、マイクが拾った雑音が鮮明に聴こえる。携帯を挟んで向こう側にいる日菜が言葉を発せずに手荒んでいる様子が、面と向かってあった回数こそ少ないものの、こうして電話を繰り返すうちに容易に想像できるようになった。
下を向いて、両手を見つめながら指を弄ぶ姿が頭に浮かぶ。そんな日菜の様子に、何となく。
葛飾の姿が重なった。
「......お前の姉ちゃんと、今日初めて話。したんだけど」
正解なのかはイマイチ分からないけれど。とりあえず声に出してみる。返事なのか、あくびなのか分からないほど小さい。息を吸う音が聞こえた。
「...なんか、思ってたのと違ったわ」
返事をしやすいように、取っ掛りのわかりやすい事を言ってみる。小細工まじりの言葉は薄っぺらくて、面白みも外聞も無かったけど。でも、気まずいような空気をずっと食んでいるよりも、マシだと思った。
「え〜。どんな風に思ってたの?」
マイクの少し遠くから、日菜の声が聞こえた。物音はまだ続いている。
俺の期待していた返事が帰ってきたことへの安心感から、油を指したように身体を覆っていた緊張がほぐれていった。
「思ってたより、話しやすかったよ。」
初めて会った時の日菜よりも、とか。付け足そうかとも思ったけれど。さすがに止めておいた。軽口を叩くにはまだ、時期尚早な気がした。
「え〜、そうかな〜。」
あたしは、全然話せなかったけど。
そう付け加えるように言った。言葉の内容自体は自嘲的だったけれども。過去形で言い切った日菜の声は、どこか前を向いた自嘲のように思えた。
未だに遠くから聞こえてくる声と物音が、会話と会話の間に生まれる静寂に。すっぽり収まっていた。
「...話、できたのか?」
見えない糸を辿っていくように、たどたどしくそう聞く。きっと、家に帰った氷川と話をしたことはわかってるんだけれど。
「うん、したよ? 話。」
さっきよりも、日菜の声が近くで聞こえる。
「...お姉ちゃん帰ってきてから、すぐに部屋に来て。それで、怒られちゃった」
日菜がポツポツと語り始める。
まぁ、そりゃ怒るわな。
動機がどうであれ、日菜は俺や友希那を通して氷川のバンドを潰そうとしていたのだ。氷川が怒っても、当然の事だとは思う。
「私がお姉ちゃんのバンド。邪魔しようとしてたの。怒ってたんだ。」
俺も、今日氷川に睨まれたから。その姿は想像に難くなかった。
氷川は、一日に何回怒ってるんだろう。そんなどうでもいい事が頭によぎる。
「でも、すぐにお姉ちゃん。謝ってさ。」
姿は見えないけれど、日菜はきっと。俯いた顔をはね上げたような気がした。
さっきまでは不確かな、消えてしまいそうな物音でしか無かったノイズが。ゆっくりと、かたどっていく。キュイキュイと擦れて鳴る音と、木製の空洞が鳴らすコツコツとした鳴る音が。今までもよく聞いてきた筈なのに、真新しい新品の音のように思えた。
「...私のギター。見てくれたんだ。」
今まで面と向かって話せなかった。日菜のギターを、きっと氷川は真正面から受け止めたのだろう。
漏れだした音を、隠れるように聴いていただけの氷川が。日菜のギターを見た事実は、きっと。重い意味を持つはずだ。
「......」
何も言わずに、ギターを弾き始める。
アコースティックギターが切なげに鳴らす弦の音が。昨日までの日菜の、鮮烈な音よりもずっと落ち着いた音だった。
おどけたような、綺麗でいて汚いような。そんな矛盾したフレーズを。昨日の夜、日菜が弾いてくれた『vinyl』のイントロを。ゆっくりと演奏する。
溶けるような音色が、包み込んでいた。
「この曲、お姉ちゃんも聴いてたんだね。」
演奏は続けたまま、日菜が言う。
「まだちゃんと決まったわけじゃないのに。お姉ちゃん、私が友希那ちゃんのバンドに入ってると思ったんだって」
弦を抑えるために、指を走らせた時になるあの独特な音が、やけに沢山聞こえる。
「......」
少しだけ荒っぽくなった演奏を押さえつけるように、声を押しとどめて。演奏に集中する日菜。
メドレーチックに、さっきまでの『vinyl』では無くて。何日か前に弾いていた『The hole』を弾き始めた。
氷川紗夜の事を、話してくれた時に。日菜が弾いていた曲だ。
「......氷川。お前が言った通りの場所に居たよ。」
演奏に集中して、何も言えなくなった日菜に、こちらから声をかけてみる。
「...うん、お姉ちゃんから聞いたよ。急に想くんが来て。びっくりしたって。」
イントロが終わったぐらいの、ゆっくりと落としていくような演奏をしながら、そう返事をする。
「......ありがとな、ほんと。日菜が教えてくれなかったら。絶対。検討もつかなかった」
前後が繋がってるのか、イマイチ分からないけれど。とりあえず。伝えたい感謝を伝える。
飾ってはいないつもりだけれど、どこか恥ずかしさを隠すように巫山戯た。そんな、暖簾みたいな言葉を使った。
「.....私もだよ。」
日菜が呟いた。
「多分、私も。お姉ちゃんも。想くんが頑張ってくれなかったら、何も出来なかったと思う」
氷川とおなじような事を、日菜が言った。
この双子に、何度も伝えられた感謝の言葉。でも、実際の所。俺はその言葉を受け取れるほど馬鹿ではなかった。
自分の現状を理解できないほど、馬鹿にはなりきれなかった。
「...そんな事ねぇよ。」
精一杯の抵抗をしてみる。
「...そんな事ないよ。」
でも、日菜は俺の声に重ねた。
飾りをつけてないようで、誤魔化して茶化した俺とは違って。本当に何も混ぜられてない。純な言葉が、肌に刺さった。
「ありがとね。」
何かを失っても。その代わりに何かが得られるのが。人生なのかもしれない。
でも。その代償がなんなのか、代わりに何を得るのか。きっと、わかりっこないのだろう。
そんな、どうでもいい事が。頭に浮かんだ。
好きなのはこの中だと...
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