今日も平和である。なんて、毎日のように思うそれはもはや退屈と化している。
ご飯食べて掃除してお茶を飲んで人里に降りる。本当に巫女か疑ってしまう程である。
幻想郷と外の世界を隔てる結界管理を任されたとはいえ、余程のことが無ければ何も起こらないし、そもそもろくに修行していない私には何も出来ないのだ。
できると言ったら異変解決だが、その異変もココ最近は起きていない。
つまり、それらを生業としている博麗の巫女は暇を持て余しているということなのだ。
「くぁ……ねっむ……」
大きな欠伸をして、布団から体を起こす私、博麗霊夢は代々受け継がれてきた博麗の巫女の使命を担っている。とは言ったものの、上に記したように、博麗の巫女の仕事は何も無い時は本当に何も無い。
どんな神様が祀られてるかもあんまり知らないし、お賽銭も少ないし、ろくな神社じゃない。まぁ、八割がた私のせいだけど。
「今日は……暇か」
暇だ。誰とも会う約束もしていないし、何か特別な用事もない。
「まぁ、誰かしら来るのよね……」
この博麗神社は人妖問わず押しかけてくる。なぜだか分からないが、昼の間は誰かしらいるのだ。
人間、妖怪、吸血鬼、鬼、亡霊、しまいには神霊まで。
博麗神社としては妖怪がその敷居を踏むのは色々とよろしくないらしいが、追い返すのも面倒くさいし放置している。
私がいくらやる気のない巫女だからって、身だしなみを怠っている訳では無い。巫女服もしっかり着こなして、凛々しく見えるような工夫はしている。
別に可愛く見られたいからおしゃれしてるとかそういう気持ちはないから。ないったらないから。
「……まぁ、魔理沙あたりは今日も来るわよね。あいつ、今日こそ何か買わさせるんだから……」
縁側を歩きながら、今日起こるであろう事柄に不安を感じながら、私は洗面台へと向かった。
水道代やら何やらは紫が負担してくれているので、あまり気を遣わなくても大丈夫だろう。
「なんか、今日はなんだか歩きにくいわ……怪我でもしたのかしら……」
股のあたりに違和感を感じ、怪我をしたのではないかと心配して、過去を思い返すが、最近激しく動いたりもしていないので、こんな所を怪我する心当たりはない。
「……まぁいっか」
自己解決を済ませた私は早々と顔を洗って、衣服を脱いでいく。夏に近づいてきたこの季節はやっぱり少し汗ばんでいて気持ちが悪い。
この季節はなるべく朝風呂を心がけているのだ。
──体に悪い? 知らないわよそんなこと。
「ん、あれ、脱ぎにくいわね」
寝巻きを脱ぐ、そしてその後に下着を脱ごうとする。ここまで毎日同じ動作のはずが、下着がなめらかに下まで落ちることは無かった。
「ん〜〜〜〜っ! とぉ! 脱げた……」
力いっぱい下着を引っ張って自分の体から離す。
「全く……一体何が──ー」
その原因を突き止めようと、私は下半身を見る。
汗か、汗が滑り止めになっていたのか。いや、何かつっかえているような感覚だったし……
「ん? なにこれ」
なんか付いてる。股に何か付いてる。
「え……え……」
試しにそれをニギニギと触ってみる。まるでソーセージのようなそれは私の手の感覚をはっきりと感じさせる。
「こ、こんなの……付いてたっけ……」
魔理沙にも早苗にもレミリアにも付いてない。いや、そもそも昨日までは私も付いてなかった。
「てか、身長も伸びた気がするし、でもおっきくなったかな……」
身長は5センチほど、手はなんだかゴツゴツしてきている。
「いや、そんなまさかね」
気にせず、私は風呂に入る。蛇口を捻って、温かいお湯を全身に浴びようとする。
その時、不意に鏡に私の顔が映る。
「な、……なっ……」
鏡に知らない誰かが映っていた。
「なんっじゃこりゃあぁぁぁあぁ!?」
その日、博麗神社から、少し低めの叫び声が響いた。
「おーっす、霊夢。遊びに来たぜ」
「魔理沙ぁぁぁぁぁッ!!!」
「どぅぉわぁ!?」
魔理沙はどうやら変わってないみたい。
「って、お前霊夢か!? なんか随分雰囲気変わったなぁ……ってか、おいおい、ちゃんと服着ろよ。バスタオル一枚で外に出るのか感心しないぞ」
「今はそれどころじゃないっての! ちょっとコレ見てよ!」
ハラリとバスタオルを外す。全裸になった私を見た魔理沙は慌てて両手で顔を隠した。
「ば、ばばばば馬鹿! 何急に脱いでるんだよ!」
「これ! これ見てよ。魔理沙ならなんか分かるんじゃないの!?」
「はぁ? 何が……」
恐る恐る、魔理沙は指の間から目線を向けた。そして、恥じらいの顔は一気にかき消される。
「え、なんだこれ!? お前まさか……」
魔理沙はひくひくとこめかみを動かす。そして目を大きく見開いた。
「男だったのか!?」
「違うわ魔理沙! そこは「男になったのか!?」の方が正しいわよ!」
「いや、どっちにしろおかしいだろ!」
「混乱してるのは分かるわ! というか私の方はもう気が気でないわよ!」
全裸である事を忘れ、私は更にヒートアップしていく。しかし、危機感を先に感じた魔理沙は私の両肩を掴んだ。
「待て。一旦落ち着け。このままじゃ話も進まないだろ」
「そ、そうね……」
「とりあえず服を着ろ。その格好じゃ落ち着けるはずもないしな」
「ええ……」
一旦落ち着きを取り戻した私は再び博麗神社内に戻り、衣服を纏った。
居間で待っている魔理沙にお茶を乗せたおぼんを持って行く。
「待たせたわね」
「ああ、サンキュ」
魔理沙は緑茶の入った湯呑みを一回グビっと流し込む。それで半分くらいは飲み干したようだ。
「んで、何があったんだ?」
「朝起きたら股に「コレ」が生えてたのよ」
「待て、出さなくていい」
私がもう一度「アレ」を見せようとすると、魔理沙は必死にそれを止めようとしていた。
「いいか? 「ソレ」はな、簡単に女に見せていいものじゃ無いんだ」
「そうなの?」
「ああ、お前もこーりんにそれ見せてみたいか?」
「嫌」
「だろう?」
想像しただけで鳥肌が立つ。霖之助さんにはお世話になっているが、身体を見せたいとは思えない。もはや兄のような存在の彼にそこまでしたくもない。
「……とりあえず、隠しておくべきか?」
「どうかしらね。隠しててもいつかはバレちゃうそうだし。来たやつから説明するわよ」
「……そうか。まぁ、私は霊夢の判断を尊重するよ」
「そうね。ただ少し体が変わっただけで、記憶も飛んでるわけじゃないから不便は無いわよ。きっと」
「だといいがな……」
魔理沙は少し遠い目をしていた。しかし我に返ると次は私の顔をじっと見つめていた。お茶を飲もうと湯呑みに口を付けたところで私はその目線に気づく。
「何よ」
「いや、本当に雰囲気が変わってるんだよ。なんなら男前とでも言っておこうか」
「男前って……」
「顔立ちも随分クールになったな。女顔のイケメンって感じ」
「まぁ悪い気はしないけれど……男っていつもこんな変なのを股に装着してるのね」
「装着って言うなよ」
「代わりに胸が無くなったわね。これならサラシを巻かなくても良さそう」
自分の胸を触る。膨らんでいた胸はいつの間にか平坦になっていた。自分としては好都合だ。戦闘の時も邪魔だし、そもそも夏場は汗が鬱陶しい。
溜息をつきながらも、私はこの状況に納得せざるを得なかった。
「とりあえず、霊力や弾幕は問題ないな?」
「ええ」
「まぁ、仕方ないさ。このまま諦めて博麗の巫女(男)として頑張れな」
「……嘘でしょう」
「これで他にも被害が出てるのなら考えものだけどな」
「ただな」と言って付け足すように魔理沙は人差し指を立てた。
「霊夢だけなら、無理に動いて男化が拡大したらまずいだろ? 無理に動く必要はないぜ?」
「そりゃ一理あるわね」
半分諦め気味の私はお茶を飲み干した。それと同時に外から声がした。
「霊夢さん! 遊びに来ましたよー!」
この元気な声には聞き覚えがある。魔理沙の次くらいには博麗神社にやってくる、もう一人の巫女。
「げっ……早苗か……」
あまり今の状態の私にとっては会いたくない奴だが来てしまった以上、出迎えるしかない。
「…………はいはい、いらっしゃい早苗……」
この日、二回目の驚きの叫び声が博麗神社に響いた。