病まない雨はない   作:富岡生死場

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54 斜陽、太宰と公園と落ち葉

 人の居ない公園を吹き抜けた風が、木々から葉っぱをむしり取る。青々とした葉を落葉へと変え、地面に腐り落ちさせるこの風は、得てして平等では無い。人間にとっては心地良い風だとしても、別の見方をすれば残酷なものなのだ。

 

 という考えも、エゴなのだろう。

 

 勝手に木々や、落葉に感情を入れ込んでいるだけで。落葉を糧に生きる生物や、新しい葉を芽吹かせる木々。その自然のサイクルを考えれば、その無駄な感傷はただの余計なお世話でしかない。

 

 つまるところ、第三者から見た感傷や同情はただの野次馬でしかないのだ。

 

 

 

 ───────ずっと一緒でしょ? 

 

 

 

 この公園で、リサが昔に言った言葉。

 

 帰化するべき、変わるはずのない思い出。

 

 幼い目をした。リサの面影をした記憶の中の少女に全てを投げ出した。最後のその言葉だけ、やけに鮮明に。はっきりと言い放ったような気がした。

 

 

 

「............」

 

 話があるはずで、こうやって公園のベンチに2人並んで座る事に甘んじたのだけれど。

 

 リサは、何も声に出さなかった。

 

 

『ずっと一緒でしょ?』

 

 

 の言葉からは、何も続けなかった。

 

 蜃気楼みたいに、全てを攫ってどこかへと漂ってしまうような。そんな心地だった。

 

 

「また明日遊ぼう」とか「ずっと友達」とか。そういう軽い口約束みたいな。気楽な、互いに承認し合うような言葉だった筈なのだけれど。

 

 俺が思っていたよりも、もっと大事ななにかがあったのかもしれない。

 

 

 

「......リサはさ」

 

 

 口が知らぬ間に動いていた。

 

 結局この、約1ヶ月間。聞こうと思えばいくらでも聞けたはずだ。何週間も、何日も、何時間も、何秒でもあったはずだ。

 

 でも今の今まで聞き出せなかった。

 

 

 

「なんであの日。一緒に寝たの?」

 

 

 リサとの夜の事を、初めて口にした。

 

『セックス』なんてただの行為で、ただの手段だ。恥ずかしがって口に出さなかった訳じゃない。そんなものはただの思春期のお子様がする事で、かと言ってそれを恥ずかしがらないのはただのバカだ。

 

 別に童貞になりたかっただけじゃない。ただ自分がしでかした、卑怯な行いを認めたくなかっただけだった。だから今まで口にも出さなかったし、考えることもしなかった。

 

 でも今日、葛飾の姿を見て。初めてやっと、聞く気になれた。

 

 

 

「......なんで、かぁ...」

 

 

 

 ベンチの横で座っていたリサが口を開いた。話があったはずのリサを遮って、突拍子も無いことを聞いた。その事をリサは咎めなかった。

 

 純で澄んでいた昔を懐かしむような話題を捨ておいたままで。漆器みたいに黒ずんだ過去を差しだした。

 

 

「......あの時さ、想。ゴム持ってたじゃん?」

 

 

 雨が篠突いて煩かった日の事を思い出す。カーテン越しに見えた月が妙に明るかった。友希那の家からベランダを伝ってリサの部屋に帰って、そこから交わした口付けと。その先の出来事も、ふっと湧き出してきた。

 

 あの時に感じた、女性物の服の優しい肌触りと。初めて感じた女性の身体の中身が、指先にこびりついた霞みたいにフラッシュバックした。

 

 

「それみた時さ、なんか。カッとなったんだ」

 

 

 俺は女性に生まれる事はなかったからきっと一生理解できないのだろうけど、なんとなく分かったような気はした。自分の部屋まで入れたバッグにゴムが入っていたらきっと、何かが切れてしまうのだろう。

 

 

 プツン、なのか。プチッ、なのか。

 

 

 分からないけれど、きっと頭のどこかにある抑えのような糸が引っ張られて。その糸の端と端には感情と勘定が括り付けられているのだろう。自分の感情と、それが引き起こす出来事の勘定が。

 

 

「......俺さ、あの時。忘れてたんだよ」

 

 

 また知らぬ間に口から言葉が溢れ出ていた。

 

 だから自分でも、主語は分からないままでいた。あれだけ人に主語が無いだとか笑っていたけれど、本当に大事な時に人に物を伝えれないのはどうやら自分の方だったみたいだ。

 

 忘れてたのは、なんだったんだろう。

 

 バッグに入れていたゴムの事だろうか。あの場には居なかった葛飾への恋愛感情だったのだろうか。リサが言った『ずっと一緒でしょ?』の言葉だったのかもしれない。

 

 

 ──────でも多分、そのどれでもない。

 

 そう強く思った。

 

 

「今日、葛飾と会ったんだ」

 

 リサの方は見ずに言った。

 

 脈絡を読まずに言葉を出すのはこれでもう2回目だ。そしてその両方ともが、まだ未解決の話題だ。でもそれが、答えだった。

 

「前にも言ったけど、葛飾を好きになった理由って。葛飾に好きな人が居るからなんだ」

 

 目の前のデカい木を眺めながら言った。その中でぼんやりと見ていた葉が風に靡いて落ちていった。葉はまだ空を漂っていた。

 

「でも、それだけじゃないんだよ」

 

 

 葉がゆっくりと流れていく。地面に落ちて土に還るまでのほんの数秒だけをやり過ごすみたいに、左右に揺れながら落ちていった。その葉を見ているうちは、なんとなく安心できた。

 

 

「俺さ、リサの事が好きだったんだ」

 

 

 今更、そんな事を言った。

 

 それが、忘れていたこと。忘れようとして、代わりのものを必死になって探していた。だからきっと俺は、葛飾のことを好きになったんだ。

 

「......そっか」

 

 

 リサが言った。

 

 その間俺はずっと葉を見ていた。ゆっくりと流れていく葉は何往復か視界を揺らいで、そのまま羽根のように地面に降り立った。たった今。葉は落ち葉に成り下がった。

 

 それと、全く同時だった。

 

 多分、俺がその葉を見ていたのと同じように。リサもその葉を見ていたのだろう。

 

 

 

 

「でもアタシは、今の想。嫌いだよ」

 

 

 落ち葉がもう一度、風に流された。




斜陽は太宰治の中編小説のタイトルです。

https://twitter.com/Tomiokasei4jyo?s=09

好きなのはこの中だと...

  • 湊友希那
  • 今井リサ
  • 葛飾麗奈
  • 氷川日菜

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