「やばい、眠い」
自転車を漕ぎながら、思わず独り言を零す。日は出ているが どちらかと言うと少し肌寒い4月の朝、真新しくもない学ランに袖を通して 1人欠伸をこぼす。
帰りはよく友人と合わせるけれど、朝は時間合わせるの面倒くさいので基本的に1人だ。学校の近くまで来ると友人と偶然出くわす事はあるが、家からずっと一緒 なんて事はほとんどない。
今日は誰と会うかな
なんて呑気な事をぼうっと考えながら まだ頭の中に空白があるような そんな寝ぼけた感覚を味わいながら、ハンドルを握る。ゴム製の茶色いハンドルが 強く握った手のひらからシミ出た汗で濡れる。この少し滑る感覚、あまり好きではない。
信号が赤に変わる。
強く握ったハンドルにかけた手を ブレーキをかけるためにもう一度握り直す。手のひらを広げた瞬間、少し冷たい感覚が汗ばんだ掌を騒ぐ。
結局昨日(正確には今日だけど面倒くさいから昨日って事にしといて)はダラダラ電話してたら気づいたら3時になってしまっていた。俺はまだ一度寝ていたから大丈夫だけど、葛飾は大丈夫だろうか。
昨日の、一緒に過ごした夜の時間を思い出す。
同時に、3日前の事も思い出す。
反射的に 俯く。
暗くなった脳内が無意識に口を動かす
「......葛飾」
「えっ、なんで わかったの」
昨日寝る前に散々聞いた声が真横から聞こえる
独り言に返事が返ってきた事に驚いて声に振り返れば そこには葛飾が居た。信号待ちで止まっていた俺の横に、いつの間にか忍び込んでいたようだ。
当たり前だが、制服姿の『葛飾麗奈』がそこには居た。その事実に 少しだけ安心する。
「せっかく驚かそうと思ったのに」
俯いたままだったら、葛飾のイタズラを受けれたのか。惜しい事をしてしまった。でもそんな気持ち悪い素振りはせずに もう勘弁してくれと言わんばかりに 肩を竦めてみせる。
「昨日のドライヤーで もう十分驚いたから」
「ねぇ、ごめんって」
笑いながら、葛飾が顔を寄せてくる。信号を待っているため走行をしていないので 律儀にハンドルを握る必要は無いのだが、葛飾は自転車のハンドルから手を離さずに、前のめりになって笑う。
その憂いの無い笑顔が、羨ましかった
嫉妬に歪んだ感情を押し殺すように、視線を葛飾から風景に移す。正面には点灯する赤い人型、少し下を見れば角が剥がれて丸くなっている白線、右を向けば 運送のトラックが停まっている交差点沿いのコンビニの駐車場、そしてその駐車場から伸びる横断歩道を渡る1人の女子高生。
今、
1番会いたく無い人が そこには居た。
こちらに気づいた茶髪の女子高校生が
俺と葛飾に一瞥をくれる
その表情は
遠くからでもはっきりわかるぐらい歪んでいた。
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「......おはよう」
俺から、切り出した。
何となく 俺から言わなきゃいけない気がした
「おはよ〜、想」
手を振りながらそう返すリサ
葛飾の肩越しに見るその手は お互いの声が聞こえる程度の距離なのに、遥か遠くにある 蜃気楼のように見えた。
「あれ、友達?」
葛飾が、首を傾げながら聞いてくる
傾げた首で、リサの姿が視界から消えた
わざとなのか、それとも偶然なのか、見えなくなった事で少しだけ心に余裕ができた 気がする。
「うん! 昔からの友達なんだ〜」
気味の悪いぐらい明るい声で リサが葛飾にそう答えた。幼馴染とは言わずに 昔からの友達と表現したのは どういう意図があっての事なのだろう。
リサは、葛飾の前で歩みを止めた 俺のところに回り込むことは、しなかった。
さっきまでリサの居た信号が赤に変わった。
「あれ、また今度でいいから」
捨て台詞のように そう言ったリサは 少し俯いて歩みを進める。リサの通っている羽丘女子学園は俺の進行方向とは垂直方向に進んだ先にある。俺のすぐ横をリサが歩いて通り過ぎていく。
その目元は、前にあった時より腫れていた気がした
少しだけ、バニラの匂いがした
「信号変わったよ」
葛飾が居なかったら、ずっとこの場に立ち尽くしていたかもしれない。それぐらい 放心していた。
葛飾が居なかったら、リサを追いかけていたかもしれない。それぐらい 今のリサの姿は脆かった。
今すぐにでも消えてしまいそうな
そんな後ろ姿だった
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「おはよう」
ドアを開けて 教室に入る
既に15人ほど居る教室が 歓迎するように朝の挨拶を放ってくる。15人全員という訳では無いけれど、6人ほどの声がバラバラに聞こえてくる。
「おう、おはよ」
リュックを肩から外しながら、いつもの調子でそう言う。教室には隅で宿題らしきものに手をつける大人しめの男子が1人、窓の方で椅子を寄せ合い 話をしている3人の女子グループが1組、まばらに席に着き読書をしているのが4人、俺の席の周りで固まっている、6人の男子グループが1組。
ここに葛飾が入れば、もっといい景色なんだけどな
「お前、アレやった?」
つんつんヘアーの森田が、人差し指を俺に向けながらそう聞いてくる。
少し、心臓が跳ねる
「アレってなんだよ」
曖昧な代名詞が、心に波風をたたせる
こいつらが知ってるはずないのに、関係の無い言葉まで 俺とリサの逢瀬への非難に聞こえてしまう
「中谷の化学の宿題プリント」
坊主頭の高橋が、そうつけ加える
「何それ、知らないんだけど」
全くやってないプリントの存在を明かされたショックと、自分への非難ではない事がわかった安堵が同時に起る。自分が今、どんな顔しているのか 分からない。
同時に、今この場に居ないリサの事を想う。
俺には深夜、葛飾がいて そして今朝も葛飾と一緒に登校をした。でも、リサは今日 1人で登校をしていた。友希那ともクラスは違ったはずだ。
リサは、今も1人なんだ。
俺がこうして友人と何気ない会話をして、それで心労を負うのとは 段違いに辛い思いをしているはずだ。
「大丈夫、僕も知らんかった」
俺が宿題をやっていない事に バカみたいに笑う中、矢野だけが俺の味方だった。
いつもの友人同士の会話
なんて事ない当たり前の光景
胸の中に渦巻いた罪悪感が、その当たり前を汚していく。まっさらな日常の上に、ポツポツと不安の種を撒いて 後悔がその種に水を与えていく。すぐに芽を出した緊張と懐疑が、俺の心臓の鼓動を加速させる。
「俺もやってな〜い」
矢野の肩に寄りかかった片岡が、手を挙げながらおちゃらけてそう言う。いつもなら笑っていたその光景にも、特に何も感じなかった。
ポケットで携帯が震える
この震え方は、多分RINEだ
恐る恐る送信者を見る
送り主は、リサだった
「土曜日、空いてる?」
「友希那の事で相談したいから、アタシんちにまた来てくれないかな?」
奇しくも葛飾の誘いと、その日付は被っていた
そして 誘われた場所はリサの家、あんな事があった次の週にまた誘ってくるなんて、正直 意図が分からなかった。
でも、
その誘いに、乗ることにした。
葛飾の誘いを蹴ってリサの誘いを受けることが、せめてもの誠実さだと 思った。
「わかった」
手短にリサにメッセージを送る
今度は、打ち間違えなかった
俺を除いた友人たちの馬鹿騒ぎを聞きながら、もう一度リサのメッセージを読み返す。もう一度読み返したら 中身が変わってるかも、みたいな浅はかな考えはあっさり敗れた。
そうしてるうちにすぐに既読がついた
気まずさに突き動かされ返事を待たずに携帯を仕舞おうとしたけれど それよりも先にリサからの返事が届いた。さっきよりも、決定的な内容が またもや俺の心を揺さぶった。
「爪、切っといてね」
本当に
リサが何を考えているのか、わからなくなった
次回予告
「忘れてない?」
忘れるわけがない
「その服、めっちゃいいじゃん」
映画のセリフみたいなありきたりの言葉は
「褒める時は、ちゃんと褒めた方がいいよ」
きっと、思ってるよりずっと大事だった
「今日も、本番だろ」
次回『逢瀬、待ち合わせ』
https://twitter.com/Tomiokasei4jyo?s=09
ちなみに、バニラの花言葉は「永久不滅」らしいですよ
好きなのはこの中だと...
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湊友希那
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今井リサ
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葛飾麗奈
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氷川日菜