病まない雨はない   作:富岡生死場

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もうすぐ終わる


55 配位、Keep you think out loud.

「だって、そうでしょ?」

 

リサが空を見上げながら言った。

 

二人分の人体の重さで脚が傾げたベンチの傾斜が、酷くきつく感じた。と言うよりはむしろ、自分の体が先刻よりも斜めったからだろうか。

 

肺がパタパタと波打つようにめくれ上がっているような気がした。中身が外気に晒されているのでは無いかと錯覚するほど乾きあがっていた。発汗した皮膚がザラザラとした嫌な気分を伝えてくる。

 

湾曲したフラスコみたいに、歪になった三角形に変わっていく雲の形を見ながら、リサは続けた。

 

「アタシの事が好き、なのは。本当なのかもしれないけど、さ?」

 

プツプツと言葉の節を切りながら言った。

 

言葉の足取りがおぼついていない、と言うよりはむしろ。歩き方はわかっているのだけれど、いまいちどこに足をつければいいのか、散らかった部屋のゴミだらけの床を品定めるような。そんな口ぶりだった。

 

「想は今日、葛飾さんが他の誰かといるの、見たんだよね?」

 

帰納的に説明するみたいに、一つ一つ振り分けていくように滔々と話していく。辺りに散らばった事実を、紙で仕切られた箱の中に包装していくみたいに収めていく。

 

「その後で、アタシの事が好きって言うのは、ちょっと急じゃない?」

 

半分だけ笑って、半分だけ呆れたような半笑いで。少しだけ肩を竦めたリサが居た。

 

 

 

 

確かに、そりゃあ。そうだ。

 

いくら自分の中で納得したとしても。葛飾への気持ちとリサへの気持ち。どっちが先でどっちが大事かを自分の中で背比べをしたとしても。そんな内側だけでの勘定は、誰かに伝わるはずなんてありはしないのに。

 

 

伝わるものだと思っていた。

 

当たり前に、俺の中ではずっと前からリサが居て。リサの事が好きだったけれども幼馴染のまま時が過ぎて行って。その結果、好きだった気持ちがフェードアウトしていって。いつの間にか、新鮮に映った葛飾の存在に陶酔していった感情の起伏が。

 

伝わっているだろうと甘んじていた。

 

 

軽薄な行動の内側にあった小さい葛藤と内秘が。簡単には変えれなくて、誰への気持ちも嘘にしたくなくて。約束を無下にした事も、その感情も汲んでくれると甘えていた。

 

 

俺は昔からリサの事を好きで。葛飾の事が好きだったのは事実だけれど、それでもまだリサの事が好きだった。

 

それは言わずもがなリサに伝わっていると、勘違いしていた。

 

 

 

「だからさ、想」

 

ゆっくりと、リサが声に出した。

 

その落ち着いた声は、いつぞやの雨の日の───初めてリサに跨った日の───ように。艶めいた泥のような重さと粘っこさがあった。

 

公園の土を踏みしめる靴の裏から伝わってくる、少し沈むような。跳ね返るような重さが、なんとなく心地良かった。

 

「全部、ちゃんと片付けよう?」

 

その、リサの動きは一瞬だった。

 

今までのゆったりとした、重たい時間の流れが。バッサリと包丁で切り取られて。まな板の上を凪いでいくような。そんな一瞬の出来事だった。

 

俺とリサの間の少し離れていたベンチの間隔を、ぐいっとリサの腰が詰める。自分の腰とリサの膝立ちになった身体が、少しだけの距離を余してベンチの上に2つ並んだ。

 

 

あの夜と同じの、バニラの香りがより濃ゆく、より甘くなっていく。

 

さっきまでの、ベンチに2人並んで座った構図ではなく。座ったままの俺のすぐ横でリサは膝立ちになって俺に覆い被さるような体勢を取っていた。

 

リサの細くて長い腕が自分の背中を預けているベンチの背もたれを掴んで、リサの綺麗な顔が、自分の目の前に寄せられていた。

 

もう視界には、リサしか居ない。

 

「アタシの事が好きで、他はどうでもいいなら。出来るよね?」

 

右の頬には、リサの手が添えられていた。

 

たしなめるように、ふわりと添えた手から伝わってくる体温は驚くほどに暖かくて。香ってくる柔らかな匂いとは打って変わった激しさがあった。

 

自分の目の前に並んだ、二つのリサの大きい瞳が。揺れながらじっと覗き込んでいた。長いまつ毛と、素材の良さが解る薄めの化粧が、近くだと余計にはっきりと見えた。

 

「ちゃんと想が葛飾さんの事、嫌いにならないなら。アタシ、」

 

────────想の事、要らない

 

 

 

口には出さないけれど、目は口よりも物を言っていた。

 

鼻と鼻が触れ合う距離で、恋人同士がベンチで交わすキスのような体裁で、リサは俺の心の中に。大きくて強い楔を打ち込んだのだ。

 

 

「......わかっ、た」

 

 

今にも唇が触れてしまいそうになる最中で、弱々しく肯定の言葉を吐くことしか出来なかった。自分の吐いた息と、リサの呼吸が重なって、まるで呼吸まで掌握されているように感じた。生の権限すら、握られてるような錯覚だ。

 

俺の肯定の言葉をゆっくりと聴いて、ゆっくりと飲み込んでいくように。リサは沈黙を貫いていた。その間俺は、ずっと生きた心地がしていないままだった。

 

心臓が握られているみたいな緊張がずっと続いていく。

 

リサの顔が、視界いっぱいに広がっている。

 

 

 

「......」

 

 

何も言わないままだけれど、リサの表情が少しだけ動いた気がした。笑ったような気もするけれど、もしかしたら違うかもしれない。

 

でも一つだけ確かな事があった。

 

距離は変わらないまま、すっと伸びたリサの高い鼻がゆっくりと傾いていく。俺の首も、それに合わせて少しだけ傾ける。

 

言葉は交わさないまま、どちらが仕掛けた訳でもない。無意識のような動作で。俺とリサは静かに口付けを交わした。

好きなのはこの中だと...

  • 湊友希那
  • 今井リサ
  • 葛飾麗奈
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